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『スーパーリリックとマサコさんの帰還』

山梨県立甲府南高等学校演劇部
2020年度大会参加作品

作/中村勉 

スーパーリリックとマサコさんの帰還

マサコ 
ホノカ 
アユミ 
ヒナ 
アヤセ   
ヤス
リク 

高校生たち
先生たち

1 はじまり

放課後
高校生たちが舞台上の思い思いの場所に置かれた椅子に座っている。
舞台奥の洋服掛けに白衣がかかっている。

音楽
チャイム
高校生たちがはじめは小さな声で、徐々にはっきりと言葉を口にする。

その手広げ
迎え

(E音で韻を踏む)

立ち上がり歩き出す。
やがて走り回りながら大きな声になる。
そのまま放課後の教室に。

2 ヤスとホノカ

ホノカ、白衣を着る

ホノカ  ナイトウくん、ちょっといい?
ヤス   はい。

ホノカ、中央の椅子に座る

ホノカ  ナイトウくんも座って。

ヤス、隣の椅子に座る

ホノカ  忙しいでしょ?時間ないから簡単に。10年後の私できた?
ヤス   まだです。
ホノカ  締め切り今日だけど、ナイトウくん、まだだから。どうかなって。
ヤス   みんなもう出したんですか?
ホノカ  全員じゃないけど、提出するときは先生に直接出すことになってるから、ヤスくんはまだだったなって。
ヤス   いま書いてるところです。
ホノカ  間に合いそう?
ヤス   はい。
ホノカ  なんか困ってることある?
ヤス   …職業とか。
ホノカ  あ、みんなそう。職業書きにくいって。みんな質問に来たよ。
ヤス   そうですか。
ホノカ  職業どうすればいいですかって。
ヤス   そうなんですか。
ホノカ  ナイトウくんの職業ねえ・・・
ヤス   あ、いいです。
ホノカ  自分で考える?
ヤス   はい。
ホノカ  今日5時まで。いい?
ヤス   はい。
ホノカ  なんかごめんね、こんな、ばたばたしたときに締め切りで。ナイトウくんも忙しいでしょ。
ヤス   それほどでもないです。
ホノカ  ナイトウくんは本が好きだから、10年後も本読んでるね。きっと。
ヤス   あ、たぶん。本読んでます。
ホノカ  読書に関係したことで書いてもいいよ。
ヤス   職業でなくてもいいですか?
ホノカ  そうだな、まあ、いいかな。
ヤス   10年後に・・・
ホノカ  10年後に?
ヤス  …

アユミ、やってきてホノカの白衣を脱がせる

ホノカ  じゃ、行っていいよ。5時までにね。
ヤス   はい。

ヤス、出て行く

3 ホノカとアユミ

アユミ、白衣を着る

アユミ  忙しいのに悪いね。
ホノカ  あ、大丈夫です。
アユミ  どう?できた?
ホノカ  10年後の私ですか?
アユミ  なんかごめんね、こんな、ばたばたしたときに締め切りで。ミヤザワさんも忙しいでしょ。
ホノカ  あ、けっこう、そうです。
アユミ  どこまでできてる?
ホノカ  もうみんな出しましたか?
アユミ 結構出てるよ。
ホノカ どこの学校もみんなこういうの書くんですか?
アユミ  みんなじゃないけどね。うちは10年後にホームカミングデイがあるから。
ホノカ  今から書くんですね。10年後に来るやつですね。
アユミ どこか書きにくいところある?
ホノカ  やっぱり…
アユミ 職業?
ホノカ  自分じゃよくわからないんですよね。
アユミ  そうだね。
ホノカ  あたし、いいとこあるんでしょうかね。
アユミ  あるよ!ミヤザワさんの職業は…
ホノカ  あ、いいです。
アユミ 自分で考える?
ホノカ  はい。
アユミ  じゃ、今日の5時まで。
ホノカ  いい?
アユミ  なんかごめんね。こんな、ばたばたしているときに締め切りで。ミヤザワさんも忙しいでしょ。
ホノカ  あ、そうでもないです。
アユミ  できそう?
ホノカ  10年後ですね。ひとつだけ決まってます。
アユミ  どんなこと?
ホノカ  たぶん、山に登ってます。10年後も。
アユミ  そうだね。登ってるね。
ホノカ  山に登ってます。

マサコ、やってきてアユミの白衣を脱がせる

アユミ  じゃ、行っていいよ。5時ね。
ホノカ  はい。

ホノカ、出て行く

4 アユミとマサコ

マサコ、白衣を着る

マサコ  クボタさん、これ、職業の欄空いてるんだけど。
アユミ  なんかよくわからなくて、あとで書こうと思ったんですけど。
マサコ  なにか小さい頃なりたかったものとかないの?
アユミ  うーん・・・
マサコ  大丈夫?間に合う?
アユミ  先生はどうだったんですか?
マサコ  わたし?
アユミ  何になりたかったんですか?
マサコ  うーん・・・
アユミ  先生?
マサコ  いや、先生じゃないかな。
アユミ  決まってました。
マサコ  うん、まあ。
アユミ  なんだったんですか?
マサコ  内緒だけど。
アユミ  はい。
マサコ  詩人。
アユミ  かっこいい。
マサコ  かっこいい?
アユミ  かっこいいですよ。
マサコ  高校のときに、わたし、詩人になりたかったんだ。

マサコ、立ち上がって正面を向く
マサコ、詩の暗唱

マサコ  ・・・

終わって

マサコ  自分じゃ書けないんだよな

5 マサコとヒナ

マサコ、白衣を脱ぐ
アユミ、出て行く
ヒナ、入ってきて白衣を着る

ヒナ   どう?留学は楽しかった?
マサコ  楽しかったです。
ヒナ   どこだっけ?
マサコ  あ、(            )です。
ヒナ   ホームステイ?
マサコ  そうです。(             )。中学の時の短期留学と同じ家なんですよ。
ヒナ   え?偶然?
マサコ  いえ、その、留学を申し込むときにホームステイ先の家庭も指定できるんです。
ヒナ   じゃ、なんか困ったりすることはなかったんだ。
マサコ  はい、でも食べ物がちょっと、(              )でした。
ヒナ   へえ、日本の方がいい?
マサコ  はい。
ヒナ   クラスはどう?
マサコ  あ、みんな仲良くしてくれてます。わたし、年とかあまり気にしないので。
ヒナ   困ったことあったらすぐ言ってね。
マサコ  はい。
ヒナ   10年後の私だけど、書けた?
マサコ  あ、もうちょっと。
ヒナ   去年も書いたの?
マサコ  書きました。でも、今年は別のを書きます。
ヒナ   留学して、ちょっと変わった?
マサコ  え?私自身がってことですか?
ヒナ   ううん、将来の希望とか、そういうこと。
マサコ  少し、変わりました。
ヒナ   マサコさんはどうしているんだろうね。

アユミ入ってきてヒナから白衣を受け取る
マサコ、出て行く

6 ヒナとアユミ

ヒナ   失礼します
アユミ  どうぞ

ヒナ、立ったまま

アユミ  どうぞ、座ってください
ヒナ   あ、はい

ヒナ、座る

アユミ  10年後の私、書けそう?
ヒナ   だいたい書けました
アユミ  どこを想定して書いたんだっけ?
ヒナ   一応、国立の教育学部です
アユミ  先生になりたいの?
ヒナ   ・・・
アユミ  ヒナさんが先生か。
ヒナ   ・・・
アユミ  ごめん、ちょっと意外だったから
ヒナ   でも、仮でいいって
アユミ  あ、仮か
ヒナ   まあ、仮です
アユミ  どの教科?
ヒナ   仮だからわからないです
アユミ  専攻する教科によって難易度が違いので
ヒナ   仮です
アユミ  まあ、仮だからいいか
ヒナ   先生じゃなくて。
アユミ  え?
ヒナ   ほんとは図書館の司書になりたいんです。
アユミ  なんだ。
ヒナ   両親が先生にしておけっていうので。
アユミ  自分の希望書けばいんだよ。
ヒナ   はい
アユミ  じゃ、司書で書いてみようか。
ヒナ   じゃ。
アユミ  ん?
ヒナ   じゃ、司書で書きます。
アユミ  だいじょうぶそうだね。なにかききたいことは?
ヒナ   なるべくポジティブに書くんですよね。
アユミ  そう。悲観的なこと書いてもしょうがないので。
ヒナ   わたし、だいじょうぶですか?10年後。
アユミ  ヒナさん、いいところいっぱいあるじゃないの
ヒナ   そうですか?
アユミ  あるよ
ヒナ   たとえばどこですか
アユミ  それは自分で考えようか
ヒナ   はい
アユミ ね

ふたり、ちょっとだまる

アユミ  じゃ、時間なので
ヒナ   ありがとうございました
アユミ  忙しいのにごめんね
ヒナ   いえ

ヒナ、出て行こうとして

ヒナ   あ、先生
アユミ  なに?
ヒナ   長所ですけど
アユミ  なに
ヒナ   人の話をよく聞く、ってどうですか
アユミ  ・・・いいと思うよ
ヒナ   じゃ、そう書きます

出て行くヒナ

アユミ 人の話をよく聞く。いいじゃん。

アユミ、出て行く

7 アヤセとホノカ

アヤセとホノカ入ってくる

放送室(中央の椅子)
校内放送・癖のあるジングル

アヤセ  行きます。5秒前。3。2。

指で指示

ホノカ  こんにちは、放送部です。今日も皆さんからのリクエストをお送りします。最初の曲はマサコさんからのリクエスト、古い曲ですね。『ケセラセラ』今日はカバーバージョンでお送りします。

音楽『ケセラセラ』

ホノカ  アヤセくん、よくこの曲あったね。
アヤセ  あ、サブスクですぐ見つけた。
ホノカ  次は?
アヤセ  あ、ちょっと待って。あ、ヤスくんのリクエスト。
ホノカ  なんだっけ?えーと…
アヤセ  あ、進行台本にない?
ホノカ  あった。へえ。これもよくあったね。
アヤセ  あ、同じ、サブスク。
ホノカ  アヤセくん、あって言うね。
アヤセ  あ、そう?
ホノカ  また言った。
アヤセ  あ、あ、あ。
ホノカ  最初のあ、は思わず出て、次のあ、は最初にあ、って言ったのに気づいてあ、って言っちゃった。そのあ、に気づいて三番目のあ、が出たってことでいいですか?
アヤセ  …そうです。
ホノカ  そこはそうですじゃなくて、あ、でしょう。
アヤセ  あ。
ホノカ  そうそう。

校内電話の音
アヤセ、出る

アヤセ  あ!
ホノカ  なに?
アヤセ  ほのかさん、カフ切ってない。
ホノカ  あ!聞こえちゃったの?
アヤセ  あ、ほんとだ。切って!

ホノカ、カフを下げる

ホノカ  やっちゃった。
アヤセ  どうする?
ホノカ  曲開けで謝る。
アヤセ  あ、もうすぐ終わる。
ホノカ  ちょっと待って。
アヤセ  終わるよ。フェードアウトします。

音楽フェードアウト

アヤセ  お願いします。はい。
ホノカ  音楽は『ケセラセラ』でした。ただいまは曲の間にマイクからの音声が入ってしまいましたことをお詫びいたします。それではヤスくんからのリクエスト、クチロロで『恋はリズムに乗って』

音楽『恋はリズムに乗って』
ホノカ、マイクからはなれて

ホノカ  ああ、びっくりした。お詫び、あれでよかった?
アヤセ  あ、いいんじゃない。
ホノカ  また、あ、って言ってる。
アヤセ  あ。
ホノカ  直らないね。
アヤセ  あ、うん。
ホノカ  ああ、ホントはこんなふうに言えばよかったかな。
アヤセ  なに?
ホノカ  ただいまは曲の間にマイクからの音声が入ってしまい、わたしとアヤセくんのたいへんほのぼのとした会話が全校に聞こえてしまったことをお詫びいたします。なお、わたくし放送部副部長ホノカと部長アヤセくんにはとくだんなんかそういう感情がある、というわけではないことをお知らせします。
アヤセ  なにそれ。
ホノカ  あ、って言わないんだ。
アヤセ  もう言わない。絶対。
ホノカ  えー、ほんと?
アヤセ  うん。
ホノカ  言ったらどうする。
アヤセ  なんでもおごる。
ホノカ  ほんとでしょうね。
アヤセ  うん。

校内電話
アヤセ、電話に出る

アヤセ  あ。
ホノカ  言った!
アヤセ  カフ下げた?
ホノカ  あー!

ホノカ、カフを下げる

アヤセ  今のもぜんぶ聞こえたんだ。
ホノカ  また謝る?
アヤセ  あ、そうだね。
ホノカ  ただいまは再び曲の間にマイクからの音声が入ってしまいましたことをお詫びいたします。なお、アヤセくんがあって言ったこともお知らせいたします。
アヤセ  全校中が知ってるよ。
ホノカ  どうする?
アヤセ  どうするって。
ホノカ  ここでクイズです。三択です。1二回ともうっかり。2一度目はうっかり二度目はわざと。3二回ともわざと。
アヤセ  えー!
ホノカ  曲が終わるまでに答えてください。
アヤセ  んーと、んーと1番!
ホノカ  ブー!
アヤセ  えー!
ホノカ  正解は。
アヤセ  正解は?
ホノカ  4番の内緒でした!

音楽フェードアウト
ホノカ、カフを上げる
マイクに向かって

ホノカ  ただいまは再び曲の間にマイクからの音声が入ってしまいましたことをお詫びいたします。申し訳ありませんでした。これでリクエストアワーを終わります。

ホノカ、カフを下げる

ホノカ  行こうか。
アヤセ うん。

ふたり、放送室から出て行く

みんな、ざわざわ。

みんな  なに今の?

8 リクとマサコ

リク入ってくる
マサコ、白衣を着ている

マサコ  どうぞ
リク   失礼します
マサコ  10年後の私書いた?
リク   はい、だいたい
マサコ  第一志望どこにしたの
リク   第一志望。
マサコ  第一志望
リク   第一志望
マサコ  うん
リク   第一志望って、そういうこと書くんでしたっけ。
マサコ 10年後だから、当然大学のことも書くでしょ。
リク そうなんですか?
マサコ  10年の間でけっこう大きい出来事だと思うけど。
リク   はい。
マサコ  じゃ、第一志望は?
リク   ないですね
マサコ  まだ決まってないってこと
リク   いや大学じゃないので
マサコ  大学じゃないの?専門?
リク   学校行かないので
マサコ  就職?
リク   就職もしません
マサコ  なにするの?
リク   youtuberになります。
マサコ  ・・・
リク   ・・・
マサコ  ああ。
リク   はい。
マサコ  リクくん、言いにくいこと言っていい?
リク   言いにくいのに言って大丈夫ですか
マサコ  いや大丈夫か大丈夫じゃないかはリクくん次第なんだけど。
リク   言っていいです
マサコ  リクくん、おもしろいこと言ったりやったりしたこと見たことないんだけど大丈夫?
リク   大丈夫か大丈夫じゃないかはぼくが決めるんですか。
マサコ  まあ、自分が決めたり、周りが決めたりするけど受け入れるかどうかは自分でしょうね。
リク   何をですか
マサコ  何を?
リク   何を受け入れるんですか
マサコ  大丈夫かどうか
リク   何が大丈夫なんでしたっけ
マサコ  リクくんがぜんぜんおもしろくないのにyoutuberになりたいっていうこと
リク   ああ。
マサコ  大丈夫?
リク   大丈夫かな
マサコ  ねえ
リク   ぼく、おもしろくなかったんですか?
マサコ  まあ、とりあえず考えようか
リク   先生
マサコ  なに
リク   ここで、公務員になりたいって言ったら、どうだったんでしょうね
マサコ  どうって
リク   大丈夫ってききましたか
マサコ  まあ、聞かなかったかな
リク   しょうがないか
マサコ  別にyoutuberいけないって言ってるわけじゃないけど、あれおもしろくないとダメでしょ。
リク   おもしろいですよ。
マサコ  youtubeになってなにやるの。
リク   あ、無人島になに持って行くか、とか。
マサコ  こすられすぎだろ!
リク   いやまだなんかあると思いますけど。
マサコ  なんかあるのかな。無人島で。
リク   考えときます。
マサコ  youtubeかあ。

リク   べつにyoutuberなりたいわけじゃないですよ。
マサコ  そうなの!
リク   とりあえず、書きました
マサコ  なんだ。
リク   とりあえず、です。大学書いといた方がいいですかね
マサコ  書いといた方がいいかな
リク   じゃ、書いときます
マサコ  長所とか、書けた?
リク   まだです
マサコ  自分を見つめる機会だからね
リク   はい
マサコ  じゃ、次の人来るから
リク   失礼します

リク、出て行く
マサコ、youtuberのまね

マサコ  詩人マサコの今日のリリック!詩人のわたくしマサコがすばらしい詩の一節を紹介する動画です!はい!今日はですね!スーパーリリックの話をしたいと思います。スーパーリリックとは!人の未来も世界の未来も左右する、ワンフレーズで運命を変えてしまう詩の一節です!今日もスーパーリリックを探しに学校の中を探検してみましょう!今日の目的地は!図書館!
さあ、図書館にスーパーリリックはあるのでしょうか!

マサコ、だまる

マサコ   何だ?スーパーリリックって。

9 ヤスとヒナ

ヒナ、白衣を着る
ヤス、図書館に入ってくる
マサコ、出て行く

ヒナ   ヤスくん、もうすぐ閉まるよ。
ヤス   あ、ちょっとだけいいですか。
ヒナ   返却?
ヤス   あ、ボックス入れました。
ヒナ   貸し出しも?
ヤス   あ、はい。
ヒナ   いい本読むね。
ヤス   ありがとうございます。
ヒナ   詩が好きなんだね。
ヤス   はい。

ヤス、本を探す

ヤス   先生、ここには何冊くらい本があるんですか。
ヒナ   ここはねえ、3万5千冊。
ヤス   へえ。
ヒナ   大学だと、120万冊とか。先生の母校だね。
ヤス   すごいですね。
ヒナ   うん。
ヤス   先生。
ヒナ   なに?
ヤス   10年後の私って書かないといけないんですけど。
ヒナ   みんないろいろ調べに来てるよ。
ヤス   そうなんですか。
ヒナ   締め切り今日なんでしょ。でも今日はきずなの日で5時に終わるからみんなあせって書いてるよ。
ヤス   ぼくもまだ書いてないんですけど。
ヒナ   まだ書いてないの?まずいんじゃない。
ヤス   ぼく詩人になりたいんですけど。
ヒナ   いいじゃない。
ヤス   これだけ本があってこれだけ詩人がいてこれだけ詩集があって…
ヒナ   自分で書かなくてもいいんじゃないかって?
ヤス   そうです。
ヒナ   あのね、『ジャン・クリストフ』って読んだ。
ヤス   読んでないです。
ヒナ   ロマン・ロランが書いた小説。
ヤス   はい。
ヒナ   主人公は音楽家を目指しているんだけど、ある日「これだけ名曲があるんだからもう君がつくらなくてもいいんじゃないか」って言われるの。
ヤス   はい。
ヒナ   昔読んだからよく覚えてないけど、たしかそんな感じ。
ヤス   ぼくと同じですね。
ヒナ   でもねえ、たしか、『ジャン・クリストフ』だったけど、こんなことも書いてあったな。
ヤス   なんですか。
ヒナ   自己放棄は偽善である。
ヤス   自己放棄は偽善である。
ヒナ   ヤスくんにはヤスくんにしか書けない詩があるよ。特別なリリックがあるよ。
ヤス   ありがとうございます。とりあえず…
ヒナ   とりあえず?
ヤス   『ジャン・クリストフ』貸してください。
ヒナ   はい、外国文学の棚。
ヤス   はい。

ヤス、行きかけて

ヤス   先生、何でも読んでるんですね。
ヒナ   いや最近は漫画とBL。

ヤス、戻ってきて

ヤス   お願いします。
ヒナ   10年後の私はどうするの。
ヤス   大学行って、司書を目指しながら詩を書くって書いておきます。
ヒナ   それはどうも。あ、彼女といっしょだ。
ヤス   え?
ヒナ   あ、ごめん。
ヤス   詩人になりたい人?
ヒナ   こういうのは言っちゃいけないの。守秘義務守秘義務。
ヤス   そうなんですね。
ヒナ   だれが何を借りたかも秘密なの。捜査令状ないと見せられないんだよ。

チャイム
音楽『遠き山に日は落ちて』

ヒナ   5時だよ。閉館だよ。
ヤス   ありがとうございました。
ヒナ   さようなら。
ヤス   マサコさんと話してみます。
ヒナ   知ってたのか。
ヤス   はい。
ヒナ   マサコさんも詩人になりたいんだよ。
ヤス   スーパーリリックを探してるって。
ヒナ   なんで知ってるの?
ヤス   youtubeで見ました。
ヒナ   内緒ね。
ヤス   はい。
ヒナ   もう閉館だよ。
ヤス   10年後の私、出してきます。

ヤス、出て行く
ホノカ、入ってくる
ヒナ、出て行く

10 ホノカとみんな

ホノカ  みなさん、集合でーす!
みんな  はーい!

みんな集まってくる
みんな口々に「なに?」「どうしたの?」

ホノカ  はい、聞いてください。
みんな  はーい。
ホノカ  たいへんです。
アユミ  なに?
ホノカ  みなさんにお知らせがあります。
アユミ  だからなに?
ホノカ  みなさんに山に登っていただきます。
みんな  え?
ホノカ  大会に出ないと廃部だって。
リク   廃部?
アヤセ  なんの?
ホノカ  もちろん、山岳部です。
みんな  え?なに?
ホノカ  もしかしてみなさんは自分が山岳部だということを覚えてますか?
みんな  なんのこと?(ざわざわ)
ホノカ  しょうがないなあ。

みんなざわざわ

ホノカ  (大声で)しょうがないなあ!
アユミ  それさあ、形だけのものだったんじゃないの?
マサコ  もしかして、こないだ書いたやつ?
ホノカ  そうです。みなさんは山岳部員です。

みんな顔を見合わせる

ヤス   あー!
アヤセ  なに!
ヤス   あれだ!
アヤセ  なに!
ヤス   部員不足だからみんなで名前を貸し合ったじゃん!
アユミ  だってあれ形だけだって言ったじゃん!
ホノカ  何を言ってるのかな?
アユミ  名前貸しただけでしょ!
ホノカ  あなたがたは山岳部員。だって部員名簿に名前があるから。
ヒナ   山岳部って、大会あるの?
ホノカ  あるよ。
マサコ  いつ?
ホノカ  10月20日。
マサコ  何曜日?
ホノカ  土曜日。
アユミ  あー!土曜日か。
ホノカ  と、21日。
アユミ  二日!
ホノカ  泊まりだから。
ヒナ   泊まり!
リク   飯は?
アユミ  そうじゃなくて。
ホノカ  テントに泊まります。
リク   テント!やったあ!テントって何?
アヤセ  おい!
マサコ  大会に出ないと廃部だって?
ホノカ  うん。
マサコ  じゃ、出ればいいじゃん。
アユミ  そうだそうだ。人を巻き込むことないじゃん。
マサコ  がんばって来いよ。
ホノカ  違うよ、団体戦しかないんだって。
アユミ  なんだと!
マサコ  団体戦って?
ホノカ  あの、3人一組。
ヒナ   3人!
マサコ  あたたたた。
アユミ  なんだ?
マサコ  あの、持病の。
アユミ  持病の何。
マサコ  すいません、嘘です。
ヤス   早いな。
リク   ねえ、つまりどういうこと?
ホノカ  大会に出るんだよ。あたしらみんなで。出ないと廃部。
リク   何の大会。
ホノカ  登山。
リク   登山!
ホノカ  あたしらみんな山岳部だろ!
リク   えー!
アユミ  今わかったのか。
リク   みんなっておれも?
ホノカ  男子は3人しかいないからこれで決まり。
ヤス   決まりってそんな!
アヤセ  そうだよ!
ホノカ  もう一つあるんだけど。
アユミ  今度は何。
ホノカ  うちの県、女子の山岳部少なくて、たぶん出れば入賞するんだって。
リク   よかったじゃん。
ホノカ  そしたら関東大会だって。
マサコ  えー!
リク   よかったじゃん。あれ?
アヤセ  気がついたか。
リク   ちょっと待って。
アヤセ  待つよ。
リク   やっぱいい。
アヤセ  なんだそれ。
ホノカ  頼むね。
アユミ  登山てそんな。したことある?
マサコ  ない。
ヒナ   あたしも。
リク   おれあるある。あるある。あるから。
ヤス   おまえはおもしろ登山話をしたいだけだろ。
リク   面白くねえよ!
アヤセ  じゃなおさらやだよ!
リク   あ、そうか。じゃ面白い方で。
アヤセ  いいよ!
リク   言わせてくれよ!
アヤセ  なんだよ!
リク   遠足で河口湖行ってさあ、鳥の形のボートにふざけて乗ってたら
アヤセ  おい。
リク   ボートが動き出して。
アヤセ  おい。
リク   どんどん岸から離れて。
アヤセ  山はどうした!
リク   あれ?
アヤセ  山は?
リク   山?あ、別にない。
アヤセ  何なんだ!
アユミ  あのさあ、大会ってどこ?
ホノカ  丹沢山系。
ヒナ   なんか山系ってところがすごそう。
ホノカ  頼むね。みんな。
マサコ  あのね。
ホノカ  なに?
マサコ  いいだろ廃部で。ねえ。

みんな、うなずき合う。

ホノカ  ちょっと待ってそれ約束が違う。 j

SE・電話の音。

アユミ  ホノカ。
ホノカ  ちょっと待ってみんな、ほんとに待って。

ホノカ、電話に出る。

ホノカ  はい、ホノカです。はい、はい。
マサコ  山に登るか!ふつう。
アユミ  山だぞ山!
リク   ちょっと待って。
ヤス   なに?
リク   おれたち、山に登るのか?
みんな  そうだよ!
ヤス   あのさ、みんな、ちょっと我慢してさ、
アユミ  女子は3人だよね。
ヒナ   うん。
アユミ  ひとり余るね。
マサコ  うん。
アユミ  みんなで行ってきたら?あたし応援するから。
マサコ  おまえなあ!
ヒナ   じゃ、あたしがいかない。
アユミ  いえいえいえあたしが残るから。
みんな  ずるいぞ!
ホノカ  ちょっとうるさい!はい、はい。あ、いいです。しょうがないです。わかりました。

ホノカ、電話を切って

ホノカ  みんな!ごめん。
アユミ  なに?
ホノカ  今年中止だって。

みんなだまる

ホノカ  みんなと山に行きたかったけどな。
アユミ  まあな。
マサコ  そういえば、名前貸し合った部活、どうなった。
アヤセ  放送部はあるよ、大会。データの送付だけど。
アユミ  うち、中止。
ヒナ   なんだっけ。
アユミ  かるた。
ヒナ   うちも。ボランティア
アユミ  うん。
ヒナ   ヤスくんは?
ヤス   作品は出したけど、表彰式はなし。
ヒナ   ヤスくん、入賞したの?
ヤス   結果、まだなんだ。
アヤセ  ヤス、何出したの?
ヤス   詩だよ。
マサコ  ヤスくん、詩を書いてるの。
ヤス   うん。
マサコ  スーパーリリック。
ヤス   マサコさん、スーパーリリック知ってるの?
マサコ  ヤスくんこそ。
アユミ  なに?スーパーリリックって。
マサコ  詩の中でもとくにすごいフレーズだよ。
リク   人間だもの、みたいな?
ヤス   うん。
リク   じっと手を見る、みたいな。
ヤス   うん。
ヒナ   ヤスくん、書いてよスーパーリリック。
ヤス   そのうちね。
ホノカ  みんな、なんかごめんね。
アユミ  いいよ。
マサコ  ことしはしょうがないかもな。

みんなだまる

マサコ  いつまで続くんだろ。
ヤス   マサコさん、留学途中で帰って来ちゃったんでしょ。
マサコ  うん。
ホノカ  ごめんね。山だからだいじょうぶなのかなって思って先走った。
アユミ  いいよ。
マサコ  まだこんなこと続くのかな。
ヤス   うん。

マサコとアユミを残して出て行く
マサコとアユミはファイルを持つ

11 マサコとアユミ 

マサコ  10年か。
アユミ  10年後、なにしてるんだろうね。

マサコ  10年後わたしたち。10年前に10年後を想像していたことを覚えているかな。10年後は想像、10年前は記憶。
アユミ  10年後は妄想。
マサコ  10年前はねつ造。
アユミ  ねつ造って。
マサコ 思い出を美しくするのは得意でしょ。
アユミ  何で。
マサコ  振られそうになると自分から別れを切り出す。
アユミ  それ自分でしょ。
マサコ  そう自分のこと。

マサコ  10年たった
アユミ  よくもった。
マサコ  ここ来て何年?
アユミ  あ、6年。
マサコ  長いねえ。
アユミ  10年いる人に言われてもな。
マサコ  10年前は8クラス。今は6クラス。
アユミ  来年5クラスだって。
マサコ  ほんと!
アユミ  アンテナ低いですよ。
マサコ  興味ないんだ。
アユミ  なに言ってるんですか。
マサコ  子ども減ったねえ。
アユミ  このあたり特に減ったんですよ。
マサコ  もう出るかもね。
アユミ  出ますね。
マサコ  アユミ先生もいなくなるしね。
アユミ  そうですね。
マサコ  今年出るよ。
アユミ  あ、決まったんですか。
マサコ  決まった、かな?校長先生には言ったけど。
アユミ  どこ行くんですか。
マサコ  まだわかんないよ。
アユミ  あたし戻ってくるまでいてくださいよ。
マサコ  それは無理だ。
アユミ  無理ですよね。

アユミ  マサコさん、10年前は担任?
マサコ  あたし二校目だったからすぐ担任。
アユミ  どうでした?今と違う?
マサコ  ひでえクラス。
アユミ  今より?
マサコ  今なんてずっといいよ。
アユミ  そうなんだ。
マサコ  なんかやたら生徒呼び出してた。
アユミ  へえ。
マサコ  でもそれだけ生徒と話してたかもね。
アユミ  今はもうひとり5分
マサコ  クラスは減ったけど、部活の数も仕事も減ってない。
アユミ  そうですね。予定決めてひとり5分でやるしかないか。
マサコ  5分ねえ。
アユミ  まあ、5分でもできるかなって。
マサコ  もうベテランだし。
アユミ  ベテランじゃないですよ。
マサコ  ベテランですよ。だってさあ。
アユミ  だってさあなんですか。
マサコ  先に一人で結婚するし。
アユミ  一人じゃできませんよ。
マサコ  先に一人で子どもつくって。
アユミ  一人じゃできませんよ。
マサコ  下か!結婚すると下か!
アユミ  下じゃないですよ!
マサコ  アユミ先生が下か。
アユミ  下じゃないですよ。

チャイム

マサコ  見回り行こうか。
アユミ  はい。
マサコ  ああ、次どこかな。
アユミ  さびしくなったんですか?
マサコ  さびしい?あ、わたしさびしいのか!

アユミ  マサコ先生。
マサコ  なに?
アユミ  今日まだ仕事ある?
マサコ  仕事は途切れないよ。
アユミ  プリント?
マサコ  うん。
アユミ  ごはん行きましょうよ。
マサコ  え?
アユミ  きずなの日だし、戸締まりしたら帰りましょう。
マサコ  うん。あ。
アユミ  なに?
マサコ  10年後の私の締め切り。
アユミ  みんな机の上に置いときますよ。
マサコ  うん。行こうか。
アユミ  行きましょう。

音楽『遠き山に日は落ちて』

アユミ  見回りしないと。
マサコ  あ、あたし行くから。
アユミ  いいんですよ。少し動かないと。
マサコ  ほんと?
アユミ  マサコ先生に遠慮しないですよ。
マサコ  ぜんぶあたしの先行ってるからね。

ふたり、出て行く

12 ホームカミングデイ

みんな出てくる

ホノカ  それでは甲府南高校ホームカミングデイをはじめます。校歌斉唱。

みんなで校歌
終わって

ホノカ  校長先生のあいさつ。

マサコ、前に進み出て

マサコ みなさん!おかえりなさい!

みんな口々に

みんな  ただいま。
マサコ  本校のホームカミングデイにようこそ!みなさんは本校を卒業して10年たちました。こうしてホームカミングデイに母校に帰ってきてくれてありがとうございます!

みんな顔を見回す

マサコ  10年です。ちょっとした時間ですね。10年前わたしは自分が好調としてホームカミングデイにみなさんを迎えるとは思ってもいませんでした。ねえ教頭先生。
アユミ  ほんとうに。まさかわたしがまたこの学校に戻ってきてマサコ先生と会えるとは思ってもみませんでした。それも校長と教頭。
マサコ  ほんとうに、10年というのはちょっとした時間です。10年前、10年先。なにを考えていたでしょう。なにを考えているでしょう。みなさんは10年前に、10年先にはこの学校のホームカミングデイに来よう、と思ってくれました。そして思い続けてくれました。尊いことです。10年思い続けることは尊いことです。これでわたしの話は終わります。
アユミ  それでは参加者の皆さんから一言ずつ。では、リクくんから。どうぞ。

リク、前に進み出て

リク   マサコ先生、お久しぶりです。今ぼくがどうしているかおわかりですか?
アユミ  youtuber?
リク   公務員です!

みんな「おー」

リク   公務員は、なんというか刺激的です。いま、地元に帰ってくる若者の支援をしています。youtuberもよかったかもしれませんが、公務員もなかなかおもしろい卯です。ありがとうございました。
アユミ  リクくん、ありがとう。ではホノカさん。
ホノカ  校内放送ではご迷惑をかけました。

みんなから笑い声

ホノカ  わたしはその後アヤセくんとつきあって、別れて、ミスコンは落ち、アナウンサー試験にも落ち、ネット番組のアシスタントをやってます!もうスイッチは切り忘れません!

みんな拍手

アヤセ  ホノカさんとは別れてません!というか付き合ってもいません!

みんな口々に「え!」

ホノカ  すみませーん!
アヤセ  いま何をやってるかというとホノカさんの番組のディレクターです。

みんな「え!」

アヤセ  ホノカさんが嘘つくのは困りますが、楽しくやってます。
ホノカ  こんど結婚するんですよ。
アヤセ  嘘です!次の人!

ヒナ出てくる

ヒナ   わたしは去年やっと司書の試験に合格しました。それまでは本屋でアルバイトをしてたんですけど、今は学校の図書館にいます。この学校です!

みんな拍手
白衣を脱いだアユミが前に来て

アユミ  わたしは大学を出てすぐ教員になりました。二校目にこの学校に来て、結婚して出産。今は育児休暇が明けたところです。夜泣きがすごいです!

みんな拍手

ヤス   大学を出て、サラリーマンです。住宅を売ってます。皆さん、家を建てませんか?

みんな笑う

ヤス   それから、詩は書いてます。下手ですけど。去年雑誌に載りました。

みんな拍手

ヤス   マサコさん、ぼくまだ詩を書いてるよ。

マサコ、白衣を脱いで前に出る

マサコ  ヤスくん。
ヤス   なに?
マサコ  スーパーリリックってほんとにあるの?

みんな静かに席に着く

13 歩きながら

ヤスとマサコ、歩きながら

マサコ  ヤスくん。
ヤス   なに。
マサコ  スーパーリリックってほんとにあるの?
ヤス   あるのかな。
マサコ  詩人でだれ好き?
ヤス   中原中也
マサコ  よごれちまった悲しみに?
ヤス   谷川俊太郎
マサコ  いいよね。
ヤス  椎名林檎
マサコ  おお。
ヤス   マサコさんは?
マサコ  そうだなあ。

ヤス、マサコ歩き続ける
ヒナ、アユミ、ホノカ歩き出す

ヒナ   10年後図書館司書になれるかな。
アユミ  なれるよ。
ホノカ  本借りに行く。
ヒナ   ジュンク堂の店員もいいな。
ホノカ  本買いに行く。
ヒナ   でも難しいんだよ。
アユミ  大丈夫だよ。

リク、アヤセ歩き出す

リク   10年後見えないな。
アヤセ  うん。
リク   なんでみんな書けるのかわからないよ。
アヤセ  出さないんだ。
リク   出すよ。
アヤセ  なに書くの?
リク   まだマスクしてるって書くよ。

マサコとヤス

マサコ  スーパーリリックねえ。
ヤス   こういうの知ってる?
マサコ  なに?
ヤス   ちょっと待って。

ヤス、スマホを出す

ヤス   これだ。
マサコ  どんなの?
ヤス   遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ
マサコ  いいねえ。
ヤス   メモしといたやつ。
マサコ  だれ?
ヤス   わからない。
マサコ  なんだ。

ヒナ、アユミ、ホノカ

ホノカ  アナウンサーは無理だろうな。
アユミ  そんなことないよ。
ヒナ   ホノカなら大丈夫だよ。
ホノカ  ミスなんとか大とか出たくないし。
アユミ  そんな人ばかりじゃないと思うよ。
ホノカ  野球選手とかyoutubeと結婚するのかな。
ヒナ   いやそれどうかな。

リク、アヤセ、ヤス

アヤセ  最終回読んでないの?
ヤス   コミックスしか読んでない。
リク   なんの話?
ヤス   キメツの刃
アヤセ  最終回読んでないのか、
ヤス   やめてよ。言わないでよ。
アヤセ  どうしようかな。
ヤス   わー!(耳を押さえて)

マサコ歩いている
みんなは椅子に向かう

アユミ  マサコさん、どうだった?
ホノカ  楽しかった?
ヤス   マサコさん、お帰り。
リク   マサコさん、久しぶり。
ヒナ   元気だった?
アヤセ  おかえりなさい、マサコさん。

マサコ、中央に
みんなは椅子に座っている

マサコ 「私は今、なぜ留学を望むのか」
私は留学へ行って・・・

マサコ、朗読
マサコの朗読の途中でヤスが前に出てくる
マサコが読み終わって

マサコ  ヤスくん。
ヤス   うん。
マサコ  ヤスくんのスーパーリリック、楽しみにしてるよ。
ヤス   うん。
マサコ  ヤスくん、無人島に何持っていく?
ヤス   さっき決めた。
マサコ  なに?
ヤス   辞書。
マサコ ・・・それ、とてもいいね。

14 おわり

ヤス、ファイルから紙を取り出す。
みんなに配る
高校生たち立ち上がって

ヤス 生徒諸君に寄せる 宮沢賢治

ひとり一行ずつ

中等学校生徒諸君
諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか
それは一つの送られた光線であり
決せられた南の風である

諸君はこの時代に強ひられ率いられて
奴隷のやうに忍従することを欲するか

今日の歴史や地史の資料からのみ論ずるならば
われらの祖先乃至(ないし)はわれらに至るまで
すべての信仰や特性は
ただ誤解から生じたとさへ見へ
しかも科学はいまだに暗く
われらに自殺と自棄のみをしか保証せぬ

むしろ諸君よ
更にあらたな正しい時代をつくれ

諸君よ
紺いろの地平線が膨らみ高まるときに
諸君はその中に没することを欲するか
じつに諸君は此の地平線に於ける
あらゆる形の山嶽でなければならぬ

宙宇は絶えずわれらによって変化する
誰が誰よりどうだとか
誰の仕事がどうしたとか
そんなことを言ってゐるひまがあるか

新たな詩人よ
雲から光から嵐から
透明なエネルギーを得て
人と地球によるべき形を暗示せよ
 
新しい時代のコペルニクスよ
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系を解き放て

ああ諸君はいま
この颯爽たる諸君の未来圏から吹いて来る
透明な風を感じないのか

音楽
全員立ち上がってゆっくり礼


*引用 マザーグース
宮沢賢治『生徒諸君に寄せる』(青空文庫)
鈴木雅子『わたしは今、なぜ留学に臨むのか』


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