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松の木を見ると、

松の木を見ると、思い出すことがある。大学生のときにアルバイトしていた学童での出来事だ。

4年生になり、大学へ通う頻度が減ったころ、自宅から自転車で30分ほどの場所にある学童で週2回ほど働いていた。時給もそこまで高くないのに、なぜ学童を選んだかと言うと、思い切りドッヂボールがしたかったからだ。バスケやバトミントンは近所の公園でできるけれど、ドッヂボールができる場所は学校の校庭くらいしかない。何より、子どもとやるドッヂボールがいちばん楽しい。大人のように手加減することなく、どんな至近距離にいても確実に仕留めようとしてくる子どもたちのエネルギーはいい。時々痛いのだけれど。

今思えば子どものために働きたい、といった崇高な理由はなく、どちらかといえば不純な志望動機だけど、すんなり採用された。大学で児童福祉について学んでいたし、学童でのボランティア経験があったからかもしれない。

働き始めて3カ月も経つと、子どもながらに派閥があるのが見えてきた。なかでも幅を利かせていたのは、リーダー格のAちゃんを中心とする、3年生の女の子5人グループだ。大人たちと遊びたがる子どもが多いなか、Aちゃんたちは大人と関わらないようにしているようにも見えた。

ある夏の日、彼女たちが円になって話している横を通り過ぎたとき、聞こえてきた。

「明日プール開きじゃん?ヒール履いてく?」

思わず二度見した。(プールサイドは裸足で歩くと熱いため、ビーチサンダルを持参するように言われることがある)

プールサイドをヒールで歩くのはいくらなんでも危険すぎる。今思い返すとナンセンスなんだけれど、私は思わず「ヒールは危ないんじゃない?」と声をかけてしまった。Aちゃんたちはこちらをチラッと一瞥して、会話に戻った。ふつうに無視された......。

しばらく経ったころ、校庭で遊んでいると、珍しく彼女たちから話しかけてきた。

「ねえ、こっちきて」

ついていくと、薄暗い校舎裏だった。校舎裏に呼び出される経験は初である。5人組がにやにやとこっちをみる。不穏な空気が漂いすぎている。

Aちゃんが地面からあるものを拾い上げ、言った。

「これ握ってよ」

松の木の葉だった。先っぽが尖った針の束をこちらに向けている。

斜め上すぎる攻撃に、思わず「あっ?えっ?」とうろたえでしまった。大の大人が戸惑っているのを見て、女の子たちはニヤニヤ、クスクス笑っている。

わたしはできる限りの笑顔をつくって、言った。

「じゃあAちゃん、先に握ってみて!」

Aちゃんはスンっと真顔になった。そして松の木をポイと捨て、無言で去っていった。女の子たちはAちゃんに慌ててついて行った。

その後、彼女たちが私に話しかけてくることはなかった。かまってほしかったのか、単なる暇つぶしだったのか、プールの話に水を刺した報復だったのか、彼女たちの真意を知る機会のないまま私はアルバイトを辞めた。

どんな対応が正解だったのかいまだにわからないけれど、松の木のトゲトゲを見るたびに彼女たちの姿を思い出す。

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