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アイルの書シリーズが好きという話

 このnoteは、基本的に「自分が好きなものについて語る」場としてつくったのだ。
 好きなものはたくさんあるけど、表題通りに語ると長くなりそうな気がして怖い。というかどう語ればいいのか。

 好きな物語を、読んだことのある相手と「ここがよかった、あそこがよかった」という話をしたいものである。
 少なくとも自分はそうで、だというのに、この人生で今まで「この話のここが好き」と語れた相手がひとりくらいしかいなかったのが「アイルの書シリーズ」である。(以下、敬称略)

 アイルの書シリーズ は、わたしが勝手に呼んでいるだけで、正式名称かどうかはわからない。たぶん「アイルの書」シリーズ、なんだろう。
 ナンシー・スプリンガー著、ハヤカワ文庫FT、井辻朱美訳、表紙イラスト中山星香、全五巻。
 ……隙あらば昔語りをしてしまうけれど、わたしが子どものころは、「表紙の絵がマンガ家のイラスト」の文庫はとても少なかった。かのコバルト文庫(当時まだ小説ジュニアを出していたころ)すら、表紙に入っているイラストはデザイン系が多かった。ごくまれに、一般文庫でマンガ家のイラストが入っていたりして、そういうのはとっつきやすくて読みやすかった記憶がある。
 そんなわけで、ハヤカワ文庫のFT分類ができた当時、表紙は山岸涼子が描いていたりした。が、山岸涼子はホラー感が強く手に取るのをためらっていた。
 初めて手にしたハヤカワ文庫FTは中山星香イラストの「白馬の王子」(タニス・リー)である。そこからタニス・リーにはまり、マンガ家が表紙を描くことの多かったFTをしきりに読んだ。
 アイルの書シリーズのラインナップは以下の通り。

1巻 白い鹿
2巻 銀の陽
3巻 闇の月
4巻 黒い獣
5巻 金の鳥

 ケルト神話の翻案があちこちに見られる。というかベースといっていいのでは? よく知らんけど。1巻は頁数も少なくて、女の子が攫われて、助けた相手と、女の子の婚約者? が友誼を結ぶ、という感じにまとめられる。ここが物語の出発点らしい。

 で、2巻。
 今だったらこの2巻がめちゃくちゃ受けると思うのでほんとどっかでこれだけでも復刻していただきたい。旅をする少年、ハルとアランが巡り会い、お互いに惹かれて本当の兄弟だったらいいのにと考えて、血を混ぜ合う義兄弟になり、暴虐の王を打ち倒して国を治める、という話である。
 重大なネタばれにふれずに紹介するとこうなる。
 当時でも分厚くて、1行50字以上で1頁の行数も27行くらいある、老眼が進んだ今となっては読みにくいことこのうえないので、電子書籍化か、改めて出し直してほしいんですよ~! テリー・ホワイトの「真夜中の相棒」とラッセル・ブラッドンの「ウィンブルドン」を復刊してくれた某社に期待したいレベル……(このラインナップで、ああ……ってなるひとはなるであろう……)
 とにかくこのふたりが少年から青年に移行するあいだに、おたがいの秘密や傷にふれていき、伴侶と巡り合ったりするのである。
 東から来た暴虐の王に支配されるアイルの地、と書くと、もう完全にそれはアイルランドだねぇ~ってあとで思った。暴虐の王の信仰は一神教だし。
 ハルとアランがそのアイルの地を延々と旅をしている話である。途中、冬場に寄った荘園で恋もする。そうやって王への叛逆仲間を集めていく。という説明しかできず、どれほど今で言う「萌える」かが、どうしてもネタばれをしないとむつかしいので、ほんと、復刻してほしいシリーズなのです……そうしたら「これを読んで!!!!」だけで済むやん。なあ?
 2巻でわたくしの好きなシーンは、ハルが、王の怒りに触れた者たちの死体の穴に投げ込まれて、死体を踏みつつ上がってくるあいだ、ある亡骸の指にはまっていた指輪を見つけて持ち帰る、というところ。ここめちゃくちゃ伏線なんだよ~! このあとが微妙につらい……アランかわいそう……てなる。
 アランは遠回しに地の文で「単純バカ」みたいな描写がされてて、作者はアランを軽んじててハルしか好きじゃないのか?とイラッとしたりもしました。真相は知らんが。
 そんなわけでわたくしは当時、明るくてすっきりしたアランが好きで、陰鬱で暗いハルはいまいちだったなあ……要するに、アランのほうが感情移入しやすかった記憶。ハルは超然としている感がつよかったのです。のちにアランはあることで懊悩して苦しむのだけど、まあそれはしゃあないね、と思えたので、わたくしはつくづくアランびいきだったのだろうなあ。当時は感性が幼くて、陰のある美形、というものの味わい深さが咀嚼すらできていなかったのかもしれない。
 アランは嫁の趣味もよかった。ハルは、えっ……その子……なの……? まあそれもそうか……同年代の女の子、ほかにいないしな……という気持ちになったなあ……(こういう話を誰ともできていない)

 とはいえわたくしがもっとも好きな、今で言う「推し」は、4巻に出てくるキャラクターである。
 正直、ハルとアランなら、わりと、昔のFTを好きだったひとなら、憶えていてくれそうなものである。
 だけど、4巻のあのキャラクターについては、誰も憶えていないのでは……という暗澹たる気持ちになる。

 3巻はアランの息子トレヴィンの話で、これがまあほんとうに……あの母でこの息子になりますか!と、読みながら何度も思った。(パーンの竜騎士シリーズのレサの息子も、この子おろかでは?と残念に思った……)
 トレヴィンは、見目よく健やかな若者なのだけど、自分を好きな態度をとる、不器量なメガンという娘に、遊びっぽく手を出そうとしたりする。どうでもいいけどこの「メガン」という名前、かわってるなあ、と読んでた当時は思ってた。今になってわかったけど、メイガン妃と同じですね! 気がついたときはびっくりしたよ!
 とにかく、メガンへの仕打ちがいけすかなかったので、わたしはトレヴィンにはムカムカしながら読んだ。なので彼が遭難したあとに受けた扱いに、多少なりとも溜飲が下がったものである。
 トレヴィンは遭難後、ひどい扱いを受けて、運命の相手と出会う。といってもヒロインではない。このシリーズには毎度、「男の子に運命の相手(半身)である男がいる」のである。ただしトレヴィンには人間ではエムリスト、人間のようなそうでない相手としてグウェルンがいた。
 当時すでに、トレヴィンがギルガメシュでグウェルンはエンキドゥだなあ、と思っていた。トレヴィンは最初、グウェルンと諍うけど、最後には泣いて惜しむ。そのあたりが明らかにギルガメッシュとエンキドゥを想起させるのです。まあそういうことです。
 トレヴィンのことをまったく好きになれないまま読んだ3巻の説明をくどくどしたのは、この3巻の終盤に生まれるデイルが5巻の主人公だから。
 では、4巻は誰なのか。

 4巻の主人公はフレインだと思うけれど、章ごとに語り手が違う。
 フレインはある王の息子で、兄がいる。兄のティレルは、好きだった女を父王に殺されたので父王を激しく憎んでいる。フレインは消極的な子で、兄をとても好きだが、兄に好かれておらず、何をすることもできない。
 この!!!!兄のティレルが!!!! わたしは好きなんですよ……みめうるわしく、性格がひん曲がってて、八つ当たり的に白鳥の女神を強姦して羽を折っちゃってた気がするけど、好きなんですよねえええええええ。

 死ぬまでに一度でいいから、「ティレルがあのときああしたのはこういう理由ですよね」という話を誰かとしたい。

 という気持ちで、隙あらば、機会があったら読んでね……と、脈のありそうなひとにすすめているのだけど、なにせもう30年以上前の本で、そうそう出回っていないし、本文レイアウトは昔の仕様で読みにくいし、そのうえけっこうな長編だしで、なかなかとっつきがよろしくない。よろしくないのである!(ΦДΦ)クワッ

 だから、復刊されてほしい。といっても、活版印刷時代の本なので、ここ10年に出た本の復刊とはわけがちがうだろう。むずかしいのはわかっている……わかっているけれど、電子書籍をスマホで寝る前に好きなシーンだけ読みたいよう……

 そうそう、5巻は、アランの息子トレヴィンの息子デイルが、4巻の主人公であるフレインと巡り合うのである。
 デイルは狼の姿をしていたときの母親から生まれたので最初は仔狼として登場し、そのうち人間の姿になるけれど、フレインには明らかに怖がられてて、しかしデイルは最初からめちゃくちゃフレインに惹かれていて、彼のそばに行きたい、なんでもしたい、くらい思っていた気がする。……いま思い返しながら書いてて気がついたけど、これ、けっこう萌える設定ですね。いまで言うわんこ攻めやん……(しかしフレインのうじうじした感じとデイルの激しい尻尾ふり印象の食い合わせがどうしてもおいしくなかった印象が未だに強い)

 アイルの書は全体的に「あつくるしい男同士の友誼」みたいなのが根底に流れていて、それが同性愛的に感じられつつもその一歩手前で踏みとどまっている、という点がとてもよかった。子どものころから「文章化されていない物語の裏側や隙間を想像」するのが楽しかった自分にとっては最高でした。(お察しください)
 スプリンガーの男性同性愛的表現のある著作はおいしく食べられなかったので、やっぱり(誰の作品でも)、一歩手前で踏みとどまっている感のある話がいちばんときめくのであった。そんなわけでわたくしは、一般小説に紛れ込んでいる微妙な男性同士の同性愛の一歩手前的表現が好きです。ブロマンスと表現すると「ロマンス」って入っているから、微妙に印象が異なるのよなぁ……まあこれは自分の感覚ですが……

 そんなわけで、白背のハヤカワ文庫FTが、復刊は無理でも電子化されないかなあ……と思っているのだった。版権の関係でむつかしそうだけど、いつかかなわないかしらと夢見るのである。
 それが無理でも、大金を得たら(高額宝くじの一等が当たったら)自炊してテキスト化して個人で楽しみたい……というレベルで、読み返したい物語です、アイルの書シリーズ……

 全巻通して好きな女子キャラはリセだったという話すら誰ともできてない。かなしい。