闇に惹かれる~自分と講談と六代目神田伯山~

講談が面白い。

落語と同様の寄席演芸の一つで、座っている演者の前に釈台が置かれ、張扇でパンッパンッと叩きながら物語を聞かせていく。落語が市井の人々の物語を描くのに対して、講談は英雄伝やら、軍談、侠客伝を取り扱っている。

自分が「講談」という芸に最初に触れたのは記憶はおぼろ気だが、小学生時分。「笑点」を見ていると、明るい着物を着たクリクリ坊主で黒ぶちメガネのお兄さんが陽気に出てきて釈台の前に座った。三代目神田山陽である。披露したのは、江戸の町に現れた稀代の大泥棒・鼠小僧次郎吉がひょんなことからサンタクロースと出会い、クリスマスの江戸の町にプレゼントを届けてゆくという新作講談「鼠小僧とサンタクロース」。エキセントリックな物語とハイテンションにバシバシ釈台を叩いて語っていく様に、子供心ながら「こういう芸もあるのか」と強烈な印象が残った。

成長するにつれ、落語に興味を持ち始めたが、講談についてはからっきし。NHK「日本の話芸」でたまーに見る程度。大方の演者を見てて「堅苦しい」「言葉が難しくてよく分からん」と途中でチャンネルを変える事がほとんどだった。その中でも、唯一しっかり聞いて面白いと思ったのが、当代神田松鯉先生。風格もあって、難しい部分は嚙み砕いて余談を挟みながら進めていくスタイルはとても親しみやすかった。

落語を知っていくのに並行して、講談という芸は予備知識程度に触れているくらいの距離感だった。そんな距離感を一気に覆す男が現れた。

六代目神田伯山(当時・神田松之丞)

存在を目にするようになったのは2015年くらい。TwitterのTLによく「神田松之丞」という名前を目にするようになった。落語会の告知ツイート、演芸ファンのフォロワーさんのツイート、演芸関係の何かしらのツイートでほぼ毎回名前を見かけ、芸は見た事ないのに、名前だけはすっかり覚えた。

この人の芸を見たい!と思うきっかけが、何気なく手に取った演芸写真家・橘蓮二さんの写真集「夢になるといけねぇ」。名人から若手の演芸人を活写し、橘さんの詩的で温かい評が記載された写真集。この序盤のページに神田松之丞は現れた。汗が飛び散り、仁王が如き形相で講談を読んでいる様が活写され、その目に強烈なカリスマ性と底なしの闇を見た。橘さん曰く「彼は講談の神に選ばれた」。彼が演じる講談「天保水滸伝 ボロ忠売り出し」の一節を引き合いに出しながら、彼が講談界の未来をしょって立つ男である事を的確で温かい文章で紹介されていた。「何なんだこの人は…」。しばらく神田松之丞の事で頭がいっぱいになった。

すぐさま調べてみると、落語会「シブラク」での公演の一部がネット配信されている事を知り、早速見てみた。読み物は「赤穂義士伝 荒川十太夫」。講談の堅くて難しくてつまらないイメージが頭にこべりついたまま見始めると、メガネ姿で猫背で気怠く登場。張り扇を2度叩き黙礼。頭を上げメガネを外して、開口一番。

「機嫌が悪いんですよ…」

「俺のグッズだけ全然売れてないんですよ」「俺プロじゃないけどさ、この写真じゃ無くね?」「おばちゃーん!売れてっかなー!」「全然売れてないよー!」「ふざけんな!ババァ!!」「いや、もっと用意しとけよ!」

断片的に引用してるので「は?」だと思う。CD「松之丞 講談 -シブラク名演集」に、この時の公演が入っているので、興味あれば。

口調のカジュアルさ、容赦ない毒気、本編に入ると、湧き上がるマグマの如き膨大な熱量で語られる武士の心情。「惚れた」。これ以外の感情が見当たらなかった。気づいたら、頭の中にあった講談のイメージはまっさらとキレイにリセットされていた。

他に公演はないか探して当たったのが「畔倉重四郎 金兵衛殺し」。金のために邪魔な奴は敵味方関係なく無慈悲に殺していく悪漢を鬼気迫る描写とスピード感で語っていく様に息をするのを忘れるほど引き込まれた。

生の芸に触れるタイミングは早々にやってきた。2017年1月。松之丞さんが所属していた落語芸術協会の2つ目の若手で構成されたユニット「成金」。この公演が札幌で行われると知り、有無を言わずチケットを買った。場所は札幌時計台ホール。2番手で出てきた松之丞さんが語り出したのは「天保水滸伝 ボロ忠売り出し」。彼に惹かれるきっかけを作ってくれた読み物。勝手ながら「お前はこの芸人を一生追いかけろ」という演芸の神様からの掲示に思った。

そこから年を追う毎に彼の活躍ぶりは如実に目に入ってくるようになった。ラジオ「問わず語りの松之丞」が始まると、売らなくていい相手にケンカを売りまくったり、フジ「ENGEIグランドスラム」に講談師として異例の出演。「寛永宮本武蔵伝 山田真龍軒」を堂々と読み、その存在が全国へ一気に伝播した。「笑点」にも3度呼ばれ、普段講談には馴染みのないバラエティーにも引っ張りだこ。如実に「売れる」という現象を目の当たりにしていった。

そんな絶頂の中、真打昇進。しかも大名跡「神田伯山」の六代目を襲名。「神田伯山」という名跡が如何にとんでもない名跡であるかは、家元(立川談志)の著書で触れられてきたので、報道を知った時、冗談抜きに腰が抜けた。

襲名は大々的に報じられ、襲名と同時にYouTube「神田伯山ティーヴィー」を開設。襲名披露興行の楽屋裏、披露興行時に披露された高座を公開、連続物「畔倉重四郎」全19話一挙公開、オンライン釈場の開設など画期的な企画を次々と実現。著書や関連本もコンスタントに発売され、この人の登場で講談のインフラは劇的に整備されていった。中でも「神田松之丞 講談入門」は今までなかった講談のあらすじを詳細に解説している入門本として本当に画期的なのでオススメ。

伯山先生がインフラを整備してくれたおかげで、現役の講談師や過去の名人上手達の芸にも触れる機会が自然に増えた。失礼だが、退屈だと思っていた他の講談師たちの芸も面白いと見られるようになった。やはり何事にもインフラの整備は大事だ。

現役では一龍齋貞水先生、神田松鯉先生、神田阿久鯉先生、神田愛山先生、八代目一龍齋貞山先生に興味を持っている。貞水先生は評伝も読んだが、これも面白かった。過去の名人上手では、五代目神田伯山、五代目宝井馬琴の録音が面白かった。これからもこの興味の火はどんどん燃やし続けていきたい。

徹底的に淀みまくった底無しの混沌。飲み込まれそうなほどのとてつもない闇の前に普通は恐れるはずなのに、その闇を不思議と魅力的に感じている自分がいる。

表で明るい面を多数露出しているけど、この人は常人では計り知れないさらに深い闇の中で孤独に講談と一対一で向き合っている。だからこそ、あそこまでのマグマのような爆発と熱狂が生み出せるんだと思う。あの人の講談は「陰」の向こう側には「陽」がある事を教えてくれている。だから、恐れを超えて惹かれるんだと思う。

これからも六代目神田伯山の「闇」に惹かれ続けていく。




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