【小説】ふたご座のあなたの運勢は
朝はいつもぎりぎりまで寝てしまうから、この占いを見たのももうずいぶん久しぶりだった。
今朝はやけに早く目が冴えて、常々かきこむようにしていた朝食もゆっくりとることができたし、食後のカフェオレまでいただく余裕があった。それでつい、テレビに目を向けたのが失敗だったんだ。
「ふたご座のあなた、don't mind! 最下位でーす。人付き合いに気をつけて。うっかり悪口を聞いちゃうかも」
「最下位……」
飲みかけのカップから、薄茶色のしずくがテーブルに落ちた。危なかった、あと少しで服につくところだ。ぐいと飲み干してシンクに置いて、あ、と気づく。このテーブルクロス、今朝出したばかりだ。
「おはよう」
「あっ、おはようございます!」
部長がすっと微笑んで、わたしの後ろを通り過ぎた。彼女はいつもアロマのようないい香りがする。
コーヒーマシンの前に立ち尽くすわたしは、残り少ない紙コップを使うか否かで迷っていた。 早めに足しておくには少し多い気がするし、かといって今使えば足りない気もするし……。
結局席にもどって持参したほうじ茶を飲む。と同時に舌が違和感をみつけた。これ、あったかい麦茶だ……。
「おはよ。おー、今日もさすがの女子力タンブラーだねー」
そう言って座った隣の席から、淹れたてコーヒーのいい香りがした。ため息のかわりに笑顔をつくって、おはようございます、と会釈した。
昼休みになり、今度こそと休憩所に向かう。
が、壁の中から声が聞こえて思わず立ち止まった。え、それ、わたしの名前? 今朝の占いが頭をよぎる。
ーーうっかり悪口を聞いちゃうかも。
わたしはそのままこっそり戻ることにした。
午後はもう散々な気持ちで、取引先との約束を忘れてあわてて対応したし(事前に準備していたからよかったけれど)、書類作製は細かいところばかりが気になってぜんぜん進まなかった。あたたかい麦茶は、風味がちがってあまりおいしいとは言えない。
ーーやっぱり、コーヒー飲みたい。
わたしは意を決して三度目の正直に挑戦した。念のためのぞきこむが誰もいない。紙コップは補充しても大丈夫なくらいに減っていた。よし。
「そうなんですよ、ほんと……あっ」
戸棚の備品を取り出したとき、隣の席の先輩が、部長と話しながら入ってきた。その会話にまたまたわたしの名前が入っていて、あわてて目を伏せる。
ーーどうしてこうタイミングが悪いのだろう。占い最下位は伊達じゃない。
「あー……噂をすれば、だね」
ほら、笑わなきゃ。いつもみたいに。でも、凍ってるみたいにほっぺたが硬い。
「あのさ……今日のお茶、いつものとちがうよね? すっごい香ばしいにおいしたもん!」
「え?」
「あと、コーヒーどこの飲んでるの? 今朝すれ違ったときすっごくおいしいにおいがしたの!」
「え、えっと……」
目を泳がせるわたしに、部長がいつもの微笑みを見せた。
「あ、コップの補充もいつもありがとね。なんかいつもいいにおいするよね、ってちょうど話してたのー。おすすめのカフェとかある? 今度いこーよ」
「え、部長、わたしも行きたいです!」
「もちろん! ね? 行くよね?」
「う……うぅ……ぜひ……!」
突然ふにゃけた顔をしたわたしを見て、ふたりが驚いている。それを見ていたらなんだか笑えてきた。ふたご座のわたし、don't mind! わたしは作り物じゃない笑顔を見せた。
ああでも、麦茶はやっぱり冷たいほうがおいしいと思うから、明日はいつものほうじ茶で。
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