やりたいことが、わからないときは
「自分は何がしたいかわからないんです」
というご相談を時々いただきます。
私はよく「色々やってみてはいかがでしょうか?」とお答えさせていただいています。
初めてお会いした方に自己紹介をするとき、私は「東京サドベリースクールという全日制の学校(厳密には“学校”という単語は使いませんが)を始めて、今も働いています。そこでは生徒達が自分のしたいことを見つけて追及していることが多いです」という話をするからだと思います。
「いったい自分は人生で何をしたいのか」
というのはなかなか深遠な質問で、今出会ったばかりの方はもちろん、長年一緒にいる友人や家族であっても、簡単に答えられるものではないと思います。それどころか難しくさえ答えられない。だって答えがないのですから。
したいことをする人生を送っても送らなくてもいいとも思いますが、ご本人がそういう人生を送りたいのであれば、私もしたいことをする人生を送りたいと思っているので、何か私がお手伝いできれば嬉しいと思っています。
そこでよくお答えするのは冒頭の、
「1つの手段として、興味・関心・好奇心の湧くものを色々やってみる、というのはいがでしょうか?そして好きとか嫌いとか、得意とか不得意とか、1つひとつ見つけていければラッキーです。そのプロセスを楽しんでくださいね」というもの。
私はよくこの3つ「興味・関心・好奇心」を1つのくくりとしてお伝えします。なぜなら、単語としてそれぞれの方に響く単語と、響かない単語があるからです。
「世界の飢餓をなくすことに関心はあるけど、好奇心という言葉の感じじゃないよな~」とか。
ですから3つ合わせてお伝えすることが多いのです。だいたいどの単語かにあてはまります。「なければご自身でしっくりくる言葉を見つけてみてください、それもご自身を知ることで、おもしろいことですよ」ともお伝えします。
自分を知るっておもしろいですよね。私も「こういう言葉はあまり響かないけど、こういう言い回しだとすごく刺さるなぁ」と日々おもしろがっています。
そして、何か行動を起こせば、結果が出ます。「これおもしろいなぁ!」と思ったら続けたらいいし、「あまり楽しくないなぁ」と思ったら、ある程度責任を全うしたら辞めてもいいと思います。日本では「1度始めたらしばらくはやらなくては!」という感覚がありますが、これは結構他国にもあります。でも変えてもいいんじゃないでしょうかね。80年生きられるとして、1年は80回しかないわけで。
また大事なこととして、望んでいた結果でも、そうでなくても、その結果には自分で責任を取らなくてはいけません。その際にどういうマインドでいるかというのは大切で、「また“失敗”した!自分はなんてダメなんだ!」と思えるし、「ふむふむ、これは自分には合わないんだな。また1つ“発見”してしまった、むふふ」と楽しんでもいい。
やればやるだけ経験値が増える。1つをずっとやってもいいし、たくさんのことをやってもいい。もちろん両方でもいい。
やりたいことが分からない方は色々やっていけばいくほど、自分にとっての最適解が見つかりやすいです。これはスクールで生徒がやりたいことを見つける王道でもあります。それができるように、東京サドベリースクールは、やりたいことに色々チャレンジしやすいよう、みんなのこと(スクールの公的なこと)以外は自分の時間を、登校から下校まで自由に使える権利が生徒にあります。もちろん、何かをした、何かをしなかった責任も自分で取る経験もできます。だから誰のせいにもできません。
これは人生が終わりに近づいたとき、「あいつのせいで!」とか「こうじゃなかったから!」とか言っても仕方がないわけで「だからどう良い方にもっていくか」と思って行動し責任を取ることと同じです。
大事なのは、色々やればやるほど上手くいかない結果も生まれるわけで、そこで反省はしても悩む必要はないんじゃないかなということです。
エジソンは電球を発明するために1万回近く“失敗”したけれど、しかし彼はうまくいかない方法を“発見”したと言っている。「これは自分にとっての解ではない」と発見した、経験値を得たことは大きいですよね、何も経験していないときに比べれば。
誰にでも合う「やりたいこと」というのは、ありません。しかし、自分にとって最適なもの、最適解はきっとあります。そしてそれは行動する事で出会いやすくなります。
セレンディピティという言葉は、「予測していなかった偶然によってもたらされた幸運」という意味があります。私も自分がしたいことがわからない20代で色々な活動をしていた中で、このセレンディピティによって、偶然アメリカのサドベリースクールを知りました。それが今では、私のライフワークになっています。
最後に1つ、やりたいことというのは、出会った瞬間に「これだ!」とドラマチックに出会うこともありますが、「これ、なんか興味あるなぁ」ということが、ずっとやっていくなかで「これだな」と確信できるようになることもあります。
ですから、いつまでもやりたいことが見つからない方は、やりたいことは「ドラマチックに出会えるもの」だと思っているかもしれません。でもいつまでも出会えない、何がしたいかわからないというのであれば、ちょっとでも興味・関心・好奇心の湧くことを続けてみてはいかがでしょうか。それが案外、本当にしたいことだということもありえます。当たり前すぎて気づかなかったけれど、いつも身近にいてくれる大切な人に気づけるように。
最後に私の好きな言葉をお贈りします。
空を飛ぶことを可能にしたのは、空を飛ぶことを夢見たからである
/カール・ポパー(哲学者)
ぜひ「したいことをする人生」を諦めないでください。応援しています。
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