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2024年2月9日(金曜)☆浅草フランス座(東洋館)へ。『ビートたけし杯』で幻のツービートが復活。たけし&きよし&高田文夫の夢の3ショットを激写。ヤーレンズの優勝。浅草の凱旋。ビートたけしの優しい夜に抱かれる。

6時50分起床。


何時ものを飲み干す。


日記を書く。日記をあげる。

今日は浅草で、たけし杯だ。

殿にも高田文夫先生にもお会いできる。
僕にとっては「文武両道」が人生観、
我がヒーローズでお会いできる、
特別の日だ。

溜まったゴミを出す。気持ちいい。

朝ご飯を作る。
お弁当の残り物がたくさん。

具たっぷりの朝定食。

野沢菜と豆腐の味噌汁が美味すぎる。

11時半より『ラジオビバリー昼ズ』
第一声より、高田先生より、
水道橋博士VS東野幸治with 吉田豪の
関東芸人不祥事列伝のライブを
ハカセルートで見た。
とのこと。
そこから東野幸治の大絶賛が続く。

『ラジオビバリー昼ズ』

東野幸治が褒められるのは、嬉しいし。
ライブが褒められるのも、
たいへん面映いがありがたいことだ。

配信はのこり4日なので、
まだ見てないひとは是非見て欲しい。


TAPより献本あり。

山中さん来宅。
倉庫の改装、
リリックスピーカー置き場の
木の切り出しなどの購入などの指示する。

ひとりで用意して、
バスで阿佐ヶ谷駅へ。
そして新宿で下車。

たけし軍団の後輩芸人、
アル北郷、しめ鯖アタルと
待ち合わせのアルタ前へ。

アルタって。
まったくテレクラの待ち合わせじゃないんだから。
田舎モン3人集。

伊勢丹へ直行。

立川流から始まる、
たけし、高田文夫一門の
手土産、貢物の歴史としくじりを教示する。

ボクなど今週だけで
高田先生には3回目の面会だ。

ラジオで大好物と言っていた、
「きんかんたまたま」を探すが、
見つからず。

「千疋屋」で見繕う。

殿と高田先生への貢物を持って、
再び地下鉄へ。

浅草東洋館へ。
入口前には、もうひとだかりが出来ている。

前田日明の生誕祭で来たばかり。
しかし、ボクには落ち着く。

既に6年、6回目も続く、
「江戸まちたいとう芸楽祭」
「ビートたけし杯」

MC及び予選の審査が、アル北郷としめ鯖アタル、
審査員が、殿と高田先生、ナイツという布陣。

最近では、殿と高田先生が顔を合わせるのは、
ここだけだ。

ちなみに第一回目の王者は、
「マッハスピード豪速球」だった。

この小さな劇場に中継、警備を含めて、
30人ものスタッフが忙しなく働いている。

出演する、芸人たちも三々五々と集まってくる。

ナイツが到着。
楽屋話で「漫才協会」の映画の話。
高田先生が名付けていた
“日本のマイケル・ムーア”
が意味がわからず、
ムーアの何を見たら良いか? と。

映画興行前の口コミの何が正しいか、
などの話。

そこへ高田先生が到着。
「東野見たぞ!!最高だな!!
あれは、のりおのTシャツを着せたのが、
作戦勝ち。あれは見た目がいいもん。
策士だな、あれは上手い!!」

と矢継ぎ早に褒めてくださる。

「先生のネットの連載
『おもひでコロコロ』
で使う写真用に持ってきました」
と持参した秘蔵コレクションをお見せする。

「あ、これは持っている、
 これは、俺も倉庫にはある……」

と言いながらも、あるパンフレットに見入る。
「これは、ないね!
 写真撮って送ってくれ!」と。

やった!!採用された。

ナイツを交えて、
「映画 漫才協会」がいかに素晴らしいかを語る。
高田先生も
「博士がそこまで言うんだったら、
いい映画かもな。
たけしさんにDVD持ってきた?」
などと楽屋話をしていると、殿も到着。

自分の楽屋には入らず。
高田先生との楽屋へ。

「高田さん、おひさしぶりです」から、
ふたりのトークが止まらない。

松本問題の話や、『首』の話や、新作の話や。
耳をダンボにして聞き耳を立てる。

ヨーロッパの映画祭の話になったところで、
ここぞとばかりに、
「殿、塙くんも3月に映画監督デビューをします」
とボクがあえて切り込む。
高田先生も
「塙が『漫才協会』って映画撮ったんですよ」と後押し。
「いや、ボクのはドキュメンタリーなんです」と塙くん。
「殿、是非、塙監督が、
カンヌやベネチアへ行くアドバイスを……」

と言うと、高田先生が塙を見て笑いを噛み殺す。

殿は、真剣にゴダールの話や、
「ある視点」という新人用のコンペ、
海外への邦画の出展の方法、
映画祭の人脈などを親切丁寧に教えてくださる。

流石に『落語協会THEMovie』とは言えなくなる。

北郷、アタルがやってきて、
お芝居のチラシを渡す。

高田先生が題名に大受け、殿も笑ったまま。
「東京は一公演ですが、
地方公演の依頼が来ています」
「ゲロもって回るのかい!」と先生。

そこから、先生があるものを出して、
殿に使用許可のサインを願う。

その紙を見て、
殿が笑いながらサインをする。

それも実にくだらないシロモノだ。

「お二人共、70過ぎても、くだらないものへの
創作意欲が衰えませんね」と思わず口にする。

そこに、兼子きよし師匠が、
差し入れの鳩サブレを持って登場。

「ここに居るからって聞いて顔だけ見に来た」
「兼子、痩せたなー」
「ちょと病気もしたから」
「お前、錦野旦の普段着みたいな格好してんな」
で、楽屋は大爆笑。

殿は、きよし師匠を
「きよしさん」と呼んだり、
「兼子」と呼び捨てたり。

「おい、兼子、ちょっとアタマ、出てけよ」
「出るだけだったら、……でも、すぐ帰るよ」
「ギャラはねぇからな!」

などの会話から、ツービートが
舞台の上に立つのが決定!!

楽屋の風景が尋常ならざるものだったで、
ボクが隣のナイツの土屋くんに
「写真をコッソリ撮れよ!」と囁くも
「出来ませんよ!」と土屋さくん。

意を決してボクが
「見納めになるかもしれませんで、
写真を撮らせて下さい」
と言うと、
皆さん「それはイイね」と
立ち上がる。

たけしさん、きよしさんが
最初2ショットで構えて、
高田先生が塙くんの横へ退く。

二人きりで照れている姿を、
高田先生がイジる。イジる。



耐えきれなくなって、殿も、
「高田さんも一緒に……」と呼ぶと、

3人で3ショットの写真を撮る。

フランス座の楽屋で、
この神々しさよ。

後光が差しているかのよう。

カメラマンとしては大興奮だ。

「もう、我々にとっては、ONの揃い踏みですよ」
と言っている横で殿が、
「王、長島、そしてお前が川合な!」
ときよしさんに。
「オマエは、
 送りバンドしかやってないんだから」と。

この時点では使用許可がとれなく
プライベートのみ、となっていたので、
保険として、ビトたけし、きよし師匠
との偽ツービートの写真も撮らせていただく。


きよし師匠の女性マネージャーさんにご挨拶。

いろいろと、きよし師匠のSNSについての
お話を聞く。

舞台が開幕。

アル北郷と〆さばアタルが司会。


ツービートが登場した瞬間の
客席の沸き用ったらなかった。

オリコンより。

 タレントのビートたけし(77)が9日、東京・浅草の東洋館にて行われた『第6回「江戸まち たいとう芸楽祭」たけしが認めた若手芸人 ビートたけし杯「お笑い日本一」』に参加。

オープニングで、ビートきよし(74)も登場し、浅草でツービートがそろい踏みした。

 冒頭、放送作家でタレントの高田文夫氏とお笑いコンビ・ナイツ(塙宣之、土屋伸之)が登場した後に、同祭の実行委員会名誉顧問をつとめる、たけしが呼び込まれた。

しかし、そこに姿を現したのは、きよしだった。

 会場は騒然。その後に、たけしも登場し、聖地・浅草でツービートがそろった。

たけしは「久しぶりに会って、2人で並ぶと緊張するぜ」と苦笑い。
続けて、たけしは「ここでやってたけど、久々に立つと上がるな。芸人だから笑いがないと汗が出る。体によくない」とボヤき、
「こいつ、腎臓壊して痩せてるんだよ!錦野旦かと思ったよ」
とマシンガントークした。

 止まらないたけしは、きよしに向かって
「スポンサー騙して肉屋やった。『よしなさい』って店。俺は『やめなさい』って言った」と話し、店が1年でつぶれたことを知ると「インチキくさいもんな~」と毒ガスを噴射していた。
そんなきよしは「同じような年はみんな亡くなっちゃってる。きょう、出てるっていうから顔だけは見に来ようと思って」
と来場した理由を説明すると、
たけしは「コノヤロー。お前、最後のあいさつか?」
と返して笑わせていた。

 その後、漫才ブームの熱量について思い出話を口にする。
たけしは「楽屋は大騒ぎだよ。盗まれたもんないかって」とニヤリ。
その後、たけしが審査のために客席に行こうとすると、
きよしは「みんながいない時に楽屋で盗んで帰る」とすると、
たけしは「もうちょっと笑わせろ」とダメ出しして笑わせた。

 同大会は、若手芸人の支援・育成を目的に、
たけしが名誉顧問を務める『江戸まち たいとう芸楽祭』にて
“第2のたけし”を発掘するとともに、
たけしが修行を積んだ浅草を“お笑いの聖地”として再認識し、
世に発信するために開催されている。

 きょう9日に行われた本戦には、
関東圏内に所在する芸能プロダクションや演芸場など推薦を受けた芸歴約20年以内の若手100組以上がエントリーし、
予選を勝ち抜いた、
キャメル、ジグザグジギー、センチネル、
ちゃんぴおんず、ぴろしき、マイアミバスケットボールクラブ、
ヤーレンズ、ルミ子の8組が出場した。



大会の間中、幕間からのカメラマンに徹した。

(事務所の許可を得て、後送できれば貼ります)

審査は難航したが、
「該当者なし」
にはしたくなかっただろう。

優勝はヤーレンズ。

M1の準優勝から雪辱の戴冠だったが、
もっともっと受けきりたかっただろう。

授賞式後のトークも殿の漫談に拍車がかかり、
誰が見ても一番大受けだった。

移動のため、
ロールス・ロイスがフランス座の前に
横付けになる。
多くの人が鈴なりで
殿の退出を待っている。

その姿は、在りし日のハリウッドスターであり、
まるで夢の砦ようだ。

その後は、
記憶の中に書き込むが、
ビートたけしの優しい夜だった。

こんなに話ができるなんて……。

文武両道がモットーのボクとしては、
「たけしとふみお」に抱かれる夜だった。

アル北郷をタクシーで最終間近の駅に送る。

帰宅は12時。

ホーキング青山の訃報を知る。

ボクは亡くなった数日後に
知っていたので、
その時のショックを思い出した。

映画秘宝のランキングでは、
彼に男優賞を送っていた。

明日は、原田専門家の50歳の誕生日だ。
そして青柳監督のフジヤマコットントンの初日だ。








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