文体を終えて

先日、「700字文体トーナメント」という企画が開催されました。

http://twilight-off.wikidot.com/700-battle

1か月の間、毎週700文字の物語を書いて一番面白いやつを決めるというこのとち狂った企画に私もエントリーしました。

/*結果が決まってから結果と簡単な感想を書く*/

というわけで、SuamaXがこのトーナメントでどう戦ったのかについて書いていきます。全作品の感想まとめは別で出すのでちょっとだけ待ってください……


前提(SuamaXの戦略)


まず大前提として、SuamaXはSCP-JP上にTaleを一作も残していません。そのため、確実にトーナメントではレーティング下位スタートとなります。これが何を意味するのかというと、少なくとも同ブロックに3人は上位レーティングがいるということになります。2人と3人の違いは大きい。

加えて、SuamaXの700字における手札の制約はかなり厳しいです。基本的にまともに安定して書ける手札は郷愁のエモしかないのですが、トーナメントをそれ一本で勝ち上がり切るのは既視感によるOP相殺が辛いところなので、火力を抜けるタイミング or 郷愁のエモ以外で戦える という条件に合致する回は積極的にOP回復を狙っていきたいところです。

加えて、トーナメントシステムの仕組みについて。正直、暴れは明確に弱いシステムだと思いました。3点か0点かみたいな極端な作品には2点を堅実に集めれば勝てますし、それで勝てない暴れ作品の作者にはどのみち正攻法の殴り合いでも勝てません。なら、ひたすら優等生の作品を投げ続けようと思いました。ちなみにその仕組みに気付いたあと、「1点を2個集めても3点一個に勝てないから、暴れが強いよな~」とかTwitterで発言してミスリードを掛けにいってました。姑息だね。

これは私にとってはかなり追い風で、テーマさえある程度乗りこなせればかなり戦えると思いました。

あと、「1位を取らないと死亡」ブロックでは多分戦えないな、とも思っていました。優等生はアベレージでは戦えても爆発力がないので埋もれる。従って、なんとしても準決勝に停車しない地獄への急行列車の切符を受け取る必要がありました。

一回戦

一回戦、テーマ「港」

記念すべき一回戦です。

「港」というテーマについてですが、かなり郷愁のエモが通しやすいお題だと感じました。映画なんかでも出港する船は別れの象徴ですから。なにより初戦で敗者側ブロックに沈むと挽回は厳しいので、ここは1位か2位、悪くても3位は取っておきたいところです。という訳で、雑に郷愁ぶっぱを決めることにしました。

ネタについてもかなり候補があったのですが、某所で「港にある杭をボラードって呼ぶ雑学は流石にクリシェかな」という話題が出ていたのでボラードでやることにしました。SuamaXの戦い方の哲学として、「多少クリシェでも上級者がそれで書かないなら『クリシェの中で一番上手くやってる』の評価を拾いに突っ込む」というものがあるので、それに乗った形ですね。

係留ロープと主人公を重ねるのを思いついた後は1日で下地が書きあがったので、あとの2日はずっと単語選択に費やしました。フレーズの数だけで言えば、微細な表現の違いも含めれば400は超えてたかも。ただひたむきに費用対効果を計算する時間は楽しかったです。

懸念だったのは、Taleつよつよ著者たちが「メタファーとしてあんま上手くないね」と言ってくる可能性でした。というか比喩表現の良し悪しって全く分かってないので可能な限り使いたくないんですよね。会話文の次に使いたくない。とはいえ今回はまぁ怒られたとしても5人くらいだろ……と思って書き上げました。

最終的にかなり余裕をもって投稿できたのは良かったですね。投稿作品は以下。

早朝、海岸沿いの鉄杭に腰を下ろし、コンビニの軽食を口にする。
用もないのに誘われるように海に来てしまうのは、内陸生まれの私にとってはもはや習性と呼べるようなものだった。

彼が蘊蓄のようにこの鉄杭をボラードと呼ぶことを私に教えるまでは、これに名前があることなんて意識すらしたことが無かった。
私は毎回「へぇ」と流していたけれど、綱が張ったボラードには近づいてはいけないよと、ピンと張った綱が切れたら怪我じゃすまないからと、海に来るたびに話すものだから。

ふぅ、と息を吐く。この話を思い出したのはこれで何度目だろうか。

劇的な仲違いは無かったと思う。ただ少し、食への頓着が、生まれの文化圏が、未知への探求心の程度がすれ違っていた。本当に少しずつ、価値観の違いが積み重なっていっただけ。たったそれだけで、私も彼も疲弊していった。

それがまるで、2人の間の糸が徐々に張り詰めていくように見えたから。

だから、手を放した。もうこれ以上糸が強張らないように。今よりも緊張した糸が切れて、周りを傷つけないように。
決定的な言葉を口にしたとき、彼は「そっか」と笑って、彼もまた同じ言葉を口にした。
こんな時ばかり気が合うんだなと、やけに客観的にそう思った。

それから、アパートの契約主の私がここに残って、彼はまた別の町に引っ越すことになった。
また別の港町に住むと言った彼に一言、「気を付けてね」とだけ言ったのが最後だった。

一通り追懐して、現実に浮上する。
どうやら、奥の港で漁船が発つらしい。

薄明の中、係留ロープが外されて大海原へと出港する小舟を、ボラードの上から動かずにただじっと見ていた。

かなり上振れだったかと思います。結果は30ptでAブロック1位でした。

Aブロック、競合がめちゃくちゃ面白かったのでひやひやしていました。特に、生半可な文体eyeで対戦相手の顔が透けてるのもプレッシャーでした。結果だけ見れば結構突き放しての一位ですが、読者層の集合がズレれば全然下位ブロックに落ちると思いました。実際、途中までの感想とか見てるとNo.1やNo.6に票を吸われていて精神衛生的にかなりきつかったです。

文体の結果を受けて分かったことは以下の通り。

・文体戦略はかなり当たっていた
・途中の票開示は当てにならない(その評価、維持されることは稀)
・二次創作は意外と伸び悩む
・SuamaXは意外と戦える

この結果を受けて、かなり自信に繋がりました。特に一番下が大きい。
ただ、それはそれとして一回戦で一位通過は地獄を見そうだったのでかなり苦しかったです。次回戦でDr_KnottyさんやH0H0さんと戦わせられる(文体当てからの経験による推定)と思うと胃が痛かった。苦しい。

二回戦

二回戦、テーマ「コンテスト」

みんな苦しんでいた印象のお題ですが、SuamaXに関してはかなりの追い風でした。コンテスト最高!

というのもSuamaX、学生時代にロボコンの経験があります。コンテストというお題でパッと手に届く場所にあるのは吹奏楽、SCPの企画、著者娘あたりだろうと思っていたのでロボコンや鳥人間コンテストみたいな人間賛歌的な作品は穴場になると思いました。

最初はロボコンで郷愁のエモぶっぱをやろうとしていましたが、OP回復のために人間賛歌でお茶を濁すことにしました。第二回戦ならまだ3,4位を取っても次以降で挽回可能です。ということでテンプレートを換装して人間賛歌フォーマットに組み替えました。モノとしては「走」回でやっていたものに近いですね。

余談ですが、このテンプレートはrokurouruさんの文体構成を咀嚼して自分の形に落とし込んだ形なんですよね。描写の巧みさにフォーカスが当てられがちですが、構成面でも勉強になる点がかなり多く、目標としている文体勢の一人です。もっと純度の高い形でテンプレートを再構築したい。

とにかく、どちらかと言えばロボコンの情熱をのびのび語る方面にシフトしようと思いました。単語選択の評価関数のアルゴリズムも若干変えています。

ロボットを分解する過程を丁寧に描くのは、これは絶対にやりたいなと思いました。それでも先輩から後輩に技術が受け継がれていくんだぞというところまでプロットを書いてから本文を書き始めました。

正直文字数は、足りなかったですね。ガチで書きたいことを全部書こうとすると1200文字くらいになると思います。削りの文体をするのは久々でした。やるのであればロボット分解の描写をもっと淡泊にして、自分たちも先輩から技術が受け継がれてきたということを強調するのが良い手だとは思っていたんですが、どうしても譲れなかったです。トナメ中唯一、矜持で戦った場所だと思います。

最終的な提出作品は以下。

そのロボットは、俺らの青春だった。

高専生活最後のロボコン。その晴れ舞台で、ロボットは二分間沈黙した。
珍しいことではない。一年に数台は動作不良で大会を終えるから。そんな様子を、何度も過去の大会で見てきた。
それでも、実際にピットでそれを目の当たりにしたとき、自らの不運を呪った。

フェルトの装飾を剥ぐと、地味な機械が残った。

倉庫も予算も有限だから、ポンコツは分解される。俺らの任務は、資材のリサイクルと動作不良の原因究明。
半年の間心血を注いで設計し組み上げたロボットを、司法解剖のようにひたすら分解する。「異常なし」の報告以外、誰も口を開こうとしなかった。

機械から基板を剥ぐと、アルミの置物が残った。

通電チェッカーに異常。通信部のコンデンサの足が外れていたらしい。
本番前日は問題が無かった筈。移動の際に破損したのか、元々外れかけていたのか。
いずれにしても、これは検証に回す必要があるだろう。誰かを責めるためではなく、もう二度と繰り返さないために。
基板を置き、「異常発見」と報告し、解剖に戻った。

そして、置物から更に資材を剥いで、余ったガラクタすら処分して、何も残らない。

それでも。

まだ、やるべきことはある。失敗からも知識は、技術は、教訓は得られる。
だから、感傷に浸る前に、せめて記録だけでも残そうとPCを開いた。

そして、翌年。
資材が組まれ、基板が接続され、装飾が施され、ロボットが完成する。

俺らはそれを、タイムラプスのようにしか見れてないけど。
それでも確かに、設計思想の一部が継承されているのが見えたから。
烏滸がましいかもしれないけど、かつて俺らが先輩から受け取った激励の言葉を、ピットに発つ彼らに叫んだ。

圧倒的上振れ。他参加者が苦戦必至であろう「コンテスト」お題でこの火力が出せたのはかなり良かったです。

結果は1位。透けてる対戦相手が対戦相手だったのでガチで不安だったんですが、郷愁のエモのOPを回復しながら勝ち進めることができたのは僥倖でした。お題全部コンテストになんねぇかな。ロボコンで10種類は書けるけど。

余談ですが、ロボコンというテーマを使う人間は文体勢に恐らく私しかいません。ロボコン経験者はいるにはいるけど、まぁその人は書かないでしょうし。完全な土鍋ですね。

三回戦

三回戦、テーマ「虹」

あ!!!!!!!!

Library Of Ruina 好評発売中!

はい、文体期間に文体がクリティカルヒットしました。

一日10時間単位でプレイしていたせいで、文体の執筆時間がまぁ吸われること吸われること。具体的にどれくらいヤバかったかというと、締め切り日の最後の方は21:00~22:40に競プロ、22:40~23:15に哲学の階完全開放戦、23:15~23:58で700文字書き上げて提出しました。ヤバすぎ。

一応ゲームのプレイ中や勤務中に虹に関する考察をしていたんですが、アイデアは色々思い浮かんでいました。具体的にはこんな感じ。

優先順位高

・虹の仕組みを知った子供の話、「あの虹は私たちを祝福している」みたいな話へのカウンター
・子供の頃飼っていた龍の話(虹の漢字の由来から)
・最後に空を見上げて虹を見たのはいつだろうという話
・子供の頃は虹ってめちゃくちゃ魅力的に見えたよねという話
・虹彩認証の話
・テイエムオペラオー(ウマ娘)
・ミリしらぼざろ

低い

こいつ本当に郷愁のエモに縛られてるな……

子供の頃飼っていた龍の話はかなり感触があったのですが、虹の漢字の由来がどこまで伝わるのか分からなかったので却下しました。最終的に一番上をピックした形になります。

40分にしては良くやれましたが、手癖で書きすぎ。手癖で書くと子供の頃親に連れてかれたつまんない葬式の話を一生擦り始めます。一番手っ取り早い郷愁のエモがそれです。葬式は故人を悼む側面だけがあまりにも創作で押し出されすぎているのでそれ以外の側面はかなり擦りがいがあります。

最終的に出力されたのがこれ。

祖父の四十九日。寺で詠まれている経を聴いていると、微かに雨音が混じっていることに気付いた。
予報では「通り雨が降るかも」と言われていたし、直ぐ止むだろうか。

私が5歳の頃の、曽祖父が火葬された時もこんな雨が降ってたなと、ふと思い出した。

当時の私は科学図鑑に夢中だった。人体の構造、虫の生態、自動車が動作する仕組み、好奇心が捉えた「なぜ?」に対する絶対的な正答がそこにはあったから。
雨が降る機序を覚えたのも、その図鑑からだった。

その後曽祖父が死んで、親に言われて火葬に立ち会った。火葬場に行く途中、両親と祖父母が乗った車の中で、父がさも常識のような口調で「この雨は涙雨っていって、死んだひいおじいちゃんのことを悲しんで降る雨なんだ」などと、「あの虹はひいおじいちゃんがあの世から『元気にやってるぞ』と知らせてくれてるんだ」などと言うものだから。私は得意げに、雨が降る仕組みを、虹がかかる仕組みを、それらに1人の人間の感情は全く関係ないことを語った。

その時は何も言われなかったが、葬儀の手続きが全部終わった後にきっちり叱られた。当時の私は何が悪いのか理解していなかったから泣きながら反発したけれど、結局最終的には訳も分からぬまま反省させられたのを覚えている。

科学的な正しさと社会的な正しさは別物だと気付いたのは、それからしばらく経ってからで。今では父の言い分も納得できる。
私も大人になったということだろうか、と少し思った。

そして、儀式が終わり、寺を出た時、雨はもう止んでいた。
空を見上げると、非常に薄く、しかし確かに虹の輪郭が見えた。

気付いた時には、それに向かって手を合わせていた。

やや下振れですが、下振れの中でも爆死レベルの前では踏みとどまれました。

感想ツリーで見かけた「子供の頃の葬式の話、前回の文体で見た」という感想と「最後の一文はもっと練れたのでは」という感想は両方ぶっ刺さりました。しっかりウィークポイントはバレますね。要反省。

結果は2位。次回戦で最上位ブロックに入れるのは確定しましたが、せっかくなら1位を取り続けたかったなという悔しさもあります。

正直、反省点は多いです。いや、Library of Ruinaはもう仕方ないんですが。最後の一文はもっと書きようがあったし、そもそも読者を信用して龍の話を書くべきだったかも。「文体にもしもはない」という格言もある通り「それなら絶対勝てた!」などとは言えませんが、もっと納得できる作品には落とし込めたかもしれません。

これも余談ですが、「涙雨」で検索するとSuamaXがかつて書いたSCPの下書きがヒットします。周りに伝わらなすぎて没にしたやつ。ここで消化できて良かった~と思いつつ、やはり土鍋。

四回戦

四回戦、テーマ「刀」

悩ましいお題です。最上位ブロックで生半可な殺陣の話は難しいでしょうし、鍛冶に目を向けてもいまいちしっくりきません。人工物お題なので人間賛歌もやれなくはないのですが、普段博物館とかに行ってるわけでもないのでどうしても軽くなってしまう。

結局、最初から最後まで「どう郷愁のエモに帰着させるか」だけを考えていた気がします。最終的に「刀→木刀→修学旅行」の連想ゲームに辿り着けて郷愁のエモの権利を得たのはラッキーでした。マンダラート最強!今この画面を見ている君もマンダラートを使って文体アイデア強者になろう!

本筋はパッと思いついたので、あとはひたすら単語選択に時間を費やしました。ただ、ここがかなり難しかった。というのも、テンプレートを文章化した段階では350文字程度しかありませんでした。どうやって残りの350文字を埋めるか。というか、後述の文体フリースタイルの影響で500文字の脳みそになっていたので700字が書けなくなってました。評価関数の制約を厳しくし過ぎていたと言った方が良いかもしれません。

当然ですが、ナップサック問題は容量が大きくなるほど難易度が上がります。特に文体ナップサックは伏線回収やリフレインによる加点が発生しうる変則ナップサックなので、評価関数の設定は常に迷うところです。

最終的に、木刀が持つ価値の変遷についてをサブ武器に添えるルートを選択しました。かなり理想値に近いような気はしましたが、局所最適に陥っていたかも。ずっと迷っていましたね。

提出したのはこれ。

部屋の片付け中、戸棚の奥底から、埃をかぶった木刀を見つけた。
中学生の頃、修学旅行の時に2000円ほどで買った木刀だ。

こんな木刀に2000円の価値があるとは、多分当時も思ってはいなかった。
2000円あれば、数ヵ月は菓子の買い食いに困ることはない。新品のゲームを買うには足りないけれど、中古のカセットくらいなら買える。中学生時代の自分にとって、2000円というのはそれくらいの価値だった。
それでも木刀を買ったのは、その場の熱に引っ張られたから。友人がみんな買っていたし、自分だけ買わないのも違うなと感じたから。

その後、木刀を使うことはほとんどなかった。バスの中で先生に「危ないから木刀を振り回すな」と釘を刺されたし、旅行から帰ってきてからは木刀はすぐに飽きられたから。
最後に触ったのは、買ってから1週間後くらいだった気がする。本当に、その程度の価値でしかなかった。

そして、今に至る。
大学生になった今、もう木刀なんて使う機会はないだろう。かといって、粗大ごみに出すのも気が引ける。
それなりに長い時間考えたあと、とりあえず写真を撮って、「懐かしいものを発掘した」と中学の友人のグループLINEに共有した。

それから、更にしばらくして。
片付けが終わった後LINEを見返すと、40件の通知。
私の写真を皮切りに、当時を懐かしむ流れになっていたらしい。日付を決めて集まらないかという誘いまで来ている。

仮に集まるとしても木刀は持っていかないだろう。荷物になるのは目に見えている。
結局、こいつは最後まで使われないままだ。
それでも、確かにあの時2000円をこいつに払うだけの価値はあったのかもしれないなと、少しだけ思った。

上振れではないですが、下振れでも無い感じですね。SuamaXの平均値。

結果は1位。途中の投票開示では全然点が入ってなかったのでめちゃくちゃ体調が悪くなりましたが、蓋を開けてみれば僅差なものの上回ることができていました。

結果的に当初の予定通り準決勝スキップができたのも良かったですね。一回分の休息が大きいというよりも、郷愁のエモをもう一回寝かせることができるアドバンテージが非常に大きかったです。その一方で、決勝に言ったメンバー(文体eye越し)を見て、「この中の誰かとサシでやらなきゃいけないのか……」という気持ちもありました。

番外編(文体フリースタイル)

さて、四回戦の裏で文体フリースタイルが開催されていました。

文体の息抜きに文体をやろうかと思い、計4作をフリースタイルに投稿しました。軽く流す感じで語ろうと思います。

オフ会が解散し、一人電車に揺られる途中。辺りはもうすっかり暗く、乗客も疎ら。
やることといえばさっき別れたフォロワーのTwitterを確認する程度で。
表垢の集合写真を見て、裏垢を覗く。まだ今日は希死念慮を表出していないようで、少し肩を撫でおろす。

彼は創作で人の死を軽く扱うことに人一倍憤っていて、そして人一倍死にたがっていた。
それを結ぶ接続詞が「のに」なのか「から」なのかはわからないけれど。
彼から、いつかふわりと消えてしまいそうな予感を嗅ぎ取ってしまうのは、考えすぎではないだろう。

だから私は、彼を約束で縛る。彼がふっと希死念慮に身を任せないように。まだ心残りがあると、飛ぶ直前に少しでも思い直してくれるように。
その楔が今日また一つ外れてしまったから、また新しく楔を打ち込まねば。
少し考えて、検索ボックスにワードを打ち込む。

『#いいねxリツイート分痛ツイートをする』

投稿を見て、スマホの画面を2回タップする。これで彼が死ぬまで、3か月程の猶予にはなるだろう。
どこまで約束を守るかは分からないけれど、もしこれが、少しでもあなたの死を引き留める楔になってくれるのなら。

数秒願って、スマホの電源を落とした。

500字、「辺りはもうすっかり暗い」

一作目はこれ。最速投稿でした。文体の四回戦の裏で書いてた作品です。

「コンテスト」の時にちらっとやるかどうか悩んで結局没にしたアイデアで、せっかくなのでここに供養しました。でも、かなりしっくりくる形にはなったかと思います。

地下室の重い扉を閉めると、そこは外界から完全に隔絶された。
外からの光も音もない空間。自分以外から発せられる音といえば、湿った天井から滴り落ちる水の音程度で。
そんな雑音が、寂しさを紛らわせるのには丁度良かった。

保存食の封を開け、胃の中に流し込む。節約して使えば、2か月は生きられるだろうか。
……2か月の間に、地上は生存可能な環境に戻るのだろうか。

前々から、王国の外周部が魔物に侵攻されているという噂は聞いていた。
ただ、心のどこかでは、安寧が脅かされることはないと思っていて。
そうして何も行動を取らなかったツケが回ってきただけのこと。

外に取り残された妻と娘はどうなっただろうか。
生存は望めない。人らしく死ねたかも怪しいだろう。ならばせめて、苦しまずに逝けただろうか。

いつか、外に出て遺骸を回収できる日は来るだろうか。

都合のいい妄想だとは思う。何かが残っている保証はないし、そもそも地上に戻れるとも限らない。
外部の様子が一切窺えない地下室では、この扉を開けてよいのかの判断すら付けようもない。

それでも、今は生きなければ。
生きて、いつか地上に出る。そうして初めて、妻と娘への贖罪ができるのだから。

結論を出し、保存食の包装紙を捨てようとして、違和感に遅れて気付いた。

水の音が消えている。
いや、水そのものは相変わらず滴り落ちている。ならば、液体の粘度が変わったのだ。

恐る恐る光源を水溜りに向けると、薄桃色の粘性のある液体が見えた。

悲鳴を上げて後ずさる。間違いなく、これは街を沈めたスライムと同種の物で。であれば、この場所は。

やけに煩い自分の動悸に紛れて微かに、「わんっ♡」という甘ったるい嬌声が聞こえた気がした。

700字、「食事シーン」

二作目。とろぐちょ二次です。

以前からとろぐちょの二次創作を文体に投げる暴れをやってみたかったので投稿しました。文体格言の「二次創作は元ネタが分からない人も楽しめるように」は遵守できているか怪しいですが、まぁ財団TLはとろぐちょ全員読んでるでしょ。

「先輩みたいになりたいです」
「なに、急に」

 居酒屋でふと漏らした独り言に、当の本人は酒を呷りながらにへらと笑った。

 彼女は極端な人間だ。勤怠表は目も当てられないが、ブレストで出すキャッチコピー案はピカイチ。自身の視座をエモーショナルな短文に乗せることに関しては、彼女は誰よりもストイックだった。

 この業界ではセンスなんてただの言い訳で。直向きにより良い表現を探す彼女は、この仕事を始めてからずっと憧れの人だった。

「まぁ、そう思い悩むのも人生だよね」

 ーーだからこそ、こんな軽薄な言葉を彼女に吐かせてしまったことを心底後悔した。

 処世術だと聞いている。場の雰囲気が変になりそうな時は適当なエモで流すのだと。確かに、今の言葉はそれくらい突拍子もない発言ではあったのだけれど。

 でも、本当にそうなんですか。「自分は天才じゃなくて凡人だから」と必死に身を削って、僕からすれば充分な出来の文章を自己嫌悪しながら必死に描いては消していたじゃないですか。

 もし本当にどうでもいいのなら、なんでそんな苦しそうな目をしながら話すんですか。

 そんな疑問は、当たり障りのない短文に出力されるまでの過程で、他の話題に流されていった。

500字、「変身」

三作目。「meshiochislashになりたい」という書き出しを何とかして使おうとしてこの形に落ち着きました。自分としても酷い動機ではあると思ってましたが、想像以上にコンパクトに収まってよかったです。

コンコン、と扉を叩く。
中に誰もいないことは分かっている。それでも、不在の主への礼儀として。

著者娘は、突然思い至ったかのように、ふっと存在を止めることがある。別に珍しい話でもない。この学園で個人に贈られる画廊の大多数は、既に主を無くして記念碑として残っている。

そんな画廊の一つに「失礼します」と呟いて入る。中に入って真っ先に目につくのは「入ったら掃除!」と書かれた掃除用具入れ。部屋を見渡すと、彼女が打ち立てた幾つもの新規概念、その数倍の著作、手作りの数本の旗、風紀委員の張り紙、銅の盃が一つ。

そして、机に山積みされた彼女へのメッセージ。

今となっては、そのメッセージのほとんどは聖地巡礼記念か概念借用の表明だろう。掘り返せば彼女の欠落を惜しむ言葉が見つかるかもしれないが、そんな無粋な真似はしたくなかった。

先駆者に倣って「今月も文体企画、開催させていただきます」と一筆し、手を合わせる。

憧れていた者として。
消失の衝撃で、再び筆を執った者として。
そして、いつしかあなたよりも長く生きて、それでも尚あなたの輝きには届かない者として。

5秒、6秒想って目を開ける。瞼の裏で、彼女は「重いよ」と困った顔で笑った。

500字、「星の光」

四作目。ここで語ることはしませんが、レクイエムです。ただ、直接表現するのは憚られたので、meshiochislash氏に代役を担っていただきました。

結論として、暴れはめちゃくちゃ楽しかったです。でもそれ以上に、新たなテンプレートを発掘できたのがありがたかった。付け焼刃とはいえ、決勝に向けて新たな手札が増えたのは一筋の光でした。

後余談なんですが、このタイミングで劇場版ウマ娘 ROAD TO THE TOP(通称: OOHO)を観ました。マジで凄かった…… YouTube版を見てるはずなのに何回も泣きました。更に翌週観てもう一回何度も泣きました。

さて、フリースタイルが終わり、決勝戦の相手が決定しました。

準決勝No.1の作品を見て対戦相手の底知れなさに一抹の不安を抱えながら決勝のお題を待ちました。

決勝戦

決勝戦、引用指定 - ことわざを一つ以上引用

終わった……

終わった!!!!!!

決勝戦ですが、サシの勝負かつ相手がガチガチの精鋭ということで、今までと戦略を変える必要がありました。具体的には、単純に郷愁のエモを擦っててもマジレスされて殺されます。私が取れる戦略は以下の二つ。

・「ことわざ引用」をめちゃくちゃ上手くやる
・ことわざに割く文字数を最小限にして、それ以外の要素の火力で殴り倒す

とにかく、面白いのは前提になると思いました。特に、決勝進出は1NAR1さん7割-Dr_Knottyさん3割で見ていたので、頭の中に「[データ削除済]への追悼」と「The scent of A」がずっといました。この二作に勝てないと勝ちの目はありません。あまりにも絶望。

最初はことわざ引用の筋を辿っていました。「ことわざ→座右の銘→小学校の授業の課題」という発想で郷愁のエモをやろうとしたのですが、絶妙にぴったりのことわざが見つからなかったのでどん詰まりに。この辺りで緩やかに絶望が諦観に置き換わっていきました。

なので、後者の筋を追うことに。本当に苦しくて、苦しくて、苦しかったです。なんで純粋に戦って勝てない相手に純粋に戦わないといけないのか。メロスは処刑と分かっていても尚友のために走りましたが、実際の私はそんな前向きな理由ではなく、怒られると分かっていて職員室に行くような心持ちでした。

決勝戦でせめてマウントでボコボコにされないように、そう願いながら0:18まで粘って提出した作品が以下です。

「カモミールにしないんだね」

地元の小さな喫茶店。毎年、彼女はここではカモミールティーと苺のショートケーキのセットを注文していたはずだ。
あまり香りの強いハーブティーを好まない彼女が、「これは好き」と言いながら飲んでいたのを覚えている。

「え? あー……、いつも飲んでるからたまには違うのを、と思って」

目尻を下げて笑いながら言った。彼女は嘘を吐く時、いつもこの顔をしていた。
嘘も方便だと、大して上手くもないのに昔から場を誤魔化すための嘘を言う癖が彼女にはあった。

嘘の内容も大方予想は付く。半年前に結婚していたのは知っていたし、入店時から腹部を気にしているのにも気付いていた。そして、カモミールは妊娠時には避けた方が良いとされている銘柄だから。

相変わらず不器用だな、と思いながら、ゆっくりと言葉を探す。

「じゃあさ、この後お茶でも見に行かない? 他のノンカフェインで落ち着いた銘柄のやつお勧めしてあげるからさ」

お祝いも兼ねてね、と小さく付け足すと、彼女は目を丸くした。

舐められたものだ。今まで散々看破されておいて、未だに嘘がバレないと思っている。
そして、その隠した事実で今更私が傷付くと思っている。

私が彼女のことを想っていたのは事実で、その上で彼女がそれを選ばなかったのも事実で。
それでも、それ以前に私はあなたの友人で、あなたの幸せを何よりも願っているのだから。
あわよくば、私が選んだ茶葉があなたの生活に入り込んで、私を忘れないでいてくれるくらいの役得があれば、それで。

少し経って、彼女はぽつりと「そうだね、ありがと」と溢して、柔らかく笑った。
あぁ、やっぱりこの顔が好きだなと思いながら、つられて笑った。

出せるものは出し切りました。
カモミールは土鍋です。「カモミールは土鍋です」?

結果は10-8で2位。あと1票覆っていれば、サドンデスでワンチャンあったかもしれないという悔しい結果に終わりました。出る前は「せめて善戦を」と思いながら書いていたとしても、やはりこの結果を見ると悔しさはあります。

親の顔より見た「最終成績: 2位」のリザルト

最終的な結果は1-1-2-1-NULL-2の順位推移でした。全連対は正直めちゃくちゃ嬉しかったのですが、優勝したかったなぁ…… 次回トナメでどこまで郷愁のエモが通用するか分からないので、勝つならここで勝ちたかった。

終わりに

まずは開催してくださったmeshiochislashさん、そして共に戦った皆さん、お疲れ様でした。

企画は面白かったです。毎週面白い700文字を書かなくてはならないというプレッシャーのある環境はかなり刺激的でヒリヒリしました。体調と精神状態と新人社員としての勤務態度は幾分か犠牲になりましたが、今となってはいい思い出です。これとフリースタイルを機に文体の参加者が爆増してくれたらいいなと思っていたりします。

私はこういうTale式の文章を書くのは文体が初めてだったので、全てのノウハウが700文字の文章を書くことに特化しています。だからこそ、700文字という制約下では勝ちたかった。結果的に、頂点とはいかずとも数多のTale著者と渡り合えたのは自分の誇りに、自信になると思います。

とはいいつつ第二回は……どうでしょうね、手札が通用しなくなってボロボロに負けるのがたまらなく怖いです。でも結局参加はすると思います。

この企画が終わった後文体企画がどう変化するのかはわかりません。もしかしたら爆発的に参加者が増えるかもしれないし、チムコン後のSCP-JPのように疲弊で鎮静化するかもしれない。でも、700字という文化はずっと残っていてくれたら嬉しいなと、かつての私のように700字から創作を始めた人間が現れてくれたら嬉しいなと、そう願っています。

それでは。


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