2017.3.4. TEENAGE FANCLUB


六本木の駅で降りたのは10年ぶりぐらいかもしれない。
そう気付いたのは、大江戸線の長いエスカレーターを不安げに上り続けて日比谷線の改札口にやっと辿り着いた時で、そこから地上に向かうのにどの階段を登ればいいのかは表示を確認しなくてもちゃんと覚えていた。六本木通りに出てみると、相変わらず車はビュンビュン走っているし、思ったより雰囲気は変わっていなくて、麻布警察署も青山ブックセンターもお馴染みの場所に鎮座していたので少しホッとした。

気が緩んだところで事前に調べておいたカフェで時間を潰してから行こうと決めたはいいが、入ったお店の華やかな雰囲気にそうか、ここは六本木だった、と思い出す。私以外の客はスーツやドレスでシャンパンを飲み交わす人々と、仕事中なのかカウンターでパソコンを開いて店員さんにやたらと話しかける常連のような男。スニーカーは私だけ。一張羅のブラウスの袖を弄びながら気にせず座っていたけれど、次第に居心地が悪くなり、小さなカップに注がれたコーヒーをさっと済ませて外に出た。

六本木EX THEATERへ向かう。
初めての会場に、初めてティーンエイジ・ファンクラブを観に。

遥か昔、高校生の時に『Thirteen』を知ったのがきっかけで、『Grand Prix』が出るまでの間にあの有名なジャケットのアルバムなどもさかのぼってティーンエイジ・ファンクラブのアルバムを聴いていた。しかしその後の活動については、私がロック自体をあまり聴かなくなったので実は詳しく知らなかった。なので去年の秋に来日のお知らせを見つけて、東京、土曜、やった、行ける!とチケットを取った後に慌てて聴き逃していたアルバムを順番に聴いてみたりしていた(文明の利器を酷使して)。 
その中でも気にいったのが『Songs from Northern Britain』というアルバムで、調べたら発売は97年と記されていた。20年前。聴き始めると『Grand Prix』のところで時間と一緒に止まっていた記憶が繋がり、時計がカチッと動きだしたような気分になる。何故そこで止まっていたのか後悔するほど良曲揃いのまるで違和感のないサウンド。

何年経っても音楽は音楽で、古くても新しくても同じように好きになれるはずなのだけれど、それでも曲の時代性や聴いていた年齢や生活なんかが嫌でも一緒に刻み込まれて残っていく事が多い。それなのに20年の上澄みだけを啜るような予習をして空白を埋めた私が、熱の高いファンの方達と肩を並べて観ていいものかと正直不安になった。何しろノーマン・ブレイク以外のメンバーの顔と名前が一致しないほど。そしてノーマンは私の中でまだ長髪だった。

迷うわけもないまっすぐな道を進んであっさり会場に着き、2階に上がって入口前で待つ人達をチラッと覗く。同年代か、もひとつ上の年齢層。親と一緒に来たような10代位の女の子もいる。開場するとせっかく登ったのにまた地下の奥深くのB3まで潜らされる。余るほど準備されたロッカーに荷物をしまってから、入口寄りの前から5列目あたりを陣取る。久しぶりー、と声をかけ合う男女や最近好きな音楽についての知らない人達の会話の間で黙ってビールを飲みながらじっと待つこと30分。

時間通りに開演。
最近の写真で見た通りのおじさん達の登場に思わず拍手。私にとっては新曲のような扱いの「Start Again」から始まる。穏やかなギターサウンド。大御所感たっぷりの安定の演奏に目を奪われているところに続けて不意打ちの「Radio」。わっ!と声があがる。少し前のセットリストを見て『Thirteen』の曲はやらないと思っていたので、一気に顔が緩む。ギュイーンギュイーンとロキノン男子も喜びそうな元気な曲を演奏しているのは優しそうな爺達で、CDの内ジャケや雑誌などで昔みた顔とは違ったけれど、よく見るとベースのジェラルド・ラブという人だけはちゃんと昔の面影を残している。今、目の前にいるのはティーンエイジの頃に聴いていたティーンエイジ・ファンクラブなんだ、と不思議な感動があった。

昨年出たアルバム『Here』からの曲を中心に歴代の名曲をバランスよくいい塩梅で挟んだ選曲。ノーマンは長髪ではないが、終始笑顔で楽しそう。お客さんのノリも凄く良い。私が知らないあいだにティーンエイジはこんなにも良い曲を沢山作りながら長いこと活動を続けていて、それを支えてきたファンが日本の何処かにずっといたのだと知って胸が熱くなる。そして音源で聴いた時には少し大人しく感じた新しいアルバムの曲が生演奏で聴くと非常に良くて、何というか、今のティーンエイジにぴったり合っていた。特にゆっくりと浮遊するように流れる「I Have Nothing More To Say」はとても美しかった。

とか何とか言いながらも
『Bandwagonesque』の曲が始まるたびに、生きているうちに生で聴けるなんて!といちいち心の中で騒ぐわけだし、「About You」の簡単な歌詞をひたすら大声で合唱するのは楽しくてしかたない。本編の最後に「The Concept」のイントロが流れた時には会場からもその夜いちばんの歓声が上がった。

アンコールを求めるに決まっている。
心からそう願う人の拍手はサボらないのだ。  

暫くするとご満悦な様子のメンバーが再び現れて、まだ聴いていなかった曲を演奏してくれる。「Star Sign」が始まると目の前にいた同年代の女性二人組が顔を見合わせ、リズムに合わせてえいっ、えいっと揃って腕を振りながら楽しそうに踊り始めた。二十数年前の私にこの曲の良さについて語り合う人はいなかった。そして今でも、同じ。大丈夫、ロックなんてひとりで聴くものだし。

一番最後に「Everything Flows」。堪らず会場全体が大合唱を始める。

I'll never know which way to flow
Set a course that I don't know

待ち構えていたくせに歌詞やら色んな思いやらがどわーっと押し寄せてきて泣いてしまいそうでうまく歌えなかった。優しく問いかけるような歌が終わった後の延々鳴らされるギターリフの部分が切なくて、このままこれだけ1時間ぐらい続けばいいのに、とライブの終わりを阻止したい気持ちになった。永遠に、とまでは思わなかったのは開演前のビールのせいで若干トイレを我慢してたからで……(わはは)。

終わりはいつも来てしまう。明かりがつき、帰る人達の波に飲まれる。エスカレーターをまたまた登らされ渋滞を抜けて外に出ると、ひんやりとした外気が気持ち良くて、駅でもう一度地下に潜るのが嫌になり、向きを変えて青山方面へ出て渋谷まで歩いて帰ることにした。

いつか誰かとくだらない話をしながら歩いた道をひとりで歩く。何十回も歩いて向かった先にあの黄色い店はもう無くて、交差点の角の飲食店は佇まいは同じなのによく見ると店の名前が違っている。東京は朝から晩まで明るくて、ひとつひとつのパーツは違っていても道は変わらず同じ方向に続いていて、何十年も前からずっと東京のままだ。案外変わっていないものの方が目についたりして、不意に見つけると安心する。変わっているようで変わっていない。さっき新しい場所で聴いた古い曲の歌詞を思い出した。

骨董通りを歩きながら、今日は知ってる人なんて誰もいないと思っていたけど1人だけいたじゃないか、ジェラルド・ラブが、と明かりが消えた店内のショーケースに並んだ靴を眺めて少し笑いそうになる春の夜だった。


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