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麗らかな春を取り戻したい

なんとなく、心の中では分かっていた。分かっていたけれども、距離という物理的な壁も精神的や壁もここまで厚いとは思っていなかった。

高校生の皆さん。今、中学の同級生と連絡を取りますか?大学生の皆さん。今、高校の同級生と連絡を取りますか?浪人生の皆さん。今、先に行ってしまった仲間と連絡を取りますか?

――そういう事だ。あれだけ黄金世代なんて呼ばれた私たち5人は、あの日からほぼ連絡を取っていない。いや、正確には私とグラスちゃんは毎日のように連絡を取っているが……その他はからっきしである。

「どうしたんです、スペちゃん?そんなに思い悩んだ顔をして」

「あ、ごめん!その……皆、元気かなーって」

今でこそグラスちゃんは隣にいる。けれども最初、彼女は貯金を切り崩し京都で勉強をするつもりでいた。私が本当に泣いて、泣いて泣いて、私の昔のアルバムを全部焼き増ししてグラスちゃんに渡し、なんとかシェアハウス。私も馬鹿ではないから、グラスちゃんは私に友情以上の気持ちを寄せていそうではあると薄々気づいていて……それでも一度は断られた。好きだったのは、私の方かもしれない。

「?だったら、会えばいいじゃないですか」

「会うって、今更連絡を取ったところで……セイちゃんなんて東北だし、無理だよ」

そう、私たちには時間という壁もあった。迷惑ではないかと躊躇し、久しく連絡してないからと躊躇し……常識という壁が友情の上に立ちはだかっていた。

「いえ、セイちゃんはこっちに来ますよ。LINE見ていませんか?」

「えっ!?来るの!?」

慌ててメールを開く。勉強に集中する、学歴煽りをSNSでしないとの鉄則を胸に刻んでスマホはほぼ見ていなかったから。

そこには、ウララちゃんからのメッセージを発端として既に大まかな予定が立っていた。『さみしいよ!みんな、あつまろ!』ウララちゃんらしい。いついかなる時もポジティブシンキング、いい意味で常識が分からない。だからこそ、『黄金世代の6人目』として迎えられた。そんな彼女に壁なんてなかった。逢いたい、それだけで良かったのか――なんて感心しつつ、6人の中で最後の返信をする。

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「いらっしゃいませ……わーー!みんな、久しぶり!」

ピンク色の耳がぴょんと跳ね、しっぽはブンブンと上下に揺れる。何せ、私たちは既に合流していたから。いつも通り気だるげなセイちゃんの衣服を正すキングちゃん、このご時世のせいでダブルマスクなエルちゃん、そして私たち。5人まとめて会うウララちゃんはびっくりしたと思う。バラバラな時刻を伝えてごめんね。

「うぇひひ、今日はもう上がっていいってテンチョーが言ってくれたんだ〜!」

喫茶店の厨房に目を向けると、店長さんらしき人が手を振ってくれた。おじさんではあるが愛嬌たっぷりだった。ウララちゃんに学んだのか。軽く会釈して感謝の気持ちを伝える。

「それで、みんな元気?」

「このキングが体調管理を怠るわけないわ、それはもう!ところで、スペシャルウィークさんにグラスワンダーさん。順調かしら?」

「それなりには〜」

「貴女はあまり心配していないのだけれども、良かった……スペシャルウィークさん、貴女は?芳しくないようなら私が協力する権利をあげても……」

え、間接的に馬鹿にされた?私の事なんだと思って……学歴厨か。でも、私も、いつまでも昔のままではない。

「ふっふっふ、キングちゃん!この前の東大実戦、A判定だったよ!」

何を隠そう、A判定。高三生が伸び盛りだとしても嬉しい。喜びすぎて調子に乗りすぎなければ、いくら調子に乗ってもいいのだ。この日のために同居するグラスちゃんにも内緒で温めていたA判定。横をちらっと見る。グラスちゃんはニコニコしていた。……バレていた。

「いいじゃない!そのまま頑張りなさい。貴女には私の後輩になる"義務"があるんだから……」

……義務。キングちゃんの、最大の賛辞だと思う。



「ところでスカイさん、貴女はどうかしら?」

「いや〜、私、1年生もう一度やり直しなんだよね〜」

「そうね、やっぱり1年生の頃に大事なものが詰まっているから、やり直ししてでも受けて……って、え?スカイさん、貴女まさか……」

「セイちゃん、留年しちゃいました★」

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あっけらかんと言いのけてみたはいいものの、どうやらまあまあ凹んでいるみたいだ。ずっと仲良くしてたから分かる。虚勢を貼る時のセイちゃんだ。……でも、どうしてなんて聞けず

「ねーねー、どうしてりゅーねん?しちゃったの!」

……この卓には、バランスブレイカーが座っていたのを忘れていた。

「いやー、私のサボり癖がなかなか抜けなくて〜……テストで一発釣り上げるぞ!って思った必修教科が出席必須でさ〜……およよ」

「もう!おばか!」

「ほんと、馬鹿だよね〜私。それで私、1年休学しようかな〜って思っててさ。スペちゃんより後輩になるかも」

「えっ!?なんで休学するの!?」

「だって、居づらくない〜?顔を合わせてた人達の後輩になるの、スペちゃん耐えられる?……だったら、後期から1年半休学して、その人達と関わりが消えるまで待とうかなって……ほら、大学3年から授業群が変わるから……」

「う、うーん?」

理屈じゃ納得できないけれど、なんとなく合ってそうな気がする。議論についていけていない時の人狼の村人サイドの気持ちだ。詭弁だと思うけど、私はそもそも大学を知らないから分からない。グラスちゃんの方に目をやると、彼女も同じような反応。ウララちゃんはオレンジジュースを飲んでいた。

「だからさ、私は皆の後輩ちゃんになるから、いっぱい可愛がって……」

「ストップ、セイちゃん!そこまでデース!」

目を上げると、なんとエルちゃんが立ち上がっていた。

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「アタシも、単位ボロボロデース。」

……衝撃的な告白から始まった。

「ついて行けなくて、いっぱい落としました。GPA0.20。このペースだと、多分四卒は厳しいデスね。……でも、エルは休学しません。……だって、アタシの知り合いで休学してから復帰出来た人を知らないから」

「……セイちゃん、仮に休学して戻って、単位を取る自信、ありマスか?」

「それは……」

「心の病とか家庭の事情とか、そういうのなら仕方ありません。でも、特にセイちゃんは学校に行くことが解決策なのに、休んでどうするんデスか!?勉強面は大丈夫なら、勿体ないと思うデース……」

そう絞り出すように呟いたエルちゃんには、自分は大学の勉強にはついて行けないというどこか諦念と、セイちゃんへの羨望、そしてそれでも大学に行くという意思を感じられた。

「……」

「そう、勿体ないですよ……」

グラスちゃんも同調する。

「……勿体ないって言うけど、グラスちゃん大学生じゃないし、エルも私より下だよね?」

「……え」

「それで私の事知った風に言って、楽しい?」

「ちょっと、貴女……!」

「キングはいいよね。東大生の超優等生。出来損ないの私の気持ちなんて分かるわけないよ」

「スカイさん……」

ここにしてセイちゃん、逆ギレ。……でも、私には何も言えない。だってその論法は去年の私そのものだから。下の意見は受け付けず、上の意見は社会的弱者を盾に受け流す。無敵の人。学歴厨だった私の常套手段が故に、何も言えなかった。

「……ごめん。私、不快にさせるために来たわけじゃないからさ。帰る」



「ねーねー!なんで半年じゃだめなのー?」

席から立ち上がり、踵を返そうとするウマ娘と、何も言えないウマ娘達を突き刺す、本当に何も分かっていなさそうなウマ娘からの声だった。

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「半年……?」

「うん!だって、たしかに1年半は長いと思うけど、今セイちゃんに勉強する力はないと思うもん!だから半年!こういうの、せっちゅーあん?って言うんだよね!」

「……でもさウララ、半年なら同級生に会っちゃうよ」

「むしろ会った方がいいよ!だって問題もらえるし!優しいよみんな!多分楽だよ!わかんないけど!」

目から鱗だった。過去問の入手。……そういえばウララちゃんは定期テストを愛嬌パワーで過去問を貰って解決していた。それでもギリギリだったけど。

「それに、スペちゃんとか、グラスちゃんと同級生だった方が、助け合えるよ!きっと!負い目……って言うんだよね?もないよ!」

「……!!」

腑に落ちた。セイちゃんは、私たち4人の思っている以上に負い目を感じていた。ウララちゃんだけがそれを分かっていた。そして、劣等生だったウララちゃんだからこそ、人の優しさを知っていた。要は考えすぎだって事を。

その上で、1年半休むと私たちに今度は負い目を感じることになることまで見抜いていた。協力することの大切さを忘れていなかった。私、受験に失敗して肝に銘じていたはずなのに。

「……分かった。ウララに論破される日が来るなんて。皆ごめんね、酷いこと言っちゃったよね」

「いえ、いいんです。私達も思慮に欠けていました。セイちゃん、こちらこそごめんなさい」

「うん!じゃあ仲直りにケーキ食べようよ!ウチのケーキ、おいしーよ!」

……ウララちゃんは、謝罪の後の微妙な空気を無くすアフターフォローまで完璧だった。学歴社会に生きる私たちと対局な世界。地頭が良くなく、高卒就職を余儀なくされた彼女が触れてきたもの。私たちが馬鹿にしていた世界は、私たちの世界よりもずっと人情味に溢れていて、住み心地のいい世界かもしれない。



「そうと決まったらセイちゃん、戻ってこようよ!」

「え!?でも、アパートが……」

「だって、遊ぶ時はパー!って遊ばないと!ね!」

「……確かに」

…………彼女は、一体どこまで見えているのだろうか。

ーーーーーーーー

「Uターンで帰ってきました、セイちゃんです!キラッ!」

セイちゃんは……1週間後にはもう既にこっちに引き返してきていた。電話でおじいちゃんに留年の件を話したら笑い飛ばされて終わったみたいで、そこからの彼女はいつも通り明るい。

「おかえりーー!!!セイちゃん!!!!あそぼーー!!!わたし今日シフトないからーーー!!!!」

キャリーバッグを引いたまま、ウララちゃんに拉致されて行った。あれから、私たちは連絡を毎日取り合っている。今だって、横にはグラスちゃんだけじゃなくて……エルちゃんも、キングちゃんもいる。



――壊れかけた青春、麗らかな春がもう一度戻ってくる音がした。




(浪人生時代の実話を元にしています。)

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