笑いのツボが合わないから別れました。(失恋して60分以内の文章)

1年半くらい付き合ってた彼女さんと別れました。

ぽけーっとしてましたが、ちょっと綴ります。

この時の記憶や感情はなかなか味わえないと思うので。

編集などはせず、脳内にある言葉を出して行くとします。

お互い個人事業主で、向こうはnotionに詳しくて、
お世話になりました。

とある人が言った「笑いのツボが合わないと一緒にいてしんどい」
という言葉で確信しました。

そこが合ってなかったですね。

お笑いを見ても笑う箇所が違ったり、
好きなYouTuberが全然違ったり、ね。

僕が見ているYouTuberを
「何が面白いのかわからない」
と言われることもしょっちゅう。

他は凄く優しく、思いやりがあったと思います。
私も全力で返そうとしました。

ただ、自分の中で衝撃的だったのは、
ユニバがお互い楽しくなかったとき、ですね。

1枚も写真を撮らなかったです。
1枚も。

2人の写真だけじゃなく、何も。
アトラクションも、風景も。

あの感情に襲われたのは初めてでした。

ずっと違和感がありました。

お祭り。

旅行。

楽しくない時が半分くらいでした。

楽しい時も半分くらいありました。

楽しいに直結するのは何か考えました。

それが、一緒に笑えるかどうか、
面白い物を面白いと感じるかどうか。

笑いのツボが合うかどうか、
と言うと、お笑いだけに限定されそうですが、
そうじゃないと思いました。

広義の意味で考えると、
笑いのツボが合うということは、
一緒にいて楽しい、
に直結するものではないかと感じます。

優しい
一緒にいて成長できる
思いやり

これらは、この人のためにがんばろうと思える理由です。

ただ、その人に会いたいという感情が芽生えるとき、
やはり楽しい思い出が本当に大事だと感じました。

3ヵ月なら「かわいい」「かっこいい」「ドキドキする」「趣味が同じ」で良いと思います。

でも長期的を考えるなら、違います。

かわいい人もかっこいい人も老います。
趣味が同じで繋がっても、その趣味が続くかどうかは分かりません。

しかし、老いても、趣味が変わっても、目標や人生のゴールが変化していっても、唯一変化しないものが「笑いのツボ」だったら、いつまでも楽しく過ごせるのではないかなと思います。

小学生な文章を書いていると自分でも感じています。

笑いのツボの話はここらへんで終わりにします。

何度か別れようとしましたが、止められました。

そして先ほど、ようやく。

「今までありがとう」とかは、嫌なので、
必要事項(共有していたパスワード)の話が終わると、
電波が悪いと言って、切りました。

暴言を言われてブロックされました。

これで良かったのだと、思います。

失って後悔することは、向こうは、これで無いと思います。

1年半。

もう、駄目だと思って、数か月が経ちました。

2年半になるなら、早めの方が良い、と思いました。

一度全てをブロックされたこともありました。

1日で家に戻ってきました。

もうその時、別れたと思い、私もブロックしていました。

私は被害者ではないし、向こうも被害者ではなく、
お互い合わないことが分かっていた中でした。

そろそろ、無理に書いている感じが出てきたので、
終わろうと思います。

昔の雑記ブログってこんな感じだったのかな、と思いました。

1年半を振り返ることはしたくありません。

でも、自分の中で教訓を得れました。

「笑いのツボが合うことは大切」

1年半で本当に大切な発見をしたと思います。

彼女はもともと、少し精神的な、持病を持っているらしく、
不安定な日が多かったです。

そんな日は、きつく、色々言われることがありました。

でもそれが別れた理由になっていないことが、
良かったです。しんどかったですが。

でも、ずっといようと思っていました。

だから、相性だと思います。

「笑いのツボが合うかどうかが大切」
と言ってくれたCさんに出会えたことも、
本当に感謝しています。

Cさんがいなければ、
「なんか、違った。」
などという曖昧なひどい表現になっていたと思います。

改めて文章で見ても、
「笑いのツボが合わないから別れた」
なんて、ひどいですよね。

でも、だからこそ、そこを大切にする人は少ないんじゃないかと思います。

好きなタイプは?と聞くと
・優しい
・思いやり
・一途

などはありますが、
笑いのツボに触れる人はCさんしか見たことがありませんでした。

私はこの失恋で、この1年半で、
「笑いのツボが合うことは大切」
という1行の文章を得るための経験でした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?