バカロレア資格試験「哲学」の問題:理系

――実験のほかに真実を証明する方法はあるか。

 ある、とわたしは答える。

 実験というのはひとつの手段であり、真実をつまびらかにすることにはほかの手段も用いることができるからだ。

 手順を踏み、具現化された数値や事象を理由としているならば、人間の感覚や世界の現象そのものは数値に置き換えられるものばかりではない。しかしそれでも人間はそれを真実だと感じることができる。

 苦しんでいる人に投げかけたことばがその人を救うのならば、それは真実になる。

 疲れている人がある曲を聴き、疲れが消えた、軽減されたと感じるのならばそれはその人にとっての変化という真実になる。

 また、腕を斬り飛ばされた兵士がその腕を踏みつけられて痛みを感じるように、ある映画を見て心が張り裂けそうになったと涙するように、人間は感覚を真実に置き換えることができる。そこに実験というまどろっこしい手順は存在しない。その瞬間、その人が「そう」と感じることができれば、それは真実になるのだろうと思う。

 実験が真実へ近づくための地図だとしたら、感覚というのはその距離を無にしてしまう。そこに個としての境界線はなく、一気に目的地に等しくなる。

 証明する対象はおそらく個人の(もしくは大多数の)感覚という不確かなものではあるが、それでもそこに何かを感じ取ることができるからこそ、人は心を動かすことができるのだろう。

 それが真実でないのなら、きっと世界はつまらない。

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