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写真館をコンテンツ化しないということ

ブログ再開します

突然ですが2020年4月に僕がスタジオポージィの代表になった後、一年程書いていたブログを、話の流れで再会することになりました。
当時は僕以外に2〜3人一緒にブログを書いていたスタッフがいたけど、今回は僕一人。
書くペースとしては1ヶ月に一回くらいと考えているけど、そもそも書く時間が長ければ楽なのかというとそういうわけでもなく。。。
ではなぜ僕がブログを書くことになったかというと、スタジオポージィという写真館の代表が、自分の考えを発信する機会が少ないのではということで、読んでもらえるかはわかりませんが、良くも悪くも今考えていることを書いていこうと思います。


僕の性格

自己紹介は省きますが、僕の性格だけは書いておこうと思います。
僕は昔から通称「なんでマン」でした。
なんでマンというと、ちょっと気になることがあると「なんで?なんで?」と聞くこと子供のこと。
さぞかしめんどくさい子供だったと思います。
子供の頃はそれで随分デメリットを感じたものですが、大人になって真逆だと気が付きました。社会人になったら「なんで?」と思わない方がやっかいで、常になんで?と思ってるのは間違ってなかったと気がついたのです。
そんな性格は直ることはなく、年々増していくばかりですので、日々生活していたり、仕事をしていると気になることが出てくる出てくる。
何をしてても、ずーっと色々考えているのが習慣になっているので、そんな考えをアウトプットする場所として、このブログを使えたらいいなーと思っています。


今回の本題

さて、本題なのですが、昨今の写真館がコンテンツ化していっているけど、必ずしもそれがいいことではないよねという話。
今の写真館やそれを取り巻く現状の大枠を説明すると
・子供が減ってきた
・ハウスタジオが増えた
・異業種からの写真館(ハウススタジオ)の参入が増えた
・フリーカメラマンが増えた
・セルフ写真館が増えた
・SNSで発信することと、写真館で写真を撮ることが限りなく近づいた

他にも色々あるんですが、上げだすとキリがないのでこのへんで。

つまり割とレッドオーシャンになってきていると思います。
そうなるとどうなるのか。
集客に困って、SNS映えを使った撮影会や、イベントが増えます。
勿論たまにはそういうものもいいと思うのですが、どんどんそういった撮影会やイベントが増えていくと、歯止めがきかなくなって、際限なくそういったものをやり続けるようになります。
この現象を写真館のコンテンツ化と僕は考えています。

では、写真館がコンテンツ化を続けていったらどうなるのか?
その先にあるのは値下げ競争になります。
それでもフリーカメラマンが一人でやってる分なら安い価格で、そういった撮影会やイベントなどを開いていくのもいいでしょう。(一生カメラマンをやるつもりがないなら)
ただ記念写真館がそっちの方向にいっても、ほとんどいいことがないのです。

なぜ記念写真館がコンテンツ化するとよくないのか。
それを考えるためには人の価値の本質を理解する必要があります。
価値には3段階あります。
上から順に
①意味的価値(社会的価値、自己表現価値)
②情緒的価値
③機能的価値

①が一番高い価値で③が一番低い価値です。※③がいらないという意味ではなく、③も②も兼ね揃えた上で①が必要という意味。
下から順番に説明すると③の機能的価値とは「安い」「衣装の数が多い」「家から近い」など。
②の情緒的価値は「オシャレ」「雰囲気がいい」「衣装のセンスがいい」など。
①の意味的価値とは、「この写真館で撮影してる自分が誇らしいという気になる」ような自己表現価値と、「この写真館で撮影することで、自分も社会の役に立っていると思える」ような社会的価値です。
ほとんどの写真館は③と②に一生懸命で、③と②ができたらOKだと思ってるような気がします。
ポージィはというと、常に積極的に①の意味的価値を創造しようとしています。

じゃあ③②と①の違いは何かというと、③機能的価値と②情緒的価値は真似ができて、①の意味的価値は真似ができないのです。
そしてコンテンツ化して得られるのは基本的に③と②だけというのがポイントです。


コンテンツ化すると何がダメなのか

コンテンツ化すると何がダメなのかというと、簡単に真似ができる→みんながそれをやる→値下げ競争になったり、すぐ飽きられたりする。つまりコモディティ化してしまうのです。
更にもう一つの理由があります。
それはコンテンツ化したものに払う財布と、意味のある価値に払う財布は別だということです。
例えば「お休みの日にショッピングモールでイベントがある」「SNS映えスポットまで行って写真を撮る」「人気のスイーツを買ってみる」これはコンテンツと同じカテゴリですが、これらにお金を払う時、わざわざ貯金を崩してお金を用意する人はいますでしょうか?ほとんどいないと思います。
ではどこからそのお金が出ているのかというと「毎月の生活費」です。
なのでこれらの競合は電気代や、食費や、子どもの習い事代や、ネトフリやアマプラなどになりますので、写真に高額は払えませんし、ちょっと生活費が増えると後回しになったり、キャンセルになったりします。
ではコンテンツ化しない場合というのは何かというと、「一年に一回の家族旅行」「結婚式などの特別な1日」などになります。写真館でいうと「一生に一回の大切な大切な記念日の撮影」など。こちらは貯金を崩してでもお金を準備しますし、その日の為にお金を積立てたりして用意します。
勿論、比較対象がとても価値の高いものになりますので、しっかりと価値に見合ったサービスをしないと認めてもらえませんが、金額は桁が違ってくるくらいの差がつくのです。


コンテンツ化しない為に

コンテンツ化したらよくないという話はしましたが、ではどうやったらコンテンツ化しないようにできるのか、方法は色々あるのですが一つわかりやすい例を出して説明します。
不便益という言葉を知っていますでしょうか?
時間も手間もかかって不便なんだけど、楽チンで早いものより最終的な満足度が上がって価値が上がるというものです。
最近よく言われるタイパ(タイムパフォーマンス)の逆です。
タイパでいうと映画を1.5倍速や2倍速で見る人が増えてますが、スマホで2倍速で見る映画と、映画館にわざわざ行って、2時間拘束されて見る映画、タイパがいいのは前者ですが、価値(満足度)が高いのは後者になります。
これを写真館でも設計するということです。
ハウススタジオやイベントや、撮影会などは「電話で問い合わせもできない」「事前の来店もない」「お店に行っても打ち合わせスペースもない」「写真のセレクトもない」「商品は郵送で家に送られてくる」
なんて便利なのでしょう。だけどこれではいつまでたってもコンテンツ化した状態からは抜け出せません。
それとは逆に「電話予約」「事前来店も必須」「長い説明をしっかり聞く」「写真セレクトもお店で」「衣装レンタルがある場合は1日で終わらない」「商品のお渡しは店に取りに来て頂く」
一見、不便に思えるお店の方が、お客様の満足度が高くなるのです。

そしてもう一つ、コンテンツかそうでないかの見分け方としてわかりやすいのが、「その企画の後ろに人の顔が見えるか」です。
○○○撮影会に参加して、SNSにその画像をアップしたりしますが、本当の意味でその撮影会の後ろに人の存在を感じて、その人を好きになったりファンになったりするでしょうか?
ほとんどの場合、人ではなく、そのイベント自体が好きであるということが多いと思います。例えば別の人(店)が同じようなイベントをしたら、価格とクオリティで比較して、元々行っていた人(店)とは別のイベントに行ったりします。
そしてSNSで発信することこそがゴールになるのです。
ですので常にその逆、何をする時もその後ろに人の顔や存在が感じられるようにすることもコンテンツ化を防ぐ方法の一つです。

そんな感じで、最近の写真業界はどんどんコンテンツ化していってるけど、それって長い目で見たら自分たちの首を絞めてるよねってことを書いてみました。
手間がかかって不便なスタジオポージィを今後ともよろしくお願いします!


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