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代代代との思い出 〜2020年上半期〜

前回のnoteで、振り返りをnoteでやると書いていたんだけれど、色々あって今更やります

忘れてたわけじゃないんだ、、、結構、忘れてた

2020年上半期に行った現場は以下の通り

・1月12日 新大久保EARTHDOM
・1月19日昼 心斎橋FANJ
・1月19日夜 心斎橋FANJ
・1月25日 心斎橋FANJ
・2月8日昼 大塚Hearts+
・2月8日夜 新宿ROCK CAFE LOFT 『懺悔ミーティング』
・2月9日 新宿MARZ
・2月24日 愛媛サロンキティ
・3月1日 新横浜LiT

ざっとこんな感じでした。

前年の最後の現場が12月15日だったから、年明けまで約1ヶ月くらい空けてしまっていて、その間、仕事とか年末年始の行事とかで行けなくて久々に代代代のライブに行けたのが新大久保でのライブでした。

その当時、代代代の方は年始に書き初めがあったり (この時の「串カツ田中」が巡り巡って家にあります) バスの中でライブしたり、楽しそうなことがたくさんあって、当時は新メンバーなりたてだった出雲とカノンちゃんがだんだん持ち味を出し始めそれぞれにオタクが付き始めていた時期だとも思う。

そんな訳で1月12日は、個人的に久々の代ちゃんずとの再会、梨央との再会だったのでした。

久々に会った梨央と、また他愛もない話できたのも嬉しかったし、本人はもしかしたら覚えていないかもしれないけれど、1枚目のチェキを撮った直後、腕引っ張ってくれたのも嬉しかったな。


1月19日は2020年最初の関西遠征。久々に関西オタクと会えたのも嬉しかった。

この時期、フロアで色々やりすぎてしまったようで、運営からやんわりと気をつけてね〜的なツイートがあり、オタクたちもやりすぎたよね〜みたいな感じになってました。


で、その1週間後、色々考えて、梨央に会いたすぎて、仕事を昼すぎに早退して(ちゃんと会社の人に話しつけてます)、スーツのまま遠征しに行ったのが1月25日。


ある意味、初めてのサプライズ遠征みたいな感じになりました。ジャケットは脱いでたけれど、ピラニア中にスーツでサーフしたら梨央に見つかりました。


この日は結構思い出深い日でもあって、運営からの気を付けてツイートがあった直後のライブだったから、オタク同士お互いに気をつけつつワイワイしたのもあったし、たぶん、この日に本格的にりさちゃんに認知された (スーツ着てたからかも?) し、ライブ後は朝まで関西オタクたちと鳥貴族で飲んだのも楽しかった。

あと、超個人的なことを言うと、僕はこの日の特典会での出来事を3日後くらいに自宅のベットで思い返した時、梨央のことが愛おしくなってしまい、完全に恋に落ちてました、、、、、、、、、、

もうこの時から3年半以上ずっと好きでいられているのは、何よりずっと梨央が代に真剣に尽くしてくれたからだと思うし、僕自身にもたくさん愛を届けてくれたからだとも思っています。本当に、この日以前ももちろんのこと、この日以降もたくさん楽しませてくれて、素敵な時間を与えてくれてありがとう。今も梨央のことが心から大好きだよ。


その2週間後の2月8日、東京は大塚でライブを見たり、その日の夜に私服での懺悔ミーティングがあったりしました。フィッシングベスト姿の梨央がかわいかった。自分自身がだいぶ梨央のこと好きになってたから、ちょっと一気に距離間詰めに行ってしまっていて、その感じになってしまったのは今だから言えるけれど少し反省している。ちょっと動揺させてしまっていたとも思ってる。

ただ、こうやって夢中にしてくれて、たくさん会いたいと思わせてくれたのは本当に嬉しかったし、めちゃくちゃ楽しかったよ。この時期、ずっと楽しかったのは紛れもない事実だけれど、特に楽しかった時期でした。


そして、少しづつ世間がコロナ、ちょっとヤバくない?みたいになりつつある頃、2月24日に、人生初の四国にして人生初の愛媛遠征に行くのでした。


この遠征、めちゃくちゃ楽しかったんだよなー!!
今まで、地方遠征いくつか行ってきたけれど、その中でもベストかもしれないです。


この愛媛の日、ライブの時間20分しかなかったの。
これ、当日、着いてから知ったんですけれど、それでも楽しいライブしてくれるのは確信が持てたし、むしろテンション上がったまである。20分で何してくれるのかなって。


そんな日のセトリがこちら。


20分でこれすごくない?
たぶん、厳密には20分で収まってない疑惑もあるけれど、本当にライブが楽しくて、愛媛まできてこれが見れて、ライブ中にパジャマになる人がいたのも意味がわからなかったけれど、全部が楽しかった。


このnoteのタイトルにある集合写真は、愛媛の松山城の天守閣前でみんなで撮ったものです。右端にいる人も生き霊として来てた気がする。


梨央ともこの日の特典会でたくさん話せて、少し深い話もできたと思っていて、それがとても良かった。愛媛は梨央のお祖母さんの故郷で、そこでライブを観れたのも良かった。良いことづくめの日になってました。


その1週間後の3月1日がコロナ前最後のライブでした。横浜でのトリプライズ。

ライブがすごすぎたよね、、、、なんか、人の上ばかりにいた気がするしね、、、、


個人的な報告として、梨央との100枚目のチェキを撮ったのがこの日でした。これ以降、何枚撮ったか数えていないんですが、記念と思って撮りました。僕は梨央と何枚撮ったんでしょうか。


コロナ前に100枚を撮れたのは、不幸中の幸いだったと思う。たぶん、ここで撮れていなかったらしばらくモヤモヤしてたと思うし。


この日のライブ以降、メディアでもコロナの報道が加熱して、会社の代表からライブハウス出禁を言い渡され、まだギリギリライブ活動をしていた代代代の残りのライブに行くことが叶わなくなりました。


そうこうしているうちに代のライブの中止が決まり続け、4月には全てのライブスケジュールが白紙になっていました。4月や5月にワンマンが決まっていたから、それも残念だったよね。仕方ないことだったけれど、ライブもできず、会いにも行けない日々の始まりでした。


その間、代ちゃんずたちは日替わりでツイキャスをしてくれて、ネットサイン会も2回あった。代史上最大の問題作と言っても過言でない「ボロノイズ」が収録された「φ」の発売もあった。画面上だとしても、インターネット上だしても、気持ちが途切れるどころかずっと盛り上げてくれたのも嬉しかったな。

それに、「φ」が発売された5月後半、まだライブの再開はされてなかったけれど、そこから先の約2ヶ月間、新しい曲たちを十分に聴き込んでライブに行けるようになったのも、不幸中の幸いだと思う。ボロノイズタイムと言い始めたのもこの時期。


オタクはオタクでZoomを繋いで夜な夜な飲み会したり、夜な夜な飲み会したね、飲んでた記憶ばかりだが、、、?


そうこうして約5ヶ月間の強制会えない期間が過ぎていったのでした。


後半へ、つづく!(はず!)




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