創作BL「僕からのチョコをあなたはカレーに入れた」
羽海(うみ)に渡すチョコレートを選ぶ。羽海は腐ったもの以外はなんでも喜んで食べるので却ってどれを渡せばいいかわからない。そもそも、羽海の性格上、僕のあげたチョコレートをほかの誰かとシェアして食べてしまう可能性すらあった。彼は独占欲や執着といったものと縁遠い。渡した本命チョコを羽海に独り占めしてほしいなんていう僕の気持ちを理解することもないだろう。それでも僕は羽海にチョコレートを渡したかった。プレゼントをするのが好きな人間は所有欲が強いのだと何かで読んだことがある。僕もそのうちの一人なのだろう。
無難そうでそれなりにお高いチョコを選び、デパ地下を出た。羽海に会いに行く。今日は誰といるだろうと思うと胸の奥がどろっとしてくる。羽海が一人で過ごす時間は一日のうちでとても短く、いつも誰かと一緒にいる。極度のさびしがりやだからだ。そして、羽海にとってさびしさを埋めてくれるのは別に僕でなくてもいいということが胸をぎゅっと苦しくさせる。
今日は運が良く、羽海は自分の家にいた。「一人?」と聞けば「さっきまで友達といた」と眠そうな声で答える。
「徹夜でゲームしてたからさー」
「ゲーム? 何の?」
「マリカとスマブラとポケモンを梯子」
「隣の部屋の人に怒鳴られなかった? お前、ゲームで対戦すると勝っても負けてもリアクションがうるさいから」
「ん? だいじょぶだったけど? それよっか君、俺のことなんでも把握したがるのなー」
羽海が呆れるように笑う。
「え」
独占欲が強いのは自覚していたが、そこまでは自分では気が付いてなかった。今、この瞬間に自分の羽海への執着が自分で把握していた以上であったことを思い知らされてドキリとした。
「駄目、なのか?」
しどろもどろになる。半分、挑みかかるように、開き直るようにして聞けば羽海は笑った。
「駄目じゃねーけどさー、そういうの、恋人にやると窮屈がられるんと違う?」
俺と君は恋人ではないからいいけど、と言われているのだろうか。羽海から恋人と認められていない。こっちに入ってくるなという意味合いのある白線を引かれた気分だった。
「恋人なんていらない」
(羽海がいれば)恋人なんていらない。重いと思われたくなくて括弧の中はカットした。
「あ、そうだ」
思い出し、僕は紙袋からチョコを取り出す。
「これ、食費に困って飢えたら食べてよ」
「君も素直じゃないなー」
「うるさい」
照れているのを見抜かれて顔に血が集まるのがわかった。だが、素直でないのは羽海のほうこそで、ありがとうも上手く言えぬままチョコレートをきゅっと握りしめて嬉しさでにやけないよう唇の端を固く締めていた。
「嬉しいなら嬉しいって言えばいいのに」
僕が言えば羽海は「けっ」と吐き捨てた。
「けっ、はないだろう。さすがに傷つく。大体、あなた、僕より四つも年上なのに感情表現下手すぎないか? 世の二十四歳ってもう少しスマートな気がするんだけど」
「るっせぇな。好きでひねくれたわけじゃないやい」
羽海がいじけるので「わかってるよ」と抱き寄せた。羽海は抱きしめられて照れくさかったのか
「バレンタイン・キッス歌って」
と唐突に言い出した。
「いいけど、サビしかわからないぞ」
「いいよ」
僕は背負ってきたギターを弾いて歌い出す。耳コピで、サビだけ歌った。サビだけなので一瞬で歌い終わった。羽海はそれだけでも満足したらしく、「眠い」と一言残して万年床に潜り込んで眠ってしまった。僕の歌は子守歌だったってわけか。
仮眠から目覚めた羽海はのそのそと台所へ向かい、夕飯の準備を始めた。
「夜飯食ってく? カレーでいー?」
二つの質問にまとめて「うん」と答えた。羽海は料理が上手く、何でも器用に作る。彼曰く、『料理できるヒモってできないヒモよりはポイントたけーじゃん?』とのこと。エプロンはつけずに包丁で野菜の皮を剥いている細くて小さい後姿を見ていると欲情してきて、後ろから抱きつきたいのを何とか堪えた。
夕飯のカレーは給食のカレーの味がした。がっついて食べる僕に
「美味いか? 市販のルーだけどなー。俺の愛情かなー」
なんてとぼけたことを言う。僕に対して愛情なんてないくせにと悪態をつきたくなるのを口にカレーを詰め込んで堪えた。
「そんなに美味い?」
美味いけど、口いっぱいに頬張っているのは前述した悲しい言葉、『僕に対して愛情なんてないくせに』を口走らないためでもある。羽海は悲しまないかもしれないが、僕が自分で悲しい。などと苦悩したって羽海は僕の気なんて知らないだろうな。
「そういえばさ、塔理(とうり)」
「ん?」
僕は一心不乱にスプーンを動かしていた手を止めて顔を上げる。
「そのカレー、君にもらったチョコが隠し味」
「……は?」
まさか、僕自身とシェアしてくるとは思わなかった。呆れてものが言えずにいると羽海は
「リアクション薄ぃな」
とむくれてみせる。
「言葉も出ないほど呆れてる、というでかめのリアクションだよ、これは。ほんと、馬鹿だな、あなたは」
僕が深々と溜息をつくと羽海は満足したらしく、
「嘘だよ」
と目をきらめかせて種明かしした。そうして、炬燵の中に隠していたチョコを取り出す。まだ手つかずのチョコの包装を雑に剥き、僕の目の前で頬張ってみせる。
「あ、炬燵ん中に入れてたから溶けちまってる」
「ほんとに馬鹿だな……」
僕たちは何となくキスをした。羽海の舌は溶けたチョコレートの味がした。
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