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24年2月14日(水曜)バレンタインデーに自転車で赤坂事務所TAPにて最新刊の『本業〜2024』顔合わせ&打ち合わせ。東京ドームへ。クイーン+アダム・ランバート、自己初の東京ドーム公演。コトブキツカサくんと当日券で潜り込む。最高!!大スペクタルエンタメに大満足すぎる!!

起床。7時ジャスト。

アサイージュース。飲み干す。


日記を書いて、アップする。

ゴミ出し、不燃ゴミの日。


♪モーニングモーニング、オレの朝だよ。
昨晩の残り物で。

夜の「特性納豆キムチ」も漬けておく。

豚汁も美味し。

ZOOM会議。
事務所の中川マネ、富城マネと原田専門家と。
Googleドキュメントの共有を一から習う。

ボクが理解できていなので、
原田専門家来宅。
手取り足取り教えてもらう。

Amazonで発注した、
蕎麦が到着。
キャンベル缶風に撮ってみた。

1時30分発、自転車に乗って赤坂へ向かう。
お天気良し。

赤坂TAP事務所へ。
まだ場所がわかっていないので
富城マネに迎えに来てもらう。

枝豆社長と中川マネ、富マネと。


博士
枝豆社長、中川マネ、富城マネ、
株式会社青志社、阿蘇品社長、編集の久保木さん

『本業〜2024』についての初顔合わせ。


『本業』は、ボクが主に
『日経エンタテインメント!』に連載した原稿を纏めて、
2005年にロッキンオン社から出版した。

その後、文庫版は、さらに書評しばりで、
各媒体に書いたものを、加筆修正を加えて、
文春文庫から2008年に出版。

さらにこの文庫を気に入ってくださった、
ちくま文庫の編集者が、
増補版を企画していたが、
作業途中で、一身の都合により、
退社したために宙に浮いたままだった。

この本はボクが「ハカセ会」のYou Tubeの生配信で、
一篇、一篇を朗読していて、
それを見ていたフリーライターが
青志社の社長に繋いでくれて、
出版企画が通った。

最初は、ボクと直で進めるつもりだったが、
なんと青志社の住所が、
ボクの所属する事務所TAPと同じ雑居ビルの
7階がTAP、6階が青志社であることが判明して、
事務所を通しての仕事にすることにした。

自慢じゃないが、
ボクは過去に数十作の本を書いている。
すべて事務所を通してきた。

(オフィス北野は、
本や連載に関しては、
米粒写経など、詳しい芸人も多かったので、
連載、出版には事務所がノータッチ、
直の仕事も認められた)

単行本の制作は共同作業なので、
オフィス北野の歴代マネージャー陣は、
ボクの完全主義に付き合うこととなり、
本が出来る過程を共に知ることになる。
それは、芸能の仕事のなかでも特殊であり、
生きたジャーナリズムや
他業種の勉強にもなる。
最後の読み合わせ、チェックを経た後の達成感も、
毎回、分娩を共にしたような喜びがある。

特にボクにとって本は我が子なので、
特別な愛情を持って接する。
その共同作業を経た、
マネージャーとは、
本を通して強固な人間関係を結べる。

今後の、ボクの後進たちも、
青志社から出版の道も出来るだろう。
若手の写真集や、
軍団の老人写真集など手掛けてほしい。

(ちなみに青志社は、石原プロ制作ドラマの
写真集など20作も作っているのだ)

今回からは編集に、
Googleドキュメントを入れたので、
新しい本づくりの醍醐味が味わえるだろう。

事務所に高田先生からのFAX。仕事が速いな〜。

中川マネに
「社長、パワハラ、セクハラであることは重々承知ですが
社員さんに、お手伝いお願いします」
とお断りして、社長公認のもとで湿布軟膏を
お尻に貼ってもらう。

新入女子社員が、全裸の井手らっきょさんの
着替えを無理やり手伝いさせられる時代
ではなくなったのだ。

赤坂から水道橋へ。
外回りか内回りか一瞬、迷うが、
10分遅れで、水道橋駅。
トーム周辺の長蛇の列に
先に並んでくれていた、
コトブキツカサと合流。


くだらない話をしながら、待ち続けるが、
結局1時間以上、立ちっぱなし。

選択は2種会ったが、
結果的には、タワー見切れの位置で、
大正解。

チケットを手に入れてから、
開演までの1時間をドームシティで過ごす。

こんなに楽しいところになっているんだな。
2月18日のオードリーの東京ドーム公演に向けての、
アトラクションが多々あり。

 フォトスポットが幾つもある。

 オードリーの師匠筋になる
 TAIGAさん。
 ボクはお会いしたことがなかった。

 しかし、ちょうど同じ2月18日に
 高円寺パンディット(キャパ40人)で、
 Uber EatsのLIVEをやることになっていた。
 出演者のひとり青柳監督から、
 「TAIGAさんもUberやっていますよ」
 と聞いて、出演交渉をしてもらったら、
「なんか、その日は裏かぶりで仕事あるみたいなんです」
「そうなんだ。諦めよう」
 と話したばかりだ。

 そりゃあ、5万人の観客が集まるお仕事、優先しますよ。
 スイマセン。事情を知らないで。

そして、つい先日、9日に浅草東洋館で、
会ったばかりのビトタケシさん。

「おいらは著作権ないから何でも撮ってね」
とは言っていたが……。

コマネチポースは、ボクにとってはご法度なのだ。

「よしなさい!」なら良いだろう、とこのポース。

小腹が空いていたので、
『築地銀だこ』へ。

表皮がカリカリなのが、
イマイチだったので、
アンチ銀だご派だったが、
食べてみてビックリ。
美味くなっている。



ドームへリターン。

いざドームの中へ。


コトブキツカサも、
いざ、ドームへ。

当日券だったが、
全然、悪い席ではなかった。


わくわくと興奮と郷愁、
熱狂と、しばし、落涙の2時間20分。

そして、写真、ビデオ撮影が自由というのも凄すぎる。

まず、驚くべきは、
アダムの歌唱力に圧倒される。

東京ドームでここまで安定した歌唱は、
美空ひばり以来ではないか。

ブライアンとロジャー、
70代の老人があそこまでパフォーマンス
出来ることも驚異であり、
そして60代のボクにすら、
こんなにエールが貰えるなんて。

セットや照明も圧巻の出来栄えだった。

『バイシクルレース』でこれは、もう歌舞伎ですね。

そもそも大本が著作権をフリーにしているので、
SNSにあがる写真は誰が使ったも良いのでは?
と思ってしまった。

公演中の出来事は、もう他の書き込みに映像付きで
出回っているので省略。

公演終了後、興奮のまま、
出口を探すが、そのまま迷う。

道を探しながら、
あちらこちらで「博士」(ブライアン・メイの愛称)とか
「水道橋」(最寄りの駅の名前)の
言葉の切れ端が耳に入るので、
そのたびに虚空を振り返るのに忙しかったなー。


さんまさんが名付け親のよしもとの新劇場が、
こけら落とし公演を、今田座長の下にやっていた。


コトブキツカサを春日駅まで送る。

そのまま帰途につくが、
自転車で。
QUEENのバイシクルを歌いながら。


春日通りの自転車道の充実ぶりに驚く。
5車線あって、最も左端が自転車道。
4番目の車線に車は停車しているのが、
違和感と驚き。


春日通りから不忍通り経由、
1時間半をかけて、23時30分帰宅。

夜、遅すぎるのだが、
「ハカセ会」のYou Tubeの生配信。

何時ものを食べながら。

名物メンバーの「尾炉内軟膏」さんの
奇跡的な確率でのギフト、星とりに驚く。

26時頃、就寝。

そう言えば、バレンタインデーのチョコを
今年は誰にも貰わなかった。

娘からは写真を撮らしてもらっただけだ。

LINEにちょうど19時、
開演時間に
コトブキツカサくんから
チョコのスタンプが送られていた。

どういうつもりだったのだろう?




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以下は、記事の引用です。

https://www.udiscovermusic.jp/columns/queen-adam-lambert-to-perform-at-tokyo-first-night-in-2024

2024年2月13日、
<The Rhapsody Tour>で来日中のクイーン+アダム・ランバートが、自己初となる東京ドーム公演を行なった。そして、そこで実証されたのは、このきわめて稀有な創造的集団が、今もなお進化を続けているという驚くべき現実だった。


まず事実関係について整理しておくと、クイーン+アダム・ランバートという形態での日本上陸は、これで4回目ということになる。それが最初に実現したのは2014年の夏、彼らが<サマーソニック>でヘッドライナーを務めた際のことだ。それは、多くの音楽ファンにとって「クイーンのライヴを観る」という非現実的な夢が叶った奇跡的瞬間だったといえるが、その奇跡がまさか持続性のあるものだとは、ファンのみならず、ステージ上の当事者たちすら考えていなかったのではないだろうか。

彼らは2016年には、1975年のクイーン初来日時から所縁深い日本武道館への帰還を果たしている。そして映画『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年公開)の社会現象的な大ヒットを経て実現したのが、2020年の来日公演だった。この作品を通じてクイーンの音楽に初めて出会った世代、思い入れにふたたび火のついた人たちも巻き込みながらの同ツアーは、当然のように2016年を上回る規模で展開された。しかもそれが実施されたのは、あのパンデミックが深刻化する直前のこと。もしも公演日程が数週間後に組まれていたならば、来日自体が見送られていた可能性もある。

今回はコロナ禍も終わり、興行に伴うさまざまな規制が解けたうえでの来日公演となった。座席の間隔を空けることも、一緒に歌うことも躊躇う必要のない状況でこのツアーが実現したことの意味は、決して小さなものではない。仮に感染防止のため、会場がフル・キャパシティで使用不可能な状況にあったならば、需要に対する供給量が少なすぎたはずだ。しかも彼らのライヴにおいては、ダイヴやモッシュ、撮影が禁止されること以上に、声をあげて歌う自由を奪われることのほうが致命的だといえる。そうした意味においても、前回の来日から4年という時間経過は待ち遠しくもあったものの、こうして環境が整った状態で彼らを迎えることができたこと自体に、とても価値があったように思う。

しかも東京公演の会場は、1970年代からのクイーンの歴史を通じても初となる東京ドーム。ちなみに、BIG EGGの愛称でも知られてきたこの巨大な屋内スタジアムが開業したのは1988年春のこと。クイーンとしての最後の日本公演が行なわれたのは1985年、その前年に発表されていた『The Works』に伴うツアーの際のことだった。

もちろん彼らは1970年代からここ日本でも絶大な支持を集めていたし、1982年には西宮球場と西武球場で公演を開催している実績もあるが、残念ながら東京ドームが生まれる前にライヴ・バンドとしての活動は止まってしまっていた。これほど長い歴史を持つバンドにとっていまだに「初めて立つ場所」があるということ自体も驚きだが、ここにきてこうした巡り合わせを迎えることになったのも、クイーン+アダム・ランバートとして動き続け、彼らを求める声が高まり続けてきたからこそだといえる。

前置きが長くなったが、そうした長い経過の末にこの場に到達したことについては、メンバーたちにも感慨深いものがあったに違いない。そして冒頭にも記したように、彼らはこの記念すべき夜の公演で、満員の大観衆の要求に応えるのみならず、さらなる進化を遂げていることを証明してみせた。もはや今回のツアーも千秋楽となる東京ドームでの第二夜を残すのみとなっており、これまで行なわれてきた名古屋、大阪、札幌での各公演での演奏内容などについても多数報じられているだけに、いまさらネタバレを気にする必要はないはずだが、ここでは敢えて公演全体の流れを追うことはせず、ポイントを絞って話を進めていきたい。

まず今回の公演は前述のとおり<The Rhapsody Tour>と銘打たれた世界ツアーの一環として行なわれているわけだが、このツアー自体は2019年の夏にアメリカを起点に始まっており、要するに彼らは2020年に続き同一ツアーでの二度目の日本上陸を果たしたことになる。そこで前回との具体的な違いとしては、スタジアム級にグレード・アップされたステージ・セットや演出といったものも当然あるわけだが、日本での初お披露目となった要素のひとつに「Machines (or“Back To Humans”)」を導入に用いながら「Radio Ga Ga」へと続いていくオープニングがある。これは昨年10月から11月にかけて実施された北米ツアーの際と共通するものだが、メドレーというよりもマッシュアップのような形で披露されたこの2曲はともに『Works』(1984年)の収録曲で、どちらもロジャー・テイラーの発想から生まれたものだ。

「Radio Ga Ga」が、SF映画の原点とされる『メトロポリス』(1927年)と所縁深いものであることは改めて説明する必要もないはずだが、同映画に登場するロボットが象徴的に用いられた映像を伴いながらこの曲でショウが幕を開けた際、筆者は過去と未来が頭の中でせめぎあうかのような感覚をおぼえた。より正確に言うならば、遠い過去に空想した未来と、それに相当する現在とのギャップ、もしかしたら未来の答えは過去にあるのではないかというような想いが渦巻き始めたのだ。それは、どこか文明との付き合い方に対する警鐘のようにも感じられたし、「Machines (or“Back To Humans”)」との合体により新たな感触を持つようになった「Radio Ga Ga」が、オープニングのみならずアンコール場面にも配されていたことにも意味があるはずだと思えた。

具体的な選曲について言えば、北米ツアー時にはセットリストに組み込まれていなかった楽曲が2曲、今回の日本公演には含まれている。ほぼ誰もがノー・ヒントで回答できることだろうが、「I Was Born To Love You」と「Teo Torriatte (Let Us Cling Together)(手をとりあって)」である。どちらも日本と所縁深い曲であることは言うまでもない。

正直なところ、今回の日本ツアー初日となった2月4日の名古屋公演の際には「I Was Born To Love You」の登場にやや唐突さが感じられたものの、以降はその配置場所が変わり、この夜も「Bicycle Race」からの自然な流れで効力を存分に発揮していた。また、「Teo Torriatte (Let Us Cling Together)」については、ブライアン・メイからアダムへとリード・ヴォーカルが引き継がれていく形で披露されたが、東京ドームでのアダムは、名古屋公演の際よりもこの曲を自分のものとして消化できていたように感じられた。

そのアダムのさらなる進化にも驚かされた。大晦日の『紅白歌合戦』で「Don’t Stop Me Now」が披露された際にも、彼の歌唱は予備知識や先入観のない絶賛の声を集めていたが、その圧倒的声域と声量といい、繊細な表現といい、先頃42歳になったばかりの彼は、まさに脂の乗り切った状態にある。しかもロジャーやブライアンのソロ・パートなどを挟むたびに何度も装いを変えながら登場する彼ならではの華やかさにも、いっそう磨きがかかっている。ただ単に人目を引かずにおかないだけではなく、自分は自分だという強い自信がこれまで以上に伝わってきた。それが、この奇跡的な場での経験量によって彼が身に付けてきたものであることは疑う余地もない。誤解を恐れずに言うなら、今は彼自身の中で「歴史との付き合い方」という大きなテーマに対する答えが見つかった状態にあるのではないだろうか。

それは、言い換えれば「フレディの幻影との共存のあり方」ということにもなるだろう。今回のステージでも、ブライアンがアコースティック・ギターの弾き語りで「Love Of My Life」を披露した際には、曲の後半でフレディが登場。もちろんそれは映像により浮かびあがった彼の姿であり、そうした演出が伴うはずだというのはあらかじめわかっているのだが、それでもまるで彼がその場に現れたかのようなリアリティのある錯覚を楽しむことができた。

アンコールの冒頭にもフレディがオーディエンスに合唱を促す映像が効果的に使用され、実際、場内の一体感を高めるうえでひと役買っていた。ただ、かつてのクイーン+アダム・ランバートのライヴに強く伴っていた、フレディのことを思い、彼の人生を祝福しようという空気感が、深刻なものではなく、より華々しいものへと変化しつつあるのを感じずにいられなかった。これは、天上ですべてを見守っているであろうフレディ自身にとっても、好ましいことであるに違いない。筆者はそう信じたい。

クイーン+アダム・ランバートというこのグループ名の表記のあり方に、筆者は「これは紛れもなくクイーンであると同時に、本来のクイーンとは別個の特例的なものでもある」という意思を感じている。ただ、そこに、クイーン+アダム・ランバートだからこそ可能なこと、この形態だからこそ生まれ得るものというのが、時間経過と正比例の関係で増え続けてきているように思う。それが筆者の感じた進化の正体だったのだ。もちろんショウとしての完成度、サポート・メンバーも含めたバンドとしての機能性の高まりの素晴らしさというのもある。ただ、それ以上に強く感じさせられたのは、彼らの目的が確実に“継承”から“終わらない前進”へと変わりつつあることだった。

いわば彼らは、これまでの経過を通じて、持続性のあるスタイルを確立させたということなのかもしれない。たとえば年々選曲のハードルが高まり続けている中で、敢えて1970年代の代表曲のいくつかを外してまで「Is This The World Created…?」のような示唆的な楽曲が組み込まれていたことにも、意味がないはずはない。人気曲を網羅すること以上に「今、伝えるべきことに重なるもののある曲」が重んじられているのではないだろうか。それもまた、筆者がオープニング時におぼえた過去と現在、未来がせめぎあうような感覚を引き起こす一因だったのかもしれない。

今回の来日公演が決まった際、メンバーたちの年齢などのことも踏まえたうえで「これが最後の機会かもしれない」と感じた人たちは少なくなかったはずだ。しかし、こうして継続によって進化を手に入れた彼らには、やはりこの先に続くべき未来をみせて欲しい。絢爛豪華な演奏内容で埋め尽くされた2時間7分に及ぶステージを観終えて感じたのは、満足感と引き換えに何かが終わったことに気付かされた時のような寂しさではなく、歴史と現在の先にあるものに触れたいという強い欲求だった。だから今は、すでに“次”の機会到来が楽しみでならないし、絶対にそれが巡ってくるはずだと信じていたい。

写真◎Ryota Mori
文◎増田勇一

<2月13日(火)クイーン+アダム・ランバート@東京ドーム>

  1. Machines (Or 'Back to Humans') / Radio Ga Ga 「マシーン・ワールド/RADIO GAGA」

  2. Hammer to Fall 「ハマー・トゥ・フォール」

  3. Fat Bottomed Girls 「ファット・ボトムド・ガールズ」

  4. Another One Bites the Dust 「地獄へ道づれ」

  5. I'm in Love With My Car 「アイム・イン・ラヴ・ウィズ・マイ・カー」

  6. Bicycle Race 「バイシクル・レース」

  7. I was Born to Love You 「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」

  8. I Want It All 「アイ・ウォント・イット・オール」

  9. Love of My Life 「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」

  10. TEO TORIATTE 「手をとりあって」

  11. Drum Solo ドラム・ソロ

  12. Under Pressure 「アンダー・プレッシャー」

  13. Tie Your Mother Down 「タイ・ユア・マザー・ダウン」

  14. Crazy Little Thing Called Love 「愛という名の欲望」

  15. You Take My Breath Away~Who Wants to Live Forever 「テイク・マイ・ブレス・アウェイ~リヴ・フォーエヴァー」

  16. Guitar Solo ギター・ソロ

  17. Is This the World We Created…? 「悲しい世界」

  18. A Kind of Magic 「カインド・オブ・マジック」

  19. Don't Stop Me Now 「ドント・ストップ・ミー・ナウ」

  20. Somebody to Love 「愛にすべてを」

  21. The Show Must Go On 「ショウ・マスト・ゴー・オン」

  22. Bohemian Rhapsody 「ボヘミアン・ラプソディ」
    Encore:アンコール

  23. We Will Rock You 「ウィ・ウィル・ロック・ユー」

  24. Machines (Or 'Back to Humans') / Radio Ga Ga 「マシーン・ワールド/RADIO GAGA」

  25. We Are the Champions 「伝説のチャンピオン」

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