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(2017年/小説)  ファンレター


(大作家を姑に持つ、さえない編集ライターの物語)






「ねええ、チーカさん、カゼって、どっちから吹いてくるう?」



 玄関の、まっしろい枠でふちどられた回転扉を回すと、ぢりんぢりんと大声で純金のベルが鳴る。ハーイィと飛んできたメイコ先生は、だしぬけに、そう言った。



「は? カゼ?」

 一瞬、足首がぶるっとふるえた。郊外の丘の風は、都心の街より温度が1、2度低いようだ。丘を登ってくる途中、桜露で前髪が湿った。

 うねった髪をかき分けたいけれど、仕草が女っぽくなって、先生を挑発してはいけない。がまんして、ぶるぶると髪を振り、メイコ先生を見上げた。
 その、ちぢれた博多麺のようにウエーブをかけた髪はかさかさして、ツインテールに結ばれた黒いリボンが少しずり下がっている。丸一日仕事をしていて、今日は外には出ていないようだ。七分袖が大きくふくらんだ、紺地に白い水玉模様のワンピースは、胸の生地の切り替えの部分に、これも大きなリボンがついている。


『ああ。こういうもっさりした服は、やめたほうがいいのにね。水玉が、ごまフグの模様みたいに見えちゃう』

 しっ。静かにして。

 先生の頬の上気した赤さは、白紺コーディネートの唯一の差し色になっている。水分こそ抜けて、かさかさしているけれど、血中乙女度は高いようだ。先生は今は「メイたん」になっているのだ。よけいなことを、何一つ言ってはいけない。

 ばふっ。背後で回転ドアが、夜風をはらんで閉じた。チーカの仙骨の底も、ばきっと固くなった。

 この空気圧も、巨大な回転扉の金のデコレーションも、ぢりんぢりんの呼び鈴も、メイコ先生の出し抜けな問いも、いつまでたっても慣れることができない。

 全面ガラス張りの回転扉の向こうは、丸ごとの夜になっている。霧雨で輪郭のぼやけた松、木蓮、桜、樫、クチナシが、庭からこちらをじーっと伺っている。

 どうして、いち民家に、こんなお化けめいた扉をつけたんだろう。
どうしてこんな白い宮殿みたいにしたんだろう。

 これまで何十回も、肩の夫にぼやいたことを、チーカは繰り返す。夫は今度はだまっている。

「ねええ、チーカさんん…」

 メイコ先生がじれったそうにつぶやいて、チーカは我にかえる。

「あ、はい、風。……風? って、なんすか」

「……」

 メイコ先生も、庭の古木みたいな顔をして、ぼうっと上がり框に立っているのだった。

 もう夜の10時になる。70歳になる姑は、こんな時間まで原稿を描き続けていたんだろうか。玄関マットの上に、20客ほどあるスリッパは、青白、白黄、緑黄と、ペアリングが乱れている。ある物はひっくり返り、ある物はマットの下に逃げこんでいる。どこからともなく犬の尿臭が漂う。

 年に1回出版する、長期連載の締め切りの時は、家がこんなふうにワヤになるので、お掃除のヒロミさんを週2回にしてもらったほうがいいのではないかと思う。なにせスリッパが多すぎる。スリッパ以外の物も、多すぎる。

『うちはふつうの民家じゃなかったからね。昔はアシスタントさんや編集さんやお客さんで賑わってバブリーだったし。何でもたくさんあることはいいことだと思ってたんだ、オヤジも調子がいい人だったから』

 肩乗りの夫は、時間差でささやいてきた。ずれている。生きているときから空気を読まぬタイプだったが、今はますますのんきになった。こっちはそれどころでない。

 急いで、白いスリッパを選んで片足を入れる。神経衰弱みたいと思いながらペアを探すと、その様子をじっと見ていたメイコ先生が、また低い声で言った。

「風って、東から吹くと思わないい?」

「カゼ…」

「そお…」

 唸るような喉の奥からも、ウールルルと風が鳴った。先生の目を見ると、いつもは深海の生きもののように静かに左右に広がった目が、きゅうっと内側に寄り、すこし赤みを帯びている。チーカも、胃のあたりが、きゅうっとする。

「ええと、どっから吹く、って…?」

「だからねぇ、東から西へ吹くか、西から東へ吹くか、ってことよぉー。ちょっと、来てえ」

 先生に腕をとられ、慌ててくすんだ緑色のスリッパに右足を突っ込む。ああ、ペアリングに失敗した。そして、つま先のあたりでべろんと剥けた布地は、なぜかべったりと湿っている。ひい、気持ちわるい。

『一度全部洗って、干したほうがいいんじゃないかなー』
わかってるよ、そんなこと。今度、私がやるよ。

 のんきな肩乗りの男を制して、チーカは先生を追いかける。上がり框から左手のドア、ライオンの顔形になった金のドアノブを引くと、部屋の床一面が、白い紙で埋まっていた。

 24畳の居間に、おそらく100枚以上の白黒原稿が敷き詰められている。

 身内が「ステージ」と呼ぶ、床より5段盛り上がった小上がりの部分には、その6畳ほどのスペースのほとんどが、これはカラーの水彩画で埋まっていた。
 

 ふん、ふんとメイコ先生は小上がりの階段を上がっていき、「これよお!」、登頂旗みたいにカラー原画をひらひらさせた。チーカはステージの下から手をのばし、御旗を受けとる。勢いは猛々しいが、描かれているものは可愛い。

 一枚には右下から左上に流れる、風の筋を描いたらしい水色の線跡と、その風に舞うて手のひら大の、オオアサの葉。

 葉の上に、とても小さな、しずくのような男の子がよつんばいになっている。

 もう1枚は逆に、左下から右上に巻き上がる風と、同じ小さな男の子。これは、鉛筆のラフな線で描かれている。

「チーカさんは、どう思うう? あんね、しーずっくが乗る風ってのは、東風じゃないかと思うの。右から左へ、こうさーーっと」

 さーーーっと、と先生は柔木がしなるように、両手を左右に振った。

「さーっと……? はあ」

「でも塔子さんは、西から東に流してってえの。舞台で言ったら、下手から上手へ風を巻き上げるほうがいいってのよお」

 メイコ先生は興奮して、口調がべらんめえになってきた。

 いつもはふっくら空気を孕んだチェロのような声に、みょうな抑揚とビブラートがかかっている。ふくろうが呼吸疾患になったみたいだ。原稿の修羅場のとき、たいがい先生の声はこういう感じになる。

 さらに、きゅうっとした目でのぞき込まれて、チーカは焦った。

 支持すれば、あなたはいつもあたしを買いかぶると言われるし、反対すればむーーと押しだまる。ようはファンとしての賛同も、編集者としての意見も求めていないのだ。だからといって嫁らしく大人しくするのがいちばんいけない。このために呼び出されたのだから。

「ええと。ページの左右にもよると思いますが…」

「左右は関係ないのよぉ! 見開きのページだから」

「あー、あ。そっすか。風…。東風が、ですね。私もそれがいいかなと思います。なんだか。ええ」

「ほらあ、そうでしょぉお。でも塔子さんたら、風はこう左から右に吹くってね、西風だって言って譲らないんでねええ、あたし、やだって言ったのよお」

 メイコ先生は、珍しくチーカのぬるい意見をとがめず、さらに大きく両腕を振り回した。

 作家と担当編集者は、めったにない言い合いをしたようだ。

 編集塔子さんはどこに行ったんだろう。いつものメイコ先生なら、塔子さんの機関銃のような舌に巻かれてしまい、こんな剣幕になることはない。塔子さんも、びっくりしただろう。

「ガワワワ」

「ウワアアア」

「こらあああああ! 待て、ちくわ! がんもを噛むな」

 ふいに二階から、犬たちの吠え声と、それを追い立てる、すあまちゃんの声がした。

 メイコ先生の原稿が、年にいちどの修羅場を迎えると、すあまちゃんは作画アシスタントの業務を解かれ、代わりにブルドッグのちくわ、トイプードルのがんも、マルチーズのきららのお世話係になる。死んだ舅が名付けたちくわとがんもはよく喧嘩をしてじゃれ合っている。メイコ先生が名付けたきららは毛づくろいばかりして日なたで寝そべっている。一人と三匹は、くんずほぐれつしながら二階のサンルームにいるようだ。

  ということは、塔子さんは一階の和室あたりにいるのだろうか。アシスタントすあまちゃんと編集者塔子さんは犬猿の仲だ。いや、多くの人が、塔子さんの前では、怒犬の剣幕になる。

 しかしメイコ先生は、二階の喧騒なんかお構いなしでゼイ、ゼイとかすかに息を切って、なお両手と体を揺らしている。止まらなくなったんだろうか。どうしよう。先生の妹ちさとさんは、夕餉の仕度を終えて、もう都心の自宅に帰ったようだ。

「あの、お義母…先生。もう夜遅いから、あんまり無理を…」

「さーーっとね、こう、東からよね」

「あ、ハイ、さーーっと」

「さーーっとね」

「ハイ、さーーーっと…」

 さーーっ、さーーっと、両手と体を揺らし続ける大柄な先生は、どこかの外国の、なにかの魔法映画に出てくる異形のようだ。

ウィロー。チーカは不意にそんな言葉を思い出す。

ウィローって、なんだっけ。

 揺れ続ける先生の、重たげなまぶたの下の黒い瞳は寄り合ったままじっと動かず、薄鼠色のふちだけがひらひらと蠢いている。



そこには現実ではない、なにか別のものが映っている!!


 ……と、いうふうに見えたら、異世界のシャーマンのようで、自分とは違う人間と納得できる気がする。だがメイコ先生の瞳はただ現実的に、きゅうっと寄って、らんらんとしている。実直に職を積み重ねた人らしく、強く、強く、固く。

 射貫かれる。捉えられる。だからチーカは、斜めに、左右に身をかわし、目と目が合わないように、息を潜めている。



「あなたの目は、正直に言いましてね……、文章を書くとかよりも、スキューバダイビングのインストラクターとかに向いているかもしれません。文章にじっと集中するお仕事は、かなりお辛くて、無理をしてこられたと思います」

 神奈川県北西部の、とある湖畔に立つ、砂色のレンガの店のオーナーは、そんなことを言った。

  棒の先についたニコちゃんマークを目で追ったり、曇りガラスのようなレンズをかけて三島由紀夫の小説を読まされたり、十字やコの字の図形を追わされたり、ふしぎな検査をいくつか受けての診断だった。この店は、SNSで「魔法のメガネ屋」として評判が拡散され、スポーツ選手や、アーティスト、作家、学者、ばかりか主婦やサラリーマン、子どもたちも全国からメガネをつくりにくる。検眼の予約の電話をかけてから、7か月間待たされた。

「ダイビング? って。どういう目なんですか」

「いえ、そうと決めつけるわけではないんですが…。もっと、ゆったりと、動くものを見たがったり、何かをとりとめなく想像したがっている。そういう目の傾向なのです」

「でも、こちらを薦めてくれた友人のライターも、とても目が疲れていると言われたそうですが。こちらのメガネで、書ける量も、読める量も、倍増したと言ってました」

「それは、両眼のズレや、眼筋の緊張をとるメガネをつくりますから、お仕事は、かなり楽になるでしょう。ただ…」

「ただ」

「十字テストがお苦しそうでしたよね。目をこう、輻輳といって、一点に集中させる力が、かなり、かなり苦手でいらっしゃるんです。だから、文章…いや文章というか…」

「なんでしょう。おっしゃって、私、ぜんぜん大丈夫ですから」

「…文章というか、一点のことに長時間集中したり、考えたりされるのが、そもそも苦手かもしれません。でも、そういう方って多いんです。もともと、人類の目って、スマホやパソコンを見るようには設計されていない。読書も、作文も、するようにはできていないんです。もともとは森の中とかで、風景を見渡して生きてきたんですから。だから、脳のゆがみが、とっくに限界を越えている人が多いんです。だから病気になるんです。目は大脳の一部だから、悲鳴をあげているんです」

「も、も、森って…。でも、あれでしょう。そういう太古の昔でも、みんなにお話をしたり、お話を石板にかいて、残してきたような人って、いるじゃないですか」

「ああ、そうですね…」

「私は、そういう、人間じゃない?」

「では、ないでしょうね。むしろ、そういうマニアック人々を眺めて、楽しむ人…」

「眺めて、楽しむ人……?」

 温厚そうな老店長と、自分との間に、三面鏡が置かれている。それを呆然とのぞき込む自分の右目がとろー……んと外側に流れていくのを、チーカは見とめた。

石板から、文字がとろん、とろん、と滑っていく。

それは、チーカが手を伸ばして掬えるものではなかった。目の前の店主の話も、どこかに滑っていく。たしかに、そこには、もう集中できないのだった。


◆ ◆

「まあ、さ。作家の目ってものがあるんだからね。あれだけ強くおっしゃるなら、しゃあないわ」

 塔子さんは、コーヒーをすすりながら、錆びたドラムカンみたいな声で、がははあと笑った。

「東風だ西風だって、言い合いしてから1時間も経ってんだけど。まだ怒ってらした? しゃーないな。じゃあ東の風ってことでいいわ。でもさ、絵の構図と気象の理屈から言ったらさあー」

 せんべいを割った声。砂壁をひっかいた声。塔子さんの声はいろんなふうに表現される。さびた鉄製のなにかを金属の棒でこすった声、というのがチーカは近いと思う。聞いていると耳がギンギンしてくる。とても元気だけれど、メイコ先生のふたつ下だから、彼女も70近いはずだ。それなのに、日付も変わるこんな真夜中に、コーヒーをがぶがぶ飲んで平気なんだろうか。胃腸の弱いチーカは、深夜のスープいっぱいでもすぐに手足がむくむので、こういう人の内臓が不思議でたまらない。

胃も、鉄でできてるんだろうか。

「あたし、もうちょっとここに潜んでよーっと。温厚な人が、一回ああなると、おっかないからね」

 塔子さんは、がははあと喉を鳴らして、付箋を漆塗りの和卓に放り投げ、ごろんと床の間をまくらに、ひっくり返った。この人はどんなトラブルが起こっても、いつもなんでも、がははあと笑う。昭和の真ん中からフリーでおんな編集者をやっているとこういう風になんのよ、と言っているがチーカももう15年もライターや編集の仕事をしているのに、こうなれる気がしない。

「こんな大喧嘩、今までも何回もあったんですか?」

 とチーカが訊いたら、たちまちギョロッと大きな目を剥いた。

「喧嘩なんてないわよ! あんた。編集者と作家なんだから、こういう意見の交換ってのはとても大事なこと、その感覚の違いから、生まれるもんがあるんだから、喧嘩なんて言い方をしたら、ダメよ!」

 しまった。余計なことを言った。塔子さんはそれから10分ほどもギンギンと鉄器を鳴らす。作家と編集者、感性の理性の掴み合いがいかに剣呑でだいじなことか、あんたわかるの、ギンギンギン、あんた、腹を割らないと作家と仕事なんてギンギンギン、ギンギン、鳴らされて、チーカの腹が割れておかしくなりそう。

 この仕事をして15年、何百冊か本をつくってきたつもりだが、塔子さんの前に出ると、赤子のような、なんとも心もとない気持ちになる。 

 今までたくさんの編集者や作家、デザイナーや営業マンや書店員が、塔子さんに手足をひねられて、青くなったり赤くなったりするのを見てきた。
 塔子さんが、男性の編集長を怒鳴りつけているのを一度見たことがある。フリー編集者の塔子さんはメイコさんと40年以上の付き合いだが、その出版社だって、メイコ先生の本を50年近く、デビュー時から出版している。

 そんな古巣のえらい人を、怒鳴りつける剣幕の激しいこと、激しいこと。しかも理由は、塔子さんが入稿したい組版のデザインソフトの型が古すぎて印刷所が対応しきれないという、だれが見ても「それは塔子さんが怒るところじゃないんじゃ…」ということなのだった。

 編集長は心底困ってしまい、「いやいや」「そうは言っても」と盛んに抗弁するが、鉄器の罵倒には負けて「まいったな…」おしゃれな木製フレームの眼鏡が鼻先までずり下がっている。

 彼の年収は1580万円だそうた。塔子さんはひとの個人情報を丸晒しにして非難していた。たいした仕事もしていないくせに、老害だよねえー。
 そんなに稼ぐ、りっぱな男の人が、いたたまれない表情で身をよじっている。周囲の気の強そうな編集者たちも、皆うつむいたりあさってを向いたり、ささっと離席していく。
 これほどの気迫じゃないと、メイコ先生とか、何々先生とか、ミリオンセラー作家を発掘することはできないのだろうか。


「いーえ、メイコさんは誰が担当したって特別よ。あの人は、ほんとうの人間ってものを描けるんだから。あたしがそれを発掘したなんざー、ただのどてらの偶然よ」 

 どてらってなんだろう。しかしそんなことを言う塔子さんの鉄器は、ややしおらしい。この作家と編集者の出会いのエピソードは、雑誌や本に何度も載っているが、そういうことは自ら主張しないところに、塔子さんの美学のようなものをチーカは感じる。

 高校卒業後、4年間で8つの会社を転々とした少女メイコは、絵物語を描きたくて、いつもぼーっとしていた。8つめの広告会社では、人生で最大に太って「居眠りフグ」とあだなをつけられた。上司に叱られている途中に、なぜか突然意識が落ちて、いびきをかき出す。肥満ストレス、とか、ナルコレプシーということばを知っていてフォローしてくれる先輩もいたが、クライアントとの打ち合わせ中にもいびきをかいてしまい、くびになった。9社目、インダストリアルデザイン会社の面接を受けに行った。さすがにいびきはかかなかったが、控え室にお茶を運んできた女性社員が、とても目のぱっちりした美人だった。タイトなミニスカートをはいて、指先がしなやかだった。メイコは茶碗をうけとった手が大きく震えて、床に粗相した。

 あわわと立ち上がって、床にこぼした茶のしずくを、スーツの袖で吹こうとしたとき、「やだ、汚い!」美人が叫んだ。

 えっ、なにが汚い。着古したスーツ、お茶、あたし。

 あぶら汗が噴き出し、かがんだ床に、ぽた、ぽた落ちた。
 美人は後ずさる。まわりの面接候補者も、よける。

 四つん這いになって床をこするメイコの袖下で、ふいに、しずくと汗とは、あわさって、不器量な鼓動を刻み始めた。

 行こう。出ていこう。

 しずくが流れ落ち、滑り、集まり、空へと揮発する所まで。行こう、行こう!

 それは、こんなビルディングのなかじゃない。メイコは、脱猪のごとく外へ逃げ出した。
 そして、猛烈な勢いで、小さなしずくちゃんの物語を描いた。そのスケッチブックをもって、見たこともない出版社に、駆け込んだ。8階までドスドスと駆け上がって、見知らぬ男にクロッキー帳を突き出した。

 だが、50代くらいの男性編集長はクロッキー帳を4、5枚めくって、怪訝そうな顔をする。

「顔がしずくになった小人、、、、ですか。うーん。よく、わかンないなあ。これって、オモシロイの? なんか、絵本と、まんがと、詩がごっちゃになったような体裁だね。もっと、画風を整理すればいいんでない?」

 のちにエッセイまんがの元祖、と言われるメイコに、1960年代の、人のよさそうな編集長は、眉毛を八の字にすぼめてみせただけだった。

 若きメイコは耳まで真っ赤になって、ぶるぶる、震えた。

「おもしろいンですう! これは、人の顔を、まんまに描かないのがよくって。そいで、北海道……私の生まれ故郷には、コロボックル伝説っっていうのがあって、そういう土地で、いま風のこびとが、ランデブーとか、C調なことをしたり、コメディ的なアクションをするっていうのが、おもしろいンですうう! だって…」

 たぶん生まれてはじめての、メイコ大説得。自分のどこからこんな言葉が、力が、湧いて出てくるのか、こぶしを握って、訴えた。

 しかし勇気はそこまで。

 また汗とあぶらがどーっと噴き出すと、もうだめだ。編集部を飛び出し、メイコはトイレに駆け込んだ。そこで気が動転しすぎていたのか、手水場にクロッキー帳を置き去りに。

 あわれ、クロッキー帳は清掃員に回収され、廃棄雑誌収集室へ送られる。

 ところが、その廃棄室で、雑誌の束を枕にいびきをかいていたのが、豪傑女子大生アルバイター塔子さん。ドサッと投げ込まれた雑誌をちぎって、鼻でもかもうと、ふとクロッキー帳をめくると…。

「んー? んん……。ん? なんだこりゃあ!! 傑作じゃん!」

ーーーと、いうことになっている伝説の、たぶん半分以上は本当らしい。彼女が出版社の役員の娘であったことも、原稿が日の目を見る一因になったかもしれない。

 世に出た作家の何十人か、何百人かに一人は、こんな都市伝説のような誕生秘話をもっている。
 ぬぼうっとした雰囲気のアシヤメイコと、女子大生にしてミリオンセラー作家を見出した五十嵐塔子との組み合わせは、理想の二人三脚物語として喧伝されたのだった。

 その塔子さんがメイコ先生をして言う「あの人は人間を描ける」とは、どういう意味なのか、長い間チーカにはわからなかった。観察や表現のことだろうか。

 ものがたりに取り憑かれたときのメイコ先生の、ぎゅ、ぎゅっと内側に寄る目。

 脳梗塞に倒れ、大きないびきをかいていた夫の鼻の中で、オリーブ色の鼻くそが、内に外に、なびいていたこと。それを見つめる嫁の自分を、さらにじいっと見つめていたメイコ先生の、張りつめた表情。

 家族写真を撮ろうとすると、必ず「私はいいの。写真は嫌いよ」とあわててフレームアウトする妹のちとせさん。その美しい妹の肢体を、見て見ぬ顔するメイコ先生。

 人間を描くとはなんだ、なんだ、と思うあまり、結局メイコ先生の目ばかり見ている。いや、メイコ先生の目に、勝手にみずから牽制されている。

 もうこれ以上自分の卑屈さに振り回されるのはいやだ。雑誌のライターも本の編集も、もうたくさんやってきた。もっと、先のなにか、奥にあるものに届きたい。だからもっと、人間とそれを取り巻く世界を熟知するんだ。観察し、認識し、理解し、考察し、統合するんだ。

 実際は、その逆なのだった。観察や考察から、離れなくては、奥のものがあるところには届かない。
 それがすこしわかりかけた30代後半、チーカの目は、もはや書くことに疲弊している。必死で集中しようと、内側に寄せ続けた右目の眉間には、大きなとぐろじわができている。

◆ ◆

「だからね、作家ってのは、結局2種類なのよ。めざめている作家と、めざめていない作家。あんたわかる?」塔子さんは、言う。

わかりたくないけど、そろそろわかってくる。そういう紋切り調を真に受けることが、自分が、たぶん一生「めざめる」ことがない理由だと思うが、チーカには、塔子さんのそれが腑に落ちる。

彼らは、作家になる以前に、すでに自然のなかで、「めざめている」ことが多いのだという。たまに何年も修練を積んで積んで積んだあげく、僧侶のような諦念と寛容が板について、めざめた体に近づく作家もいるが、天然には底力がかなわない。

 たとえば、古希を迎える御大アシヤメイコ。

 彼女は小学5年生のとき、母親を結核で亡くした。7人きょうだいのうち、もっとも強情で甘え方を知らず、ひかえめに言ってフグの稚魚のような風体だった彼女は、みるみる鼻汁と垢と土埃にまみれ、ギョロ目の汚フグになった。終戦直後、誰もが生きるのに忙しくて、洟垂れの汚フグ娘にかまってくれない。

 そんなメイコの惨めさは、しかし絵と作文で挽回することができた。学校で、どれだけ悪童にいじめられても、休み時間に帳面を開き、おひめさまの絵を描けば、すぐに輪っかや行列ができて、奪われた鉛筆も消しゴムも、取り戻すことができた。しかし、メイコがほしい報酬は、そういうのではなかった。悲しみでパンパンに膨らんだフグ娘の心を、やさしく包んでくれる手だった。

才能を応援してくれていた唯一の母を亡くしてから、メイコは、オオアサの自生する原っぱに毎日通い、ひとりでうつぶせた。泣こうと思っても、涙が出ない。なんて強情な、これじゃあかわいがられるはずがない。メイコは自分でもそう思った。

 出るに出ない涙は目の中に溜まって、いよいよまぶたはぼわわんと腫れあがった。

まぶたを冷やそうと、荒々しい熊手のようなオオアサの葉に手をのばしたとき、そのちいさな声は聞こえた。

 

 泣イタライッショ、泣ケバイイッショ、チュンチュン、ポコプンポコプン。
見―テッテ、ヤルカラサ。ズーット見テッテヤルカラサ。泣イタライイッショ、泣ケバイイッショ、ポコプン、チュンチュルン。

 大きな葉を伝って、ビー玉? のようなものたちが、地面にバラバラバラとこぼれた。

見ると、それはしずくのような透明の膜に覆われた、なにか小さな、小指ほどの小さな…ヒト型? 生きものなのか? 蠢いている。

それらは、カセットテープの早回しみたいに、チュルチュル、キュルキュルと音を鳴らした。そしてしずくのなかで半透明の手足をモワモワと動かし、オオアサの茎の根本をくるくるまわる。

 なんじゃこりゃあ。おどろきのあまり、アシヤメイコはしばらく息が止まった。

息を取り戻し、フグのまぶたをぎゅっと閉じて、開けて。また閉じて、開けて、見た。

それは、やっぱりしずくのドームに入った、小さな玩具の人形のように見えた。

 メイコの心がときめいたのは、それらの半透明のからだにまとった、赤や橙、緑、濃紺の、小さくあでやかな衣装だった。原色の筒状の帽子や、ビーズやスパンコール様にきらきら光るうでわや、首かざりなどもたくさんつけているようだった。それらがひらひらと翻る様子は、むかし母が絵本で読んでくれた、ロシアの人形祭りみたいだった。

 小さな人々が、ビー玉のようにオオアサの間を駆け回ると、彼らの衣装や装身具がきらきらして、メイコはつかまえたい衝動をこらえた。うんと顔を近づけて、吐息がかかるくらい近づいても、それらは、逃げない。ときおりしずくのドームから、手足や衣装が、はみ出すのをよく見ると、きらきらした衣装の生地には、小さな渦巻き文様や、草花のつる模様があしらわれているのだった。

 すごいね、おかあさん! 思わず口に出したとき、メイコのまぶたが、大きく、大きくふくらんで、はじけた。母を失ってはじめて、わーん、わーん、大声で泣いた。

それから、眠ったようだった。もう一度目をあけたとき、それらはもういなかった。オオアサの葉が揺れている。夢だったのだろうか、でも。

私は、いつか、あの小さな者たちをとらえて、なにか、自然の物語を描くにちがいない。

アシヤメイコは泣き腫らしたまぶたを開けて、そう、思った。身震いするほど、はっきりした予感だった。

小さな者たちは、それきり二度とメイコの前に姿をあらわすことはない。

でも、その後もひとりで草のかげを見ると、何度でも、小さなすがたが目の前にうかびあがる。

そんな目にあった多くの人間のように、彼女はそれがなんであるかしらない。後年、メイコがエッセイに何度も描いた光景を、分析したい人たちが、天啓だとかナントカの閃きだとか言うのだった。

 高校卒業後、物語が出版社に見いだされ、ミリオンセラーになるまでに、まだまだ十数年あった。彼女の描く、力づよいぐるぐるの草花模様が、「メイコ巻き」と呼ばれ、クールジャパンのシンボルのようになるには、さらに数十年あった。メイコはそのいずれの期間にも、作家になりたいとか、なろう、なったとか思ったことは、一度もないという。

「それが、だから作家ってやつよ。なろう、なったと思っているうちは、なれないってこと、アッハッハ」

 ノーベル文学賞候補と言われ続けているハラカム・キムチも、ある日見えざる自然の手で「めざめた」クチだと塔子さんは分類している。キムチはある晴天の午後、寝転がって野球観戦中、贔屓チームのバッターが、「カーン」と球場に響きわたるヒットを打った瞬間、小説を書くことを確信したという。「空から何かがひらひらとゆっくり落ちてきて、それを両手でうまく受けとめられたような」感覚。
「ね、それこそ本質のイナズマよ。直観的真実のキャッチよ。キムチは、それが作家の啓示だったと認識し、近年は、人にも示唆している」

 たまに塔子さんは、講師として呼ばれる、作家養成セミナーのようなところで、そんな一説をぶつ。ふーんと受講生は、いちように納得したようなしないような顔をする。セミナーに潜り込んだチーカもふーんとうなる。キムチのめざめの話は、脳科学の興味深いエピソードとして、また文学好きやスピリチュアル愛好家の、ユリイカ!体験としてよく引用されるので、うんうん、と皆さいごはわかった風に頷く。わからないと、感度の鈍い人だと思われる。

が、「でー、結局のところ、めざめって、なんのことなんですか」と、掘ってくる人がたまにいる。

「だからねー。端的に、脳の中身でいうと、「松果体」って部分が起動すること。と思われます! 松果体は、トウモロコシの粒ほどの大きさで、メラトニンが出るところらしい。いろんな人がいろんなことを言ってるよ。シックスセンスの出どころとか、第三の目とか、渡り鳥の秘密のレーダーとか、磁力感知器とか、テレパシー受信機とか、クンダリーニのなんかとか。デカルトは魂の座って言って、一生研究してたんだって。かわいそうに、きっとめざめなかったんだね。医学も科学も哲学も、オカルトもデカルトも、それはもういろんなことを言っているから、ググってみてください」
 さっそくスマートホンで調べ始める受講生がいる。松果体は、子どもの頃は活性しているが初潮や精通をむかえるとほとんどの人間が石灰化し、おとなの3D画像では空白地帯として映る、、、だって。

 じゃあさ、子どもの頃はみんな作家ってこと? え、そうなの。

 あっ、だから閉経した女の人って、ときどき霊能力にめざめたり、スピリチュアルなことを言い出すんじゃない?

 ローカカオを大量に食べると、再活性するらしいよ。健康好きそうな受講生がそんな情報を引き出す。大量って、どれだけよ。チーカはだんだん救われない気持ちになってくる。カカオを何トン食べようが、原稿を何千枚書こうが、めざめている輩にはやっぱりかなわないんじゃないか。だってキムチやメイコが何を食べようが食べまいが、惰眠をむさぼろうが、脳をスキャンしたらいつだってそこは黒々と茂っているのだ、たぶん。

 アシヤメイコなど、一度、死んだのに。眠ったはずなのに。

◆ ◆

 メイコ先生が死んだのは、「風」「風」と激高していた春の、その年の暮れだった。春からやけに感情の浮き沈みが激しいなあと誰もが思っていたものの、年に一度の単行本しめきりシーズンなのだから、修羅場になって当然と思っていた。歳も歳である。

 だから、メイコ先生が、4月にようやく45巻目の単行本を上梓し、その後もだるい、ねむい、さむい、とこぼしていた時も、皆そう大事にはとらえなかった。

「メイちゃん体力消耗したんでしょう、今年は桜冷えしたし」。
 妹のちとせさんが、中綿入りのベストを買ってきたら、「ちとせはまた私におばあちゃんみたいな服を着せようとする」とぶうぶう言うので、苦笑い。しかし5月になってもぐしぐしと鼻水が止まらない、いよいよ花粉症がこじれましたかねえ、週2回来るようにしましょうかハウスダストかもしれないし、とお掃除の洋子さんが小首をかしげたくらいだ。

「そうしてもらいましょう、先生、かわいそう」というすあまちゃんと、「いーのよそんな。週2回もお掃除さん雇うなんて、贅沢しなさんな」という塔子さんが、また睨み合った。

 後から思えば、塔子さんはその時すでに凋落を察知していたのかもしれない。それから間もなく、大手新聞の日曜版にメイコ先生が25年間連載してきた4コマ漫画が、紙面リニューアルという理由で、打ちきりとなった。
 森の動物をファミリーに見立てた風刺漫画は、ときの首相をイノシシに見立てて大木(大国)に激突させたり、数年前まではパンチが効いていた。

 仕事の増減にはとんちゃくせず、むしろ「仕事を減らしたい」が口癖だったメイコ先生が、終了を告げに来た担当記者に、珍しく「どうにかならないのお」「こんなに急に終わるなんて、森の子たちはどうなるのおお」と動揺を見せ、目を剥いた。

 それでも、新聞社の方針に作家が逆らえるはずもない。メイコさんは、それから一気に肩や腕の線が緩んで、ぼんやりと、台所の手水場などにたたずむことが増えた。
 25年間、毎週毎週、呼吸するように続けてきた仕事がなくなる喪失感を、誰が汲むことができただろう。70年ちかく寄り添った妹ちとせさんにも、40年以上伴走してきた塔子さんにも、35年間アシスタントを務めたすあまちゃんにも、その気持ちは、本当のところはわからない。

 しかし『仏教とひと』『台所と栄養素』『詩歌ちぐさ』といったマイナー誌から、女性週刊誌の対談記事、銀行のマスコットキャラクターデザインまで、大小の単発仕事の依頼が途絶えることはない。メイコ先生もそうそうぼんやりはしていられなかった。

 チーカが後で女性週刊誌の記事を読むと、「嫁は仕事を手伝おうとするのはいいが、夜食の皿洗いもせず寝てしまう」など、剣呑なことが書いてある。なんだ、元気じゃないか。

「洗い物はいいからあんた休みなさいよ」と塔子さんに言われて休んだが、姑はひっそりと怒っていたらしい。生来、気は優しいから面と向かって言わないが、後でこうやって書かれるので油断ならぬ。夫と交際をはじめた始めた当初、小さなしずくの国、史上初の性悪娘として、作品に登場させられたことがあった。

 まだ、病気になる前の、元気な夫がそれを発見し、「ねえ、この邪悪なしずくちゃんの目鼻立ち、あんたに似てない? というか、もろにあんただよねこの顔は。主人公を落とし穴にはめて、恋人を奪おうとする娘、ひどーい」。
 けたけた笑った。確かにチーカが見ても一目でそれとわかる、こけしのような目鼻立ちのキャラクターだった。作家ってすごい。日常からディテイルをこうやって引き抜いて、非日常に落とし込めるんだ。

「前代未聞の性悪娘キタ―――」
「メイたん先生、何かヤバイことあったですカー?」
感心している間に、SNSにたくさんの投稿が投げられて、また夫がげらげら笑った。夫の様子を思い出すと腹立たしいが、そのころ夫をグーで殴りすぎたせいだろうか、脳腫瘍が破裂して逝ってしまい、今は文句も言えない。

 いや、言えないこともないのだった。夫はしずくのような人になり、肩に乗って、愚痴や悲しいことは聞いてくれる。
「作家を姑にもつ人って、世界じゅうにどれだけ、いるのかな。雑誌の記事はいいけど、物語に書かれるのは、へこむよね。だって、おまえの真実の姿はこれだ、って言われているようなもんだから。逃げようがない」

「そんなんでいじけていたら、作家の家族なんかやってられないよー。僕なんか、おねしょ、運痴、失恋、、こころの奥まで、どれだけほじられたか。中学生のとき、クラスの女子にラブレターを出したら、お断りが届いたのまで、書かれたからね。引き出しに隠しておいた手紙を読まれたんだよ。ぼくがなんでもない顔で、おやつのジャムパンをむしゃむしゃ食べてたことを、小説にされたんだ。そうやって家族も切り売りするのが作家だからね。業だよねー」

 肩でのんきに言うが、業だよねしょうがないよねーとは思えない。親子と嫁姑では、切られる身のひりひり感が違う気がする。

 チーカがもっともひりひりしたのは、必死で取材して書き上げた、アスリートの自叙伝や、実業家の啓発書が出版されたときだった。

「ねえ、チーカさんが書いた本、どこの本屋にも売っていないじゃなぃぃ。何万部刷ったの。あら5千部。それじゃ、見つからないはずねえ。え? 名前は表紙に載ってないの。あらそうぅ…」

 心底気の毒そうに言う。累計5千万部を売り上げている作家から見れば、5千部は、子どものお使いみたいな数だろう。

 多くの人は、それをいつもの悪気ない素朴なメイコ語録ととらえる。チーカもそうとらえるが、姑の目が一瞬きらり、強くなるのを感じる。それで、

「ですよね。同人誌みたいなものっすね。本屋に置いてないんですから!」

 夫がいない今、自分がこの、大いなる創作的なものとつながっていられるのは、彼女を助け、決して自由な想念の邪魔をしないことだけなのだから。なぜかメイコ先生は、迷ったときチーカの意見を聞きたがって、呼び出してくれる。昼な夜なに駆けつけて、チーカは手伝おうとする。だが、決して役に立った感じがしない。自宅アパートに戻ってくると、魂が抜けたみたいになって、もう自分の創作物には手がつかない。そういうことを5年、10年繰り返すうち、自分もなにかを創作してみたいという意欲は少しずつあやふやになり、溶けていった。

 30代後半になって、脚本学校にだらだら5年も通うチーカには、やっと学習漫画やラジオドラマのシナリオ仕事が舞い込むようになり、まあこれも創作のうちかと思うようにしている。メイコ先生のブログやHPもつくってみた。

 その先生は時々ブログに、嫁のマニキュアの破片が料理に入らないかはらはらする、などと書いている。そんな肉筆原稿をテキスト化して週に1回代理投稿しているのはチーカなのだから、いったいどういう神経じゃ。メイコ自身の言い方で言えば「シンゾーねええ…」という所業だが、まあとにかく元気だからいい。嫁として些少なことに納得いかなくても、それ以上に、仕事人として刺激的でいてほしい。創作の源のおおかたは、彼女が理不尽や鬱屈や反刺激を感じるものだ。だからときどき、爪を3色くらいに塗り分けてみせて、「ひえーー」っと言わせることにしている。

「おもしろいおヨメさんじゃないですか」
「メイコ先生たいへんですね。うちの嫁もオッカナイんです」 読者はいろんなコメントこそつけるが、絶滅保護種のようなファンシー作家に突っかかる人間などおらず、「チビコ」「まめこ」「青空アイスクリーム」「Little flower」とか、そういうSNSネームの心のきれいそうなファンたちにひたすら愛されている。

 夏、秋とそんな調子で過ぎて11月の末から、メイコ先生はケッ、ケッと乾いた咳をするようになった。毎年、冬には軽い風邪をなんどか引くが、今年はかなり、肩の線が痩せてきたのが気になった。首が前に落ち気味で、厚い唇が半開きになっている。老いたオランウータンのような顔つきは亡くなる前の夫に似ている、同じ血が流れているのだと、不吉に思った。   

 父親の転勤中に北海道に生まれたメイコ先生だが、ほんとうは南アジア辺りの、大きな川の流域とかでのんびりしていた民族だったかもしれない。椰子の下で甘いものを飲んで、空や大河に目を細め、日がな何かを編んだり塗ったり描いたり。メイコ先生の兄弟やその子ども達も、フラダンサーやフルート奏者、山岳カメラマンや歌人など、アーティストが多い。一方、チーカは、北の荒涼とした大地から、鉄器や馬具とともに渡ってきたのではないか。いつも肩の緊張が抜けない闘争または逃走の民族が、この芸術の家に紛れ込んでしまったような気がしている。

 ある日、珍しくメイコ先生から、創作仕事の話をもちかけられた。

「知り合いの中田さんって編集者が、福祉の漫画雑誌をやってるのぉ。それで、全盲のマッサージ師さんを取材して物語を描かないかって。でも、私はノンフィクションなんて、滅多と描いたことがないから、困ったのよねえ…。チーカさん、そうゆうの取材して、コンテを構成してくれない?」

 ふたつ返事で承諾した。

 ライターとして、力のある絵描きと組めるまたとない機会だし、共同作業ではそうそう無理を言う人間ではないことも知っている。それに嫁として断れない。まあとにかく、おもしろそう。

 軽い見積もりが、後からどんな出来事につながるか、そのときは予想だにしなかった。

「全盲」というのは、晴眼者が想像するような「真っ暗で何も見えない」状態とは限らないらしい。

 新宿で鍼灸のクリニックを営むというその人は、取材の場所に、世田谷の自宅を指定してきた。チーカは少し緊張しながら、緑道沿いにある、白くて清潔そうな建て売りの家を訪ねた。

 玄関チャイムを押すと、「どうぞ、そのまま中へ入って、上がってきてください」と張りのある硬質の声がした。家人はいないのか、どきどきしながらドアを開け、上がり框をまたぐと、すぐ先に、ちょっとした段差があった。つま先を軽くひっかけた時、奥から歩いてきた人、沼田先生は「危ない、そこ!」。まっすぐこちらを見た。

 見えているのか。いや黒目の焦点は合っていない。気をとられた瞬間、名刺を一枚、玄関マットの上に落とした。今度こそ、まったく音がしなかったはずなのに、沼田先生は一瞬身をかがめるような仕草をとった。そうして、名刺を拾うチーカの動きを確認するように待ってから、すっすっとあるいて、ダイニングルームへ誘った。椅子をすすめてから、
「今、女房が出産で里帰りしていて、散らかっていてすいません」と、テーブルの上に雑然とちらばる文具や茶器を、少し脇へ寄せた。 とても、見えない人には見えなかった。

「すこしは、見えているんですか?」

「いえ。15歳から全盲です。そういう意味では見えないんですが、長年の慣れもあるし、気配で見えるところはあります」

「けはい? カン、みたいなことですか」

「いえ、陰影を感じたり、欠片として見えることもあります」

「かけら…?」

「情報の一部というんでしょうか」

 たとえば、と沼田先生は目の前の真鍮製らしい龍の置物を手にとり、ふるふると左右に振った。

「こうすると空気が動いて、それまで空気の粒子があったところと、この金属の成分というか振動が一瞬クロスしますが、元の、振動前の空気の粒子の気配も残っています。そんな、一瞬の情報の揺らぎを感じるんです」

「………」

 意味がわからない。

 生い立ちを聞くことにした。

 失明の原因は、正確なことはわかっていないのだという。

 沼田少年は、岡山県の、マスカット農園で跡取り長男として育ち、明るい瀬戸内の日差しをたっぷり浴びて育った。将来は、果実を使った新しい特産品を作って、インターネットでたくさん売ろう。そのために、パソコンも経済も法律も勉強しよう。学校の成績はよかった。だが、中学3年生のある午後、急に黒板の文字がぐにゃぐにゃと変形し、かすれて、見づらくなった。その夜から、激しい頭痛とともに、40度近い高熱を出した。
 枕はたちまちぐっしょり濡れて、うなされるまぶたの奥で、見たことのない幾何学模様の、光と色が、融合し、はじけ、拡散し、また解け合った。少年はうなりながら、その美しさに見惚れた。


「目をぎゅっとつぶると、火花のような、宇宙の星雲のような光が、目の奥でじわっと広がるでしょう」

 沼田先生に言われて、思わず目をぎゅっとつぶると、ネオンピンクやブルーやオレンジの粒子と青白い閃光の混じった球体がふたつ、もやもやと合体し、小爆発する。

「血管が切れますよ」と笑った先生は、やはり、目が見えない人には見えない。

 沼田少年は、熱が下がったら、もう、まわりの世界が見えなくなっていたという。医師には、原因不明の視神経萎縮症と言われた。

 そこから、丸2年間、沼田少年は部屋から外へ出なかった。実業家の夢も、農園の光景も、ぜんぶ奪われた。盲学校にもどこへも、行きたくない。

 ふてくされて寝てばかりいるうち、からだはぶよぶよしてきた。少年を外に連れ出したのは、ある日、そんな萎えたからだをベッド横たえていたとき、手の甲にひとすじ感じた、瀬戸内らしいやわらかい日差し。
 起き上がると、窓の隙間からマスカットの香りがしてきた。

「ふらふらと外に出ましてね。自社農園の、丘のほうへ…。はだしの、足が覚えていたんですね。もう、それはね、すごい香りなんです。マスカットって、もともとは、じゃ香のムスクからその名前が来ているんです。その、何とも言えない甘い発酵臭と、土と、光と混ざった、猥雑な香り、僕はそれまで感じたことがなかったんだけど」

 沼田先生は、一瞬だまった。焦点のあわない、黒水晶のような目が、きらっとした。

「僕、夢中でマスカットをもいでね、食べたら涙がでてきて…。すごく甘くて、甘くて、からだじゅうが…。こんなこと、言うのも恥ずかしいんだけれど、からだの奥が、興奮したんです。17歳になっていました。ああ、目が見えないくらい、なんだ! 俺はこれを感じるために、生きてやらなきゃ、と思ったんです」

 僕から俺呼ばわりになった先生は、まっすぐ、こちらを見た。ふいにチーカの口の中にも、甘い、ムスクのような蜜汁が流れ込んでくる。

「今度、クリニックのほうにも来てください。あなたにも、そういう活力が必要なんじゃないかと思う」

「はい」

ICレコーダーは、いつの間にか止まってしまった。

止まってしまっていた時間のことを、チーカはもちろんコンテには描き起こさない。

 立ち直った沼田先生が盲学校で鬼勉強をし、手話、点字製本、按摩と鍼灸の資格をとり、新宿で開業するまでの道のりを、わかりやすく構成したつもりだった。福祉の漫画雑誌に、奇をてらった表現は必要ない。

 しかし、コンテを見たメイコ先生は、いつになく険しい顔で、眉をひそめた。

「なんだか、ずいぶん、むずかしそうねえぇ…」

 彼女の画力なら造作もないはずだが、困らせてしまったのだろうか、先生はかすかに震えている。

「この、失明する寸前の目の描写が、なんとも…。いろんな光が見えるって、怖いわねえぇえ。苦しかったんでしょうねえ、もう、本も漫画も読めないのよねえ、ど、、どう描けばいいのかしら…」

 どもるメイコ先生を、チーカは唖然と見つめる。

「苦しかったでしょうねえ…」

 なにか、自分の原作の、稚拙さが、作家の脳波を乱してしまったのだろうか。それとも。

 チーカは、あの後に、飲んでしまったムスクの蜜が喉まで逆流してくるのを、ごくり、押し戻した。 作家には、ばれてしまうのだろうか。

「大丈夫ですよ」

 それしか言えなくて、低い言葉で繰り返す。

「メイコ先生だったら、大丈夫ですよ」

 ぜんぜん、大丈夫ではなかった。




「たまには、そちらで仕事しようかしらぁ……」

 と、1週間後、さらに細い声で電話がかかってきて、参宮橋の駅まで先生を迎えに行くと、えっ、と目を疑うほどやつれていた。

 ふっくらと柔餅のようにふくらんでいた頬が、重量を失って、唇のわきに袋のように垂れ下がっている。情厚そうな唇が、ぽかんとあいている。肩がますます落ちている。洋服も、いつもの可愛いメイたんファッションではなく、だぼっとした黒いニットのチュニックに、グレーのコートを羽織り、これもグレーのごわごわしたワイドパンツを履いている。髪もひっつめている。

 原稿が描けていないのは一目でわかった。

「なにか、飲みますか?」

 アパートの部屋に上げて、テーブルに座らせると、寒そうに身を縮めていた先生は、みるみる吐息が荒くなる。

「何だか、飲み物も喉を通らないの。白湯をくださいぃ…」

 先生ががさがさと広げた下絵を見ると、沼田少年が高熱を出すシーンで、鉛筆が止まっている。何度も消しゴムをかけて、紙がボソボソになっている。

「ねえ、目が見えなくなるって、どんなに辛かったでしょうねええ。本も漫画も、読めないのよねえ、どうやって生きていくのかしら。ねえ、どんな感じの人だった?」

「どうって。…知的で、物静かで。人生に悲嘆している感じはなくて、自分で鍼灸クリニックを経営されて。でも、ごく普通のかたで」

 沼田先生のムスクを飲んで、普通以上のことを知ってしまったのが、声や表情に出ないようにする。夫と結婚する寸前、一度、だれかのムスクを飲んだことがあった。そういうときメイコ先生に、
「あなたが誰か男の人と一緒に、海沿いをドライブしている夢を見たわぁ…」と言われ、 仰天したことがある。
 どんな世界でどうやって繋がるのか、そういうことが、通じてしまう相手だった。

 しかし今はそれどころではなく滅入っているようだった。

「どうもねえ、目の奥で、光がチカチカするシーンが描けないの。どうにもねええ…。私も寝ようとすると、頭の中でいろんな色が点や線が光って、気分が悪くてねえ…」

 年一回の単行本の修羅場より、もっと声が震えているメイコ先生は、ごくり、と喉に通すのも辛そうに、湯飲みの白湯をひとくち。ふーーうと長い、ため息をついた。それが、元気な姿を見た冬の最後となった。

 2日後、正月準備はどうしつらえたものかと、考え始めたところだった。

 4年前は夫の喪中、2年前は舅の喪中でひっそりと過ごしたが、昨年ごろから一族はすこしずつ旺気を取り戻している。夫のことは、優しかったわねえ、いい子だったわねえと、ときおり誰かが口にする。舅はあまり言及してもらえない。

 喉頭がんで亡くなる10日前まで、何十年もたばことバーボンをぐいぐいのみ、毎日酔っぱらっていた舅は、お気楽父ちゃんだったわと苦笑まじりに言われることはある。37歳から仕事をしていない父を、夫も「かあちゃんのヒモ」と結婚前に耳打ちした。だけど、本当は自分と同じじゃないかな、とチーカは考える。メイコ先生や塔子さんと一緒にいるうち、自分の仕事があやふやになってしまったんじゃないかな。

 フリーのコマーシャルディレクターだった舅はメイコ先生と結婚したころ、彼女の作品のアニメ化に尽力したり、仕事を手伝っていた形跡がある。その形跡は、後年薄れていった。酒量はどんどん増えた。カメラ、英国式庭園、ゴルフ、ヨットと、メイコの稼いだ金をどんどん使い、晩年はテレビを見ながら早朝から深夜までのんでいた。小説の新人賞に応募したらしい原稿だけが、何本かのこっている。

 亡くなる数時間前、舅は、があ――っっと喉の奥から大量の血反吐を噴き出した。チーカはのけぞりながら、この人も、もっと言いたかったことがあるのだと思った。

 とにかく今年は、元気のない姑のためにも、親族を集めて、かつてのような活気ある新年会にしたほうがいいだろう、しかし姑も自分も年末ぎりぎりまで仕事をするから、お煮しめと寒天みつまめ以外はやはりお取り寄せにしよう、今からの発注で間に合うだろうか。そう思った瞬間、スマートホンが鳴った。

「もし、もし、チーカさん! ちょっと、申し訳ないんだけどこっちに来てくれないかしら、メイちゃんがね。いまかかりつけの医院なんだけどね、急に、おかしいの」

「え? え?? なんですか」

「あのね、ここ2日ほど、寝たり起きたり辛そうだったんだけど、昨日から急にね、なんか、おかしなこと言って。自分は悪魔だって。悪魔で、読者をだまし続けたから、終わりだって。連載もおわってお金がなくなって、死ぬって」

「あくま、お金…」

「そう、そんなことばっかり言うのよ。ばちがあたって、お金がなくなって、死ぬって…」

 電話をかけてきたちとせさんは、ふだんのひょうきんな口調が、かなり緊迫して、涙ぐんでいるようだった。メイコ先生に、何か異変があったのか。チーカは震える。

「、そ、それで」

「あのね、チーカさんの…。あなたの、4年前の病気と同じみたいなの。近所のね、ほら、かかりつけの先生の所に行ったんだけど、うちじゃだめだ、精神科に行きなさいって。それで、あした虹の橋病院に行くことになったんだけど、今は、ああ、今はいったん家に戻って、メイちゃん、休んでるんだけど」

「…ぐったり病のことですか」
「うん、それじゃないかって。ぐったり病って、どういうもんか、私、わからなくて、全然、もう…」

「とにかく安静にして、寝かせてください。これから、そちらに行きますから、待っててください」

 取るものも取り合えず、アパートを飛び出して、チーカはふと立ち止まる。4年前に飲んでいた丸薬が、冷蔵庫の隅に残っていたはずだ。
 くしゃくしゃに皴よった処方袋を逆さにすると、ふた粒出てきた。それを急いでハンカチに包み、ポケットに押し込んで、駅に走った。

 都心から急行で30分程の、多摩丘陵にひろがるメイコ先生の街は、昭和の初めに学園都市として切り拓かれ、多くの文化人が居を移した。じつは、ある一人の編集者が鉄道会社と組んで、作家たちを誘致したのだという。

 雑木林のむこうに、桜並木のかげに、ジョージアン様式の石柱や、スペイン住宅の瓦屋根が見え隠れする様子は、まるで高原の別荘地のようで、時おり若い男女や親子がおそるおそる訪ねてきては、所在なげに門扉を伺ったりする。運がよいと、デッキチェアで水煙草をふかすステテコ姿の歴史作家や、頬に手を当て思案顔で坂道を下っていくミステリー作家などを見かけるのだった。

 ひときわ傾斜のきつい丘を登りきった、崖ぎわにメイコ先生の住むスウェーデン住宅は建っていた。黒い大屋根についた妻飾りが、北極圏の空をさす羅針盤みたいに白く光っている。しかしその大屋根をつきやぶってそびえる、白い円錐状の塔屋と、窓のアイアンフレームを見て、訪れた人々は首をかしげる。あれ、何系?

 さらにウッドデッキや白壁といった北欧式と、不つりあいなデコラティブなアイアンの門扉や回転式ドアに混乱させられる。えーと南仏+北欧ふう?

 それは、亡き舅と、メイコ先生の趣味がぶつかった奇妙な折衷案の産物だったが、どの部分の造形も1970―80代には珍しいものだった。ぽかーんと佇む人々の前で、回転式の大扉がぐるんとあいて、籐の買い物カゴをぶら下げたメイコ先生がふらふら出ていくと、すわ、出た! 

 緊張して固まるリュックや旅行カバン姿の人々を見て、ワンピースの上から割烹着、頭にぐるぐるターバンを巻いメイコ先生も、ぎくっとするのだった。

「メイたん先生ですか?」と聞かれて、咄嗟に「え、えーと、違いますう。先生は、ご不在ですうう…」。

「って言ったこともあったわよお、ほほほほほお。だってねえ、そんな汚いオバサンがメイたんなんて、がっかりされるじゃないぃ…。メイたんはいつもドレスを着ていなくっちゃあ」

「でも、その出目…たれ目でばれちゃうんじゃないですか」

「だから、こうやってねえ」と、目を細めて変顔して見せるメイコ先生は、しかし誰が見ても珍しい深海魚のような感じなので、すっかり読者にもばれていたと思う。ぎょろっとした目も厚い唇も、どれも実は愛らしく、こういうのが好きな男もけっこういるものだとチーカは思うが、そう言うと不機嫌になるので言わない。

 見破ったファンのひとりが、すあまちゃんだった。高校2年生になる春休み、大量に焼いたしずく型のクッキーをリュックに詰めて秋田から上京してきたすあまちゃんは、メイたんを見るやいなや、しがみついた。そのまま帰らない、帰らないと騒いで、しまいには庭の桜の木に登って大泣きしたところをメイたんと舅に引きずりおろされ、その日からアシスタントになった。

 チーカは、メイコ先生のかつての愉快な姿を思いながら、心がほっほっと上気する。嫁ぐ前、自分と彼女との間にも、そんな快活な時間がながれていたことがあった。
 笑いあった日々を思い出すと、どんどん気持ちが熱くなる。役に立ちたい、立ちたい。

そう思って、電車の中でペンを取り出した。

『チーカ、大丈夫? そんなに着火したらだめだよ。またチーカもぐったりになるよ』

 沼田先生の取材以来、しばらくだまっていた肩乗り夫が、久しぶりにささやいてきたが、「しぃ」、と制してチーカはメモを書きつける。

 夫が4年前に昇天してから、メイコ先生はチーカの前では愉快な態度を取らなくなり、ぐったり病にかかったチーカも、姑に不機嫌な受け答えをするようになった。以来、嫁姑の間には剣呑な空気が流れたままだ。

 今こそ、そういう関係性を払拭できる機会かもしれない、今度こそ、みとめられるかもしれない。チーカはいきりたつ。

 電車は、そこから先はぐっと東京郊外らしい緑の景色に変わる、大きな河川に差しかかった。

 メイコ先生がエッセイ漫画の連載を何本も抱えていたころ、その川をまたぐように大きな虹がかかっていたことがあった。 電車は、ふいの車掌のアナウンスとともに、減速した。

「ご乗車の皆様。お急ぎのところたいへん恐れ入ります。ただいま、素晴らしい虹がかかっております、進行方向にむかって左側の車窓をごらんください。しばし徐行運転をさせていただきます…」

 うつむきがちに車内に落ちていた頭が、いっせいに窓外に向けられ、どの顔もぱあっと明るくなった。その光景を、とっさにスケッチした母親のことを、夫は面白そうに語った。

「虹よりも、虹を見つめる人々の顔を一心にデッサンしていたんだよ。一両ぶん、ずらっと外を見てるのをね。作家っておかしいよね」

 チーカは、ふっとペンを止める。 

 自分が今、川のうえの空に見るのは、そういう過去や現在の、情報の流れだ。まぼろしの虹だ。自分の目には、いつも現実の川が見えていないし、過去の虹も見えていないし、乗客も見ていないのだ。かつて病気治療のために読みあさった本から、役に立ちそうなことを抜き出し、こうして、まぼろしの光景と情報に重ねて、なにかを書きまとめるだけだ。自分の目は、そういう目だ。



(ぐったり病になったとき・・・家族の注意)

●ぐったりが重篤なときは、文章が読めないし、新聞やニュースの音声も頭に入らない。意味のない記号の、ら列のように認識する。痴ほうになった気がして、とても恐怖をかんじるので、なるべく文字情報には触れさせない。

●急性期には、絵本や雑誌、映画もあまり見せないこと。同業者や社会の活動から取り残された気がして、精神状態によくない。

●リハビリのために絵や文章を書くのも、症状がかなり寛解するまでやめたほうがいい。

●「お金がなくなって死ぬ」発言は、ぐったり病の症状のひとつ「貧困妄想」でないか。

●「悪魔」は、よくわからない。

●山、川など自然エリアで散歩するのはいい。人ゴミは悪化するので避けたほうがいい。





「へえ……。チーカさん。へんな言い方だけど、さすが、ぐったり病を経験しただけあるのね。これ電車で書いたの。参考になるわ」

 ちとせさんは、チーカが走り書きしたメモを読んで、感心したように、言った。少しはあ、はあと息が荒いのは、メイコ先生の症状が伝染しているのか。

「メイコ先生は?」

「上で横になってる。でも眠れないみたい」

「ちとせさんも、大丈夫ですか。女性は5人に1人くらい、一生にいちどは“ぐったり”になるんだって。心の風邪とかいうけど、私はガン…ステージ1、2くらいの、心のガンって思います。でも、ちゃんと膿を出せば治るから、あまり落ち込まないてください。よかったら、これ、のんでください」

 チーカは、ポケットから、サランラップにくるんできた青い丸薬を取り出した。

「ひいー。何、この色」

「アメリカの薬で…。めっちゃケミカルぽくって、やばいですよね。でもわりとおだやかな安定剤っていって、よく飲まれてるんです。素人が、人にあげちゃいけないんだと思うけど、とりあえず今の発作? おさえるのに飲んでみてください。だってまず、休ませないと」

「わかったわ。でね、チーカさん、これ読んでみて」

 チーカが渡した丸薬とメモの代わりに、ちとせさんも、何か紙切れを渡した。クロッキー帳面を裂いたもののようで、くしゃくしゃに皺がよって、端が焼け焦げている。

「なんですか、これ…」

 言いかけて、広げて、チーカは絶句する。


悪魔のような私。悪魔は私。悪魔だ。悪夢だ。

大勢の読者をだまして、嘘をついてきた。

嘘の物語を書いて、

嘘だ。嘘だ。嘘だ。

今、その報いを受けようとしている。

アリとキリギリス。私と哲朗はキリギリスだった。

キリギリスのオスは死んだ。

メスも、今、死ななくてはならない。飢えて凍えて、落葉の下に。

「なんですか、、これ。哲朗って、お義父さんのこと…」

「メイちゃんが書きつけたものよ。昨晩も、悪魔、悪魔、自分は悪魔だって。わけわからないんで、強引に寝せたんだけど、そしたら朝10時ごろにね、ぼうっと台所に立ってるの。ばっとコンロに火をつけて、その紙を燃やさなくちゃって言うの。悪魔の証拠だって」

「あくまの しょうこ…」

「メイちゃんおかしい。危ないから、よしなさいって、ぶんどってさ。捨てようと思ったんだけど、ねえ、どうしたらいいのかしら、頭、おかしくなったのかしら」

 ちとせさんは涙ぐんだ。

「大丈夫です、おかしいは、おかしいけど」

 チーカの声も上ずった。

「おかしいんだけど。それは、ぐったり病の妄想だから、症状なんだから、おかしくない、、」

 チーカは、4年前、はじめて訪れた精神科のクリニックで目撃したものを思い出す。夫が亡くなって2か月たった頃だった。

 裾の広がったベルボトムのジーンズの、片方の裾だけ、太ももから切り落とした奇妙なスタイルの男の人が、医院の受付の前で叫んでいた。

「リンリンを出せ! 出さなければ、どうなるかは、あんたたち自身がわかっているだろうが!」

 男の声が内耳まで響いてキンキンと痛み、チーカは耳を押さえた。

 50代前半くらいか、なじか半分だけショートパンツ状態になった、むき出しの太ももには髑髏マークが描かれていた。幼児がクレヨンで描いたようなタッチで、髑髏というよりオバQのように見えるのが、かえって怖かった。

 さすが精神科にはすごい人が来るとチーカは感心し、しかし、夫の死のショックから冷めないうちに、そんな好奇心めいた感情をもつ自分に、奇妙な思いを味わった。

 リンリンという薬は、ある種の覚せい剤と似た構造式をもっていて、向精神薬の中でも「あぶない」認定がされ、2000年以降は処方禁止となり、リンリン中毒になった人々が精神科を彷徨っているという。待合室の席で、隣に座っていたサラリーマン風の人が、一度も目を合わさずに、小さな声で教えてくれた。


「だからね、一時的に錯乱しているだけで。もっと、おかしい人、精神科にいっぱいいるから大丈夫です。…ぜんぜん大丈夫ぽくない言い方だけど」

「チーカさん、そんなこと言っても…。じゃあ、どうすればいいの」

「ちとせさん、泣かないでください。身内が取り乱したら、もっと、不安定になっちゃうかも。このお薬を飲んで休んだら、少しは落ち着くと思いますから、ね。こういう書き付けは、医者の診断の手がかりになると思うので、取っておいて、本人のいないところで、見せてください」

 てきぱきと采配をふるようなことを言いながら、チーカは、かつてない自己有用感と、どうしようもない情けなさと、興奮が腹の底からせりあがってくる。メイコ先生、悪魔の証拠を燃やそうなんて、なんと大物なんだ。こんなに興奮している自分は、なんて小物なんだ。

「ハルシオンはメイちゃん40代くらいからずっと飲んでるけど…、こういう、精神安定剤っていうのは、飲んだことがないのよ。その……なに、中毒というか、副作用というか。本当に大丈夫かしら」

「ハルシオンなんてずっと飲んでいるなら、もうどのみち体に悪…。いや。ええと、ハルシオンがウォッカなら、これは大吟醸みたいなもんで」

「ナアアアアアニヨー…」

 ギクッとして、チーカも、ちとせさんも階上を見上げた。

 吹き抜けになった2階の廊下ホールの手すりから、何かが垂れている。黒い木の影のようなものがしだれかかっている。

 それはモスグリーンのローブを羽織って、髪をモジャモジャと肩にうねらせたメイコ先生なのだった。

「ナアアーーニ ハナシテルオオオオ」

「…!!」

 チーカは後ずさった。両手がだらんと柵の外に垂らされて、まるで今にも、

「やだメイちゃん、落ちるよっ、危ないよ」

 ちとせさんが上ずった声で吠え、四つん這いになって階段を駆け上がっていった。犬たちが、激しく吠えた。

「ね、危なかったわよね。だけど、よく、効いたのよー!」

 夜遅く参宮橋の自宅アパートに戻ったチーカに、ちとせさんが電話してきたのは、翌々日だった。

「チーカさんが持ってきてくれた薬を飲んだら、なんか、トロンとしてきて、すうーと寝ちゃってさ、夜もそのまま寝て、朝にはすっかり落ち着いたの。迷惑かけて悪かったわねーなんてさ、コーヒーとクロワッサン食べたのよ。3日ぶりよ! それで虹の橋病院に連れて行ったら、やっぱりぐったり病だろうってことで、気力も体力も弱っているから、まず2日間ほど検査入院しなさいって。わたし、着替えや何や取りに、丘の家に戻ってきたんだけど、すぐ病院に戻るわ」

「あの、私も行きます!」

「いいわ、いいわ。だってチーカさんもお仕事あるし。まず検査しないと、この先どうなるかわからないし」

「犬とか、描きかけの仕事とかは」

「それはすあまちゃんもいるし、洋子さんも週に2回来てくれるっていうし。仕事は、塔子さんがなんとかするから、今のところは」

「そうですか…」

「今後のことがわかったら、すぐに電話しますから」

「はい…」
 チーカは、何度も何度も読み返した、メモの写しを、また眺める。


悪魔のような私。悪魔は私。悪魔だ。悪夢だ。

大勢の読者をだまして、嘘をついてきた。

嘘の物語を書いて、

嘘だ。嘘だ。嘘だ。

今、その報いを受けようとしている。

アリとキリギリス。私と哲朗はキリギリスだった。

キリギリスのオスは死んだ。

メスも、今、死ななくてはならない。飢えて凍えて、落葉の下に。




 とても自分と同じ「ぐったり病」とは思えない。激しすぎる。

 夫を失った自分の悲劇を思い、当時は、しくしくと床に転がって天を恨んでいただけだった。チーカは、「悪魔」という自責の文字に戦慄する。悪魔って、なんだ。そんなの存在するのか。読者をだますってなんだ。嘘って。報いって。

 めざめた作家とは、こんな自責や罪悪感を秘めているのだろうか。これが作家の正体か。自分には、きっと一生、生じない思い。

 昨年、アシヤメイコの出版累計部数が5千万部を超えたという全国出版統計連のレポートを受け取った。そういう者だけが背負う、これは負の税金なのだろうか。どこかで不当な報酬を得てきたと思うのだろうか。絵をかき、詩をうたって夏を過ごしてきた者は悪魔か。亡くなったキリギリスと、それは共犯なのか。

 丘の家の、居間に置かれたグランドピアノや、その上に置かれた18金製のカメラやライターをチーカは思い出す。舅が30代か40代に購入したもので、毎日ぴかぴかになるまで磨いていたが、しばらくすると、一切手を伸ばさなくなったという。

『ほかにも、イギリス風庭園とかね、ヨットとかね。いろいろやっては、すぐ飽きてた』

「知ってるよ。私が嫁いだころは、パソコンがキてたね」

 自分も作家になりたかったらしい舅は、フリーのコマーシャルディレクター業をぽつぽつと請け負っていたが、
「私の収入が夫の十倍を超え…」とメイコ先生にエッセイに書かれた頃から、一切の仕事をしなくなったという。

 チーカはまじまじと書き付けを眺める。


キリギリスのオスは死んだ。

メスも、今、死ななくてはならない。飢えて凍えて、落葉の下に。


しかし、どうなんだ。まるで詩のような、この文章はどうだろう。どんなに病んでも、作家は作家じゃないか。

 しかし、メイコ先生の作家活動はそれきり途絶えてしまった。

 大晦日を前に、虹の橋病院から一時帰宅した夜、先生は白目を剝いて倒れ、病院にUターンした。それから特別病棟の、鍵つきの鉄の扉で遮られた、向こう側の住人となってしまった。

◆ ◆

チュルルンルン、チュルルンルン、しーずくの、しずくの、小さな恋人たちよ、ああ えぞちに春がやってきた 春が 春が やってきた♪

今日こそ、手に入れるんだ。

どんなことをしても。

……ぬすんで、でも。


 心臓が口から出そうなくらいどきどきして、チーカは、体育館の半開きのドアの陰に、そっと体をひそめた。

「文化委員」の腕章のはまった腕を、ぎゅっと押さえる。講堂のなかを、ドアのすきまから覗いてみる。

 9月がはじまって3日め、工作発表ブースには、もう、あまり児童が寄り付いていない。知り合いの子らが誰もいなくてほっとした。みんな、過ぎた夏を惜しむように、白土のグラウンドに出て走り回っている。

 講堂のなかには、小さい女の子たちが数人、6年生の作った黒ねずみのぬいぐるみをつついているのが見えた。

「ちょしたら、だめっしょー」。少し離れた所から、保谷先生の声がした。

「きゃははあー」。ばたばたと逃げていく音がした。

ああ、ほうやあがいるのか。チーカは一瞬立ちすくんで、とっさに足が動き、前のめりに体育館の中に入って行ってしまった。

「あれ、北坂さーん」

 案の定、ほうやあが目ざとく話しかけてきた。

「文化委の見回り? えらいねえ。6年だって、あんまりやってくれないのにさ」

 あいまいにうなずいて、チーカは長机で作られた展示ブースの間を、ぎこちなく、歩き始める。

 黒いねずみが、あちこちのブースに鎮座している。4年生から6年生の約480人ぶんの作品のうち、一割くらいが、この黒ねずみをモチーフにした工作のようだった。米国由来の大きな遊園地が千葉県にできて、そのマスコットとして大流行しているのだ。同じクラスのゆりちゃんはねずみの指人形を、メキちゃんもねずみの砂絵をこしらえてきた。

 でもチーカは、この黒いねずみの、躍動感とメリハリのある体が、ちょっとこわい。それより、自分はうんとうんと、小さいものが好き…。

 4年生の女の子が作ってきたそれを、すばやく目のはしで見とめると、また心臓が、ドキドキしてきた。

 知らない男子数人が、バスケットボールを転がしている。さっきほうやあに注意された小さい女の子たちが戻ってきたが、今度はおおきな犬のぬいぐるみに気を取られてキャアキャア言っている。

 ほうやあの姿を追うと、ブースの端まで行って、またくるりと引き返しながら、うすい藤色のカーディガンの前をかきあわせた。北海道の夏は、短い。体育館の高窓からさしこむ夕日が、ずいぶん白くうすくなった。

 カーディガンの上から、胸を抱きしめるような仕草をしたほうやあが、ふと、振り返った。

「北坂さんも、頃合いを見て帰りなよう」

 はぁい、と返事をした自分の声が、かすれている。

 ほうやあはそのまま体育館の出口に向かった。職員室に戻るようだ。

 タッタッと、遠ざかっていく足取りを背中で聞きながら、チーカはめざすブースへ歩き始める。

 なにかを盗もうというのは、小学校1年以来だ。同級生の砂消しゴムをポケットに入れた、あのときはアサガオを写生する友人の顔をキョロキョロ盗み見るのが精いっぱいだった。
今や、委員の立場でほしい作品に近づくなんて、たぶんテレビニュースでやっている、にせドルでロシアと取り引きした政治家より、悪い。そんなことはわかっているんだ。「ひきょうや、いじめはない委員会にします」と委員になるときに演説したのに、ワルすぎる。だけど、どうしてもほしい。得られなかったら狂ってしまいそうなほど、ほしい。

 緊張して、えづきそうになったが、足は止めない。リズム感が大切だと、なにかが冷静にささやく。タッ、タッ、タッ、歩いて、歩いて、何もない顔で、さりげなく、ドクッ、ドクッ、ドクッ、

しーずくの、しずくの、小さな恋人たちよ、ああ えぞちに春がやってきた――

 視界のはしに、発泡スチロールの大皿に盛られた作品がうつった。赤や青、黄色の、衣装を着た、何体ものしーずっくたち。
 おおきな渦巻き模様や、野花の柄。そして、めざす、幸せのまんまるな飼い鳥「ピョルン」たちを、こよりで作ったバスケットに詰めているのは、みつあみを結った、かわいいしーずっく娘、、、

 おっと、振り向きざまに、なぜか手の端が、その娘にぶつかってしまった!

 心の中で小芝居を打つと、草原に見立てて緑色に塗られた大皿が揺れ、中から黄色いまん丸の「ピョルン」が3体、ポーンと飛び出した。

 床に転がったのを、急いで、拾う。豆つぶ大の、スポンジ製のピョルンは、ころころ、ころころ、あっという間に散らばったが、奇跡のように、2体が掌のなかに転がりこんできた。

 ああ、あああと、膝ががくがくするのを殺し、急いでポケットにしまう。2匹はポケットの中でぴょるるるるるーと、その名前のようにかん高くさえずった。あああ生きている、とうとう生きているのを手に入れた。

 しーずっく娘の小さなバスケットにまだ5羽残っているピョルンは、鳴きもせず静かに転がっていた。ほかのしーずっく人形たちは一体も落ちていなかった。黒い絹糸を髪に見立てて縫いつけた、なかなか精巧なつくりのしーずっくたちだった。

 鳴きわめくポケットを押さえて、まわりを見渡す。女の子たちも、男の子たちも、それぞれの遊びに夢中だ。

 つ―――と、背中の中心を、何か冷えたものが下がったが、同時にぞくぞくする喜びがせりあがってきた。チーカは、急いで出口に向かった。

しーずくの、しーずくの、小さな恋人たちよ、、ああ えぞちに春がやってきた。

 あなたはもう、しーずっくに会いましたか? 

 アシヤメイコはよく物語のはじめやおわりでそう呼びかけてくる。

 原っぱにしっかり立って、しんこきゅうをして、耳をすませてみてください。おなかをフワフワにやわらかくしてね。それが、しーずっくに出あうコツです。むりに見てやろうなンて、目をこらしちゃだめですよ。見ていませんって顔をして、見つけてね。

 いやだ、見たい、見たい、と焦ってチーカは浮き足立っていた。北海道に転校したらすぐ見られるものと思っていた。だって千歳空港に向かう飛行機の中でだって、その歌はずっと流れていたのだ。

しーずくの、しーずくの、小さな恋人たちよ、、ああ えぞちに春がやってきた。

 まだ雪の残る森のなかに、すっくと立つ数本の白樺。シュガーパウダーをまぶしたようなサラサラの樹肌から、ミルキーな乳白色の汁がふきだす。次の瞬間、枝の先々にポン、ポン、ポン、一斉に丸くて白い、マッシュルームのような実が成る。それはメレンゲの菓子の実だった。

いとしいや しーずくの、しーずくの、しーずくの、、

 やがて、丸い実のあちらこちらから、小さなドロップ型の白い顔がのぞく。

 そのひょうきんなふし回しのCMソングも、舌にのせるとじわじわと優しく溶けるメレンゲ菓子も、しーずっくたちのイメージに、ぴったりだった。東京の気鋭のCMディレクターが仕掛けたものだった。

 その唄を、チーカは何度も復唱する。

 北海道生まれのメレンゲ菓子は、内地のこどもたちにも大流行していた。

「缶をあけたらしーずっくが出てきた」
「ピョルンが家の花壇にいた」
 目撃談があちこちでとびかう。転校前の、内地の学校クラスメイトも「ついに見たんよ!」と手紙を寄こしてきたが、
「そんなわけないっしょ」とチーカは思う。

 北海道に転校して、毎日、野原を見はっている自分が、まだ見られないのだ。そんな簡単に内地の子が見られるわけがない。生粋の北海道うまれの子だって、なかなか見られないのだ。

 4年生の夏休みに、オンベップトウ湖で見たといって、ケイちゃんが青い糸とんぼに乗ったしーずっくを写生してきたが、うそだべー、うそっしょーと皆にはやされて、デヘヘと笑っていた。皆もあははと笑ったけれど、チーカは真に受けて、うまく笑えない。割り算ドリルも、漢字のマス埋めも、ケイちゃんはいつもチーカのを写して、エヘヘと笑っているのに、しーずっくだけ、先に見えるなんて。

 草ぶかい野原でなくても、民家の裏庭によく自生しているエゾニンジンやオオケシのしたには、せっせと汁を絞るヤクミ女がいるらしい。フキの陰では、乳をむきだしにしたペロペロ婆らが四方山話をしていて、今ふうの若いヲトメが顔をしかめている。民家のコンクリ土台にはまった小さな鉄柵のすきまでは、たまに、ひねりネコがとぐろを巻いている。ひねりネコがなめるから鉄はすぐ錆びてしまう。その脇の草むらで、セイタカアワダチソウから飛び降り競争をしている勇者シルビックたちを、ヲトメがうっとり見上げている。ヲトメの肩にはマメドリがとまっている。その足元ではピョルンが粉餌をつつき、ヒヨヒヨと鳴いている。しーずっくは、そこいらじゅうに、いるのだ。

 雪のしたにも、しーずっくがかまくら遊びをしてるかもしれないから、踏んだらだめっしょ。

 そう、北海道の地元っ子らに言われて、雪道をおそるおそる歩く。早くしーずっくの話の続きを読みたいから、こども図書館へ気持ちは急くが、踏んでも踏みごたえなくほろほろ崩れる粉雪の下に、かれらがいるかもしれないので、気をつけて、自動車の轍だけをたどるのだった。


 しーずくの、しーずくの、小さな恋人たちよ、ああ えぞちに春がやってきた

 図書館にたどりついて、『小さな国のひとびと』新刊を無事に手にできると、しーずっくの歌が大きく聞こえて心臓がどきどきする。急いで「貸し出し先生」のところにもっていくと、「あらあら、シャルベットに切られたみたいね」。貸し出し先生は赤ぎれだらけの手をそっと取ってくれた。しーずっくの中でも、冬の戦士シャルベットは獰猛でおっかない。かまいたちよりもす早く、なんでも切りつける。

「えへ…」うれしさと恥ずかしさで手を隠すと、貸し出し先生はほくろのある唇をあけてにっこり笑う。

「メイたん」ことアシヤメイコ先生は、よくかわいいおさげにドレスをきたイラストで描かれているが、めったに人前に顔を出さない。たまに「ヘンシュウ トウコさん」という人がメイコ先生の「近きょう話」に登場して、読者プレゼントなどを案内してくれる。都会っぽいトウコさんという人は、この髪の長くて、色の白い、貸し出し先生みたいな人ではないかなーと思う。

 帰り路は『小さな国のひとびと』をアノラックの懐に入れて、行きの倍くらいの速さで家路を急ぐ。湿り気のない、さらさらの粉が降ってきて、垂れた鼻水はつららになりかけている。冷凍庫より、外気のほうがうんと冷たいので、シャケがまるごと民家の塀の上にずらっと並べられている。

 だけど、チーカのおなかの底にともったまるい灯は、いつまでも足元を照らし続けてくれて、あたたかい。

しーずくの、しーずくの、小さな恋人たちよ、ああ えぞちに春がやってきた

 灯は、十数年後にぱちんと消えた。

◆ ◆


「どおぞぉぉぉ、柿も食べてくださいねて」と、だいだい色が山盛りになった盆を差し出したその人は、カーテンのレースのようなものがいっぱいついた不思議な形のエプロンをつけていた。

 迫力あるお手伝いさんだった。裕福な婚約者の家には、ほかに掃除の人も1人いるようだ。お手伝いさん、という職業人にあまり接したことがないので、緊張しすぎて
「もう、おなかいっぱいでござります。ありがたき幸せにございます」固すぎる謝辞を述べると、その人は、空いた食器を下げて、くるりと尻を向けた。

 重量感のある、大きな、尻だったが、それよりターバンからはみでた縮れ毛に、ひとつ髪カーラーがぶら下がっているのに目がいった。お手伝いさんというのは、四六時中慌ただしいから、髪など構っているひまがないのかもしれない。ひとり合点していると、

「あれが、おっかあ」。婚約者がぼそっという。

え―――――――――。

 あの、あれが、アシヤメイコ先生。ラブリーメイたん。あの、小さな、かわいい、あの、しーずっくの。恋や友情の、物語の。あの、あの、あの。

 わな、わな、していると、お盆を手に、ぱたぱた戻ってきたその人も、じ―――――と凝視してきた。どこをそんなに見るのか視線を追うと、ミニスカートから突き出た太ももを見られているので、スカートを引っ張った。このときから、見つめる合戦がはじまった。

 翌年の春に刊行された『小さな国のひとびと』には、「小国史上初」と言われる性悪な娘「チルルッカ」が登場。いやらしい香りをまき散らす毒花を体にまとい、主人公を落とし穴にはめてふたをし、ミニスカートで村の男たちを誘惑する。「史上初の性悪しーずっく」とインターネットの掲示板に書き込まれた。
「メイたん、いったいどうしちゃったの?」「よっぽどイヤなモデルがいたんじゃない」

 当時まだ婚約者だった夫が何度もなだめた。

「ぼくだって、おねしょも、振られたラブレターも、ぜんぶネタにされたよ。作家は、家族のことを、切り売りするんだ。現実の悪意ではないんだ。どうか許して」

 そのことばに救われたわけでは一切ないが、挙式準備の忙しさにまぎらわせて、なかったことにした。それに、単行本が出た翌日、作家は詫びるように、革のバッグを一つ、プレゼントしてくれた。
 なるほど、作家の家に嫁ぐのがこういうことなのであれば、度量を見せようと思った。

「メイコさんは、かわいこちゃんが嫌いだからねえ。気の強いかわいこちゃんは、もっと嫌いだからねえー」、酔った舅がにこにこしてそう言った。酒臭くない舅を見たことがないので、これも真に受けないことにした。
「そういうのが原動力で、しーずっくの国の恋物語を書いているからねーメイコさんは」。

 そういえば、チーカは北海道時代に読んだ少女誌のエッセイを思い出す。

「学校でも家でもいじめられていた私のブスコンプレックスのもとは、美人すぎる妹にあったのかもしれません…」。

 ちとせさんは、絶対に今、メイちゃんと一緒の写真におさまることはなく、献身的に尽くしまくっている。

「チーカさんには、大事な息子をあげたから、もう何もあげなくていいわね、一生」。

 キッチンで、真顔で姑に言われたことがあった。

 喉が凍りつくような感じがしたが、作家がうけるような、おもろいことを言わなくては、と思った。

「あ、はいっ。もう何もいただけないんなら、残念ですけど、返品はしませんのでよろしくお願いします」

 姑はかすかに一瞬、ひるんだような顔をした。しまった!おもろないことを言ってしまった。あんな強情を言ったから、夫は天に返品されてしまったのだろうか。

「あーあ…」

 自分の情けない声で目が覚めた。うたたねをしていたようだ。

 起き上がろうとすると、みぞおちのあたりで、黒い軟体物がグログロ転がった。ぐったり病のなごりのようだ。久しぶりに、盗んだピョルンの夢を見たためかもしれない。ほかにもいやなビジョンがあったような気がするけれど、思い出せない。

 あれから2体のピョルンは2年間ほど、ずっとポケットにはいっていた。朝晩えさをやり、綿の寝床にねかせ、キャラメル箱の別荘で養生させて、ときどき原っぱで散歩させた。小学校のおわりに父の転勤で内地に戻ることになって、もちろんピョルンもつれていったが、中学生になって、制服が夏服になったある日、2匹とも消えた。


 昔のファンたちのように、ピョルンとか、マメドリとか、ひねりねこでも、マスコットで作ってあげたら、ひょっとしてメイコ先生はすこし元気になるのではないか。重いめざめの頭で、ふとそんなことを思った。小学生の自分も、ピョルンのイラストを、先生におくったように。

 入院したメイコ先生は、しかし、日に日に悪魔がとれていった。

 精神科病棟の、いちばん奥にある深緑色の鉄扉は、看護師の解錠作業なしに通ることはできない。そんなものは映画やテレビでしかみたことがない。どのような恐ろしい檻かと思っていたが、いちどくぐってみれば、なんということはない。無表情なジャージやトレーナーの患者が、粛々と歩いたり、それぞれの個室に静かに座っているだけだった。みな礼儀ただしく、目が合うと会釈をしてくれた。

「私は、こんな所に、なんでいなくてはならないのかしらぁ…」

 そう漏らしながらも、メイコ先生は、自分のなにか困った症状のため、ここに居るのだということは理解していて、おとなしく出された食事をとり、薬をのみ、着替えて、また横たわった。

 あれほど健啖で、皿を飲むような勢いで肉や魚をむさぼり食べていた先生が、茶碗を力なく抱え、垂れた口元をもそもそと動かす。力強く絵筆やハケを動かしていた腕が、箸の重さにも耐えないようにぶるぶると震える。

「ねえ、本当にこんなことになって、ねえ…」

 ちとせさんは、何かひとつ看護作業を終えるたびに、涙がこみ上げるらしく、チーカを廊下に連れ出してひそひそとささやく。

チーカもいたたまれないが、何かもっとふしぎな反発も突き上げてくる。

 こんなはずがない。あれほど超人的な仕事をしていた人が、このままどうかなるはずがない。あれほど豊かな脳が身体が。人間が、こんなに呆気ないはずがない。

「大丈夫ですよ。私のときだって」。
 チーカは泣き崩れそうになるちとせさんを押しとどめる。

「いちばんひどかったときは、まっ昼間から、おねしょしてました。トイレに、起き上がる力もなかったんです。ぐったり病って、そういうんです。死ぬかと思うほど弱るけど、でも、休めば良くなるんです」。

「ああ、ごめんねえ。チーカさん、そんなんだったのに、あたし気づいてあげられなくて、一人で頑張ったの、ね…」

 その頃から、死んだ夫が肩に乗って話しかけてくるようになったんで、元気がでたんです。とは言えない。

「日本人の5人に1人は、一度はぐったり病になるんですから。大丈夫です。ガン……インフルエンザみたいなもんです」

「でも、老人はインフルエンザから、肺炎を起こして、死ぬじゃない…」

「……」

 ちとせさんはぐったり病が移ったようで、悪いほうへ、悪いほうへと考えるのだった。

 チーカがいちばんいたたまれないのは、あれほど、羞恥心の強いメイコ先生が、はだかの胸をだらん、とさらけ出しても、表情ひとつ変えないことだった。垂れきった乳と、頬の肉とが、力なくぶるぶる震える。

「あら、チーカさん、こんなとこ見せて、ごめんなさいね。さっき新しいトレーナー買ってきたもんだから、着せたげようと思ってさ」

 姉を着替えさせるちとせさんは、チーカの衝撃には頓着しないようだった。

 メイコ先生は、人前では入浴も入眠もできないたちだった。昔、一度だけ家族で旅行に行った時も、一緒に温泉に入るのをかたくなに拒んだ姑が、いま無防備に胸をさらけだしている。豊満だった胸が、だらんと、重力のない果実のように広がって…、

 チーカが目をそらしてベッドから離れると、着替えおわったメイコ先生は、ベッド脇におろされた。初めて二足歩行をした人類のように、ピンクのリノリウムの床に、先生はおずおず立つ。ずいぶん、足も細ってしまった。

「チーカさん、これ、食べるぅ…」

 先生は、小さいもなか菓子の箱を、ぶるぶると差し出してきた。

「私の、むかしから好きな和菓子屋なんだけどもぉ、私はちょっとおなかを壊してね、でもチーカさんはきっと好きじゃないかと思ってぇぇ、、」

 食べ物も、アクセサリーでもバッグでもなんでも、すぐ人に与えようとする、そういうときのメイコ先生の口癖を思い出した。自分にはたまたま具合が悪くなったが、あなたになら合うかもしれない、そう言って新品でも、どんどん分け与えてしまうのだった。与えることで、自分の存在が許されると信じているようであった。

 礼を言って、小袋をやぶり、もなかを口に含むと、急に、ふわっと涙が出そうになった。

「おかあさん。足が、弱ってるから、少し体操したほうがいいです。私も、ぐったりのとき、よくやってたんです。こういうの」

 久しぶりに母と呼んで、チーカはその人のそばに寄った。
 全身を小刻みにゆすり、垂らした手足をぶるぶると震わせてみせる。

「これ、血行にいいんです。ぶるぶる体操っていうんです」

「こ、こううー…?」

「もうちょっと、小刻みに。こう。ぶるぶる…」

「ぶるぶるう…」

「そうです、ぶるぶる…」

「ぶるぶぶうう…」

 チーカの言うままに、メイコ先生はぶぶぶ……と体を揺する。嫁いでからずっと、巨木のように茂っていた人が、言うなりに、頼りなげにぶるぶるする。

 もの悲しいような、滑稽なような気持ちが込み上げて、チーカはまじめな顔で演説する。

「空っぽのペットボトルに、つまようじをたくさん入れて、しっちゃかめっちゃか振ると、ようじは、もっとぐちゃぐちゃになるでしょう。だからジョギングとか、激しい運動をしても、体のなかは、ぐちゃぐちゃになることがある。でも、優しく振動させると、ようじはだんだん整って、様子がきれいになっていくでしょう」

 ぽかんと口をあけて、ぶぶぶ…と振動している姑は、まったく聞いていない。

「このぶんなら、もうすぐ退院できるって、先生が言うの」
ちとせさんだけが、嬉しそうに言った。

 メイコ先生が、しかし、二度目の病に倒れたのは、退院してまもなくだった。

 東北で大きな地震があった日、メイコ先生の住む大きな白い御殿は、かすかに振動しただけだった。だが、作家は大きく手足を震わせ、テレビの前に這いつくばった。東京中のスーパーマーケットから、食料や雑貨がごっそり減ったとニュースで報じられると、朝のパン、それから夜のおかずが口に入らなくなった。

 チーカは、被災地に実家のある友人とともに、震災10日後から、現地の小学校で筑前煮を炊き出していた。だから先生の様子に気づくことができなかった。

 めっきり薄くなった背中が、異様に硬直しているのに気づいて、ちとせさんが何度かテレビのスイッチを切った。

 しかし、被害に遭った人々の声は、デジタルやオンラインでなく、直接作家のもとにやってきた。

 40年来の読者で、メイコ先生の住所も電話番号もしっているファンが、避難所から、直接電話をかけてきた。

「今朝さ、先生、あたたかいお米が食べられたんです。頬がじーんとしました。食べ物があったけってさ、すごいんだなって、それだけで全身の毛穴がかーっとなるんです。うちのじいちゃんにも、あったかい握り飯もたせたら、もうちょっと生きれだかな。おととい、さみい、さみいって死んでしまったんでさ」

血文字をつづるような手紙もやってきた。

「電柱にしがみついていた人の、口まで水が来て、おーーーい、って最後に叫んだ、その顔に木の杭みたいのがぶつかって、杭ごと沈んでいきました。目の前で、人が沈んだり、ぐるぐる水の渦に回って、消えたのを見て。私と妹は、山の木にしがみついているのがやっと、気がついたら上まで登りきって、そこは神社なのですが、あたりは真っ暗。すぐ夜になりました。着ているものはずぶ濡れで、寒いなんてもんじゃない、そこらに30人くらい居た人はみんな白い顔をして、誰かが火を起こさなきゃって、木をこすってたき火にしてくれて、なんて暖かいんだろう、ありがたいんだろう、その時の私たちには命の火でした。あの火がなかったら、凍死していたでしょう。そのくらい寒かった、体もこわばって、立てなくなりました。首も、指も曲がらないんです。火を囲みながら、みんなで、がんばろう、明日まで生きよう、って励ましあったんです。だけど、一番がんばろうって、火を起こしてくれた田中さんという方が、自分の犬が、17歳になる柴犬ちゃんが、津波にのまれて死んでしまったって、たった一人の家族だったと、遺書を書いて、自殺されました。私にとっては、あの日の火が消えたみたい、本当にどうしよう、命の火が消えてしまいました。先生、中学生から40年間も大切にしてきた、先生の「小さな国のひとびと」も、全巻、流されてしまったんです…」

 作家は、うめくような声を出して、電話をしてきた。

「ねえ、チーカさん。あなた今、被災地に行ったりしているんでしょう。これ持って行ってあげてぇ…」

 作家は自著をわしづかみにして、肩で大きく息をした。それから、物資を送ると言って買い物袋をつかみ外に出かけ、石段の前でよろめいた。胸を押さえるようにして、しゃがみこんでしまった。

 チーカが駆けつけた時、メイコ先生は意識不明で、都内の大学病院の集中治療室のなかに横たわっていた。信じられないほどたくさんの管が、体中に巻きついている。

「心不全だって。今回はちょっとね、厳しいかもしれないって」

 ちとせさんは、ぐったり病のときより瞳孔がひらいている。目の下にくっきり黒いくまが出ていた。

「ああ、これ、アウト。もう、たぶんだめだ。喪服を用意しなくちゃね」

 夫が言った。 チーカは、左肩ごしに振り返った。何を言っているんだ。

 メイコ先生は、日に日に、腐乱した水死体のように膨れ上がっていった。

 チーカは、東北の水難で亡くなった人を思った。

 避難用リュックに、何を思ったかウイスキーばかり10本も詰め込んだ、どこかの村のおとうさんが、はるか沖合で水死体でみつかったという。100kgちかい巨体がさらにガスで膨れていた。

 きっと冥途で飲んだんだろうな。母ちゃんにみつかったら、また怒られっから、遠くで飲んだんだ。どんだけだよ、まったく。

 息子と孫とは、泣いて、すこしだけ噴き出したという。

 メイコ先生とそのおとうさんとの違いは、たぶん、太ももから胸へ差し込まれた、青と赤の2本の太い管だけだった。それがなければ心肺は動かない、蘇生装置だという。蘇生しないまま4日が経過して、5日めに入った。

 

 ひょっとして、もう死んでいるのかもしれない。肩の夫の言う通りかもしれない。夫じゃなくて、私がそう思ったのかもしれない。

 手も、足も、まぶたも、唇も、大きく膨れ上がり、だらんとあいた口から覗いた舌も、紫色に膨張している。生きている人間のものには見えなかった。

「ものすごい体力です。率直に言いまして、若い人でもこの状態であれば、5日ももちこたえることはありません。このお年でよく…」。

 70歳を越えた人間が、蘇生装置を2巡目に入れ替えてその状態であるのは稀なことだと、院長から説明を受けた。

「大丈夫よ。大丈夫よ。この方の体力は、ふつうじゃないからね、ははは」

 塔子さんだけはそう言って、なんでもないような顔でメイコ先生の手をさすり、足裏を揉んでいた。その声も手もかちかちにこわばっていた。

 6日目になると、誰もが疲れてきた。ちとせさんが、一度自宅に帰った夕方、チーカは病室で、先生とふたりきりになった。

 先生の唇は、かつてまんがに書いたようなキャラクターのように膨れて、乾ききって、はみ出した舌には、白い粉がいっぱい付着している。

 メイコ先生。もう、死ぬんですか。信じられない。

 むかし、死んでいく気分はどうだって、お友達の文豪に聞いた人がいたって。そういう話を、みんなでしましたよね。お義父さんも、あの人も、みんないたころ。

 で、先生、死んでいく気分ってどうですか。

 先生はだまって、紫色の舌を出している。

 先生、私、もの書きとしては、それは七転八倒して生まれ変わっても大先生にかなうはずがない。だから「売れない本を何冊出すの」とか、「あなたおしゃれが好きだから美容師に転職したら」とか。そんなこと言われても、しゃあないと思ってた。週刊誌の「鬼嫁特集」でコメントするのも、ラジオでしゃべるのも、見ない、聞かない、知らない。
 だけど、私のこと、物語史上初の性悪キャラにしたの。あれはないな。今まで、なかったことにしてきたけれど。よくも書きましたね。

「……」。

 先生は、舌ひとつ、ピクリとも動かさない。

 済ました顔をして水死体になってる先生に文句を言い始めたら、止まらなくなってきた。

 最愛の息子を盗っていって、底の浅い同業者で……ちっとも同じ業なんかじゃないのにね。可愛げがなくて、性悪で、ほかもいろいろあるけれど、要するに。

 要するに、私のこと、すごく、嫌いだったんでしょう。

「……」。

 私は、ずっとずっと、小学生からファンだった。今でも大ファンです。だから嫌われてくやしい。

「……」。

 でも、もうすぐ死ぬんですよね。だったら、このしようもない悪態も、だまってお墓にもってってくれるんですよね。

 言いながら、チーカは蘇生装置の遠心ポンプ、コントローラーをじっと見た。

 その視線が芝居がかっていて、われながら、胸くそが悪いと思った。

 ああ、安っぽい。だめだこりゃ。ほら、私の考える物語なんて、こんなものですよ。長年の鬱積が爆発して、今、このボタンに手を触れようとするんです。そんなの、 火サスよりひどい。


「ふふ…」。
 眠っていたふりをしていた姑が、不意に笑い出した。

「そうねえぇ、そんなじゃだめよ。メロドラマみたいよお…」

 ああ、やっぱり。寝たふりしてたんですね。たぬきですね。

「なによあなた、子どもみたい。あなた、見ていられないわそれじゃあぁ」


 じゃ、ひょっとして、おかあさん、死なないんですか。

「……そうね」

姑は、突然カッと目を見開いた。

「あたしはぁぁ、やっぱり書きたいのよ。だって、70年間書いているのよ、そんな年月なんか、どうでもいいくらい書いてるのよ。書きたくて、書きたくて、寝ても覚めても書かなきゃ生きられないし、死ぬこともできないの。あなたにわかるうう、ほら、これぇ」

 チーカはばっっと布団をめくった。

 むくんだ親指と人差し指のあいだに、何十年も愛用しているガラスペンが嵌まっているのだった。

「書きたい、書きたい、書きたい、書きたい、書きたい、書きたい。それしかない人間のこと、あなたわかる? 書きたい、書きたい。書かせてよお、チーカさん、わかるでしょお、チーカさんなら、わかるでしょおーー」

 ああ、うるさい!!

 いつのまにか声に出してしまっていた。姑の手からペンを奪う。

 誰がもたせたんだろう、こんなもの。
 私だって書きたかった。みんな書きたいんだ。あなたばっかりじゃないんだからね。

 いつの間にか、姑の左目から涙がながれていた。チーカはそれを、神秘的なサインとか奇跡とは、もう思わない。自分は、そんなぬるい作家にはならない。これは生理現象だ。

 命の回復が近いきざしだ。そう直感した。自分が書けるとすれば、創作物語ではない。こういう冷静な観察日記だ。ただ、その意識にストレートにぶつかることだけだ。

 チーカは、取り上げたペンを置いて、そのかわり自分の両手を姑の心臓のあたりに向けた。これがたぶん、姑を助けられる、自分のもっともマシなことだと思った。作家のくやしさも情けなさも、切なさも意地も、自分はよく見える。だから生きたい力も、きっと助けてあげられる。


 いつのまにか、真横に塔子さんが立っていた。作家に手かざしをするチーカを無言で見ていたが、やがて塔子さんも手かざしをはじめた。

 それから、ちとせさんもやって来た。「はあ?」びっくりしたように、チーカと、塔子さんと、横たわる姉の姿を見ていたが、おずおずと、ちとせさんも両手を開いた。

 それから、花をもってやってきたメイコさんの兄夫婦が、やはりぎょっと、立ちすくんだが、手かざし隊に加わった。食事をもってきた看護師までが神妙な顔で加わって、最後には10人近くが、横たわる体に、手かざしをした。

 その掌の中に、そこに居ない読者たちのエネルギーも加わっていくようだった。

 なんというエネルギー。なんと先生は愛されて、大食いで、ちょっと滑稽なんだろう。

 病室のエネルギーが高まるほどに、チーカは自分が何をしなくてはならないか自覚する。起きて。起きて。先生、こんな気功みたいなことされて、恥ずかしいでしょう、照れくさいでしょう。だったら起きて、書かなきゃいけないですよ。

 チーカは、手紙のように両手を大きくかざして、相手におくり続ける。

 私は数十年前から、あなたのこころを知っているファンだから、仕方がないのだ。こういうファンが一番たちが悪いんだから、死ぬことはあきらめて、もう起きてください。


◆ ◆



「……あんまりねえ、でも、あたしのこと好き好き、みたいなファンレターばかりじゃイヤなのよ。なんだか、いやらしいじゃないぃ?」

「はあ? 何を言ってるんですか。だって、これはそういう記事なんだから。“メイたんのおたよりコーナー”ってゆうんだから、しょうがないでしょう。それにもう校了なんだから、今さらハガキを差し替えたりしませんよ」

「でも、次からは、あんまりこういうハガキの採用、やめてねぇ」

「だからあ。それが贅沢なんですって。誉めちぎったおたよりの掲載はいやらしいって、気持ちはわからないでもないけど、そこは割りきらないと…」

「あとねえ、ファンの人たちに、グッズとか通販するのはいいけれど、あんまり高額な変なものとか、売りつけないでえ」

「聞いてないし!」

「あたしの純粋な、作品そのもので、もっと、お金にならないのかしらねえ。会社のお金も最近少ないようだし、経費もあんまり切ってくれないしぃ」

「変なもの売りつけるって、なんですか失礼な。そのくせ経費切れって。そんなことばっかり言うんだったら、もう仕事の手伝い、しませんからね。本もなかなか売れない時代だし、グッズが喜ばれるなら、それはいいでしょう。ファンに喜ばれるものに、純粋も不純もないでしょう! オリンピックまでは書いてねって、編集部にも言われているんだし」

 チーカとメイコ先生は、『メイたんのしーずっくワールド』という会報誌をつくり、年に4回、古巣の版元から発行している。出版不況時代の、版元の苦肉の策だ。

 メイコ先生が、退院後、力を振り絞って『小さな国のひとびと』最終巻を書き上げたあと、70歳になった塔子さんは「ロートル編集者はもうそろそろ引退だ、がっはっは」と担当を降り、すべての編集業務も、会社の実務もチーカが手掛けることになった。

 あのとき、チーカのてのひらの下で、奇跡的な蘇生をとげて起き上がったメイコ先生は、人格がすこし変わって、ずけずけした物言いをするようになった。
 金はあるのか、とはっきり言う。貧困妄想は、生来のものだったらしい。それとも全身の血を入れ替えて、若い節約OLの献血でも入ったのか。

 チーカもなぜか、あの日からカン、とふっきれてしまった。蘇ったゾンビのメイコ先生にもはや遠慮しない。肩乗り夫の声は聞こえなくなった。

「ねえあなた、オリンピックって、そんな年まであたしに書かせる気? 80歳になるじゃないのよぉ」

「何を言っているんですか」
チーカは、真顔になる。

「死ぬまで、書き続けてください。おかあさんはそれをする義務と権利とやる気があるでしょ。そんな人、世界中のどこにいますか、命が二度も助かったくせに」

「いやねえ、すぐそういうふうに言ってぇぇ、ああ、いやだ、いやだ」

「ああもう。こっちこそいやだ、いやだ」

 

 
 言いながら、チーカの目は、作家のペンの先にくぎ付けになってしまう。

 夕日に向かう、ひとりのしーずっく少女の後ろ姿が描かれている。

 少女は美しい夕日ではなく、ミミズ道に落ちている、とうきびの粒を見て、拾うかどうか迷っている。

 動きのすくない、むだな線のそがれた、老作家らしい筆致。時の流れが静かになった、淡い、淡い、光。と、それを今にも崩そうとするオモシロさ。

 なんと味わいぶかいんだろう。止まった1コマで、すべての時間の流れを書けるひとが、世界にどれだけいるだろう。

 書いて書いて、書き続けたものだけがたどりつく境地を、自分は見ていられるのだ。

「とにかく、書いてください」チーカは、うわごとのように言い続ける。

 自分とだれかの嘘やみじめさや愛情やつかのまの平和を願う心や、死んでも死にきれないおもしろさ。
 その1コマには、すべてが、書かれているのだ。


【了】

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