日記


今日は第64回岸田國士戯曲賞授賞式があった。

受賞作である市原佐都子さんの『バッコスの信女-ホルスタインの雌』にコロスとして参加していることから、わたしも出席できることになっていた。

受賞作品が選定されたのは2月のことで、本来なら3月末に授賞式も行われる慣行だったが今年はコロナ禍によってそれが半年ほどずれ込んだ。

白水社も開催するタイミングを失いつつあったのだろうなあと思う。
誰もやっちゃだめともやっていいよとも言ってくれないもんね。
わたしが社長だったらどうしたらいいかわかんないから、周りの出方を伺いまくってそのまま寿命迎えると思う。
開催決めるの社長なのか知らんけど。

開催時期が例外的な今回は会場も例外的で、いつもなら懇親会場のような場所でいくつも円卓並べて行うところを(よく知らないけど)、今回はKAAT神奈川芸術劇場での開催となった。
受賞作である『バッコス~』と、『福島三部作』で同時受賞した谷賢一さんの新作の上演が近い時期にKAATで行われることから、好機とばかりに開催されることになったようだ。
(のちにこのタイミング、場所での開催決定の裏には相馬千秋さんの一声があったことをご本人からお聞きした。)

いつもの飲食スタイル(知らないけど)も感染症対策の観点から封印され、完全着席で客席から壇上を見守る形となった。

今までとは異なることばかりの形式にはなったものの、この第64回岸田國士戯曲賞の授賞式を行えたことがとてもうれしかった。というか安心した。

『バッコスの信女-ホルスタインの雌』の受賞が決まったと聞いたときも、心底安心した。良かったと思った。絶望しなくて済んだと思った。報われたとも思った。もちろん自分が書いた作品ではないんだけど、もちろん自分が関わっている作品ではあるんだけど、そうではなくて。この作品がきちんと正当に評価されたことに本当に心の底から安心したのだ。

報せを映すスマホを握りしめたまま、その報せを見たキッチンの床にそのまま崩れ落ちてよかった~よかった~とすすり泣いた。キッチンの床に泣き崩れることは初めてじゃないけどこんな気持ちでキッチンの床に這いつくばったのは初めてだった。居ても立っても居られないほどうれしかった。この作品に見向きもしない世界じゃなくてほんとうに安心した。

こんな湿っぽいことを書くつもりじゃなかった。

とにかくわたしは授賞式に気合いが入っていた。
わたしが表彰されるわけでなはいが、気合いを入れてこの受賞をお祝いしたかった。

絶対に新調した黒と白のワンピースを着ていくと決めていた。
絶対にハイヒールを履いていくと決めていた。
ここ半年で一番丁寧に化粧をした。
髪型はあんまりうまくいかなかった。

女性を隠さない格好をしようと決めていた。
女性らしく、というのはナンセンスだけど今日ばかりは女性として堂々としていたかった。
女性であることがわかりやすい服装での外出を意識的に避けていたピークの頃を考えるとこんなことは信じられないけど、信じられないほど勇気があった。

久しぶりに足を入れたハイヒールは、ものの見事にきちんと靴擦れしてヒイヒイ言いながら歩いたけど、今日の格好が自分で言うのもなんだけど素敵になっていてうれしくてたまらなかった。

授賞式前の遅めのお昼ごはんはひとりで焼肉に行こうと決めていた。
気合いが入っていたからだ。

ドレッシーな姿でひとり、安焼き肉屋に入った。
においが付くとかはけっこうどうでもよくて、気合いの入った格好で肉を食べてさらに気合いを入れることが一番大事だった。
もう儀式だった。

初めて利用するひとり用の焼き肉屋は、一人分のスペースごとに衝立で仕切られていて、一人用のロースターがあって、壁と向かいあって食べるものだった。ちょっとばあちゃんちの牛舎を思い出した。

一人で食事すること自体に抵抗はまったくないのだから、これなら普通の焼き肉屋でゆったり座って食べた方がよかったかなと思ったけどこれもまあ経験かと思った。
自分以外の客もまた一人で来ているから他人の会話が耳に入ることがなくていい。
みんな黙って肉を焼く。
わたしも黙って肉を焼く。
みんな肉を焼きながらどんなことを考えているんだろう。

わたしは高校を卒業してすぐに始めたファミレスのバイトのことを思い出していた。

初めてのアルバイトで入った先のパートの従業員のひとりに目の敵にされ、やることなすことすべてに難癖つけられ、業務以外のところで疲弊していた。
一段とこっぴどくやられた日、帰宅してがまんできずに母にその日あったことを話したことがある。
その時、母に言われたことを肉を焼きながらはっきり思い出していた。

奮い立つための焼肉でこんな思いをするとは思わなかった。

おなかは十分減らしていたはずなのに満腹度は十を超えた。
外食は最初の一口が一番うまい。
残さず食べ終わってお店を出ると、足を休ませていたはずなのに靴擦れが悪化していた。

絆創膏を買いに薬局を探す最中にどんどんひどくなって、座れる場所を見つけてベタベタ貼った。
絆創膏だらけになった足で、一歩あるくたびにもうこの靴を脱いで捨ててやろうと思った。
家に帰るまでぜってえ脱がねえとも思った。

そのあとは足引きずって会場に行って授賞式に出席して足引きずって帰宅した。

帰りは羽田空港を経由する高速バスで横浜から帰った。
祝日夜の電車を乗り継いで帰るには満身創痍だった。
電車に乗るには気を張っていなければならない。

気合いが予定通りには作用しなかったけど、授賞式は素晴らしかった。
すべてが素晴らしかったわけではなくて、わたしはまあまあモヤった部分もあった。
誠実に言葉を尽くす方々の姿を確認できたことがとても希望だと思った。
ほんとうは希望だという言葉で思ってはいなくて、言葉にならない気持ちだった。
ものすごく信用のある言葉だと思った。
切実だった。

自分はあんなことできるだろうか。
こわくなかったんだろうか。

いや、できないよ~~~~~。
ちょっと考えたけどものすごくこわいし、自分も間違っているんじゃないかという気持ちになる。

『バッコスの信女-ホルスタインの雌』を歌って演じて踊ることがいまの自分が出来うる手段か。
なんてありがたいことか。

ありがたや。

はやく安心したい。


書こうと思ってたこと思い出した。

今回の授賞式ができてよかったのは、この受賞がうやむやになるんじゃないかという不安があったから。

生き埋めにされるかと思ってこわかったから、きちんと然るべき場が設けられ、公衆の面前で執り行われたことに安心した。

しました。

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