machia.10【MATIere(LIEr)4】

「長い話になるかもしれないですけど、大丈夫ですか?」
マチと過ごした約20年が5分10分で話し終えるとは思えなかった。
「構いませんよ。ゆっくりと教えてください。」

それからマチとの出会いと、終わるまでを振り返っていった。
出来事だけではなく、マチの好きなものや嫌いなもの、クセまで詳細に。
紅茶が好きなこと、
ケーキはモンブランとフルーツタルトが好きなこと、
山の中にあるカフェの夏限定の桃パフェが好きなこと、
山より海派なこと、
虫が苦手なこと、
梅干しが苦手なこと、
1000Hz以上の高周波数の音が苦手なこと、
ついストローを噛んでしまう癖があること、
イライラしたら唇の皮をむしってしまう癖があること、
ペンも箸も右で持つのにマイクを持つときは左利きになること(そして右でタッチパネルを操作し次の曲を探していること)、
誰にだって優しいと思っていたけど本当は見捨てた人に対しては悉く冷たくあしらうこと(俺に対してとか)、
貢ぐタイプで仲のいい人にはたびたびちょっとしたプレゼントをしていること、
会話好きで聞くのも自分から話すのも好きなこと、
そのくせちょっとだけ人見知りで初めての人には最初距離があること、
でもその距離をすぐに縮められること、
誰とでもすぐにセックスするように見せかけて、自分が好きになれそうな相手としかしないこと、
友達の彼氏や好きな人には決して手を出さないこと、好意を寄せられても絶対に断ること。

話しているうちにマチの好きなところ、マチの輪郭をずっとなぞっていっているような感覚に陥った。
「ところで、この話している内容って、クローンを作るのに何か関係があるんですか?」
「いや、単純な興味です」
俺は心の中で盛大にずっこけた。
「というのは少し嘘です。ヒトは環境要因でいくらでも変わりますので、成長した時にクローンの元の遺伝子を持っている人と全く同じ人格にならないこともあるんです。そうなったときに元の遺伝子を持つ人の人格データが入っているAIチップを入れることで、より本人に近づけることができます。そのデータ取りです。もちろん、嬰児から自分好みにに育てることができるので、それを楽しむことも可能ですが。」
「それは、今回決めなければならないのでしょうか?」
俺はマチの人となりについて話したけれど、現時点では「話を聞くだけで後で考えるもの」だと思っていた。
「たくさんお話しいただいた手前『今回で決めてしまってください』と言いたいのですが、そう簡単に決めることはできないと思います。ごゆっくりお考え下さい。もし、契約にいたらかなった場合は、今回いただいた個人情報、クローンの元の遺伝子のパーソナルデータは破棄いたします。」
本当に破棄してくれるかは疑問だが、器がないのに中身があってもしょうがないと思うので、多分本当に破棄してくれるのだろう。

「どうしますか?今日のところは帰って考えますか?それともまだ『マチさん』のお話をしていかれますか?」
白衣の男に聞かれてふと窓の外を見ると、すっかり日が暮れていた。
いつのまにこんなに時間が経っていたのか。
「今日のところは帰って考えます。1週間後に答えを出そうと思います。」
俺はとりあえず時間を稼ぐことにした。
「では、1週間後の14時にお待ちしております。お気をつけてお帰りください。」

白衣の男と助手が深々と礼をして送り出してくれた。

俺の気持ちは決まっていたが、1週間だけ、もう一度しっかり考えることにした。

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