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Hello, World.

プログラミングを学ぶ者たちが、
おそらく最初に書き記す言葉。

Hello, World

はじめて、意味のある文字列を発信する契機。

機械に指示する言語と、
人間の言語が重なった瞬間。

そんなHello, Worldについて。

環世界という概念がある。
ユクスキュルという生物学者が唱えた概念で、平たくいえば、「生物ごとに違う世界を認識している。」という考え方だ。

ユクスキュルはダニの喩えでこれを説明してくれる。

ダニは明るさ・匂い・温度だけで世界を認識する。なぜなら、明るい場所へ動き、動物の匂いと体温を探し、血を吸うことで生きているから。

それがベンチだろうが、家の中だろうが、関係ないし、血を吸った動物が犬か猫かも理解していない。

また、ダニには、私たちのような時間感覚もない。
何十時間も、何も食べず、ほぼ動かずに過ごす。

身体という感覚のインターフェースが違えば、認識できる世界も違うのは当然だ。

しかし、血を吸われる動物たちの環世界と血を吸うダニの環世界は、この血を吸うという行為が行われるその瞬間に衝突し交わる。

この瞬間は、環世界同士が出会う場であり、「Hello World」の契機とも言えるのではないか。

知識あるものの知識は、この永遠に敵に覆われている。アルジュナよ、欲望という満たし難い火によって。感官と思考器官と思惟機能は、それの拠り所であると言われる。それはこれらにより知識を覆い、主体を迷わせる。
-バガヴァッド・ギーター (岩波文庫 上村勝彦訳)


食物連鎖や物質循環は、食べる、食べられる、排泄する、種を運ぶなどの局所的な関係だが、同時に全体を眺めると、1つの大きなエコシステムを形作っている。

エコシステムとは、もともと生物学の言葉で「生態系」を意味する。

そして、特定の環境( 例えば「サハラ砂漠」や「地球」)と、そこで生きている生物の全体を、纏まりのある閉じた系と見なす場合に、この系を生態系と呼ぶことができる。

また、ITや経営の分野での閉じた系を「経済圏」と呼ぶこともあります。

生態系も経済圏という系も、いずれも価値を交換するという機能がそこにある。
経済圏の場合は、経済的な依存関係や協調関係、ピラミッド型の産業構造、事業間の連携関係を表す。

ひとつの場で、お互いにとって魅力のある価値の交換や流通が成され、その事がさらに別の価値交換を引き起こしたり、維持させる動力源となって、結果的にその系/まとまり(クラスター)全体の在り方を決定づけることになる。

まったく異なるルールや文化を持つ複数の生き物が出会い、そして時に偶然や奇跡のような瞬間が訪れ、新たな価値がうまれる。
生き物は進化し、文化は変形していく・・・。

多くの、時には相容れない、また相容れる可能性さえない理論や記述が、いずれも適格な代替物として承認されるからには、真理についての我々の考え方を再検討する必要がある。
ー世界制作の方法 ネルソン・グッドマン
   ちくま学芸文庫 菅野盾樹訳


高度な検索システムやマーケティングによって、情報はパーソナライズされ、自分の関心、文化 -環世界- に合う情報のみに触れるようになった状態をフィルターバブルと呼ぶ。

この、情報の泡は、内部で鳴らされた音が、部屋中から反射して返ってくる残響室(エコーチェンバー)のようになる。

泡の中は、響き渡る心地よい幻想で満たされる。

すると私たちは、居心地の良い環世界に、外部からは遮断された膜の中に、閉じ込められてしまうことになる。

差別や戦争、違うものを恐れる心は、こうした閉じた環境が生み出してしまう悲劇でもある。

世界と私たちの出会いってなんだろう。
情報の泡同士が混じり合ってはぶつかり弾ける、時の流れの只中で、人間の身体を使ってあるいは、複数に分裂していく自己と、変形していく人間という概念、身体というインターフェースを使って、響き渡る価値と情報の多声交響曲が、どんな奇跡を作り出すのだろうか。

世界と出会うとは、そういうことなのだろうか。
遥か昔より、人間は、ひとつ世界を見つけては、またひとつ見失い続ける。

そんな旅を続けていくとしたら、それは素敵なことかもしれない。

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