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ゴンドラの唄(シナリオ)

人 物】
中河幸(28)花嫁
田中亮一(29)会社員
藤井香(28)幸のスクール仲間
新居利光(26)選挙候補者
田中恵(55)亮一の母
中河雄一(53)幸の父
中河春子(52)幸の母
斎藤秀三(61)選挙候補者
中年の男(54)招待客
司会(35)会場の司会
スタッフ(32)会場のスタッフ
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○お台場・パレットタウン観覧車(夜)
   中河幸(28)と田中亮一(29)が座る。
   田中、指輪の箱を幸の目の前で開く。
   糸の様に細い、独創的な指輪。

○カルチャーセンター・教室
   ホワイトボードに「手作りブーケ教室」。
   幸、細い婚約指輪を見せながら、
幸「そこで彼は言ったの。結婚しようって」
   藤井香(28)幸の顔の前で手を振る。
香「そんな調子じゃ、式までに出来上がらな
 いんじゃない? 手作り結婚式、だっけ?」
幸「そうなの。ブーケでしょベールにリング
 ベローにケーキ! ドレスも刺繍はやるの」
香「そんなに、大丈夫?」
幸「平気。親しい人だけの小規模な式にする
 つもりだから。小さい時からの夢の式!」
香「へー。どんな、どんな?
   香、身を乗り出す。幸、両手を組んで、
幸「田舎の小さな教会で、友達に囲まれて。
 余興とか祝辞はなしね。教会併設の小さな
 コテージに泊まって、そこで彼と一夜を過
 ごした後、夜明けのシャンパン!」
香「幸の彼は理解があっていいな。うちはお
 姑さんがうるさくてダメだわ」
   香、ブーケを横にポン、と置く。
香「あ、でも、ゴンドラだけは阻止した」
   幸と香、顔を見合わせて大笑いする。
幸「ああ、ゴンドラ! あれは、嫌ね!」
香「やる人の気が知れない。昭和かっ!」
   お互いのブーケを見せ合い、笑う二人。
幸「……私たち、幸せね」
   外を走る選挙カーからメッセージが。
選挙カー「女性が幸せになる社会を作る!
 声なき声を拾う男! 斎藤、斎藤秀三!」
   香、顔をしかめて外を見る。
香「私、あの斎藤ってのだけはいれないわ」
幸「あの選挙カーの活動って逆効果よね」
   幸、手帳を出して予定を見る。
幸「あ、私の式、投票日だ」
香「ま、期日前投票もあるからね」
幸「そうね。関係ないね」

○駅前(夕方)
   選挙ポスターの掲示板が立っている。
   幸の携帯が鳴り、出る。
幸「あ、亮一さん? え? 明日? 随分急 ね。
 ううん、大丈夫。じゃあ、明日」
   幸、携帯を切る。暫く携帯を見つめる。
   駅前で候補者が一人、演説をしている。
新居「無所属候補、新居利光です。声なき声
 は、ない声と同じです。このまま権力者に
 操られるままで良いのでしょうか!」
   幸、候補者を避けるように駅に入る。

○帝国ホテル・喫茶室
   着物の田中慶子(55)悠然と茶を飲む。
   幸・田中、その前に座っている。
幸「あの、お義母様。それはどういう……」
慶子「ですから、お式の事は私に任せて、と」
   慶子、断固、という手つきで茶を置く。
慶子「あんな小さな、しかも教会でやるなん
 て、招待のお客様も入りきらないし、あな
 た、お家は仏教の筈でしょ?」
幸「一応浄土真宗ですけど、別に仏教徒では」
   慶子、蝿を払うように手を振る。
慶子「そもそも、教会に文金高島田は変よ」
幸「ぶんきんたかしまだ?!」
慶子「そうですよ。私も、私のお姑さんもそ
 うでした。田中の嫁は皆そうです」
幸「でも、この式は、小さい頃からの夢で」
慶子「やっぱり、若い人はダメね。亮一、安
 心しなさい。お母さん、やってあげるから」
   口に手を当てて笑う慶子。
   幸、口を開こうとし、はっとする。
   慶子の指に光る指輪。田中から貰った
   指輪と同じデザイン。
慶子「それより、持ってきました?」
幸「はい。でもなんでこんな物を?」
   幸、投票葉書を差し出す。慶子改める。
慶子「あなた、投票には行くわよね」
幸「投票日が式当日なので期日前投票します」
慶子「あら、ダメよ! 当日にしないと。
 これは私が預かっておきます」
   慶子、自分のバッグに葉書を仕舞う。
   
○田中家(実家)全景
   平屋建ての和風建築。大きな門がある。
   重そうな御影石の表札「田中」。
   
○田中家・中
   二畳はありそうな一枚板の檜の机。
   招待状を広げ、毛筆で手書きする幸。
   慶子、横柄にできた数を数えている。
慶子「手早くやらないとお式の日になるわよ」
幸「お義母様。全部で何枚あるんですか……」
慶子「厳選して二百五十名分、かしら」
幸「にひゃっ!」
慶子「折りよく式は投票日。皆様に最後のア
 ピールをするのに最適です」
幸「え……?」
慶子「あら、亮一から聞いていないの?」
   慶子、立ち上がり部屋の上を指差す。
   ずらり、と紋付を着た写真が並ぶ。
慶子「田中の家は、代々政治家の家系です。
 亮一は残念ながらただの会社員になりまし
 たが、亮一の伯父・斎藤先生も議員ですよ」
幸「で、でもそれと結婚式は関係ないのでは。
 投票日の選挙活動は選挙法違反……」
慶子「たまたま息子の結婚式が投票日でたま
 たま式の後に嫁と一緒に投票に行くだけよ」
幸「……は?」
慶子「お式が終わったら、皆揃って投票に参
 りましょう。あ、私は斎藤秀三先生にいれ
 るのですけどね。あなたも、そうよね?」

○中河家(実家)外観
 
○同・中
   コタツで鍋を囲む中河雄一(53)と
   中河春子(52)。ぶすっとした幸。
雄一「そんなに嫌なら、言えばいいだろうが」
春子「嫁ぐのはあんたなのよ。しっかり!」
幸「……トイレ、行って来る」
   立ち上がる幸。

○同・幸の部屋
   幸、棚から古びた日記帳を出し、開く。
   「わたしのゆめ おひめさまみたいな
   およめさんになること」
    ページに涙が一つ落ちる。

○結婚式場
   神社の併設した重厚な迎賓館風建物。
   紋付や黒留袖の客がぞろぞろ。
   
○同・花嫁控え室
   ぶすっと文金高島田を着ている幸。
   宥めている田中。
田中「お色直しはドレスにできて良かったな!」
   慶子、派手な留袖で入ってくる。
慶子「さあ、皆さんお揃いよ。前野先生のご
 挨拶に、榊先生のご挨拶。先生方のご挨拶
 が終わったら、ゴンドラで再登場!」
幸「ゴンドラ?!」
慶子「今日は斎藤先生も寄ってくださるんで
 すって! 斎藤先生よ! 素晴らしいわ!」」
   慶子、亮一を連れて出て行く。
幸「ゴンドラ……」

○同・披露宴
   中年の男が声高にスピーチをしている。
男「というわけで、実にめでたいですが、皆
 さん、今日は投票日です。お忘れなく」
   そこかしこで「斎藤先生が」「斎藤先
   生に」という雑談が聞こえている。
司会「では、花嫁様はお色直しです」
   幸、スタッフに付き添われて立つ。
   
○同・控え室
   純白のドレスを着ている幸。
スタッフ「さぁ、次はゴンドラですよ。それ
 と、これ、預かり物です」
   投票葉書を渡される幸。
スタッフ「ゴンドラ後に斎藤先生の祝辞があ
 るので、その際に胸に抱いているように」
   スタッフ、インカムに手を当て退席。
幸「ゴンドラ……」
   部屋のドアが開く。斎藤が驚いた顔で
斎藤「おや、失礼。部屋を間違えたようだ」

<フラッシュ>斎藤の選挙ポスターの掲示板。

幸「今日の主役か」
斎藤「ん? なんだね?」
   幸の脳裏に、駅前の新居の姿が蘇る。
新居の声「声なき声はない声です。皆さん、
 声をあげましょう! 新居! 新居です!」
   幸、立ち上がり笑顔で斎藤の手を取る。
幸「先生。さあ、こちらへ。出番です」

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