「私はうそつきである」と言えるか? ~自己言及のパラドックス~

1.「私はうそつきである」

「私はうそつきである」「この文章は偽である」のように自分で自分自身のことについて述べることをその名の通り「自己言及」という。

この自己言及は論理的に非常にややこしく、しばしばパラドックス(矛盾)が生じる。

例えば「私はうそつきである」という命題を考えてみよう。

この命題が真ならば「私はうそつきである」が本当のことを言っていることになるため、私はうそつきになってしまう。

いま命題を真と仮定しているので「私=本当のことを言う人」であるにもかかわらず、「私はうそつきである」が真実のことを言っているため同時に「私=うそつきな人」も成立する。

よって、私が本当のことを言っているとすると矛盾が生じる。

一方でこの命題が偽であるとすると「私はうそつきである」がうそを言っていることになるため「私はうそつきではない」となる。

つまり「私はうそつきではない」とは「私は本当のことを言う」ということである。

命題を偽とすることで「私はうそつきである」が偽つまり「私はうそつきでない=本当のことを言う人」になるが、そうすると「私はうそつきである」がうそをついていることになるのでここに矛盾が生じる。

したがって、「私はうそつきである」という発言はそれが真であれ偽であれ矛盾が生じることになるのである。

これが基本的な自己言及のパラドックスである。

2.郵便はがきのパラドックス

「私はうそつきである」はひとつの発言に内在する矛盾を指摘するものだが、二文以上の相互関係によって矛盾が生じるパターンがある。

有名な例が郵便はがきのパラドックスである。

はがきの表面「このはがきの裏に書かれていることは正しい」

はがきの裏面「このはがきの表に書かれていることは正しくない」

はがきの表面が真とすると裏面の文章は正しいことになる。

しかし、裏面の文章は表面が偽であると書いているので、はがきの表面は真であると同時に偽でもあることになるため矛盾が生じる。

一方で、はがきの表面を偽とすると「このはがきの裏に書かれていることは正しくない」となる。

そうなれば、はがきの裏面の文章は偽となり、「このはがきの表に書かれていることは正しい」となる。

つまり、はがきの表面の文章が偽であると同時に真でもあることになるため矛盾が生じる。

表面の文章が真であれ偽であれ矛盾が生じることになるのである。

3.ワニのパラドックス

人食いワニがナイル川を渡っていた母親から赤ん坊をさらって、こう言った。

ワニ「お前が次に俺が何をするか予測して言い当てることができたら、赤ん坊は返してやる。しかし、当てられなかったならそのときはお前の赤ん坊を食ってやるぞ」

ここで母親が「あなたは次に私の赤ん坊を食べてしまうでしょう!」と言うとワニは身動きが取れなくなってしまった。


これは『不思議の国のアリス』の作者として有名なルイス・キャロルが考えた自己言及のパラドックスの一種である。

ここでワニが取ることができる選択肢は①赤ん坊を食べる②赤ん坊を食べないの二者択一である。

①赤ん坊を食べるとすると、母親は見事次のワニの行動を言い当てたことになるので約束通りワニは赤ん坊を返さなければならなくなる。

一方で②赤ん坊を食べないとすると、「赤ん坊を食べる」と言った母親はワニの次の行動の予測を外したことになるので、ワニは赤ん坊を食べなければいけなくなる。

ワニが赤ん坊を食べようとすると①の理論によってまたワニは赤ん坊を返さなければいけなくなる・・・。

このように①と②が無限に循環するのである。

これがワニのパラドックスであり、これによってワニは身動きが取れなくなってしまったのである。

4.ラッセルのパラドックス

ある町には床屋がひとつしかなく、そこの店主Xは以下のようにして町の人々のひげをそっている。

A)自分でひげをそる人のひげはそらない

B)自分でひげをそらない人全員のひげをXがそる

このとき床屋のXはどうやってひげをそるのか?


これはラッセルのパラドックスと呼ばれる部分集合と全体集合からなる自己言及のパラドックスの一種である。

選択肢としては①床屋が自分のひげをそる②床屋が自分のひげをそらないの二者択一である。

①床屋が自分のひげをそるとすると、Xは「自分で自分のひげをそる人」に分類されるのでAの規則により自分で自分のひげをそる人のひげはそらないということに矛盾する。

②床屋が自分のひげをそらないとすると、Xは「自分で自分のひげをそらない人」に分類されるのでBの規則により、Xは自分自身のひげをそらなくてはならなくなり矛盾する。

つまり、どちらの選択肢をとっても規則に矛盾するのである。

5.まとめ

今回の記事ではさまざまなタイプの「自己言及のパラドックス」について見てきた。

有名な「ラプラスの悪魔(全脳のパラドックス)」や「シュレディンガーのネコ」、「アキレスと亀」などパラドックスの種類は非常に多岐にわたる。

パラドックスの世界は奥深く、哲学や論理学、物理学や科学などさまざなま分野と結びついている。

自己言及のパラドックスを通してパラドックスの面白さを伝えられたなら幸いである。




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