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お題「試練」~ツクヨミの思い~

僕の家庭はめちゃくちゃだ。あらゆるものを産んだ母、イザナミが亡くなってから、父のイザナギは僕の兄弟、ヒノカグツチを殺した。母が死んだのはヒノカグツチのせいだって。

僕はツクヨミ。姉のアマテラス、弟のスサノオといっしょに父ひとりの手で育った。姉は高天原、僕は闇夜の世界でもある冥界、弟は海を治めろと父に言われ、それぞれの役割を担うことになった。

それでも弟スサノオを、僕はうらやましいと思う。母が死んだことを大泣きして、父に何度も自分も死にたい、死にたいと叫んだ。父の逆鱗に触れて追放されることになってしまったけれど、あれだけ、僕の兄弟を殺した恐ろしい父に反抗できるその性格が。

「わたしたちふたりになってしまったね、ツクヨミ」
「……姉さん」
「母が亡くなったあとを生きるというのは、ほんとうに試練でしかないなあ。父はわたしにいつも笑えと、太陽であれと言うけれど。わたしだって悲しかったり苦しかったりすることはある。それも許されないのなら、なんという試練だろう」

姉さんの笑顔は、いつもよりもひどく儚い。母に似て優しすぎるんだ。

「ほんとに、辛いね、姉さん。神だって泣きも笑いもするっていうのに。もしも姉さんが、もう耐えられないと思ったときがあったら、僕のところへいつでも来て」 
「闇夜の世界に? わたしがツクヨミのところへ隠れたら、大変なことになってしまうよ」
「姉さんが、いつだって世界を照らし、笑っていて当たり前だ、なんて傲慢に思ってる世界のやつらなんか、一度放ってそれこそ試練を与えてしまえばいい。闇夜の僕の世界は、アマテラス姉さんの醜さも苦しみも悲しみも、ぜんぶ受けとめて隠すから」
「……そうか。耐えられなくなったら、わたしはツクヨミを頼ってもいいんだね」
「うん。天岩戸あまのいわとの、闇夜の世界への入り口は、どんなときもつなげておく」
「ありがとう、ツクヨミ。逃げて隠れられる場所があると、思っていられるだけでも心強いよ」

姉さん。ほんとは別々の世界を統べるよう、言いつけた父イザナギを僕は憎んでいるのかもしれない。いつだって姉さんのそばにいて、力になってあげたいのに。……別々の世界の僕と姉さんは、いつもはもう気軽に会えない。それがおそらく僕にとっての最大の試練だけれど、姉さんには言わないでおこう、心配をするといけないから。

(了)

※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーよりmasa13さんの作品をお借りしました。ありがとうございます。

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