虔十公園林(1/2)
父:虔十はなんで杉の木を植えたかったのかな?
葉:うーん……。
父:それは誰にもわからないよね。虔十にしかわからない。虔十は小馬鹿にされながらも枝打ちしたり。あ、枝打ちってわかる?
葉:うん。なにか木を切る道具で下の枝のほうを刈っていくのね。
父:そう。杉は密集して植えるから下の方の枝は陽当たりが悪くなって枯れていく。そうすると製材したときに枝の部分が節になっちゃう。杉の値打ちを高めるためだね。
葉:お金のためね。
父:そう。虔十は?
葉:お金のために植えたとは思えない。じゃあ、なんのために植えて、枝打ちまでしたのかなあ?
父:虔十が杉を植えた場所は粘土質で、その下が岩盤で、樹木が大きく育つ環境ではなかった。それは誰もが知っていた。虔十はこの科学的な事実を知っていたのかな?
葉:知らなかったと思う。だから枝が3、4本しかない背の低い杉が育っちゃったのね。
父:想像するだけでかわいいよね。おとうはそんな森を見たこと無いもの。でも見通しが良くなって。
葉:ウフフ!子供たちが遊ぶの。放課後とかに。外国に行くような感じで、東京街道とかロシア街道とか。電車ごっこで。目に浮かぶね。
父:そんな楽しい光景を虔十は「えがったなあ」って感じで眺めている。
葉:「えがったなあ~」アハハ!「はあはあ」笑うんだよね。うれしそうだね。
父:そこから20年近くの月日が流れるのかな。この年数はポイントだね。木が成長するのにちょうどよい月日だから。杉は30年くらいで立派な大黒柱になるからね。
葉:売るのね?
父:そう。むかしだったら1本何万円だった。それが今では千円にもならなかったりする。林業屋さんはたいへんだよ。おとうの山の友達にも林業屋さんがいっぱいいる。
葉:たいへんだね。でも、おとうは30年で立派な木になるって教えてくれたけど、虔十の木はむしろ小さくなった気がするって博士が言っていたね。やっぱり杉は育たなかった。
父:あ、それ、面白いよね。年数がたった木が小さくなるわけないもの。
葉:あ、あー!博士が大きくなったんだ。
父:そう。大きくならないと、つまり成長しないと見えないことってあるんだね。ここもポイントかな。
葉:成長しないと見えないこと……。
父:30年前のおとうは、こんなことを想っていたよ。30年後。たぶん戦争はなくなっているだろう。差別もなくなっているだろう。世界はもっと近く小さくなっているだろうって。
葉:地球が小さくなるわけないから、おとうが大きくなるのね?
父:そうそう。人々が成長、この場合は社会が成熟するっていうのかな。もっと分かり合えて世界が近くなるだろうと。
葉:ふうん。
父:確かに世界は近くなったよ。子供のころあこがれていた外国にカンタンに行けるようになった。言葉も通じるようになった。それがどうだろう?戦争はなくなったろうか?
葉:なくならないね……。差別もなくならないね。
父:普通の人々がわかるまで時間がかかることが、もしかして虔十には見えていたんじゃないかな?っておとうは思っているんだ。それは一郎やルーシーと同じ力だったんじゃないか?って
葉:そうだとしても、もうちょっと木が高くなるって思っていたかもしれないね。
父:そうだね。ふたりで裏山に植えた木はずいぶん大きくなったものね。たくさん植えたね。クリ。トチ。カラマツ。コナラとミズナラ。カツラも植えた。
葉:うんうん。
父:おとうは木を植えるために勉強をしなければならなかった。だからたくさん森を歩いた。道のない森を歩いているうちに、ここは切ってから10年くらいの森。ここは20年くらいの森ってわかるようになった。
葉:へええ。
父:30年くらいのコナラやヤマザクラの森の北東斜面ではキノコがたくさんとれることもわかった。
葉:センボンシメジ!コウタケ!
父:そうそう。あれはよく見つけたね。だから植えたばかりの木がどんな森になっていくのか?なんとなく想像できるようになったんだ。
葉:ああ、そうかあ……。
父:おとうに見えるくらいだから、虔十にも見えていたんじゃないかな。つまり賢治さんも未来の森の姿が見える人だったんじゃないかなって、おとうは信じて木を植えているんだよ。
葉:またたくさん木を植えようね。
猫:ワーオーン。
葉:あ、フランチ。おかえり。
(飼い猫が夜の見廻りから帰ってきて中断 ― 2/2に続きます)
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