アンディ・ウェザーオールよ永遠に
先週の月曜日の夜からずっと行き場のない感情が渦を巻いて頭の中を支配しているので、とりあえず書いてみることにした。上手くできるかわからないけれど、それでもいいから書いてみろ、と言われている気がする。誰にだろう。ウェザーオールに?
2020年2月17日の深夜にLINEの音がして目が覚めた。昨年のピエール瀧の一件を思い出すような嫌な予感が何となくあって、暗がりの中でそっとスマホを覗くと、そこに表示されたのはアンドリュー・ウェザーオールの訃報だった。えっ……。それ以上の言葉が出てこない。連絡をくれたのは、昨年の8月のウェザーオール来日の際にVENTで15年ぶりに再会した古いクラブ仲間だった。昔の友人にもう一度会えるように巡り合わせてくれたウェザーオールが亡くなった。そんな馬鹿な。混乱した状態のまま、その日は朝まで眠らずにレコードを聴き漁った。
プライマル・スクリームの『Screamadelica』が発売された1991年、当時の私はフリッパーズ・ギターの解散に泣く女子高生だった。彼らの遺作となった『ヘッド博士の世界塔』の謎を解くために躍起になって探した雑誌の情報から『Screamadelica』に出会った。「Loaded」という曲に驚いたのはフリッパーズの曲に似ていたからというよりも、そのバンドの過去の曲をボーカルを無くしてダンス・ビートを用いた新しいアレンジに変えてしまうクールなアイディアに打ちのめされたからだった。音楽にプロデューサーがいるということすらよく理解できていなかった時期なのに、プライマル・スクリームのメンバーの名前より先にアンディ・ウェザーオール(親しみを込めて、当時呼んでいたとおりに記載する)という名前をすぐに覚えた。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインやセイント・エチエンヌ、ハッピー・マンデーズなど、その頃から洋楽誌「REMIX」を読みふけり本格的に洋楽を聴き始めた私が興味を持ったそれらのバンドの紹介文にはいつも彼の名前が出てきたし、アシッド・ハウスなどのダンス・ミュージックを知るために特集ページをめくると、必ずと言っていいほどウェザーオールの記事に辿り着いた。
UKのクラブ・シーンで最も重要なDJとして紹介されていたウェザーオールは「いいものならどんなジャンルでもかける」と公言し、それはつまり音の境界をなくしたバレアリック・サウンドに繋がっていることは数々のリミックス業からもはっきりと伝わった。『Screamadelica』に続いてアルバムのプロデュースをしたグラスゴー出身のワン・ダヴの『Morning Dove White』の天国のような美しいダブ・サウンドや、アシッド・ジャズを大胆に再構築したガリアーノの「Skunk Funk」、マンチェ・サウンドをピアノやパーカッションやギターで延々と展開し続けたフラワード・アップの「Weatherall's Weekender」、ニュー・オーダーの名曲を穏やかなダブへと丁寧に仕上げた「Regret」や、オリジナル以上に渋くて度肝を抜かれたレッド・スナッパーの「Hot Flush」……。次から次へとこなしていく素晴らしい作品に魅了され、ウェザーオールMIXと名のついたレコードは見つけたらとりあえず買っていた。それでも追いつかないほどの多彩な仕事ぶりで手元に持っていないものもあったけれど、大抵の曲はクラブで何度も聴いていつの間にか知ることができていたのだから不思議だ(「Hot Flush」なんてカラフトのDJで自然と覚えていた!)。それはウェザーオールが皆に愛され、信頼されていた証拠なのだろう。
DJやリミキサーとしてだけではなく、ウェザーオール本人の作品は更に魅力的だった。Boy's OwnからJunior Boy's Ownを経て自身のレーベルThe Sabres Of Paradiseを立ち上げ、そこでリリースした「Smokebelch Ⅱ」は「テクノ専門学校」というソニーのコンピレーション・アルバムのライナー・ノーツにて石野卓球に「サマー・オブ・ラブのレクイエム」と称され、サーベルを持つ男のイラストを使ったレーベルのアートワークとは対照的に、繊細で美しいウェザーオールの最初の代表曲となった。そんな期待度MAXの94年の8月、予定されていた久保憲司氏のパーティー「クラブ・ヴィーナス」のDJをウェザーオールは突如キャンセルする。ネットの無い時代の噂がどうやって伝わったのかは覚えがないのだけれど、確かセイバーズの姉妹レーベルSabrettesの主催者で恋人のニナ・ウォルシュに振られたショックで新しいアルバム制作が遅れているせいだとかそんな理由だったと思う。やがて発売された『Haunted Dancehall』は音数を減らしてよりダークに変化した哀愁たっぷりのサウンドで、新しい音を常に求めてやまない者たちは無条件に飛び付かずにはいられなかったし、UK仕込みの煙たいブレイク・ビーツはトリップ・ホップと呼ばれる音の先駆けとなった。
翌年の1995年5月、新宿リキッドルームにてセイバーズ・オブ・パラダイスのライブ・セット&DJとして遂にウェザーオールが初来日したときは心底嬉しかった。バンドセットで披露された「Smokebelch Ⅱ」〜「Chapel Street Market 9am」の流れが素晴らしかった、と自分のミニコミに当時の証言がちゃんと残っている。DJ終了後には勇気を出して、アイラブユアーミュージック、とかなんとか拙い英語で懸命に話しかけてみた。アルバムのジャケットを小さくカラーコピーしたものをパウチしてネックレスのように首からぶら下げているのを見たウェザーオールは喜んでハグをしてくれて、裏にサインを書いてくれた。『Screamadelica』をきっかけに怪しいダンスホールへ私を導いてくれたウェザーオールは特別なヒーローだった。
※上は来日時のフライヤー。下は来日前のクアトロのフリーペーパーか何かのインタビュー記事。前座のオーディオ・アクティヴについて聞かれて「親方の下でやってるやつは、みんな仲間だ。」と答えるところがいい。
『Screamadelica』や『Morning Dove White』や『Haunted Dancehall』に加え、それ以降のウェザーオールが関わった音楽のなかで自分にとって思い入れの強い作品は他にもある。The Sabres Of Paradiseから次に立ち上げたレーベルEmissions Audio Outputからリリースされたキース・テニスウッドとのユニット、トゥー・ローン・スウォーズメンの『The Fifth Mission』『Swimming Not Skimming』『Stockwell Steppas』などの初期の作品が特にそうだった。深夜のピークタイムに皆が両手を挙げてフロアで同じ音を聴くようなことはもう無くなり、数年前の狂騒など遠い昔のように消えて変わっていった90年代後半に、ひとり静かにただひたすら没頭できる音を提供してくれたのは本当にありがたかった。
"メランコリックだけど気分を高揚させる曲が好きなんだ。俺は音楽から強さを与えられているのさ。(影響を受けた)ニュー・オーダーやファクトリー系のヴォーカル入りの曲って不幸に立ち向かう人の勝利の精神を歌っているだろ?俺はインストゥルメンタルの曲でだって同じ気持ちを引き起こせると思ってるんだぜ。"
『Stay Down』のライナー・ノーツでも引用されたこの言葉は、1998年の「ele-king」誌に掲載されたトゥー・ローン・スウォーズメンのインタビュー記事内でのウェザーオールの発言で、彼らの音楽、そして過去の多くの作品について語るのにふさわしい表現だと思う。エレクトロニカとディープ・ハウスを行き来するかのように跳ねたり沈んだりを繰り返す無機質なリズム、叙情的に漂う淡いシンセのフレーズ、ウェザーオール節とも言える気の利いたベースライン。それらをじっと耳で追いかけながら僅かなヒントにも見えるタイトルを頼りに想像を巡らせた夜の長い時間は、私の音楽体験を豊かにし、しばし日常を忘れさせてくれた。
2000年代半ば以降のトゥー・ローン・スウォーズメンは最終的になんとロカビリーに手を出し、そこからウェザーオールはどこぞのポストパンクかと思うような味のあるヴォーカルまで披露しはじめるもんだからさすがに驚いた。振られてあんなに落ち込んでいた元恋人のニナとはそのあと共同制作を行い、最新アルバムの『QUALIA』も彼女にプロデュースをしてもらっていたり、近年の活動もファンにとっては目が離せなかった。昨年の8月にVENTで久しぶりに聴いたDJは『QUALIA』の雰囲気に繋がるサイケデリックなエレクトロニック・ダンス・ミュージックで、ハコ客もいたとはいえ溢れかえるくらいの大勢の人たちを前に歓声を浴びながら元気にロングセットを行っていた。まさかもう会えないとは思わず、夜が明けたら離脱してしまったことを今は少し後悔しているけれど、長髪に髭を伸ばした仙人のようないで立ちでまるで昔からそこにいるみたいにDJブースに立っている姿を最後に自分の目で確認できたことは幸せだったのかもしれない。それでもやはり、悲しい。
追悼文なんて全く好きじゃない。取ってつけたように追悼の意を述べるとか、急に思い出したように大昔の思い出をテキストに打ちはじめるなんてダサいし、尚更悲しみが深まるだけじゃないか。いや、そもそもこれは誰かの心に届けるための立派な文章ではない。日本のとある場所で、30年近くのあいだアンディ・ウェザーオールの音楽をずっと聴いていたひとりの人間の小さな記録だ。ダサいけれど、それでもいいから書いてみろ、と十代の頃の私に言われているような気がする。
★Andrew Weatherall My Best 20
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