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【観劇】うち劇オンステージ「サイレント ヴォイス」感想

【公演】
朗読劇「うち劇オンステージ」
~サイレント ヴォイス~
【公演日程】
2021年6月13日(日)
 ①開演14:30回
 ②開演18:00回
【会場】
こくみん共済 coopホール(全労済ホール)/スペース・ゼロ
【公式HP】
https://uchigeki.spwn.jp/events/21061314-silent
【ライブ配信】
6月20日21:59まで公式HPより購入可能
(視聴期限は同日23:59まで)


〈あらすじ〉
白昼の小学校に男が侵入し、多数の児童を殺傷する無差別殺人事件が発生。
新人弁護士・新垣優は先輩弁護士・平健吾と共に、日本犯罪史上最悪の被告と呼ばれる実行犯・佐久田冬馬の弁護を担当する事になり、激しく心をぶつけ合う。
正義感の強い新垣とおだやかな性格の平はめちゃくちゃな供述を繰り返す佐久田に振り回され、乱されていく…。
それでも佐久田を理解しようとする平、そんな平に苛立ちを隠せない新垣。
人間の深い業を描いたヒューマンドラマ。彼らに救いはあるのだろうかー。

〈出演者〉
平 健吾役:平野 良
新垣 優役:石田 亜佑美
佐久田 冬馬役:杉江 大志

公式HPより引用


■はじめに■

この朗読劇は、実際にあった事件「附属池田小学校事件」を題材にしています。演出家 西森英行さんがこの事件を風化させてはいけないという想いで、取材を重ねて、何度か舞台化をして長年向き合ってこられたテーマです。
2020年の春にリモート演劇劇場「うち劇」第4弾として、西森さん脚本演出で上記テーマを初の朗読劇にした「サイレント ヴォイス」が配信されました。そして今回、舞台と配信《同時開催》「うち劇オンステージ」の演目の一つとしても選ばれました。
実際の事件を彷彿とさせるワードも含まれており、非常にセンシティブな内容で構成されています。大変重い題材ですが、必ず観た人の心に残るものがあります。この手の舞台作品を苦手としない方には、一度触れていただきたいと思える作品です。


■会場について■

まず会場に入る前に、アルコール消毒スプレー、検温、靴マットで靴底の除菌があります。
ホールは客席の使用率を50パーセントに減らし、左右1席空けて前後で人が重ならないように座る形式をとっています。
分散入場と退場、終演後のお化粧室の利用禁止と感染防止対策を徹底されていました。

舞台セットはシンプルです。
間隔を十分に保てる距離に椅子が均等に並べられていて、バックは緑色です。(配信で役者さんの背景に映像を入れるため)
舞台の左端と右端に小さなモニターが1台ずつ、そして正面の高い位置に吊り下げ式の大きなモニターが1台。開演すると、そのモニターには配信と同じ映像が映ります。
会場に来た人は、舞台上の役者さんを観てもいいしモニターを観てもいいという自由度の高いつくりになっていました。
私はほとんど舞台上の役者さんばかり観ていましたが、ソワレでは席の位置関係で大志くんが全く見えませんでした。なので、舞台上を観つつも大志くんの演技をモニターで確認出来るこの仕組みは非常に良かったです。


■作品について■※ネタバレ考察含む

マチネ・ソワレともに会場で観劇しました。
どちらの回も前方席の同じ列です。

キャストの席順は、客席視点で左から順に「大志くん」→「良くん」→「石田さん」です。
上演時間は約1時間20分+アフタートークが約10分でした。

演じる役者さんは相当なエネルギーと集中力が必要とされる朗読劇で、舞台から届く熱量が重みを伴って響いてきました。観る側としては、会話のどこに着目するか、役者さんの熱量のどこに惹かれるかで感じ方が変わる作品だと思いました。

※本編の感想に行く前に注意書きしておきますが、あくまでこの作品のストーリーと演じられた登場人物の表現を受けての個人の感想になります。


本編は、最後の日まで736日の時点から始まります。弁護団主任の平弁護士と新米の新垣弁護士は、死刑を求め弁護を拒否しては傍若無人な態度をとる佐久田との接見に臨み、本当の心の声を掬おうとします。

最初の接見時、佐久田の態度に戸惑う新垣弁護士は、どうしてあんな態度をとるのかと正直な気持ちをぶつけます。そんな真っ直ぐな性格の新垣を見て、平弁護士は根腐れをおこす前にこの弁護から外れなさいと諭します。
穏やかな態度と落ち着いた観察力で物事を判断する平弁護士。宮沢賢治や室生犀星、金子みすゞなど詩人の言葉を好む性格からも、人徳者であること人に対して愛情深いことがよく分かります。佐久田にもいくつか本を差し入れていますが、近所のお節介焼きなお爺ちゃんのようです。

佐久田を一人の人間として扱い、向き合い続ける平弁護士の姿勢に、夜回り先生を思い出しました。状況も相手も全然違いますが、真正面から向き合って閉ざされた心に何度も語りかける行為は、まるで我が子に寄り添う親のようであり、そういった側面が重なって見えたのかも知れません。

「被告の話す言葉よりも言葉にならない声を聞きたい」と話す平弁護士。
被告との向き合い方とその意図するところを知った新垣弁護士は、「私にもその声聞こえますかね」と呟き、平弁護士のように佐久田と向き合いたいと思い始めます。

その後も事件のことから目を背け、被害に遭った子供達に対して何とも思わないと言って逃げ続ける佐久田の強硬な態度に、平弁護士は怒りも顕にその任を降りると言って接見室を後にしてしまいます。
1人だけとなった佐久田は、一瞬だけ捨てられた子どものような顔をします。非常に幼い精神のままに歪み、広がってしまった心の穴を埋めてくれる存在を無意識に求めているのがここから見て取れました。

気落ちして帰ろうとする平弁護士に、新垣弁護士は本当にここで終わらせていいのかと詰め寄ります。平の姿を近くで見てきて憧れたからこそ逃げて欲しくないと思う、新垣弁護士の真っ直ぐな言葉に好感が持てます。
もう極刑は免れない佐久田に対して、「先生はどうしたいんですか?」と問いかけます。
「佐久田に謝らせたい、人として本心から謝らせたい」と心の底からの願いを言います。平弁護士は自分の信念に沿って、もう一度最初から佐久田と対話を重ねて、心の奥に隠れている自分の声に気づいてもらおうと尽力します。

魂から向き合い続ければ何か伝わるものがあるのか、佐久田は自分の過去と向き合っていくようになります。その過程は描かれずに話は進みますが、大志くんが演じる佐久田という容疑者には、自分の過去を振り返り、犯した罪と向き合った痕跡が浮んでいました。罪悪感も軽んじていた命の重さも、最初に比べて少なからず感じているように見えました。
しかし、最終陳述の場で「何か言いたいことはありますか?」と問われると、数秒の沈黙の後に謝罪の言葉も何も口にしませんでした。この沈黙の間、佐久田は自分の中に渦巻く感情と必死に戦っていたようにも見えました。

最後の日の接見で、平弁護士はなぜ何も言わなかったのかと問いかけます。
「あなたは謝罪の言葉を口にしようとしていた。もうここまで出かかっていた。」
佐久田は否定しますが平弁護士は諦めることなく、それは違う、僕は君を見てきたから分かるんだと切実に語りかけます。
しばらくの後、佐久田の方から遺族に伝えてほしいことがあると切り出して、最終陳述の時のように葛藤しながらも言葉を口に出そうとしますが、必死に絞り出そうとして出た言葉は、「お前らのことは絶対に許さない」でした。そこからは、遺族への暴言、社会への怒りや憎悪、拒絶の言葉が堰を切ったように佐久田の口から零れていきます。そんな彼の言葉を聞く2人の弁護士の表情には一言では表せない複雑な色が滲んでいました。
「そうやって自分の人生を粗末にするな!僕はっ、それが許せないんだ!」
この時の平弁護士の悲痛な訴えは、やるせなさや悔しさ、謝罪をさせられなかった自分への憤りなど全てが込められていました。
彼らの間に積み重ねてきた時間と築いてきた信頼があったことが分かるからこそ、非常に苦しいものがあります。ソワレでの良くんは、はっきりと分かるほどに涙を流して熱演されていて、エンドロール中も涙を拭っていたのが印象に残っています。
最後まで佐久田のことを諦めない平弁護士に、やっぱり似ていると呟いた佐久田は、死んだ祖母について話し出します。この時の彼の表情は1番人間らしさがあったように思います。

この罪悪感を感じながらも最後まで怒りと拒絶の言葉を発する姿が、本当に恐ろしかったです。外に向かった声も心に留めた声もどちらも本心だと解釈していて、向き合った人生と葛藤の末に口を突いて出たのが暴力的な言葉ということに、どうしようもできない心の歪みや問題の根深さを感じました。
最後に俺の本心を教えてやると言って吐いた言葉は、人間が大嫌いだ自分が大嫌いだ、でした。ここまできて、こんなことが言えてしまえる人間性には痛みしかありません。
それでも、平弁護士に支えられて僅かでも罪を罪と認識するまでに外れてしまった道を戻ってこられたのは、佐久田の人間関係の中に祖母の愛情があったからだと思います。
平弁護士を解任しなかった理由を明かすのですが、祖母と同じように彼のことを気にかけていたからと話しています。祖母の注いだ愛情がストッパーになり、平弁護士の言葉が少しでも届く状況が成立したのだと思います。この欠片のような愛情すらもなければ、どんなに言葉を投げかけても真心で向き合おうとしても、すべてがすり抜けて無意味に終わったのではないか、そう考えると底知れない恐怖を感じました。

心からの謝罪を言葉にさせたいという願いは目に見える形で果たせませんでしたが、その為に向き合い続けた時間には意味があったんだと、最後の佐久田の去り際の沈黙が語っていたように思います。

佐久田の弁護が終わり、職を離れようとする平弁護士を新垣弁護士が引き留めます。
私はまだまだ未熟なので、父のように叱ってください、と。
佐久田と平弁護士の関係に目が行きがちですが、この話の中では新米弁護士新垣の成長も描かれていました。きっと彼女はいい弁護士になると思います。


エンドロールが流れて朗読劇が終了したら、10分ほどのアフタートークが始まります。楽屋トークと称しているほど、本編と打って変わって和やかムードです。劇場ならではの空気感なのか、役を抜いて笑顔で話す役者さん達を見ていると、自然と客席も切り替わります。
あの重たい話の後にトークを聞いて笑う自分がいて驚きましたが、この時だけは何も考えずに楽しめたのがありがたかったです。

お稽古はZOOMで2回だけ、本番をほぼ初対面で迎えたそうです。良くんと大志くんは過去にも共演されている仲で、石田さんは普段はモーニング娘として活躍されていて外部公演は初めてとのこと。この男性陣2人ならば心配ないとは思いつつ、石田さんがトークに馴染めなかったらどうしよう...と若干気がかりではありましたが、見た限り楽しそうにされていたので安心しました。
マチネでは、良くんが進行役としていいタイミングで両隣りにお話しを振ったり、石田さんのトークセンスにより、稽古中に1人だけ自宅でお洒落なグラスで水を飲む良くんのお話が聞けました。(後のお2人は事務所です。)
ソワレは、3人ともマチネより打ち解けた雰囲気がありました。進行役は石田さんです。大志くんは率先して盛り上げに行くのが本当に良い子ですし、良くんの相手の人柄を引き出せる話運びも安心感があります。
石田さんは今回初めて知った方でしたが、天然な所は可愛くて、でも進めるところはしっかり進めていく性格に魅力ある方だなあと思いました。


■キャストについて■※ネタバレあり

・平野 良くん
最初の話し方や空気感で、新垣弁護士と20は確実に歳が離れているなと思いました。マチネの平弁護士は50代後半くらいじゃないでしょうか。(想定してたよりも低く声が出てしまったらしく、ソワレでは40後半から50代手前かなってくらいの声に若返っていました)
実年齢より上の年齢の役を通しでするって中々ないことだと思いますし、その年齢相応の話し方と仕草がしっくりきていたのが素晴らしかったです。アフタートークで、年齢を上に見せるために眼鏡をかけたと仰っていましたが、十分に効果を発揮されていたし、とてもお似合いでした。
この作品が持つメッセージ性を伝える時、重要になるのはリアリティと厚みです。厚みの部分の比重は、平弁護士の演じられ方にかかってくるところが大きいと思います。良くんの平弁護士には必要な厚みがしっかりあって、長年の人生経験からくる深みのある台詞の数々と懐の広さに説得力がありました。最終弁論の話し方、一瞬佐久田の方に視線を向けてから続きを話すところもいいなと思いました。
こうゆうお芝居をされると、良くんで観たいなって役が増えてしまいます。新しい役をされる度に惚れ直さずにはいられないし、さらに好きになってしまう役者さんです。

マチネのトーク後の挨拶で、「どこまで表現することにしていいのか。…(略)…その痛みを分かち合うことも大切だとも思いまして。優しさや愛情をペラペラにならないように演じようという気持ちで臨みました。」と言っていました。この言葉がとても好きだったりします。

・石田 亜佑美さん
初のノンフィクションをベースにした朗読劇、初の外部公演とは思えないほど好演されていました。まっすぐな瞳で臆することなく正しいと思ったことを口に出していく、まだ何にも染まっていない純粋な物の見方をする新垣弁護士の役どころがぴったりハマっていました。平弁護士と新垣弁護士の関係性が非常によかった理由の1つは、石田さんの演じ方にあると思います。台詞のひとつひとつに込められた感情も表情もすごく好きでした。
内部公演は創作系が多いそうですが、この朗読劇を見て、メッセージ性の強い役や現実に寄った作品も似合う役者さんじゃないかと感じました。また外部の公演に出演していただけたら嬉しいです。
終演後に、この作品に出演した感想をアメブロにあげてくださっていました。リンクをここに貼っておきます。
https://ameblo.jp/morningmusume-10ki/entry-12680447762.html?utm_source=dlvr.it&utm_medium

・杉江 大志くん
メサイアと文劇でしか観たことがなかったので、私の中のイメージは正義や光といった言葉の似合うまっすぐな青年でした。そんな大志くんが、このような役柄を!?と驚きました。
お芝居上手な方なので期待してはいたのですが、どう演じられるのか全然想像がつかなかったです。実際に観に行った感想としては、すごくよかったです。中心にしっかりした軸を持っていて、そこを起点に心の機微を丁寧に表現していたように感じます。佐久田が罪と向き合ったと思えたのも、大志くんが演じたからこそ伝わってきたものでした。
面白い役者さんだなと思ったのは、マチネとソワレでニュアンスが大きく違う印象を受けたことです。役柄もあるのかもしれませんが、内側から沸き起こるものに重きを置いてそれを出していくことをよしとするタイプなのかなと。ソワレでは、大志くんが変わったことで、良くんと石田さんの感情の起伏が変わったように思います。
良くんも板の上の空気感や感情に沿ってお芝居が変わる役者さんですが、大志くんはまた違うタイプの変わる役者さんのようです。変化する人同士のお芝居には面白いものが生まれやすいので、観る側としてはわくわくします。
今は2.5次元を中心に活躍していらっしゃいますが、この芝居を観て、違うジャンルの舞台にも沢山出演してほしいと心から思うようになりました。

・キャスト全体
本当に皆さんの演技がよかったです。
若手の俳優さんだけで、この題材をしっかり見せるのってかなり難しい...というか結構無茶なことしていると思います。平弁護士なんて、経験と苦労が自然と顔に滲み出せる50、60代の男性俳優がしてそうなものです。
なので、心の機微を繊細に表現できる役者さんを集めたこのキャスティングで観れたのは非常によかったなと思いました。



■あとがき■

当日のマチネ終演後は辛くて苦しくて、ソワレのチケットが手元にあることを後悔したほどでした。2回の観劇を終えたらもう疲労困憊、今回は感想なんて絶対書けやしないと思っていました。でも一晩寝ると少し回復している自分がいて何とかなりそう!と睡眠の偉大さに感謝して仕事終わりにちょっとずつ書き進めました。会場では分からないだろう表情も見たくて、観劇前に購入したアーカイブも視聴できるくらいには落ち着きました。
配信を見ることで発見することや書きとめたいことが出てくると思うので加筆修正はしますが、一旦まとめておこうと思います。

題材の事件が起きた当時、私は小学生でしたが恐ろしい事件として記憶に残っていました。それから節目ごとにメディアで取り上げられるのを目にして、事件の内容を把握していったように思います。
20年前ってまだ現代でしょう?あまりにも身近過ぎないかと思いましたが、知らない世代もいるのですよね。
モチーフとなった容疑者は凶悪殺人犯に変わりはないし、主任弁護士の気持ちを推察することはできても共感はできません。ただ、この朗読劇を通して容疑者と弁護士の血の通ったやりとりをストレートに受け止め、私たちからは見えない心の側面があったかもしれないと想像した時間はとても貴重なものでした。人の心の在り様についても考えさせられました。この作品で感じたことはずっと心に残ると思いますし、度々振り返ることと思います。
また自分が観に行く勇気が出るかは分かりませんが、これからも上演されてほしいし沢山の方に届いてほしい作品です。


1つ気になる事があるので、これも書いておきます。
実はこの朗読劇、2020年版と今回で2人キャストが変わっています。去年から続投しているのは大志くんだけです。

〈2020年の配役〉
平健吾:荒牧慶彦
新垣優:山崎大輝
佐久田冬馬:杉江大志

役者さんの持ち味が異なるので、2020年版では登場人物から受ける印象もストーリーから感じることも随分と違ったのではないかと予想しています。
重たい話であるのは同じですが、キャストが違う+映像配信のみで「うち劇」を観たとしたら、全然違う着地点にいたと思います。
両方を観た方がいらっしゃれば、どんな感想を持ったのか是非聞いてみたいところです。

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