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モヤモヤを勇敢に断ち切るヒントとしての「システム思考」

ソーシャルデザインの多くは、モヤモヤから始まります。

そして、そんな日々の煩悩を〈ほしい未来〉に転じる力を身につけるためには、「何が気になる?」「何を断ち切る?」「何に応える?」「何を願う?」という4つの問いがヒントになる、と僕は考えています。

まずは、何にモヤモヤをしているのか吐き出し、しっかりと受け止める。そして、モヤモヤに振り回されないように現状を正しく理解して、本当のニーズを探る。さらに、カラダとココロの声に耳を傾けて、自分にとって大切なテーマを見極め、最後に自分がコミットできそうなことを言葉にしていく。そんなプロセスが必要だと思うのです。

そこで前回に続いて今回は、ふたつめの問い「何を断ち切る?」と向き合うための一冊をご紹介したいと思います。キーワードは「システム思考」です。


「システム思考」って?

前回の「何が気になる?」では『アクティブ・ホープ』を教科書に、無理やりモヤモヤにフタをするのではなく、いったんしっかりと受け止め、自然と外に吐き出すことで、モヤモヤが行動のエネルギーに変わっていく、という考え方をご紹介しました。

とはいえ、目の前のモヤモヤを断ち切って、囚われないようにするにはどのようにすればいいのでしょうか。そこでヒントとなるのが、物事を俯瞰して関係を捉え直す「システム思考」です。

『世界はシステムで動く いま起きていることの本質をつかむ考え方』(2015、英治出版)という本の中で、著者のドネラ・メドウズさんは、「システム思考とは、問題の根本原因が何かを見いだし、新たな機会を見つけてくれる思考法」と紹介しています。個別の因果関係にとらわれず大きなつながり(システム)として把握することで、部分最適ではなく全体最適、短期的利益ではなく長期的利益を実現することを目指すのが大きな特徴です。

システム思考の一例は乱雑な机です。机の上が散らかっていると、仕事に必要な資料を探すのに手間取ってしまう。そうすると、やらなければいけない仕事にもしわ寄せがきてしまい、机の上を片づける時間がなくなっていき、ますます机の上が散らかってしまう...

そんな状況は、こんなふうに図式化できます。

「机が片付いてなくて、仕事が進まない!」とイライラしてしまうことは誰にでも起こりえます。しかし、イライラしたままでは背景にある因果関係に気づきにくくなってしまい、ますます悪循環に陥ってしまいます。

そんなときこそ大切なのは、落ち着いて現在の状況を捉え直すこと。"変数"を特定し、そのつながりをシンプルな図として描いてみると、根本的な原因や取り組むべきレバレッジポイントが浮かび上がってきます。

そうすることで自分を振り回していた煩悩を断ち切り、「何とか解決できるかも」という前向きな気持ちが湧き上がってくるだけでなく、「朝早く出社して、いったん机を片付けよう」という行動の変化を生み出すことができるのです。


「システム思考」で、直感と勇敢さを取り戻す

いまなぜ、このようなシステム思考が求められているのでしょうか。そして、システム思考をどのようにソーシャルデザインに応用できるのでしょうか。

まずメドウズさんは、システム思考のメリットをこうまとめています。

世界が前にもましてごちゃごちゃで、混み合い、つながり合い、互いに依存し、変化が激しいときには、ものの見方が多いほうがよいのです。システム思考のレンズのおかげで、私たちはシステム全体に対する直観を取り戻すことができます。そして次のことができるようになります。

部分を理解する力を鍛える。相互のつながりをみる。将来的に可能性のある挙動について「もし〜なら、どうなるか?」という問いを発する。創造的に勇敢にシステムを再設計する。さらに、自分自身や私たちの世界に違いを生み出すために、自分たちが得た洞察を用いることができるのです。

『世界はシステムで動く ― いま起きていることの本質をつかむ考え方』ドネラ・H・メドウズ、p27

ここで注目したいのは、システム思考を通じて、「創造的にシステムを再設計しよう」という気持ちが鼓舞される、ということです(前回ご紹介したパーシヴァルの勇気が思い浮かびますね)。こんがらがった現状への執着から距離を置くことで、感情に流されて判断することがなくなり、直感と勇敢さを取り戻すことができるのです。

システム思考をコレクティブ・インパクトに応用しているデイヴィッド・ピーター・ストローさんも、「システム思考は精神的な実践である」と強調しています。

多くの宗教的な教えが、「すべてのことはつながっている」という信条に基づいている。(...)私たちが自分と周りの世界の間にある本質的なつながりを認識し、育むことができないと、自分自身と周りの世界を傷つけてしまう。「宗教(religion)」という言葉そのものが、ラテン語の religare を語源とし、この語は一般的には「結びつける」と訳される。つながりを作ることがすべてなのだ。この観点から、システム思考を、「人々が、全体に寄与するつながりを作るのを可能にすること」とみなすことができる。全体に寄与することは、道徳的にも実用的にも有益だ。私たちは、すべての人の利益を尊重することによって、自分自身を含めた、より大きな善に寄与し、変化をもっと強く後押ししようと努力する。

『社会変革のためのシステム思考実践ガイド』デイヴィッド・ピーター・ストロー、p.310

システム思考は、そもそもの前提に疑問を投げかける禅問答のように、私たちの思い込みを揺さぶります。その結果、"問題に困っている側"であるはずの自分も、無意識のうちに"問題をつくりだす側"にいた、ということに気づくこともある、とストローさんは続けます。ソーシャルデザインを試みる、すなわり既存のシステムを再設計するということは、それくらい大きな視点が求められるのです。


システムの"落とし穴"

システム思考の最大の貢献は、複雑に見える世の中の多様なシステムにおいて、対処療法ではどうにもならない”落とし穴”、うまくいかない共通のパターン(原型)があることを突き止めたことかもしれません。ここで代表的な落とし穴のパターンを4つほど紹介してみましょう。

ひとつめは「うまくいかない解決策」で、関わる人たちが別々の目標を追い求めているあまり、身動きがとれなくなるというもの。小さい範囲で自分に有利なようにことを運んでいったとしても、相手にとってはデメリットになってしまうこともあります。「うまくいかない解決策」はそうした限定的あな合理性によって起こる落とし穴なのです。その脱出法について、メドウズさんは「全員が力をあわせて引き寄せることのできる、より大きくて重要な目標を定義し直すこと」と説明しています。とはいえ、間違った目標を設定してしまうとさらに事態が悪化してしまうこともあるので、手段と結果を間違えないように冷静な判断が必要となります。

ふたつめはよく知られている「共有地の悲劇」です。共有の資源が限られていても、それぞれがこれまでと同じペースで消費していくと、やがて全員が資源そのものの恩恵を受けることができなくなってしまいます。その場合の脱出法は、「利用者への教育や勧告をし、資源の過剰利用の結果が理解できるようにすること」。見えないリソースを可視化し、把握できるようにすることが大切なのです。

みっつめは「エスカレート」です。自分と相手が協力関係ではなく敵対関係にあるとき、驚くほどあっという間に極端な状態につながる可能性があり、最終的には崩壊を招くことになります。それを防ぐための最善策は、勇気を持って「競争を拒むこと」。レースから降りてみて初めて、これまでになかったリソースを発見することもあるのかもしれません。

よっつめは「成功者はさらに成功する」です。勝者への報酬としてさらに勝つための手段が与えられた場合、敗者は歯が立たなくなってしまいます。いま社会の中で格差が広がっているというのは、まさにこのパターンといえるでしょう。その脱出法は、報酬や評価軸を「多様化すること」しかありません。


最大のレバレッジポイントは自分自身

いかがでしょう。ここまで紹介したシステムの落とし穴に心当たりがある、という方も多いのではないでしょうか。

とはいえ「レバレッジポイントはすぐに見つかるものではない」とメドウズさんは強調します。その最大の理由は「システムは複雑だから」。「これでうまくいく」というふうに一般化するほうが危険な場合もあるからこそ、大切なのは「柔軟であること」なのです。

パラダイムを変えることよりもさらに高次のレバレッジ・ポイントがもうひとつ残っています。それは、自分自身をパラダイムの領域に縛りつけておかないこと、柔軟でありつづけること、「”真実”であるパラダイムなど存在しない」ことを知っていること、あなた自身の世界観を優しく形作ってくれている人も含めて、だれもが、人間の理解をはるかに超える、膨大で驚異的な宇宙について、ほんのわずかしか理解していないことを知っていることです。(...)正しいパラダイムは存在していないのであれば、どれであっても自分の目的を達成する役に立つものを選ぶことができます。どこで目的を得ればよいかわからなければ、宇宙に耳を傾けることができます。

『世界はシステムで動く ― いま起きていることの本質をつかむ考え方』ドネラ・H・メドウズ、p267

さらに、こう続けます。

パラダイムを超えた「極みの領域」とは、レバレッジ・ポイントを押すということよりも、戦略的に、心から、思い切り「手放す」ことであり、システムとダンスを踊ることなのでしょう。

『世界はシステムで動く ― いま起きていることの本質をつかむ考え方』ドネラ・H・メドウズ、p2**

この世界のことを私たちはほとんど知らない。この世界のことをコントロールすることはできない。システム思考について知れば知るほど、私たちはそういう種類の真実と向き合うことになります。そうすることで逆説的に、私たちは小さな自分自身を手放して、宇宙に耳を傾けようとする謙虚さを手にすることができます。それはまるで、即興のダンスを踊るかのように。

メドウズさんはさらに踏み込んで、その感覚は仏教徒が「悟り」と呼ぶものに近いといいます。前回ご紹介した『アクティブ・ホープ』のジョアンナ・メーシーさんも仏教とシステム思考の融合を画策していましたが、ここでもまたシステム思考と仏教は、"歴史の必然"として21世紀に再会したのです。



はじめまして、勉強家の兼松佳宏です。現在は京都精華大学人文学部で特任講師をしながら、"ワークショップができる哲学者"を目指して、「beの肩書き」や「スタディホール」といった手法を開発しています。今後ともどうぞ、よろしくおねがいいたします◎