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16.新しい地図

新しい地図の草なぎくんの結婚が発表された。

『週刊文春』の連載『藝人春秋Diary』に2017年に書いた、たけし軍団と新しい地図の交流を再録します。

2018年5月6日――。

 ボクはBSスカパー!『はじめてのたけし』の収録のため早朝から茨城へと赴いた。
 この番組はビートたけしが、その長い人生で初経験の物事に毎回トライする趣旨だが、今回のテーマは「はじめてのレンコン堀り」である。
 霞ヶ浦のほとりにある集合場所の居酒屋に我々は待ち受ける。
 やがて最高級外車のピカピカのマイバッハを乗り付けると後部座席から世界の北野武が降り立つ。
 部屋に入ると、さっさとハイブランドのお召し物を脱ぎ捨て、ゴム長に着替えて、泥だらけのあぜ道に踏み出した。

 その落差が凄すぎる。

 この日のロケでお世話になったレンコン農家さんは東京でレストランの経営やITプログラマーして活躍後、17年前、茨城にリターンして家業を継いだという。
 レンコンの売上は稲作よりも小さい水田ながら、実質的な収入は上場企業のサラリーマンの約2倍とのこと。

 それを聴くやいなや、殿は「そんなに儲かるなら、新しい事務所の定款に農業を入れておこう!」と言い出した。
 更に「そういやぁ、(つまみ)枝豆の実家は静岡のわさび農園だから、あそこで軍団の暇なヤツを働かしておけよ。芸能界はレンコンみたいに地下で根を張ってないと、いつ売れなくなるかわからねぇからな。基本、二毛作で準備しておかなきゃな!」
 などと某城島リーダーを見習えとばかりの〝芸農人〟理論をぶった。

 収録の合間、ボクは、帯同した新任の31歳の私設マネージャーと24歳の新弟子を殿に紹介した。
 オフィス北野騒動で裏方さんが次々と辞めていく現状だった。

 ふたりとも殿上人を前に震えるほど緊張している。

 「Twitterで急募をかけて個人で雇いました。今、彼らと一緒に住んでいます」とボクが報告すると殿は「ホー!」と感心し、新しい地図に踏み出した彼らを優しく激励した。   
 32年前、ボクも家出と勘当を経て、全てを捨てて師匠に帰依し、師弟の契(ちぎり)を結んだ。
この契とは、全人生を賭けて全人格的な関係を築くことであった。

 蓮根田のあぜ道を歩きながら、今晩、Abemaで「新しい地図」と「たけし軍団」の共演があることを告げると、殿は「何それ?」と聞き返した。

「『新しい地図』は元SMAPです。ジャニーズを抜けた香取慎吾、稲垣吾郎、草なぎ剛の3人の新しいグループです」
 と言うと「ふーん、それと軍団が対談やるのかい? 面白いじゃねぇか、軍団もジャジャン、こういう機会にテレビに出とけよな!」
と念を押した。

 ロケを終え、茨城から赤坂のオフィス北野へと帰還した。
 赤坂の一等地に、ビルの3フロアを借りていた事務所も、ビートたけしの独立騒動を経て、今や一室を残すのみ。
 残務書類を詰め込んだダンボールが散らばる、兵(つわもの)どもの夢の跡であった。
 
 ここから『7.2新しい別の窓』~「たけし軍団vs新しい地図」と題したAbemaTVの生配信番組が始まる。
 立会人にはカンニング竹山が起用された。
 バラエティの名手・竹山は、予想されるたけし軍団側からの不規則発言をホイッスルを吹いて止める役だ。
 ボクも芸歴は長い。当然、何がNGワードかの分別ぐらいはあるが、生放送で過激になるのは芸人の性だ。
 逆に言えば、竹山が起用されていることなのでギリギリの線までは踏み出して欲しいということだと解釈した。

 21時過ぎ、カンニング竹山に伴われ、香取、稲垣、草なぎの3人が事務所にやって来た。
 すぐに番組が始まった。ボクの第一声。
「オフィス北野といえば森社長こと森昌行、そして元SMAPのメンバーといえばオートレーサーの森且行。今日は、お互い森って名前がNGなんです!」
 とボクが挨拶代わりのジャブをかますと、早速、竹山のホイッスルが鳴ったが、それでも怯まずに「そこは“夢がモリモリ”ではなく“闇がモリモリ”だからね!」とぶっこみギャグを乗っけると3人の表情が瞬時に凍りついた。
 さらには同時間帯、ジャニーズ事務所がTOKIOの山口達也との契約解除を発表とのネットニュースが流れ始めたため、
「今、Yahoo!ニュース見ました? 山口君、さっき退社しましたよ」
 と追い打ちをかけると、3人はますます困惑し黙り込む。
 竹山のホイッスルでCMに入った。
 すぐにボクは3人に向かって「生放送で受け身のとれないようなことを言ってスイマセン」と謝った。
 「いえいえ!」彼らは揃って首を振る。
 「博士さんはネットで話題になるのを狙ってるからね」と竹山がフォローしてくれる。
 それどころか香取くんが、
「博士さん、映画を観ていただいたんですね。ありがとうございます!」
 と彼らが主演したオムニバス映画『クソ野郎と美しき世界』を激賞してネットニュースになっていたボクに逆に礼を言ってくれた。
 あの映画の「エピソード3」である太田光監督『光へ、航(わた)る』は正直、素晴らしい出来だった。
 「草なぎくん、あの演技は年末の映画賞で主演男優賞を取らなきゃ
おかしいよ!あれは大傑作だった」
 と、言いながらグループでひとりだけ贔屓にしている用な言い方だったので「あ、ゴメン、草なぎくんだけじゃなくて皆、良かったんだけど……」と取り繕いのフォローを入れると、稲垣くんが「あ、大丈夫ですよ、そこ気にしないでください」と丁寧に言い、香取くんは「つよポン良かったジャン!」と草なぎくんに言うと「ボクらひとりが褒められたら、皆、それで嬉しいんです」とボクにニッコリと笑った。

 それは今までメンバー内で何度も比較されたり競争したり個人を揶揄されたりを繰り返してきたスーパーアイドルの一員の流儀だった。


オフィス北野を離れて、ロケバスで赤坂の制作事務所に移動。
 そこは地図上、ジャニーズ事務所とオフィス北野の中間地点だった。
 「ヘーオフィス北野って、こんなにうちと近かったんですね。知らなかった……」と稲垣くんが呟いた。

 芸能界の地図は近くて遠い。

 上階へ向けて狭いエレベーターに一緒に乗ると、彼らの鍛え抜かれたアスリートのような体幹を中心に贅肉のない体格を意識した。
 肉体そのものにオーラを宿している。
 その間近に受ける肉感はエンタメの最前線を闘ってきた男たちの履歴書を体感するようだった。

 そして、たけし軍団の兄さん方、面々が待つ会議室へと案内し、両者の対談が始まった。
「3人が10代の頃、毎週のようにたけし軍団と会ってましたよね?」
 とボクは切り出した。
 そう、それは今から四半世紀前のこと。
 毎週日曜日に日本テレビの『スーパーJOCKEY』で二組は何度も共演してきた。
 当時の記憶が蘇る。
 あの頃、香取くんが名物の〝熱湯風呂〟に挑戦したことさえあった。
 当時、麹町のGスタジオの個室には殿が陣取り、たけし軍団はその隣の大部屋に詰めていた。
 ゲストのアイドルたちは本番前、この大部屋に来て挨拶するのが恒例で、SMAP以前、バックダンサー=ジュニア時代の彼らの童顔を当時、軍団の足軽の身だったボクも鮮明に記憶している。


 80年代、人気絶頂のお笑いアイドルだったたけし軍団の下降線と、SMAPという、後の国民的アイドルの上昇線が一瞬だけ交叉した時間が、この番組だった。


 そして、SMAPの成功は同業のアイドルのみならず、『SMAP×SMAP』で見せたコントの才によって、歌って、踊れて、イケメンで、しかも笑いも出来るという四刀流が我々、芸人たちのフィールドを冒していった。 
 彼らの音感に優れた笑い、コメディアンとしての正統性を、かの音楽家・大滝詠一は「ぼういず物」の進化系であるとさえ評価した。

 対談は要所要所、スイングした。 
 「新しい地図のバックダンサーとして、たけし軍団の高弟たちを採用して欲しい」との冗談に、60歳を超えたガダルカナル・タカが「その時は、ジュニア扱いじゃなく、シニア待遇でお願いします!」
 と、泣きを入れるなど和気藹々の中、約1時間のトークは終了した。


 奇しくも、アイドルという誇張と孤独の存在に耐えかねた残念な事件が起きてしまった折だったが、新しい地図の面々は皆、顔色が良く、元気そうで、こちらこそ励まされた。

 地図を名乗りこそすれ、彼らはもうメルカトル図法の南極やグリーンランドのように、どこかが無理に誇張された姿ではなく、どこまでも正積で等身大の40代の男たちだった。

 昨年11月、新しい地図はAbemaTVで『72時間ホンネテレビ』を配信し、7400万視聴という偉業を達成。そして今年に入って、サントリーやロトなど、テレビCMにも復活している。


 漫画家・島本和彦は『炎の転校生』のなかで、
「地図なんてのは……現在地点がわからなきゃ、ただのラクガキよ」との名言を記したが、新しい地図の面々は今日も、彼らの成功へロードマップに真っ赤な矢印で現在地を示し、踏み出し続けている。

 芸能界で古くから居座り「漂えど沈まず」の二組。
 次の共演は何時になるだろう。


【その後のはなし】

 若い人に向けて説明すると、たけし軍団は「セクハラとパワハラを中心とした芸能」で80年代を席巻したスーパーアイドルグループだったのだ。
 その人気はライブの観客動員力が「光GENJI・アルフィー・たけし軍団」の御三家と呼ばれたほどだった。
 
 そして、現時点、オフィス北野はもう古い地図になってしまった。
 新事務所の名前はTAP。こちらの新しい地図に我々、ロートル軍団も踏み出すしかないのだ。


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