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できれば地下のジャズ喫茶で

高校時代の私の愛読書は、上下二巻のハードカバー仕立てになっていてクリスマスカラーが印象的な、あの『ノルウェイの森』だった。

同じ陸上部の田中君から薦められて読んだのだが、大学に入ってからも折に触れページをめくり、ちょうど主人公の〈ワタナベ〉が自分は多読ではなく気に入った本を何度も読み返すタイプで『グレート・ギャツビー』を最高の小説だと言っていたように、気付いたら印象的なフレーズをちょっと長めのものでも空で言えるくらいまでになっていた。その中に、このようなセリフがある。

〈僕のまわりで世界は大きく変わろうとしていた。その時代にはジョン・コルトレーンやら誰やら彼やら、いろんな人が死んだ。人々は変革を叫び、変革はすぐそこの角までやってきているように見えた〉

村上春樹作品には多くのジャズ奏者や楽曲が登場する。ノルウェイの森では、主人公がセロニアス・モンクやビル・エヴァンズやマイルス・デイヴィスのレコードを聴く場面があるが、前述したコルトレーンは二度その名が出て来る。他方も引用する。

〈でもこの大学の連中は殆どインチキよ。みんな自分が何かをわかってないことを人に知られるのが怖くってしようがなくてビクビクして暮してるのよ。それでみんな同じような本を読んで、みんな同じような言葉ふりまわして、ジョン・コルトレーン聴いたりパゾリーニの映画見たりして感動してるのよ〉

みんな大好き、冬眠から目覚め春の陽気にあてられて外界へと飛び出したばかりの快活な小動物のような魅力を持った女性として描かれる〈緑〉のセリフだ。

音楽ジャンルとしてのジャズが日本に本格的に輸入されて定着したのがいつ頃だったのかというと諸説あるようだが、少なくとも学生運動を扱った様々な作品群にはジャズ喫茶という場所が登場し、そこは幾分か気だるい雰囲気が漂いつつも「ほら、ここのところが…」「お前、なかなか“通”だな」などと言った風に同じ価値観や嗜好を持つ者同士が同じ時間を共有する、そういった舞台装置として描かれる場合が多いように思う。

本場のアメリカにおいて大衆音楽であったジャズは黒人労働者たちの日々の生活の中から生まれたとされるが、これがアメリカで流行って、おそらく昭和初期あたりに日本に入って来て、年月が経つうちにいつの間にか大衆音楽というよりはむしろ“通”な人やマニアの間で聴き込まれていったため、ジャズの知識・素養みたいなものを身に着けていないと受け入れにくいようないわば”深度”を持ったジャンルになったのだと推察する。

また、世間で流行りの歌謡曲しか聞かないような人にとってジャズ愛好家たちは、なんとなく専門家気取りで、大衆と自分とは志向が違うのだという選民的な印象を持たれがちのようにも思う。

大学に入って一人暮らしを始め、まだ自分は何者でもないのだけれど何者かになったような、居場所を得たような、そんな気持ちにさせ”大衆との差異化”を生じさせる力を持った音楽がジャズだったのではないか。

そのように解釈した上で先ほどの二つのセリフを見返すと、雑然とした世界の真ん中でワタナベは賢明にもその変化の予兆を察知している一方で、高尚なイメージがあるジャズを世間知らずであることの隠れ蓑として利用する者たちの滑稽さみたいなものが語られているから、やはりジャズという音楽ジャンルは本場アメリカでそうであったような大衆音楽としてではなく、それとはなんなら真逆の”わかっている”者たちが専ら好む文化として描かれている。

私自身も学生時代に、高校の同級生で別々の大学に行った女性から青山にあるブルーノート東京に誘われた際、好んでジャズを聴いていなかった自分にはちょっと敷居が高いなと思って断った思い出がある。

まあ、ジャズは実際には演奏技法的にとても砕けた即興性や自由度があるジャンルなわけだがリズム感から楽器の鳴らし方まで多くの要素が”日本的”ではなく、そういうことも相まってジャズ喫茶という場所はおそらくはかなりアンニュイな雰囲気の空間であり”日常的ではなかった”のかなと、いろいろと考察しながら長々と書いてしまった次第である。

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