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はじめて買ったCDとレコードとカセットテープの話

はじめて買ったCDはユニコーンの『服部』だった。自分のお小遣いで買いに行ったCDという点ではそう答えるのが正解だけど、自分の音楽遍歴はユニコーンからはじまったわけではない。私が音楽を聴きはじめた昭和の終わり頃の音楽再生機器はカセットテープとレコードプレーヤーが主流だった。はじめて買ってもらったカセットテープは『絶対チェッカーズ!!』。アイドルが好きで「ザ・ベストテン」や「ザ・トップテン」を毎週欠かさず観ていた頃、お茶の間に彗星の如く現れたチェッカーズ。うわーお洒落で新しい!とたちまち夢中になる小学3年生の私。買ってもらったそのファースト・アルバムにはテレビでは披露されていない新しい曲がたくさん入っていて、幼心にチェッカーズの魅力をより深く知ることができたような気がして堪らなかったし、ボロボロになるまで何度も開いた歌詞カードを小さく折りたたんでカセットケースの中にはみ出さないように気をつけながらしまう時の紙の感触も楽しくて好きだった。居間でアルバムを聴いていると、曲を気に入った母が一緒に指を鳴らして歌ったり踊ったりしてくれたのも嬉しかった。家にビデオデッキすらまだ無いその時代、聴きたい曲を好きな時に何度も繰り返して聴くこと自体が特別だった。そして私がレコードをはじめて買った日はそれより更に前の話になる。

特に音楽好きな両親というわけではなかったけれど、うちの家では休みの日の朝は居間でサイモン&ガーファンクルやカーペンターズやリチャード・クレイダーマンのレコードがかかっていて、母は家事をしながら機嫌よく口ずさんでいた。無口な父は一度ハマると拘るタイプの人間で、その頃はオーディオに興味を持っていた。中古の音響機器を扱うお店によく出向いては、音の良い安いアンプやばかでかいスピーカーを探してきて突然持ち帰るので、その度に家族は驚いたり呆れたりした。姉と2人の弟と比べていちばん父に懐いていた私は時々一緒について行き、何をするでもなくうろうろと店内を眺めた。

ある時、父がレコード屋に入って行った。最寄りの駅から少し離れた、商店街の中にある小さなお店。外観からは一体何の店なのか、いつ開いてるのかもよくわからない不思議な佇まい。ドアを開けると狭い店内の奥のカウンターに店員がひとり座っていて、そこに向かう通路が3列あり、あいだに置かれた棚や壁にはびっしりとレコードが陳列されていた。私も中に足を踏み入れると重たい扉が後ろでパタンと閉まり、通行人や車が行き交う外の音は消されて、耳をすますと小さくジャズのような音楽が流れている。薄暗い照明と独特な匂い。自分みたいな子供がこんなところにいてもいいのかな、と少し緊張しながらも、知らない世界を覗いているようでわくわくしたのを覚えている。アイドルのレコードが置いてあるコーナーの手前のLPをそっと持ち上げて眺めていると、店内をゆっくりと一周した父が戻ってきて、「何か欲しいものがあったら1枚だけ買ってあげるよ。」と言う。暫く悩んだ私は、少し前にテレビで観たドラマの主人公の原田知世のレコードを見つけて、主題歌の「悲しいくらいほんとの話」の7インチを選んだ。紙袋に入れてもらったレコードを家に帰って大事に開けてみた。ドラマのタイトル通りにセーラー服を着て機関銃を持ち、はにかむ知世ちゃんのジャケット写真。鼻にかかった淡い歌声とミステリアスな歌詞。初期の原田知世といえば世間的には「時をかける少女」のイメージが強いのだろうけど、私にとってはこのマイナー調の地味な曲がその時のレコード屋の記憶と共にいつまでも保存されていて、聴くたびに当時の空気がふわっと蘇る。


それ以来すっかり味を占めた私は、お小遣いやお年玉を貯めて少しずつレコードを買うようになった。シングル曲はレコードで、アルバムはカセットテープで買うことが多かった。テレビの歌番組だけでは飽き足らず、ラジオのヒット・チャートのエア・チェックをし始め、「明星」や「平凡」の付録の歌本の歌詞を全部覚えるくらいまで読みふけるなど、幼少の頃の記憶力のすべてをそこで使い果たしたような気がする。そんな生活は中学生の半ばまで長く続いていたが、ある水曜日の夜、いつものように「夜のヒットスタジオ」を観ていたら不思議なバンドが登場した。勢いよく捲し立てるように大袈裟な調子で「大迷惑」という曲を演奏した。その瞬間、あっけなく痺れてしまった。聖子ちゃんなら結婚してしまうくらいにビビビときた(そしてこのビビビはこのあとの私の人生で何回も起こるのだった)。一瞬でハートを撃ち抜かれた中学2年生は「明星」を買うのをやめて、レコード屋で覚えたてのユニコーンという名前を探して、おじさんのどアップ写真のジャケットのCDを握りしめ、レジへと一目散に向かった。その頃ちょうど我が家にはCDを同時に6枚セットできるオートチェンジャーのプレーヤーが導入されたばかりで、『服部』は見事その6番目に鎮座されることになり、毎日しつこいくらいリピート再生を続けた。ユニコーンの曲を気に入った母は、「かっこいいわね、ノリがよくてビートルズみたいね。」と小学生の頃みたいにまた一緒に歌って踊ってくれた。振り返ればうちの両親は、その後も延々とレコードやCDを買い漁る娘に対して注意をしたり、咎めたりするようなことは一切しなかった。「親がレコードマニアだった影響で……。」なんて話すような人生に憧れたときもあったけれど、音楽に夢中になる僅かなきっかけをくれたことはもちろん、好きなものに没頭することを少しも親に否定されなかったことが、私が楽しく音楽を聴き続けている今に繋がっているような気がする。
そう、人生は上々だ。


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