【「藝人春秋」書評】「キャリアすべてが身になった男」 BY田中 直人(放送作家)
2013年『TVぴあ』 放送作家リレー連載 TV裏紳士淑女録より。
捕まるんでないのか!? お前も――と、田舎の父親からの電話。
まだ昭和だった86年12月、あの“フライデー襲撃事件”があったからでした。
僕がこの仕事を始めて半年も経っていなかった当時。
大学生ながら番組のスタッフに加わったことで、それまでは“ビートたけし”と言っていたのを急に「たけしさん」と呼ぶようになっていた僕を、父親は「東京で、たけし軍団に入ったんだ」と思い込み、事件の報道を知るや驚き、心配したようでした。
その頃、浅草を拠点に相方・玉袋筋太郎と漫才の修行中だったのが、水道橋博士。
師匠と兄弟子たちが突然いなくなり、テレビでは“たけし”の名前すら出せなくなった状況に、目の前が真っ暗になったことでしょう。
でも彼は、ひたすら修行を続けます。
目指すはツービートのような漫才師。
その一方、番組の企画作りにも興味を持ったか勉強のためか、僕ら若手作家に混じって会議にも出たり、(テリー)伊藤さんはじめプロデューサーやディレクターの言動ウォッチングに励んでいたり、いつも鋭い観察眼を光らせていた意欲的な男。
現場では僕の方がちょっぴり先輩だった上、彼は常に低姿勢だったため“水道橋君”なんて呼んでいたんですが、やがて僕より二つ年上だと知ってからは敬意も込めて“博士”と呼ぶようになりました。
仕事以外で博士と会う事が多かったのは、当時のダンカンさん宅。
中野の大通りに面したマンションで、僕ら若手作家も気軽にお邪魔させていただいていました。
ただし弟弟子である博士は、そこでは僕らに、“兄弟子のお客さん”として接するため買い出しや片付けなどに忙しく、気軽に酒を酌み交わす事も無いまま。
ある時、そのダンカンさんが『裸族の王』となり、若い裸族を集め歌って踊る集会を開くというロケを担当した事がありました。
会場の多摩川河川敷には、裸と言えば井手らっきょさん、水着美女などと共に、股間に葉っぱを一枚着けた浅草キッドも。
すると博士は、いざ本番という時「情けないなぁ。こんな生っ白いカラダでテレビに出るなんて……」と一言。
たけし軍団の流れを汲む割に、裸にはちょっと抵抗と迷いがあったらしい若き日──。
その後は、師匠たけしさんに「キッドは漫才だけで食っていける」と言わしめる実力派コンビに成長しながら、番組の司会や文筆活動でも活躍。
ベストセラーとなった『藝人春秋』も、そのプロトタイプ的な『お笑い男の星座』も、博士が出会い観察した経験と記憶の名著。
仕事で政治家と会う時には、事前にその人の著書を読んでおくだけでなく、対面の場にわざと持って行くそうです。
こちらが芸人とは言え、手にそれをもっていれば相手にはプレッシャーになる、本腰でかかってくれる、というしたたかな狙いがあっての事。
自分が歩んできたキャリアの中で、面白いと思ったモノをコツコツと拾っては摂取し続ける博士って、鋭くてエライなぁ……。
そんな事を、先日ある番組の収録で久しぶりに博士と会い、昔の話をするうちに思い出し考えた次第です。
そして、例の“生放送中に番組降板”をやったのはその数日後。
橋下徹氏の発言に怒りの抗議!!という形でレギュラーを降りた博士ですが、きっと自分の中で様々な回路を利かせたはず。
彼が弾き出した行動なら、僕は全面的に支持します。
思い出した事がもう一つ。
かつて博士は、風俗店の開店初日の列に敢えて並ぶ、という行動を自分に課していた時期がありました。
「待つ間は見られて恥ずかしい。でもその先に極上のサービスがある。その経験が自分を強くする!!」
そんな理由を熱く語っていたと記憶していますが、きっとそれも今の博士に大きく役立っているのでしょう。
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