市五郎大明神に行った話


ずっと気になっていた神社があった。
住宅街の一角。鬱蒼と繁った木々にまず目がとまり幾つか連なる赤い鳥居が伏見稲荷を彷彿とさせる。
石階段の下より見上げてみれば薄暗い。
猫を捨てないでください。
捨てられた猫はカラスの餌になりますとかなんとか物騒な注意書きがある。
知り合いのおばさんが、猫がいなくなった時に、この神社にお参りにきたとかそんな話を聞いたことがあったので猫に関する言い伝えでもあるのか、はたまた失せ物に特化した神様なのかとそう思っていた。

っで、ある日、いよいよ行ってみようという気になった。
神社を仰ぎ見れば市五郎大明神と掲げられている。
大明神という語感が良い。
何だかパッカーンっと開かれた陽気なイメージを持ってしまう。
石階段をのぼれば木で太陽が遮られ登りきっても薄暗い。
手を洗う場所もあるにはあったが、汲み置き式で蚊が飛んでいる。
仕方なく持っていたペットボトルで口をすすぎ手を洗い参拝することにした。
お稲荷さんがいたので、あぁ、お稲荷さんだったのかと手をあわせ頭を垂れる。
小さな神社だったから、すぐに参拝は終わってしまった。名残惜しい気持ちで
周囲を見渡すと上へと続く道があることに気づいた。
嬉しくなり道を辿っていくと、石碑やら小さな社がポツンポツンとありほどなく行き止まりになった。
周囲の家がよく見え住宅街の中にあるお社なのだと改めて思う。
陶器で出来た小さな狸の置物が2体、その狸の表情や仕草が愛らしくて微笑ましい。
鳥居を出れば蝶がヒラヒラと見送るように舞っていた。

帰ってから調べてみれば、稲荷社なのに狸が御祭神なのだという。
狸の名前が市五郎。
なので市五郎大明神。
あのユーモラスな狸の置物が脳裏によぎりますますあの神社に愛着が湧いた。

ところで私は、帰りすがら餃子の王将が食べたいなぁと思っていた。
そうしたら夜に母親が餃子の王将を買ってきてくれた。
数日後には、だいぶ遅れた誕生日プレゼントが遠方の友人から届き
そこには手作り石鹸と無農薬の夏野菜、可愛らしい布鞄と布ナプキンが入っていた。
石鹸も無農薬の野菜も布鞄も調度、買わなきゃならないと思っていたところだった。布ナプキンも買うほどじゃないけどあればいいなと思っていた。
手のひらに2つ、コロンと転がる小さな石鹸に文庫本サイズの布鞄。
御狸様のご利益なのか?
さらに市五郎大明神が好きになった。


そんなことがあったので、ある日の週末にもう一度、訪ねてみたくなった。けれど雲行きはよろしくない。天気予報を見ても雨がふりそうな予報だ。行きたいような面倒なような・・・。迷ったので、Oリングをすることにした。Oリングというのは、指で丸をつくりもう一方の指をその丸にひっかけて判断をつけるという方法で、
例えば『○○をしたほうがいいか?』と声にだし、或いは胸のうちで呟いて、指を引っ張っぱるとNOなら丸がとけYESならば丸はとけない。
それでこのときも
『大五郎大明神に行ったほうがいいか?』と尋ねてみて、指をかけひっぱってみるとスポっと抜けた。
では
『行かないほうがいいか?』
と尋ねてみたが、これもスポッと抜ける。
おかしい。こんなに引っかかりなく両方抜けるなんて滅多にない。
不思議に思って調べれば大五郎大明神ではなく市五郎大明神だった。
何となくバツの悪い思いで、もう一度、『行ったほうがいいか?』と挑戦すれば今度は抜けない。

『では市五郎大明神様、伺ってもよろしいですか?』
と念の為、先方のご都合を伺ってみても丸はとけない。それで腹が決まりいくことにした。
Oリングは普段はあまり使うことがないのだが、この時は、どうせなら天気予報もやってみようと『市五郎大明神様、傘は持っていったほうがいいですか?』
と伺ってみるとスポッと抜けた。
『持っていかなくても大丈夫ですか?』
と聞き直せばまったく抜けない。
本当か?何度もやってみるが結果は同じ。
御狸さまに呼びかけてはいるものの私はOリングというのは自分の無意識下の発露だと思っている。
自分が意識せず素通りしている諸々の情報を無意識下で蓄積し拾い上げそこから最良の判断をしているのだと・・。
私の表層意識では傘は必須だ。
何しろ雲が厚い。天気予報は70%。
雨雲レーダーを見ても雨が近づいてきている。
けれどOリングでは大丈夫だと出る。
無意識下の判断なのか御狸様なのか今回に限りよくわからくなってきた。
けれど聞いておいて持っていくのも失礼にあたると思い雨具を持っていくことはよした。
ほどなく歩くとポツポツと雨がふる。
ポツポツだからさすほどでもないが、
雨脚が強まったらどうしようかと気が気でない。
近くのスーパーでミニサイズの日本酒を2瓶買い市五郎大明神を訪れる。
本殿に一つお供えし、もう一つは狸の置物にお供えした。
心地良い風が吹いてきた。
神社で風が吹くのは歓迎の印らしい。
そればかりか雨があがりスポットライトのように日光がさし蝶々が現れた。
大盤振る舞いされているような気になる。
日本酒を2瓶回収し飲み比べて見れば狸の置物に供えた方は少し甘いような気がする。雨はすっかり上がっている。
日本酒の瓶を手にもち良い気分で、家路についた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?