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最近の記事

道子さんのこと

太田道子さんの訃報を昨日知った。 https://www.kirishin.com/2024/01/15/64349/ 学問に携わっていた中で恩師と呼べるひとは数える程度だが、道子さんはその中のひとりで、学部生のころ彼女の勉強会に参加しお会いした。 ICUで倫理学の授業をしていたK先生が、聖書の勉強会があるから興味あるひとは来ないかと呼びかけたのがきっかけだった。おそらく30人程度出席していた大教室なかから、行きたいですといったのは私ひとりであった。特に深いことは考えず興

    • 狩猟採集の楽園から農耕の奴隷へ

      ”反穀物の人類史” ジェームズ・C・スコット 我々が歴史を省みるとき、現在我々が享受している「国家」観を遡及的に(retrospective)に適用してはいないだろうか。 本書は、古代オリエントから派生した農耕が文明の発展の礎となったというような、オリエント農業国家中心主義に対するアンチテーゼである。 著者は、国家に属しない生き方を選んだ人々を描いた「ゾミア」で有名なスコット。  いま我々は食物を安定して供給してくれる農業というシステムから離れて生きる事はできないし、その

      • 感染症について(の読書)の所感

        コロナ禍の渦中にいるのでいくつか感染症についての読書をしてみた。もともと専門であった中世ではペストや飢餓、戦争といった要因が社会に大きな影響を与えているので、それについてはいままでの読書からいくつか思いだしたものを記述したいと思う。そうなるとコロナ以後の世界について、過去においていかなることが起こったかを対象化することは今後の世界を考える上で参考になるだろう。 ●感染症の歴史を見てみると、未知の病原菌に対して、人間は技術が進んでもあまりにもプリミティブな対処しかできないとい

        • 「古代オリエントの神々」 小林登志子

          「フラゴナールのブランコ」 本書は古代オリエント世界の多神教の様相を俯瞰し、古代メソポタミアからギリシャ・ローマへの繋がり、果ては中国や日本まで射程の非常に広い書物である。 マニ教、ミトラス教やゾロアスター教など古代においては優勢であったが現代においては3大一神教の影に霞んでしまっている古代オリエントの宗教からは、今の中東のイメージとはかけ離れた興味深い文化を知ることができる。 私はユダヤやキリスト教文化の視点から聖書をよんできたが、その背景となるオリエントの宗教につ

        道子さんのこと

          「ジャガイモのきた道」山本紀夫

          じゃがいもがアンデスに端を発し、今や世界中で普及していることは周知の事実ではあるが、その実詳しいことはあまりしられていない。 著者は農学の専門家であるが、歴史的な背景なども俯瞰しじゃがいもの発祥地のアンデスから現在の状況までを記述している。 アンデスでもともと雑草の一種であったじゃがいもが栽培化され人に育てられるようななる。しかし、じゃがいもには欠点としてはソラニンなどの有毒成分を含むことと水分が多いため腐りやすいということがある。これを克服するためにアンデスの人々は、じ

          「ジャガイモのきた道」山本紀夫

          「みんな彗星をみていた」星野博美

          「転がる香港に苔は生えない」で有名な著者によるキリシタンについてのエッセイ。 多くの文献、翻訳資料を反映した内容であり、 彼女の主観的なまなざしからは、むしろ当時のキリシタンや宣教師の姿がリアリティをもってたち現れてくる。 本著によって気付かされるのはまずカトリックの圧倒的な組織力と資料保存能力だろう。 戦国時代から江戸時代初頭にかけて来日した宣教師たちは、日本に布教するという使命もさることながら、 殉教した際に、列聖・列福されることを互いに強く意識していた

          「みんな彗星をみていた」星野博美

          「塩一トンの読書」 須賀敦子

          「塩一トンの読書」 須賀敦子 知らない作家の名前を、違う友人から続けて聞いた。 イタリア語の翻訳者である作家のエッセイ集である本書は、本のレビューと翻訳にまつわるエッセイが収められている。 世界の限界は言語の限界というように、違った言語に移し替える作業はいつも、それぞれの文化が持つ齟齬を必然的に押し切らなければならない。だけど、その誤配のなかから人は新しい言葉の世界を獲得してきた。 例えば、ユダヤでは、長い歴史を経るなから聖書の翻訳というのは避けては通れない

          「塩一トンの読書」 須賀敦子

          「源氏物語ものがたり」島内景二

          「古典とはいわば百科事典」 個人的には「あさきゆめみし」しか読んだことない身で、このようなことを書くのも何なんですが。本書は源氏物語の受容史。 古典と呼ばれるテクストが、「校訂・解釈・翻訳」の過程を経ているという点で共通していることがわかる。 例えば、聖書にしても、アリストテレスにしても写本作業を繰り返していくうちに、解釈や間違いが入り込み本文に差異が生まれてきてしまう。そのような差異を解消し一つのテクストを決定する作業が校訂である。 そして、もちろん昔の文章は、時代が

          「源氏物語ものがたり」島内景二

          「暴力の人類史」(上)スティーブン・ピンカー

          「名誉の文化」「威厳の文化」 原題はThe better angels of our nature リンカーンが、人間の暴力へ向かわせる本性と協力的で平和的な関係に向かうもののうち後者を「人間性の善なる天使」と呼んだことに由来。 本書は人間が歴史の中で、暴力がどのようなかたち(戦争やテロ)をとり、また現代においていかに減少してきたかについて、多様な視点から論じたものである。が、それだけ長い。邦訳上巻だけでも600ページ以上。決して読みにくいわけではないのだか、とにかく長かっ

          「暴力の人類史」(上)スティーブン・ピンカー

          「失われた宗教を生きる人々」ジェラード・ラッセル

          「マイノリティの目からみると世界はより大きく見える」というのは、ユダヤ研究を始めた修士のときに思ったことだが、それに違わずこの本に出てくる諸宗教、諸民族から見た世界もまた、中東の異なる一面を描いている。大国に翻弄されやすいため、多様な民族や文化に触れざるをえないのは当たり前だが、彼らの習俗からの中東のかつての姿を思いかべることはまた現代を観察するためにも不可欠な視点であろう。作者はアラビア語とペルシャ語が堪能な元イギリスの外交官、各地に赴任した経験を生かし、直接このマイノリテ

          「失われた宗教を生きる人々」ジェラード・ラッセル

          「サピエンス全史」ユヴァル・ノア・ハラリ

          言わずと知れた世界的ベストセラー、原書はヘブライ語、この日本語訳は英語からの重訳。著者はジャレト・ダイヤモンド「銃・病原菌・鉄」に影響されこの通史を書いたという。初版は2011年。イスラエル人がやたらこの本を読んでいたのでなんだろうと思っていたら、あれよという間に世界的なベストセラーになっていた。もし彼がまた著作を出すのであればぜひともいち早くヘブライ語から訳して一攫千金したいものである。  ベストセラーになるだけあって高校で学んだような歴史の先入観を覆すような話や、痒いと

          「サピエンス全史」ユヴァル・ノア・ハラリ