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山の女神の来訪に

ふわり、ふわり。

あの方がやって来る。雪が消えて青い木々が現れたいただき、山から。あの方は山の女神。機嫌を損ねたら恐ろしいとか、きちんとしていないと命が危ないとか、さまざまな伝承もあるけれど。

「山の女神さま! ようこそ今年もお出でくださいました」

わたしは家の窓を開けて、春の風に乗って空を歩いてくる山の女神さまに手を振った。

美樹みきじゃな。変わりないか」

山の女神さまがこちらに微笑む。

「はい、おかげさまで。今年も山の神さまから、田の神さまへとなられ、稲のことをよろしくお願い致します」

日本酒と、おしょうゆで焼いたおにぎりを部屋には用意してある。山の女神さまとわたしとで、村の行事に先駆けて行う、ささやかな春祭りはこれから。

山の女神さまは、春になると田んぼへやって来て、田の神さまになられる。そして田をお守りして頂き、収穫の時期、秋になるとふたたび山へ戻っていかれる。

田の神さまにおなりのあいだは、わたしの家が彼女の家。昔からそう決まっていた。

「よかろう、豊作とはちと難しいかもしれぬが、飢えぬようには計らおうぞ」
「ありがとうございます、それでも十分です」

わたしは山の女神さまに手を合わせる。

「ほれ、春の舞いをともに踊るぞ、美樹」
「ええ! いつものことですけど、踊りはへたっぴぃですよ、わたし」

「下手だとか上手いとか、誰かの目を気にするでない! 春を喜ぶ、その想いが込められていれば、我ら神々には最上の恵みぞ」

窓から山の女神さまがすっと入ってくると、花びらが床に降りてきた。稲や草木の新緑と、春から初夏への花々と。にぎやかな季節の始まりだ。

わたしは山の女神さまとともに、……やっぱりへたっぴぃだけど踊った。春を寿ことほぐ気持ちと、秋に作物が今年も実るようにと、祈りと願いを込めて。


※ 見出しの画像は、みんなのフォトギャラリーより*michi*さんの作品をお借りしました。ありがとうございます。

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