小林賢太郎の事 ラーメンズの事

2020年12月1日。職場の小休憩で何気なく携帯でTwitterを眺めてた。いつもと何も変わらない雑多なツイートの数々。いつもと何も変わらないタイムライン。そんな中に何食わぬ顔をして「肩書きから「パフォーマー」をはずしました。」と銘打ったブログが流れてきた。それこそまさに「ぽつねん」とタイムライン上に佇んでいた。

今から16年前。2004年に放送された「爆笑オンエアバトル」(※この頃は隔週で放送していたので「オンエアバトル爆笑編」か)のサマースペシャルと銘打った特別番組。オンバトの長い歴史で優秀な戦績を収めてきた挑戦者達を「ゴールドバトラー」「プラチナバトラー」と銘打って表彰したり、当時の挑戦者達を複数集めてアンケートを元にトークしたりと、当時お笑いにハマりたてで、オンバト自体も本格的に見始めてた自分にとって、この回はまさにオンバトの歴史を知れる「教則本」のような内容になっていた。

その中で過去の名物挑戦者達の熱演を紹介するプレイバックコーナーのトップで登場してきたのが、ラーメンズだった。ネタは「現代片桐概論」。

左にメガネをかけ白衣を羽織った、いかにも大学教授っぽい小林。その隣に無表情で手足を広げて棒立ちしている片桐。ランニングシャツにブリーフの出で立ち。シャツの真ん中に「標本用片桐仁」の文字。

始まって数十秒無言の状態が続いて、小林がおもむろにハンドマイクを取って「えー…続けます。これは皆さん日常でよく目にするタイプのカタギリ。ニホンカタギリ。学名ニッポニアカタギリウスジンピテクス。よくね雨上がりの道端とかで死んでますけども…」。そこから淡々とカタギリという生物について講義が展開されていく。

衝撃だった。今までテレビで見てた理屈抜きに笑いにかかってくる芸と全く違う「ガツガツさ」を感じさせない静かで真っ新な笑い。理屈っぽくて、スタイリッシュで、スマートで、それでいてたまに愛嬌や茶目っ気もあって、自分が今まで見てきた笑いにも負けない、それ以上の爆発力を持っていた。たった1本のコントで、自分はラーメンズに惚れた。

すぐ番組公式で出していた傑作選のDVDを借りて見ると、その唯一無二の世界観にぶん殴られて、ズルズルと引きずり回された。「現代片桐概論」「読書対決」「ブラザー」「なわとび」「ひよどり兄弟」「にっぽんご」「日替わりラーメンズ」「ゲーム」…

この当時はまだ単独公演のDVDは見た事も、いや存在自体を知らなくて、ラーメンズ自身もすでにオンバトには出演していなかったので、ラーメンズと言えば、「めちゃくちゃ面白かった過去の挑戦者」というイメージだった。「こんだけ面白いのに、なんでテレビのネタ番組やバラエティーに出ないのか」不思議でしょうがなかった。どこかの番組に出演するなんて噂も全く耳に入ってこなかった。

その後公演のDVDを見るようになって、その真っ新でカリスマ性あふれる世界観に年々虜になっていった。その内に、彼らは舞台を中心にしているコンビで、テレビといったメディアからある程度の距離感を持っているコンビである事を知って、そのスタンスのカッコよさがますます虜になる事への拍車をかけた。

紛れもなく当時の自分の中で面白い芸人のトップクラスにいた事は間違いなかったが、如何せん今のようにTwitterも無いし、ネット環境自体があまり発達していない時代。テレビなどのメディアにほとんど出ないスタンスであるため、北海道の片隅で暮らしていた身には現状の情報などはほとんど入って来ず、特に情報が更新されないまま、時間だけ過ぎて行った。

大学を卒業してから数か月ほど経ち、何気なくテレビでNHKの流れた数分程度の告知番組。「小林賢太郎テレビ ライブポツネンinヨーロッパ 」。初めてヨーロッパで公演したソロパフォーマンスの舞台裏のドキュメンタリーだった。「え?小林賢太郎って、あのラーメンズの?ソロパフォーマンス?てか、ラーメンズは?ヨーロッパ公演??」頭がパニックになった。自分が見てこなかった数年の間に何がどうなって、こうなったのか。時間が経って、すっかりさびついてた「ラーメンズ」への興味に対するアクセルが一気に踏み込まれた。

※ここから仁さんにはほとんど触れる事はないが、あの人にはあの人なりの思い出、思う所があるので、それはまたいつか。

そこから慌てて見たのが、小林賢太郎ソロパフォーマンス「Potsunen」シリーズ第1弾「ポツネン」。数年ぶりに見る小林賢太郎は見ていた当時よりもさらにカリスマ性と神秘性に磨きがかかっている。作り出されるコントは昔と変わらず面白くて馬鹿馬鹿しいのもあるが、映像、マジック、パントマイム、アナグラムなど、あらゆる要素を貪欲に吸収していて、ラーメンズとはまた違う、文字通り「唯一無二」の世界観への変貌を遂げていた。そして、この公演の最後のオチ。緻密な計算の上で成立したあのオチを見た瞬間、全身を電流のような衝撃が駆け抜けた。「この人を一生追いかけよう」。自分は小林賢太郎に惚れた。というか、ラーメンズにもう一度惚れた。

そこから貪欲なくらい他のソロパフォーマンスのDVDや演劇プロジェクト「KKP」の公演を見て、しばらく見ていなかったラーメンズの公演も見直すようになった。完全に自分の中で、ラーメンズは別格の存在になっていた。

ラーメンズでお気に入りの公演は「FLAT」「鯨」「零の箱式」「ATOM」「STUDY」「ALICE」「TEXT」、POTSUNENは全公演がお気に入り、KKPだと「LENS」「TAKEOFF」「ロールシャッハ」「振り子とチーズケーキ」がお気に入り。特に「TAKEOFF」は色んな人に知ってもらいたい超大傑作。この作品で自分は「舞台」という芸能が持っている無限の可能性を知った。

自分は過去3回、劇場で小林賢太郎に会っている。1度目はKKP「ノケモノノケモノ」、2度目はPOTSUNEN「ポツネン氏の奇妙で平凡な日々」、そして最後3度目はカジャラ「怪獣たちの宴」。どの公演も笑えて、楽しくて、どこか寂しくて、そして圧倒的に神々しくて…。見た当時の風景や興奮は今でもしっかりと頭に刻み込まれている。

マイペースに次々と新しい事に挑戦をし続け、見ている側の想像を軽く超えてくる作品を世に送りつづけてきたコバケンさん。「コバケンさん次はどんな事を仕掛けてくれるだろう」「早く新しい情報入って来ないか」常にそんな希望を小さく心のどこかに置いておきながら日々を過ごしていた。いつまでも、このドキドキ感、ワクワク感が当たり前に続くと信じて疑っていなかったそんな2020年12月1日。突然の「小林賢太郎、表舞台から引退」の報せ。

この知らせを聞いた時、確かにビックリはしたが、自分でも予想外なくらい悲しいとか淋しいという感情は1㎜も湧いてこなかった。むしろ、表舞台からいなくなる最後の仕掛けを楽しんでいる自分がいた。「やりやがった!」「コバさん、あんたどんだけカッコイイんだよ!(笑)」と。最後の最後まで、小林賢太郎に笑かされて、心をドキドキワクワクさせてくれた。

「面白い」ってこんなに楽しい事なんだ、とラーメンズの、小林賢太郎の芸を見ていて思う。「笑い」が楽しい事は誰しもが充分分かっている。でも、さらにその先にある、というよりもっと根底にある「面白い」を突き詰めると、「笑い」を超えた未知の楽しさがまだまだこんなに沢山あるんだという事を彼らの作品から教えてもらったような気がする。

今回の一連の報道で、少しでもラーメンズ、小林賢太郎に興味を持った人は是非とも作品を見る事をお勧めしたい。とにかくとんでもない量と質のコント、作品を残しているから。

最後に、「お笑い芸人」として知ったコバケンさんの肩書きが、年数が経つにつれて「劇作家・パフォーミングアーティスト」へと変わったのが、自分は正直寂しかった。どんなに見事な演劇を作っても、どんなに見事なパフォーミングアートをやったとしても、目的に「笑い」がある限り、自分はコバケンさんは「お笑い芸人」だと思っている。表舞台からいなくなって裏に回っても、これからも自分の認識は変わらない。

小林賢太郎は、お笑い芸人だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?