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5周年と5年後のみらい。

2017年の年明け、国際フォーラムAホールのライブを最後にグループから独立しました。

あれから、気づけば5周年。はやいもので6年目。

2017年、ギリギリまでツアーをしていて、忙しく、独立の準備なんて一つもしなかったし、出来なかったし、驚くほどに何にも知らなかった。

楽曲制作の依頼や、レコーディング、歌唱依頼、ツアー、、ありがたいことに色んな機会があって、最初の2年はただ、必死に走り回っていました。

1年目は、とにかくきちんといい曲をつくる。
ということを念頭に活動。独立一曲目、何を書こうと思った時に「遺書」にしようと思いました。それが「青」という曲です。

後ろ向きな気持ちではなく、とことん自由に泳いでいけるように。何があっても、生き様になるように。そして、いつからか遺書はラブレターになりました。

青に身を委ね、この先どこまでも進んで行けたらいいなぁ、そんな事をぼんやりと思います。もしかしたら社会や世の中には相手にされないかもしれない。それでも、それでも。

それでも「続けること」がこの先5年の目標になりました。

コロナ禍で「もう続けられない、無理だ」と強く思ったことがありました。続けていくことは簡単ではないと知っていたけど、強く思い知った。

支えてくれる人はいたけれど、コロナ禍、1人で色んな事を決め、全ての責任を負って動かしていく事にしんどさを感じてしまって「もう今年いっぱいにしよう」と一度心に決めた事もありました。

そうやって決めて生活していたとき。私が歌うことをやめたところで、何が変わるというんだろう、私は帰り道の鼻歌でさえ捨てるのかな、という思いが過ぎったことが「続ける」を選択させました。ちょうど、海を見ていました。

応援してくれている人を決して軽んじているわけではなくて、私の声一つ消えたところで、明日から世界の何にも変わらない。海はだいたいは青くて、山手線もまわる。猫の腹も私の腹も減るし、消費税はなくならない。

誰が、何が、1番変わるのかと言えば、私自身の心身の健康なんだということに、10年やって初めて気づきました。

歌うために、身体を乗りこなす術をつけて、ステージに立つために、強い心でありたいと思ったんだった。歌うことで、生きることをちゃんと感じさせてもらっていたことに、私はとても鈍感でした。

調子が悪いと、練習中何度も吐きそうになります。自分が嫌になって、この先もこのままだったら、と不安になって、からからの声でスタジオを去ります。

歌がいつも楽しいわけじゃないから、時々やめようと思うんでしょうか。

それでも、歌だけがくれるおよそ5分の、かえのきかない心の旅に、どうしようもなく、惚れてしまっている事、やっと知ってしまいました。

遅…

なんで逆に今まで続けてこれたんだろうと思うと、これはひとえに応援してくれる人のおかげでしかないです。

それしかないです、本当に。
だから、歌っていきます。

よくばりだなぁ、と思いながら、自分の心と、同じようにあなたの心も動かせたら、と思ってしまいます。

この先も、これはちゃんと歌だろうかと、今と変わらずずっと自問自答しながら、続けたいと思います。

どんな形でも、追求し続けたい。隣や目の前のたった1人に、こころからうたいたい。

それが、今の気持ち。

5周年、遅ればせながらいつも本当にありがとうございます。
これからもよろしくね。


(次の5年を考えるきっかけをくれたれもんハウスにも感謝です。)

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