東京までの往復切符

品川までの片道切符を買った

一路、東京を目指す。

来年4月からの就職までの、残されたモラトリアムの期間を、刺激溢れる東京で過ごそうと思ったからである。

東京に着くなり、双子の弟が働く渋谷のオフィスへ向かう。
20時を過ぎてもまだ仕事中の弟が、中抜けして家の鍵だけ渡しに来てくれた。

歩いて弟の家まで。
片道25分くらい。あいつは毎日仕事終わりに歩いてるらしい。
普段ほとんど歩かず、土地勘もない俺にとっては、道のりがとても長く感じる。

その日弟は結局、夜中の1時半まで帰ってこなかった。
しかも彼女の家で寝るらしい

分かってはいたことだったけど、学生のままなのは俺だけで、あいつの生活にもう俺が入り込む余地はなさそうだった。

東京に滞在した数日間で、弟の仲間に何人か会わせてもらって、遊ぶ輪の中に入れてもらったけど、どこまでいってもお客様感は否めず、どこか落ち着かない。

今振り返って、本音を言えば
弟と2人きりで時間を過ごす方がよっぽど嬉しかったし、心のどこかではそれを期待して東京に来たのかもしれなかった。


あいつの生活感があるようでない家は、微妙に居心地が悪くて、四日間経っても自宅のようにくつろぐことはできなかった。寝つきが悪く、眠りも浅かった。


そんな東京での生活だったけど、決して悪いことばかりだったわけじゃない。

弟の彼女とその友人はとてもいい人だったし、日々の生活に入り込んできた俺を、仲間のように受け入れてくれた。
彼女達が作ってくれるご飯はとても美味しかったし、弟と4人で過ごす時間は、久しぶりに平穏を感じることができた。

元カノとも会えた。
別れてからもう3年以上が経つけど
どこに行っても馴染める気がしなかった東京の地で、彼女と過ごす時間だけは本来の自分でいられる気がした。

観劇した演劇はとても面白かった。
やはりエンタメは東京が一番充実していると思う。


週末が終わって、月曜日

みんなが出社する中、俺はアルバイト先を探しに出かけた。

Wordで作った即席の履歴書を持って
下北沢の古着屋を自転車で巡った。

結果として、収穫はゼロ。

突然押しかけた所で、そもそもバイトを募集してる店は少なく、履歴書を渡すまでもなく門前払いだった。

一店舗だけ受け取ってくれたけど、無謀なことやってるねぇって笑われた。

考えが甘かった。

社会に出てお金を稼ぐ事は、やはり生半可なものじゃないと感じる


その日の夜も寝付きが悪かった

布団の上で思考を巡らす

までもなく、
もう東京には居たくないと心が叫んでいた。


片道切符のつもりだったけど、思い描いていたような充実した生活は待っていなかった

ただ歴然と、双子の弟の違いを身体で実感するばかりだった。

あいつの家に転がり込んで
ご飯もご馳走してもらって
遊ぶ相手も用意してもらって

何もかも頼りきりの生活で
満足できるはずもなかった。


片道切符を往復に変えて

神戸でまた、一人でもいいから

自分にできることを
地に足つけて

やってみるしかない。
手探りでもいいから

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