春風(しゅんぷう)の半濁音のひと息で散ってしまえる花になりたい/茅野

うたの日無冠の短歌を紹介するシリーズ第0回

2022年04月15日『春風』の一首

わたしが茅野さんを知った一首です。

春風の半濁音に心がざわつかされる思いがして、ただこのむず痒いような感覚を味わっていたいと思うのですが、それでは評にならないので、野暮なことをいろいろと書いてみます。

ポイントは結句の「なりたい」だと思っています。花で「ありたい」のではなく、いまは花ではないと自分では思っていて、花になりたい。どんな花になりたいかというと、「ひと息で散ってしまえる花」だという。

ひと息で散るほど儚い花はそうそうなくて、よほど弱々しい花なのだと理屈では考えてしまえるのだけれど、なぜかこの短歌からは、そういう儚さや弱さみたいなものを感じません。むしろ強い意思があるような。やみくもな突風や冷たい北風に散らされる気はない。優しい春風の、半濁音のひと息でなら、散ってしまいたい。

「半濁音」と詠み込むことで擬人化のような効果が出ている点にも注目したいです。きっと誰かへの思いが混じっているのでしょう。自らが散らされたい誰かを、読者はそれぞれ幻視することになります。

評を書きながら、この評は自分だけのものにして公開しないでおきたいなと思ってしまうことがあって、今回もそうだったんですが、でもいちばん嫌なのは自分が書きたかったことを他人に書かれてしまうことなので、今回は書けてひと安心?しています。

評を書かなかった残りのうたを挙げておきます。今回は多いよ。

顔写真入りの名刺を引き出しの第二ボタンの隣に仕舞う/茅野

はじめから心臓は射抜かれていて後付けみたく増えていく好き

どちらともなく霧雨に口づけてマングローブの静止画になる

なり損ないの大人のままで好きな人に好きと言えずにゆく河川敷

花がらを摘む指先の静けさを知っているのは僕だけがいい

割り勘で割り切れなかった一円を引き受けている、おれのいちえん

ひらがなの名前にルビを振るようにほどけてしまう手のひらのゆき

駆け引きに疲れてしまいもういっそ裸で飛び込むような告白

酔鯨の蓋をポッケに忍ばせてあの日のくじらぐもに会いたい

いい意味で図太いヒロインなんだもの 遠距離くらいで泣いたりしない

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