楽譜書評『レクイエム』三善晃

音楽は、大きな意味で、戦争と平和が得意なのだとひしひしと感じます。
特に三善先生の思想は平和の一元論的なところがあるように思えてなりません。
前書きはこの程度に、早速書評をば。

作曲家三善晃

三善先生は1933年に東京で生まれ、戦時中は集団疎開学童であり、12歳の時に敗戦を経験しています。
非常に優秀な頭脳と音楽的才能をお持ちで、東京大学に入学し、同大学文学部仏文科に在学中にフランス政府給費学生として、4年間パリ国立高等音楽院で音楽を学ばれました。そして帰国後は東京大学も卒業し、その3年後には東京藝術大学の講師を勤めるようになっています。

合唱曲を多く手がけていますが、年代によって作風が大きく異なっています。特にこの曲が作曲された70年代には不確定書法の実践が見られ、難解な作品が多い印象です。

反戦三部作『レクイエム』

1971年に作曲されたこの『レクイエム』は1979年の『詩篇』、1984年の『響紋』と併せて「反戦三部作」と呼ばれています。その名の通り戦争をテーマとした合唱と管弦楽のための音楽作品にです。

『レクイエム』で用いられている詩には、日中事変以来の反戦詩、太平洋戦争時の遺書「聞けわだつみの声」がコラージュし用いられています。

三善先生はこの楽譜の前書きにおいて「20世紀後半に生きる日本の作曲家として、何を書かなくてはならないか、私の存在理由は何か、と自問し続けた」と述べています。
この反戦三部作に込められたメッセージ性の重さがこの言葉からよくわかると思います。

印象派の音楽と戦争

難解な楽譜を読むときは何が描かれているのかあたりをつけて読む必要があると僕は思っています。今回は反戦三部作の名前の通り戦争について描かれているのだとあたりをつけて読み進めていきました。

今回、さらっと読んでみての感想は二つ。
一つは印象派の音楽だということ。もう一つは三善晃の音楽は広義の平和一元論的であるという印象を受けたということです。

印象派の音楽

歌は他の音楽にない重要なファクターがあります。それは詩であり、歌においてその詩の持つ語感や意味内容が非常に重要な意味を持ちます。
それを踏まえた上で今回感じたのは『レクイエム』においては詩の意味内容が非常に大きな役割をしているという点です。

詩の語感に全く寄り添っていないというわけではないのですが、冒頭から、普通では考えられないような言葉の切られ方がなされています。例えば「誰が」一文節を「だれ/が」「だ/れ/が」に分割し音楽中に配置しているのです。もちろん「誰が」だけでも意味は通じないし「誰がドブネズミのように隠れたいか」という句になってやっとある程度の意味が伝わるのに、文節で音を区切るのは言葉を伝える上で効果的ではないように思えます。

それではこの音楽ではどのようにその言葉を伝えようとしているのでしょうか。僕の持ち出す答えは、センテンスの持つ意味内容を分解し、音楽的語法でその意味内容のみを伝えようとしている、というものです。

ここに印象派音楽の妙が隠れているように思えます。この音楽を聞いたときに詩の言葉自体は伝わらなくとも、その詩の持つ意味内容が伝わるように設計されているのです。しかもこの意味内容は作曲家が解釈した詩の意味内容であるのですから、まさしく主観的な印象。印象派の名に違わない考え方と言えるでしょう。

『レクイエム』は特に戦争の印象を表現するために、かなり複雑な技巧が用いられています。しかしまぁ、それを読み解くのはもう少し時間をかけないといけないので、今現在ではあまり多くを語れないので省くこととして。皆さんにもぜひ自分自身で楽譜を読み込んで発見して欲しいと思います。

平和一元論的な思想

クラシック音楽やその流れを汲む現代音楽は希望とか愛とか平和とかそういうものを得意としていると考えています。そして三善先生もまたそれを得意とし、それら三要素を同一のものとしてみなし一元化していたようにも思うのです。その一元化されたものを伝えるためには、それぞれの言葉を用いて伝えなくてはならず、今回の場合においては平和という言葉が適切でしょう。

この一元論的な考えからすれば、戦争をはじめとした争いは、この平和の欠落として現れます。すなわち戦争と平和は対立する二つの概念ではなく、平和の中に戦争が包括されているということです。戦争は平和という概念なしに説明できますが、戦争なしに平和という概念は説明不可能です。それは平和でない状態の一つが戦争状態と呼ばれるからです。

この考えからすれば、三善先生がこの『レクイエム』を含む三部作を「戦争三部作」ではなく「反戦三部作」と呼んだのかにも説明がつきそうなものだなという感想を抱きました。

最後に

この作品はあまりにも偉大すぎて、日本において作曲を志す人はもちろん、音楽で何かを表現しようとしている人たちにおいても避けては通れない作品であるように思います。ぜひとも一度この作品を聴いてみて欲しいです。また、叶うならば楽譜を読んでみることもオススメします。


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