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花物語 巻ノ二・ハボタン

飾るキャベツの千変万化

ハボタンはキャベツから生まれ、寄せ植えの花材となる

キャベツという野菜がある。言うまでもなく、野菜の代表格だ。植物の種として捉えると、キャベツは実に興味深い。カリフラワー、ブロッコリー、メキャベツ、ケール、コールラビ。すべて、キャベツと分類学上、種を同一とする、変種または品種だ。そして、なぜか主に日本で、観賞用に改良されたキャベツこそ、ハボタンなのである。

年の瀬の声が聞こえる11月から、お正月をまたいで2月頃まで、園芸売り場にはポット苗や鉢植えのハボタンが並ぶ。以前は1月になると寒さで葉が傷むので、売場から片付けられていた。家庭でも観賞期間はお正月までとされていた気がする。温暖化が進んだこともあるのだろう、現在は関東以南の平地なら冬の間ずっと美しい姿を楽しめる。

販売されているハボタンは一部例外を除いて「完成品」である。葉姿は整っていて、葉の色も赤や白など品種ごとに観賞できるレベルまで発色している。ポット苗なら抜いて鉢かプランター、あるいは花壇に定植する。その後、春まで、横方向にはほとんど成長しない。だから例えばハボタンだけで花壇や寄せ植えを作る場合、間隔を空けずに詰めて植えたほうが美しい。

同時期の草花としてはガーデンシクラメンが、ハボタンと同様に間隔を詰めて植えることができる。中心にある球根から新しい葉と花芽が伸びるだけで、横方向にはあまり広がらないからだ。パンジー、ビオラ、アリッサムなどは、花を咲かせながら広がるように成長するので、間隔を空けないと後で混み合い過ぎて苦労することになる。

春になるとハボタンはトウが立つ。トウは薹で花茎のこと。だが塔が立つ、と表現したくなる。中心部分がだんだん盛り上がり、葉が小さくなりつつ、やがて蕾が姿を現す。早春から開花するまで、ハボタンの形態変化はとても楽しい。

さて、植物の種としてキャベツと同じならば、食べられるはず。ただし、食用としての改良を受けていないため、不味いらしい。硬くて苦いと推測される。自分で確かめたことはない。

丸葉系ミニハボタンだけの寄せ植え

お正月の花として

昭和の頃、ハボタンはお正月に飾る植物であり、門松とセットだった。サイズはキャベツと同じくらい。固く締まった球になるキャベツより、少し締まりが緩い。周辺の葉は畑にあるキャベツとほぼ同じ。重なった葉は、赤(濃桃色)、桃色、白(淡黄色)のいずれかに着色する。

関東丸葉系、大阪丸葉系、名古屋ちりめん系という3系統の品種群が昔からあった。関東は一番、キャベツに近い。名古屋は明らかに形態が異なり、葉の縁がちりめん状に縮れる。これはキャベツにはない。大阪はその中間、周辺が少し縮れる。それぞれ、赤(濃桃色)、桃色、白の三色がある。だからハボタンは、9品種を集めればコンプリートだった。

おっと、切り花用ハボタンを忘れていた。東京丸葉系の葉形をしていて、茎が長く伸びる。長く伸びた茎の上にキャベツの球が乗っている状態だ。下の葉を落として切り花として集荷される。いけばなの花材であり、主な用途は正月飾りだった。こちらも色は3色。合わせて1ダースだ。

平成となり、今世紀になった頃、ハボタンは変貌を遂げる。まずはミニハボタンの登場である。直径が10㎝前後のビニールポットで販売される。形は整い、色も付いている。サイズが小さいだけだ。もともとコンパクトでミニハボタンに向く品種を用いることと、畑に植えずビニールポットで育苗することで根域が制限されてミニサイズになる。生産農家は植物ホルモンの矮化剤を用いている。

ちょうどそのころ、花壇やプランターに植える花の苗が黒いビニールポットで販売されることが主流となった。それまで、冬の初めになると、パンジーやハボタンは地掘り苗といって、畑から掘り上げてビニール袋に根の部分を詰めた形で販売されていた。

ミニハボタンが売られる季節、秋から冬を経て春まで咲く花となっていたパンジー、ビオラも出荷の盛りとなる。さらに、寒い地方を除いて冬の間も花を咲かせる春の花、ストックやキンギョソウ、プリムラが合流した。少し遅れてガーデンシクラメンも登場する。何が起きたのか。寄せ植えブームだ。冒頭に述べた通り、ハボタンは寄せ植え材料として重宝される花材となった。

切れ葉系ミニハボタンだけの寄せ植え

踊る大葉牡丹

踊りハボタンをご存知だろうか。膝丈くらいに伸びた茎が枝分かれして、それぞれの先端に小型のハボタンがつく。枝分かれの位置、数などは一定ではなく、各々の茎は曲がりくねる。踊っているような、ハボタン。これ実は、手をかけて作りこんだ2年目以降のハボタン。難易度が高く、形を揃えることもできないので、販売されることは極めて稀だった。

ハボタンは一年草とされる。春、トウが立ち、花が咲き、実がなると、枯れる。花が咲く前か直後に、花の茎を切り取る。下からまた蕾が出るので、それは何度でも切る。じきに落ち着いて、蕾は出なくなる。夏の間、暑さを好まない植物なので、弱りつつ少しずつ成長する。コナガやモンシロチョウの幼虫、ナメクジなどは大好物なので、ひとときも油断できない。

なんとか、夏を越せばしめたもの。秋風が吹いてきたら、枯れ枝などを切り整えておく。すると新しく展開した葉が、小さいなりにハボタンらしい形になる。やがて、色がつく。これが従来からある踊りハボタンの育成方法だ。
現在、踊りハボタンは普通に販売されている。枝の付き方など、1株ずつ個性はあれど概ねは高さなどが揃っている。これは2年目のハボタンではない。夏、早めに種まきして、摘芯し、脇芽を伸ばして仕立てる。そう、ポットや鉢で出荷されるミニハボタンならではの、仕立て方の進歩だ。

使う品種が切り花用だと草丈が高く、踊りハボタンを作りやすい。摘芯して枝数を増やし、踊りハボタンとはいかないまでも、ブーケのように仕立てたミニハボタンもある。それと似ていても摘芯はしておらず、1鉢に複数の株を育てる仕立てもある。

品種改良の面では先に述べた1ダースの後に、切れ葉系が登場した。最初の品種がタキイ種苗株式会社による「さんごシリーズ」だったことから、さんご系と呼ばれることもある。葉に切れ込みが入り、丸葉ともちりめんとも異なる趣がある。これを畑で大きく育て、初冬に色づいたら鉢上げすると見事だ。園芸売り場がミニハボタンばかりなので逆に新鮮である。

ハボタンだけのリース、春にトウ立ちし開花したところ

百葉繚乱

平成となり、世紀が変わる。ガーデニングのブームを経て、家庭の園芸も様変わりした。春から夏はペチュニア、秋から冬はパンジーなどの苗を買い、庭でもプランターでも、組み合わせて寄せ植えにして育てながら観賞するスタイルが主流となった。室内に置くシクラメンからガーデンシクラメンが分派した。ハボタンは、ミニハボタンのポット苗が主役となり、キャベツサイズの地堀株は隅に追いやられた。

品種改良と、栽培、仕立て方の進歩により、驚くほど多様な色、形となった。

踊りハボタンはかって販売されることがなく、趣味家の醍醐味であった。ミニハボタンの育苗過程で、草丈が伸びやすい品種を選び、摘心してわき芽を伸ばすことで、踊りハボタンらしきものが店頭にケースで並ぶようになった。

1つのポットに多数の種をまき、そのまま育てる。あるいは、芽生えて本葉が出たくらいの幼苗を数本、1つのポットにかためて植える。
種まきからだと大小が揃いにくい。茎が伸びやすい品種を多めに使うと踊りハボタンに似たものができる。3株くらいの幼苗を植えて、均等になるよう育てると、ブーケのような仕上がりになる。

生産農家は矮化剤を使ってミニハボタンを作るが、どこまで小さく作れるかを競っているようなところもある。直径2〜3㎝くらいのミニミニハボタンも珍しくなくなった。

育種によるもので私が最高傑作と感じたのは「キャンドルシリーズ」だ。兵庫県の花生産農家、個人育種家によるものである。芽キャベツの形をしているのだ。最上部の葉と、茎に着いているひとつずつの芽が、ハボタンの色と形をしている。

テカテカと光沢がある濃桃色、または、黒に近い品種も目を引く。先駆けとなった人気品種はタキイ種苗株式会社の「プラチナケールシリーズ」。続いて「光子シリーズ」。後者は「キャンドルシリーズ」同様に兵庫県の花生産農家による個人育種。ハボタンはもともと西日本の生産が多い。兵庫県では冬が早く訪れる山間地に大きな産地がある。

ということで、ハボタンだけの花壇、あるいはハボタンだけのコンテナが成立する。高さもさまざまなので立体感を演出することが可能だ。さらに、ハンギングバスケットやリースをハボタンだけ使って仕立てるのも面白い。

「ムーンキャンドル」。キャンドルシリーズは1株ごとに形が異なる

種まき、芽が出て、その後が大変

ハボタンの種をまく時期は夏、7月から8月の暑い盛りである。キャベツの仲間は温暖かつ冷涼な気候を好む。発芽適温は20℃。この季節、夜の気温も20℃を下回らない。ただ、実際に種をまいてみると、発芽するまではなんとかなる。

日陰に置けば、適温よりかなり高温でも、4、5日で双葉が開く。問題はその後に訪れる。そのまま日陰に置いたら、3日もたたずに徒長する。軸が伸びて双葉を押し上げ、カイワレダイコン状態となる。水分が多いことも徒長を招く。だから夕方は水やりをしない、というのもセオリーである。

芽が出たら日当たりへ移す。と言いながら、かつて私は痛い目に遭った。双葉のハボタンをまいた箱ごと庭の日当たりに置いた。8月半ばだった。朝、しっかり水やりをして会社へ。その日、関東地方には、強い南風が吹き、猛暑日となった。

翌朝。双葉がない。唖然とした。種まきした箱の土が底までカラカラに乾いていた。その上に、植物の痕跡があった。乾いて枯れて、乾ききって消滅したのだ。

またある年には、別の原因で双葉が消滅した。その時には乾かさず、軸は残っていた。軸に、ほぼ同じサイズの青虫がいた。コナガの幼虫だった。発芽してからほんの数日しか経っていない。その間にコナガの成虫が双葉だけのハボタンを嗅ぎ付けて飛来し産卵する。たちまち孵化して葉を食い荒らす。驚くべき早業だ。

以後、芽生えたらすぐにオルトラン粒剤のような浸透移行性の殺虫剤をまくことにしている。

暑くて苗が小さい育苗初期を乗り切っても困難は続く。ポットで育苗することが多いわけだが、肥料不足になると成長が鈍り、下の葉が黄色くなって落葉する。うっかり化成肥料などを多めにまいてしまうと、今度は初冬になっても品種本来の色が付かなくなる。10月の後半くらいから、肥料が切れている状態にして寒さを迎える必要がある。そうしないと姿だけは立派な緑のハボタンとなる。

暖冬だと発色が遅れる。最悪なのは一度発色した後に、暖かさや肥料の過多で緑色に戻ってしまう現象だ。そうなると、もう綺麗な色にはならない。
かくも種まきからの難易度が高いハボタンは、苗を買うべし。

種まきから育苗中のハボタン。既に紅白と葉の形が推測できる

植物名一覧

(ハボタン)

  • アブラナ科 アブラナ属

    • ハボタン Brassica oleracea var. acephala(ブラッシカ オレラセア アセファラ)

(キャベツとその一味)

  • アブラナ科 アブラナ属

    • キャベツ Brassica oleracea var. capitata(ブラッシカ オレラセア カピタータ)

    • カリフラワー Brassica oleracea var. botrytis(ブラッシカ オレラセア ボトリティス)

    • ブロッコリー Brassica oleracea var. italica(ブラッシカ オレラセア イタリカ)

    • メキャベツ Brassica oleracea var. gemmifera(ブラッシカ オレラセア ゲミフェラ)

    • ケール Brassica oleracea var. acephala(ブラッシカ オレラセア アセファラ)

    • コールラビ Brassica oleracea var. gonygylodes(ブラッシカ オレラセア ゴングロデス)

(寄せ植え材料)

  • サクラソウ科 シクラメン属

    • シクラメン(ガーデンシクラメン) Cyclamen persicum(シクラメン ペルシカム)

  • スミレ科 スミレ属

    • パンジー、ビオラ Viola x wittrockiana(ビオラ ウィットロキアナ)

  • アブラナ科 ニワナズナ属

    • アリッサム(スイートアリッサム) Lobularia maritima(ロブラリア マリティマ)

  • ナス科 ペチュニア属

    • ペチュニア Petunia x hybrida(ペチュニア ヒブリダ)

(徒長した双葉)

  • アブラナ科 ダイコン属

    • ダイコン(カイワレダイコン) Raphanus sativus var. hortensis(ラファヌス サティブス ホルテンシス)

参考Webサイト

(全般)

(切花系)

品質カイゼン室の花のソコが知りたい!ハボタン編|大田花き

(驚きの品種)

(こうして育てる)

最終修正:2024年1月31日



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