木の神さまが残した輪
これは、とある村に残る松の木の切株、その年輪についてのおはなし。
その村には、樹齢300年と伝わる立派な松の木がありました。どこかの偉い坊さまが「仏の功徳が松のように末永く広く行き渡るように」と願いを込めて手植えをされたとも伝わり、村人たちはそれはもう、大切に大切にその松の木を守ってきました。
しかしいくたびか戦乱の世を迎えたあるときに、その松は燃料として切られることが決まってしまったのです。
「松の木の神さま!」
村の子どもたちが、大人からそのことを聞いて、松の木のところへ駆けてきました。
「おうおう、どうした」
松の木の神さまと呼ばれ、壮年の男が木からするりと出てきます。
はるかな時、村を見守ってきた松の木は、土地神の一柱となっていて、ひとの姿で現れることも出来るようになっていたのでした。
「明日、クニのおえらいひとたちがやって来て、松の木の神さまを切ってしまうんだって!」
「……そうか」
松の木の神さまは、嘆くことも泣くこともしないで、それを受け止めていました。
「逃げられないの!?」
「俺は木だからなあ。それは無理だ」
「なにか、ぼくらに出来ること、ある?」
「……そうだな。それじゃあ、俺をすこしだけ切って分け、今度は誰にも切られなさそうなところに植えてくれ。そこで、新しい松の木になろう」
「でも、それは今の松の木の神さまじゃないよ……」
「大丈夫だ。俺たち木々は、お前たちのような命のつなぎ方ではないだけさ。そうさなあ、俺という松の木を偲んでくれるのなら、俺が切られたあとの年輪を、子どもたちよ、見てくれるとうれしいぞ」
「年輪?」
「木はな、一年にひと回りずつ、輪っかを体のなかに作って、その記憶を刻んでいくんだ。雨の日も風の日も、雷や雪や、どんな日があっても俺が生きていたという時の巡りの証だな」
「松の木の神さまの体には、輪っかがあるの?」
「そうさ。これは、腐ったり、雷で燃えたりしてしまっては見られない。ばっさりと斧で平たく切り落とされるからこそ見られるものなんだぞ」
松の木の神さまはおかしそうに笑い、そして次の日、斧を入れられて年輪がむきだしになった切株が残りました。
「これは、松の木の神さまがいらっしゃった証だもの。大切にしようね」
子どもたちはその輪をひとつひとつ指でなぞって数えます。確かに300以上の確かな輪が、その切株にはありました。松の木の神さまの名残です。
おしまい
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