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読書感想

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小説や新書の感想まとめです。
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記事一覧

高瀬隼子 『おいしいごはんが食べられますように』 ルサンチマンと労働イデオロギー

読書会用に読んだ。中編小説をデカいフォントとスカスカのレイアウトで無理やり1400円(税別)の本に仕立て上げる出版社のみすぼらしい精神には辟易するが,中身はそこそこおもしろく,あれこれしゃべりたくなる点で読書会向きの本でもあった。 本作はごはんと銘打っているものの食事云々はおおむねフェイクで,全体を貫く軋轢はむしろ仕事観,労働をめぐるイデオロギーの対立に由来している。「昔の人」「今どき」等の時代性を帯びた語が頻発する必然性もそこにあり,彼/彼女らの対立は現代社会の問題にその

村田沙耶香 『コンビニ人間』 ☆6 連帯の死と凡庸な自己の受容

知人の真似をして読んだ。 空白のない作品だった。 登場人間の心情,表象に込められた意味,その他一切どれも作中で明示的な回答が与えられており,踏みとどまって文章の意味を考える瞬間はほとんどない。 提示される情報は陳列棚のように隙間なく,読み手は余白を埋める努力をせずとも,恵子という人物を,また彼女から見た世界を,知ることができる。 したがって読み手に残された作業は,表現のこまかな意図を探ることではなく,意図を解したうえでどう価値判断を行っていくか,という点に尽きる。 主人公

坂口安吾 『長島の死』 ☆9 人は自分の追悼集を読めない

四十九日の法要に参列した。喪服はいつもわたしに奇妙な焦燥と嫌悪を与えてくれる。コロナのために長らく顔を見ていなかったし,通夜も参加できなかったから,この四十九日がある意味,最初で最後の対面だった。遺影の顔は記憶より少し細いような気がする。掛け軸の文字はどれも読めない。住職は教科書でもめくるような手付きで経本を読みすすめ,わたしは汗で滑る数珠を手のひらで転がしながら,ろうそくの揺れる火を見つめていた。ここは都心の一角にある小さな寺で,ときおり背後から響く車の走行音が,非日常な空

坂口安吾 『文学のふるさと』 ☆10 いちばん大切な文章

『文学のふるさと』は僕がもっとも大切にしている文章だ。 全文無料で読める。ぜひ目を通してほしい。 アモラルへの憧憬凄惨な作品が好きだ。胸糞は悪くなればなるほどよい。僕が「これは」と思う作品はたいてい,作者の正気を疑いたくなる類のものである。 高校時代,山岳部として奥多摩だか飯能だかの低山を歩いていたとき,後輩が「ふだんの生活が苦しいんだから,漫画とかアニメくらいは明るいものを摂取したい」と言っていた。道理である。自分に欠けているピースを創作で埋める,とは理にかなっている。

寺山修司 『ポケットに名言を』 ☆7 読まずに感想文

友人のすすめで購入した。 姉の本棚には寺山修司の本がいくつか並んでいたが,僕は読んだことがない。以前『幸福論』を手にとったときも数ページで挫折した。どうもあまり得意な文体ではないらしい。 この本にしても同様で,お洒落な言葉が聞きたいという僕の無茶な要望にせっかく友人が応えてくれたのに,全体の二割ほどしか読んでいない。 それで感想とはふざけた話だが,思えば小中学校の読書感想文もたいていあとがきだけ読んで書き始めていたし,一発目のノートとしてはちょうどよい。 構成と例本書は