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欠落した話

ミステリ小説やホラー小説が好きでそんな話をよく読んでいる。米澤穂信やはやみねかおるのような、日常のちょっとした謎を明かしてくれるような話が好きで読むたびにそんな角度から物事を見ることができるんだな、と感心したり感動したりしている。そして何より謎があってそれが綺麗に解けていく過程を追うのがたまらなく気持ちがいい。その瞬間を味わうために僕は小説を読んでいるんだろうと思う。

子どもの頃からずっと、今でもドラえもんが好きだ。てんとう虫コミックスは全部揃えているしもちろん大長編も読んでいるし内容も全て記憶している。僕は生きているドラえもんの辞書であり百科事典だ。何巻のどの話であのひみつ道具が使われていて、その話ではジャイアンがこんなこと言っているとか、あのひみつ動画が使われていたのはこんな意図だったとか、そんなことは秒とかからずにそらんじられる。僕は百科事典だった。辞書だった。生きたドラえもんのデータベースだった。

加齢とともに記憶が抜けていき今ではもう見る影も無いドラえもんが好きな存在だ。何一つ思い出せなくなった。辛うじてこの絵柄はだいたい20巻前後だろうとか、この話は40巻より後だとか、おぼろげなアタリをつけることしかできなくなっている。

記憶の中にあるたった1ページの情報がどの話だったか全く思い出せなくなって困っていた。

ジャイアンが新曲を披露しようとしているが誰一人集まらず、のび太とドラえもんだけが参加している。
そのことについてジャイアンが文句をつけ、おもむろにリサイタルがはじまる。
「歌こそ〜命〜わが〜命〜オーオオーオーオー」
ジャイアンの歌を聴くことから逃げられないためドラえもんが出した薬を飲んでその場をやり過ごそうとしているのび太とドラえもん。

記憶の中の1ページの情報はこれだけだ。かなり詳細に覚えているのにその前後の話は全く思い出せず、一体これはなんの話だったのかずっと気になっていた。このジャイアンの歌に頭が支配されていた。ずっと気になって仕方がなかったので、てんとう虫コミックスを調べることにした。

まず絵は20巻代のあたりの絵だった。これは大きなヒントだ。そしてひみつ道具は薬系のエピソードだった。これも大きい。記憶の描写はかなり特徴的なビンの形をしていたし嫌な状況から脱するために飲んだことからこれは逆にジャイアンの歌を好きになるようにしているのでないかと思い当たった。つまりこれはヤメラレンという、飲んだ人がなにかの中毒になる薬だとわかる。

ここまで特定できればあとは目次から内容を察せられるエピソードに辿り着くはずだ。ヤメラレンがタイトルに入った話を20巻から29巻の間で探してみることにしよう。ここまで絞れたら5分とかからない筈だ。

しかし、「ヤメラレン」という単語はタイトルには入っていなかった。振り出しか、それとも見落としただけか。もう一周してみることにする。

20巻、ない。

21巻、ない。

22巻、ない。

23巻、表紙でわかる。ここじゃない。これは地底人を作る話だ。

24巻、目次の中にヤメラレンじゃないけどとても気になるワードを見つけた。

『ジャイアンリサイタルを楽しむ方法』

間違いない。これだ。
確信した。それ以上ないタイトルだ。ジャイアンリサイタルを楽しむ方法。ヤメラレンを飲んでジャイアンの歌の中毒になろうとするんだ。
この話どうオチがつくんだろうか。タイトルを見て記憶が蘇る。のび太ドラえもんがジャイアンに歌を聴かせろと詰め寄っている。早速144ページを開いて、ずっと気になって仕方がなかったあの話を読んだ。

日常の謎がひとつ明かされた瞬間だった。

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