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211129 カネコアヤノ

3回抽選に応募してどうにか当選した席は注釈付きの席で。
メンバーの背中しか見れないのは寂しいけど、その熱狂に触れることができればそれが全てだなと、割り切って家を出た。

神保町の喫茶店で適当な時間をやり過ごし、寒波が居座る九段下を歩いているとボッと輝く武道館が目に入る。人々とその人々の発する期待は雑味のない暖かさに満ちていて、嫌味のない混雑に揉まれて武道館の正面にたどり着いた。
「カネコアヤノ日本武道館ワンマンショー2021」
スタンド1階北東A列40番の景色にイメージが湧かないまま館内を半周歩き、アリーナに入る。ほとんどの座席には既に人が座っていて、チケットと案内表示を交互に見返しながら、指定された席にそわそわと向かう。出番を待つお客さんと往来するスタッフの緊張は会場の隅々まで漂い、日の丸が見下ろす武道館は伝統と歴史を携え気品に溢れていた。
白色の座席に座る。ステージの裏側、注釈付きのチケットとは言えども、1階の最前列、上手側の斜め後ろ、メンバーとほぼ同じ目線と景色を共有できるほど舞台に近い座席だった。演者や演出が見えづらい席かもしれないが、ライブ然としない視点からの没入にはきっと価値があるだろうと胸が躍る。解像度の高い舞台から伝搬する情熱はきっと心の深い部分を抉ることになると、直感がそう確信するくらい面白い席だった。

暗い帷が下りた後、一瞬悲鳴にも近い歓声が起き、静謐が訪れる。
日の出のようにカネコアヤノとバンドメンバーが姿を現し、舞台袖に近い客から拍手が拡がっていく。
ゆっくりとした足取りで各々がポジションにつき、客が目線でそれを追う。
最後の微調整を終わらせた4人は、ドラムの前で拳を突き合わせる。
カネコアヤノの一言。
「よろしくね〜〜〜」
普段なら泣いたとか泣かなかったとかを口にするのは表現としてすごく軽いものだと思って避けているけれど、1曲目のグレープフルーツから涙が止まらなかった。燃え尽きるように美しくて、祈るように切なくて、覚悟や苦悩や憂き目や矜持、彼女の情念が全て、その境界がなくなるギリギリまで凝縮され、一言、ワンストロークに溢れていたから。一人一人に手を伸ばそうとする向こうみずな彼女が叫ぶ歌詞は、今絞り出されたかのように新鮮だったから。発光している白いワンピースと潰されないように立っている裸足が眩しかったから。足るを知ると言わんばかりに華美を排除した演出の中で、バンドの正しさが際立ったから。

本当に身が持たないと思うほどエネルギーの厚みに圧倒され、3曲目からは数えるのをやめた。栄えた街のは変わらず一番好きだなとか、ごあいさつのアウトロでBobさんが口笛を吹く時は3人がドラムの方を向いて集まっていていいなとか、明け方で私は怒ると歌うとき空を睨みながら肩をいからせているなとか、林さんがエフェクターとかワウを足で器用に操作しているなとか、コントラバスってことは次は腕の中でしか眠れない猫のようにかとか、Bobさんはシンバルの叩く位置で音色を変えててすごいなとか、もうそんなことを考えていたらどっと疲れてしまい、左脳は一旦停止させることにした。MCなしで疾走するライブに身を任せ、思うがままに体を揺らし、時々小さな声で口ずさんで、彼女と彼らの技巧とかそういう次元ではない魅力を心に焼きつけた。

抱擁が終わり、もうそろそろ終わりかなと思ってからの4曲には流石にやられてしまった。2階席では何人か立つ人も、視界の端に映る女の子もぐわんぐわん揺れていて、もうみんなじっとしていられない。歓声があげられないライブでできることは頭の上で拍手することくらいで、それでも会場のボルテージもカネコアヤノの激しさもバンドの興奮も輪をかけて熱を帯び、満を持して愛のままを、まさに結いた髪の毛が乱れるように終わった。そして2時間かけて反りに反り返った弓はアンコールでその矢を解き放った。
光の方へ、アーケード。僕も含め武道館にいた7000人はきっとこのアーケードを忘れない。舞台越しに見える大勢のお客さんの口元には時代を象徴する布切れがあり、その等しさこそが僕たちの高揚を長らく制限していたわけだけど、イントロとともに突然客電が明るくなると、みんな全てを取り戻すように、その不真面目さこそが人間の良心だと言わんばかりに、立ち上がり、踊り、泣いて、賛辞を送り、日々の有象無象と、割り切れないさもしさを捨て去り、それぞれが音楽から正解をもらい、そしてその中心にはカネコアヤノがいてバンドがいて、両手いっぱいの多幸感を抱えることができた。そんなライブだった。まさに彼女が、僕のよすがだった。

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