Mellow Waves/Cornelius


2017年6月27日、店着日にコーネリアスの11年ぶりのアルバムをフライングゲットしにレコード屋に向かう私は少女のようだった。もしくは少年のようだった。先行シングルの“あなたがいるなら”というこれまでにはない意外なタイトルにまず驚き、7インチのレコードに針を落とした瞬間のドンッと印象的なキックから始まる6分間の音のひとつひとつに心を奪われた日から2ヶ月が経っていた。初めて聴く曲にあんなに我を忘れてじっと耳を傾けたのは本当に久しぶりで、あの音の続きをどうしても知りたくて渋谷の街を急いだ。

コーネリアスは特別だ。

ゆっくり封を開けて『Mellow Waves』を再生させる。それまでに何十回も聴いた“あなたがいるなら”を飛ばすことは出来ない。何かに似ているようでどれと比べても違うスローな音に、息づかいまで伝わるほど静かな歌声が重なる。坂本慎太郎が選んだシンプルな言葉がそっとこちらに近づいて魂が乗り移り、歌詞そのものが自分の心情に変わってしまうような感覚。すると鳴っていた音が少しずつ消えてゆき、いつの間にかピアノの美しい旋律と共に甘美な空間に取り残される。こんなに情緒豊かな曲をアルバムの1曲目に置くセンスの良さったら。

先行シングルとして聴いた時には軽さを感じた“いつか/どこか”は、アルバムの中に入るとまるで水を得た魚みたいにきらきら光って弾んで、次の“未来の人へ”の始まりへと抑揚をつけて消える。そして憂いのあるメロディに続いたその時に、たった今「バイバイ アディオス」していたあなたはいないことに気付くのだ。この歌詞を小山田圭吾に歌わせた坂本慎太郎は素晴らしい。

歌ものとはいえインストのミニマルな曲は時間の感覚を無くすほどに引き込まれるし、“あなたがいるなら”のB面に地味に潜んでいた“Helix/Spiral”は今のコーネリアスとひとつ前のコーネリアスを繋ぐような絶妙な位置に置かれて存在感を発揮している。『SENSUOUS』で極めた音や言葉の実験的要素は残しつつも、それだけを突き詰めて10曲並べるような職人的なことはせずに、穏やかな歌を乗せて感触を変えてしまうところがポップスとしての自覚もあって絶妙で。 LUSHのミキちゃんとのデュエット曲の“The Spell of a Vanishing Loveliness”から続く程よい距離で寄り添うような心地よいサウンドに頭がぼーっとなり、ああそういえば良い音楽って聴いていると眠くなると誰かが言っていたっけ、とそんなことを考えながら目を閉じると曲はとっくに終わっていて、音の余韻を含んだ静寂だけがそこに残っていた。

コーネリアスは特別な音楽体験だ。
いつも、ずっと。

官能的な版画のジャケットを眺めていると、カラフルでポップでばかばかしい時は終わったんだと少しだけ泣きそうになる。空は曇りで、傘の準備は出来ているし、洗濯物が濡れたとしてももう舌打ちなんかしたりはしない。薄暗い部屋、ぱっとしない日曜日。それをずっと繰り返すばかりのような人生。いつかそっと全て消えて無くなる。それでもあなたがいるなら、この世はまだましで、あなたがそこにいなくても、レコードは回り続けるだろう。

#Cornelius

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