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漫画感想

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漫画の感想まとめです。
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山本英夫 『殺し屋1』 ☆9 その統一的理解のために

(『殺し屋1』1巻より) 『殺し屋1』はイチの涙にはじまり,涙に終わる。一撃で安生の脳みそを撒き散らした自慢の蹴りは失われ,空き缶を蹴り飛ばす陳腐な行為にとってかわられる。苛烈なトラウマと暴力衝動を捨てて笑顔と思いやりを獲得したイチは,きわめて平凡な大人に,すなわち,豚になる。登場人物のほとんどは死んだ。あとに残るのは,街の凡庸な欲望に射精を管理されたイチと,傍観者ゆえ永遠にまともな射精ができない哀れなジジイのみである。 わたしは山本英夫という作家が好きで,どの作品も

魚豊 『チ。 ―地球の運動について―』 ☆2 殉教者万歳! (9話まで)

ここまでずるい作品は久しぶりに見た。 真理,美,知性,そういう気もちいい概念の皮でもって,古ぼけた二項対立の枠組みを覆いかくしてしまう。美徳は死によって完成され,もはや読み手はその輝かしい自己犠牲の精神にただぬかずくほかない。地動説の受容という約束された勝利にいたるまで,きっと本作には数々の殉教者が登場し,信者であるわたしたちの心を揺さぶることだろう。 真理のために死ぬ! わたしもそんな単純明快な世界に生きてみたい。 ※以下の文章は9話公開時点 (2020年12月8日) に

みまたかほ 『つばめにハサミ』 ☆7 フェチの文学

無料の読み切り作品。面白いのでぜひ。 作者のTwitterにも全ページアップされています。 ストーリー子会社から親会社に出向中の青年・玄森は、年上女性の心を開いて身体を重ね、飽きたら捨てるダメ男。そんな玄森は同じ職場でみかけた、高給取りだが冴えないアラフォー女性の立山さんに目をつけるが――? 三十ページ足らず,読んだほうが早いけれど,ネタバレ込みで説明します。 年上女性を食っては壊す玄森。職場の先輩を一人壊し,つづいて総務の立山を狙うが,化粧っ気のない地味女である彼女は,