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後悔の前歯


いま、わたしは前歯の差し歯が抜けて、アホみたいな顔でいる。

わたしは子供がいるんだが、わたしとわたしの子供においてこれほど乖離しているものがあるのかというものが、ただひとつだけある。

虫歯、

子供ゼロ
わたしボロボロ

断言する。

子供の虫歯は親のせいだ。

プラークコントロール

親が子に施すか施さないかでまったく結果が違うもの、

もう一度言う。

プラークコントロール


断片的な話で申し訳ない。
歯はどうしても感情的になってしまう。

思えばわたしの親も歯がボロボロだった。

まだ40代だったと思う。いや、30代だったかもしれない、食事も終わり、毎夜、茶の間でくつろぐ父母の口元からつるんと吐き出されるものがある。

入れ歯。

「総」ではないが、上下5.6本の歯がついたそれはまさしく

入れ歯

を、

外した父母の顔は

ぶっとばされた。

少年の頃の、茶の間でくつろぐ父母の顔はこんなだった。

そんな父母に育てられたわたしの歯は16才の時にはもう、崩壊していた。

奥歯を三連続で腐らせて、抜く羽目になった時には流石に、セルフプラークコントロールした。

歯に関しては親を捨てた。
あんた達とは縁を切る。

あちこちボロボロだった歯をなんとか立て直し、10歳で患った前歯の虫歯もいくらか食い止めた。
20歳くらいからは、メンテと検査以外で、ほぼ歯医者に行くことはなかった。

が、歯医者には月一で通った。

セルフプラークコントロールの為だ。

大学を卒業する頃のかかりつけの女型の歯医者は、奥歯の銀歯をインプラントにしろとしつこかった。

「就職活動に必要よ」

ねっとりと口説くあのメガネの女医はまさに
わたしを実験台にしたがっていた。

30年前にインプラントという言葉はまだ真新しかった。

聞けば値段は60万円という。さすがに親から仕送りを貰う身では躊躇してした。

わたしの為にばあちゃんが貯めてくれている100まんえんを使うにも、結婚っと言うカードを手にしなければならない。

その100まんえんもわたしが知らないうちに
オヤジがどこかで溶かしていた。

アホのフリして親の金でインプラントを入れておけばよかったとつくづく思う。
お陰で、わたしの奥歯はいまだに3連銀歯だ。

話しを戻す。

奥歯に躊躇するわたしに女医はネクストトライを囁く。

「前歯を綺麗にしようよ。保険適用内でもいいのがあるから」

わたしは甘い言葉に負け、中心から右へ3本の前歯を差し歯にした。

施術後。

「どう?見てみる?」

何故か赤く火照った頬の女医は、わたしに手鏡を渡した。

イーと口を開けて、替えた歯をみる。

スッキリと白い歯が並んでいる。まわりの歯とも馴染んでいる。

差し歯にした後、何度か歯が綺麗だねって言わた。
悪くない。

が、コレが曲者だった

所詮は人工物

寿命がある。10年もすると、ある日ストンと抜ける。1、2度付け直してみるが、最後は作り直すかとなる。

そんな時のわたしの顔は

ぶっとばされた


この顔を見る度に、わたしには子供の歯の事を思う。

駆逐してやる、子供の口の中から全てのプラークを駆逐してやる!

虫歯なんてもっての他

アイハブぁ、ドリー!
わたしには夢がある。

親の夢を子供に押し付けるなと巷では言われる。

そんな馬鹿な!

こんな腐った歯になんか子供をしたくない!
泣こうが喚こうが
膝で顔を抑え、口の中に歯ブラシをつっこみ、暇を見つけては小児歯科に連れて行き、
ニュータンス菌は12歳までに口に入らなければ虫歯にならないと聞けば、大人の口にしたものは完全にシャットアウトした。

今、子供の口の中に虫歯はない。

ゼロ。
ゼログラブィリテー。

完璧だ。

大学なんて行かなくていい。
金持ちなんてならなくていい。
結婚相手がアホでもいい、パパもアホだから、
ただその白い歯でずっといてくれよ。

と子供のプラークをコントロールする事に人生をかけてきた。

そしてまた、わたしのもとに新たなベイビーがご降臨された。

さあ始まるプラークコントロール第2章。


などと意気込みながら、泣きじゃくる幼子を膝に挟み、開いた口が丁度いいと歯ブラシを突っ込む。


ある日、母が孫に会う為に来た。

目尻を下げ、娘を抱き寄せる母を見て、朗らかな気持ちになる。

とその時、母は口から何かを出した。
何かの食べ掛けを出した。
そしてあろう事かそれを我が幼子の口の中に放り込んだ。

テメェぶっ飛ばすぞ!

ぶっとばすぞ

「母ちゃん、あんた俺の子供に何してくれてんだ?」
「噛んで柔らかくしてやってんだ」

平然と言う。

獣かよ。

やめてくれ。
が、
もう遅い。
幼子は、ほうりこまれたものをモグモグと表情もなく食っている。

御破産。

好きに読んでくれ。

何もかもがパーだ。わたしもああして、ニュータンス菌の固まりを放り込まれたんだろう。

とほほだぜ。

こうして第2章の幕は早々に閉じた。

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