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元板金職人の“じいじ”が作るボールホルダーが世界大会の表彰台で掲げられるまで

空高く掲げられた自社のボールホルダーを見て、高松雅幸さんは込み上げるものを隠しきれなかった。

2017年、チェコ・プラハで行われたフリースタイルフットボール(※)世界大会の表彰式。優勝者に贈呈されたのは、日本の小さなメーカーが作ったレザーのボールホルダーだった。

※ドリブルやリフティングなどを組み合わせてサッカーボールを自在に操り、パフォーマンス力を競うスポーツ。

今や世界20か国で使われているボールホルダーの製造元は、東京町田市にある「KEI-CRAFT」。製造工程は、板金職人だった雅幸さんの父・高松恵三さん(74)が一手に担っている。

2015年に創業して以来、身内だけで経営を切り盛りしているメーカーのプロダクトは、どのようにして海を渡ったのか。KEI-CRAFT代表でボールホルダーのデザインや販売、広報などの経営全般を担う高松雅幸さん(48)と、製造を担う高松恵三さんに、その軌跡を聞いた。

効率が悪くても「誰にも真似できないデザイン」を


上質な牛本革とアルミで設計されたボールホルダーは、一つひとつが父・恵三さんの手作り。決して効率が良いとは言えない作業だが、アルミ一枚一枚を恵三さんが手打ちし、真ん中に直径7センチの穴を開けている。

自宅の工房で作業する恵三さん(74)


「大きくて真っ平なアルミを20センチくらいに切って、トンカチでひたすら叩くんですよ。1枚につき3〜4時間は叩くかなあ。だから注文がたくさん入った時は大変ですよ、手が痛いって(笑)。
見る人が見たらバカだなって思うかもしれないけど、『すごいなあ』って愛着を持ってくれるお客さんもいるんじゃないかって思うんです」

ずしんと手が沈んでしまうほど重いハンマーを、1枚につき2万回以上も振り続ける。定年まで板金工を勤め上げた恵三さんだからこそ成せる技だ。

真っ平らだったアルミが、恵三さんの手によってなめらかな曲線に形成され、サッカーボールの丸みにぴったりとフィットする。

レザーの切断からロゴの箔押し、ハトメの取り付けまですべて手作業

アルミを皿状に形成できたら、次は真ん中に電動ノコギリで直径7センチの穴を開けるのだが、「この作業がまた大変でね」と恵三さんは苦笑いする。

「これが、ぶっつけ本番なんですよ。何時間もかけて形成したお皿なのに、穴の位置が1ミリでもずれたらもう使えない。神経を研ぎ澄ましてやらないと失敗しちゃう。本当、利益なんてほとんど考えずに作ってるね(笑)。

でもこれが、私が健康でいられる理由なんだと思います。仕事だとは思ってなくてね、趣味の延長なんです」

1日に作れるアルミ皿は2枚が限界だという。アルミをトンカチで叩く際の音が大きいため、恵三さんは月に数回、町田市から山梨県の山中湖近くにある作業場まで出向く。

「大変だし効率も悪いけど、『じいじの手作り』はうちのこだわり。これまでデザインを真似されることは多々あったけど、アルミのデザインだけは誰にも真似できないんですよ」

原点は「孫のために作った」ボールホルダー

公園で遊ぶ恵三さんとお孫さんたち

KEI-CRAFTの原点は、恵三さんが孫のために作った、たった一つのサッカーボールホルダーだった。

「孫が小学校低学年の頃、サッカーボールをいつも玄関に転がしてるもんだから、ママに怒られてて。それに公園に行くとき、自転車の籠にボールをそのまま入れるでしょ。段差とかでボールが飛び出ちゃうから危険だと思ってたんですよ。それらを解決できればと思ったのが始まりでした。

どういう形がいいかなと考えたとき、ボールの傷を生かしたいと思ったんです。傷は一生懸命練習した証だから、隠さずに見えるような設計にしたくて」

そしてできたのが、現在販売中のモデルの先駆けとなる、レザーのボールホルダーだ。雅幸さんは、父・恵三さんのデザインを見て、「これはかっこいい」と可能性を感じた。「元板金職人の父なら、アルミを活用してもっとデザイン性のあるホルダーを作れるんじゃないかと思った」と当時を振り返る。

雅幸さんの本業は建築士。デザインやものづくりが好きなもの同士、恵三さんと共に、夢中で新しいデザインを考えた。話し合いは深夜にまで及ぶこともあったという。試行錯誤を重ねながら恵三さんが形にすると、想像以上のものができあがった。

完成したボールホルダーの写真を雅幸さんがInstagramに投稿すると、予想外のことが起こる。海外のフリースタイラー(フリースタイルフットボール選手の通称)たちから、「かっこいい!」「宣伝するから使わせてほしい!」と、続々とメッセージが届いたのだ。

「その中には、フリースタイラーなら誰もが知っているような有名人がいました。せっかくだから『使ってみてもらおうか』って、ボールホルダーを海外に送ったんです。最初は無償で提供していましたし、輸送費も結構かかりましたけど、みんな着用写真を送ってくれたりしてうれしかったですね」

そこから、海外のフリースタイラーたちとの交流が始まった。彼らが世界大会に持って行ってくれたことで、KEI-CRAFTのボールホルダーは世界中で一躍人気となる。気づけば日本国内の選手たちからも、問い合わせや大会への協賛依頼が来るようになっていた。

雅幸さんと、KEI-CRAFTのボールホルダーをもつ海外のフリースタイラーたち

想像もしていなかった展開に驚きつつも、ボールホルダーを販売することを決意した雅幸さん。父・恵三さんの名を冠し『KEI-CRAFT』を設立、本格的に販路拡大に乗り出した。

海外の選手たちに「マスター!」と呼ばれて

孫のために作った、たった一つのボールホルダーは、世界大会の表彰台に上ることになった。

「2017年、協賛していた世界大会に招待されて、父と一緒にチェコ・プラハに行ったんです。

あっちに到着して目を疑いましたよ。会場にいる数百人のうち、2~3割の人がKEI-CRAFTのボールホルダーを腰にぶら下げていて。その光景が信じられなくてね。

Instagramでやり取りしていた海外の選手たちが、『マスター!』って言いながら挨拶しにきてくれました。英語が喋れない自分がもどかしかった。サンキューしか言えませんでしたけど、本当に感動しました」

華々しいキャリアに見えるが、経営が常に順風満帆だったわけではない。2020年、世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るい、フリースタイルフットボールの大会が次々と中止に。それに伴い、ボールホルダーの売れ行きもぴたりと止まった。当然経営は苦しくなり、KEI-CRAFTを継続させるべきか否か、頭を悩ませた夜も数えきれない。

しかし、「自分たちの作ったプロダクトが海を渡った」。この事実が、雅幸さんたちの心を支えた。 

そして何より、ボールホルダーを喜んで使ってくれている人たちの姿、父・恵三さんが楽しんでボールホルダーを作っている姿をこれからも見ていたい。雅幸さんはその思いから、KEI-CRAFTの継続を決意する。

いつかボールホルダーを持つ子どもを「見かけたい」


KEI-CRAFT創業から8年、ボールホルダーは耐久性・機能性・デザイン、すべてにおいて進化を続けている。安価なポリプロピレン製テープで作られた新モデル『XO-R』は、軽量で汚れにくく、子どもも使いやすい。

「あるとき、原点に立ち返ったんですよね。ボールホルダーは、子どものために作ろうと思ったのが始まりだったなって。
レザーとアルミのボールホルダーは、デザイン性は優れているけど価格が高く、子どもが持つには少し重い。もっと手に取りやすい廉価版を作ってみようと思ったのが始まりでした」

『XO-R』はこれまでに累計3000個以上を売り上げ、町田市のふるさと納税返礼品に選ばれるほどの人気ぶりだ。

新モデル『XO-R』。見ているだけでワクワクするようなカラーバリエーションの豊富さも魅力

こうして、どんな逆境にも折れることなく歩みを続ける雅幸さんだが、「これが叶ったらやめてもいい」と思えるほどの夢があるという。

「KEI-CRAFTのボールホルダーを持ってる子を、道端で見かけるのが夢なんです。もし実現したら『使ってくれてありがとう!』って声をかけたい。そのときはKEI-CRAFTのキーホルダーを渡そうと決めてて、いつも持ち歩いているんですよ」

雅幸さんはそう言ってカバンからレザーのキーホルダーを取り出し、照れくさそうにほほ笑んだ。

取材・文 白石果林

KEI-CRAFT(InstagramONLINE SHOP


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