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続々:上陽町「ひふみよ橋」の運命(2021ponte投稿)

(前回からの続き)
 バイパス水路まで設けて、四連の石造アーチを守った宮ケ原橋について、より詳しいことを知るために、私は八女石灯ろう協同組合に電話をし、取材の申し込みをした。ひふみよ橋の「ふ」の橋のたもと「ほたると石橋の館」の館長内田さんを紹介いただき、いろいろな話を伺った。
 高欄の工事を行った業者は、県外本社の建設業者で、残念ながら八女石灯篭組合は、予算等の関係で工事には関わることが出来なかったとのこと。工事の当事者ではない前提となるが、話を伺い、判った範囲のことをお伝えしたい。

宮ケ原橋は橋ではない
 前回の投稿で、私は「軽トラでよいので通行を許可できるようにすれば、生活道路になると思うのだけど」ということを書いたが、これは私の見当違いであった。宮ケ原橋は強度等の問題ではなく、法規上の理由で車両の通行は出来ない。宮ケ原橋は市の管理上、「橋ではない」という扱いにすることで、現地での保存が許された。生活道路として、自動車が走れる橋は下流に新たに架けられ、機能の補償はすでにされている。
 河川内に橋脚が複数配置される石橋は河川の管理上は邪魔な存在であり、現行の河川構造令のもとでは少なくとも新設は認められない。ルールができる前に建造された古い石橋は、既存不適格な建造物として存在しているが、いざ大規模水害となると悪者となり、再発防止のため撤去が検討されることは、九州でも多くの石橋が経験してきた。
 橋だとダメだが建造物ならいい、というのはいかにも言葉遊びのようだが、税金で予算を付けて公共事業を進める以上、行政としては、人々に納得してもらう理由が必要となる。「現行の河川構造令では石橋はあってはならない構造物であり、洪水の理由となった以上、危ないから橋としての存続を認めるわけにはいかない。ただ地域の景観を作る文化的な建造物としてなら許す」といった理由付けがされたのであろう(私の想像です)。鹿児島の甲突川の石橋や諫早の眼鏡橋は公園に移設することで生き残ったが、それと似たようなことを現地でやったということになる。

石材の材質
 高欄の石は、橋の近くで採取可能な阿蘇凝結溶解岩という石材を使っている。名前から連想されるとおり阿蘇山の火山由来の石材で、熊本の石橋にも広く利用されているものである。地図を見てもらえば判るが、八女と阿蘇は意外と近い。「ひ」の橋:洗玉橋(一連アーチ)は、熊本で多くの石橋を作った橋本勘五郎作と伝えられている。宮ケ原橋は橋本勘五郎より後の時代のものであるが、福岡と熊本で共通の素材・人材が関わったことは大変興味深い。二〇年くらい前、私がある橋のデザインに関わっていた頃、親柱に地元の石材を使って欲しいと客先から要望を受けたことがある。いざ見積をとると中国産御影石の数倍の金額となって諦めたが、それ以降私の頭の中では、橋の親柱などに使う石材は中国産御影石しかありえないという考えがずっとこびりついていた。宮ケ原橋の高欄も、最初に見たときは「中国産の石にしては・・」というフィルターを通して見ていた。私の認識不足によるものだが、阿蘇凝結溶解岩はこの地方では建材として普通に利用されている。

高欄の定着方法
 前回のポンテの原稿を書くために、私が宮ケ原橋を訪ねたのは令和三年の三月末。この時は何の問題もなく、橋を見ることが出来たが、実はその少し前まで宮ケ原橋は見るに堪えない姿だった(写真1)。

写真1 宮ケ原橋洗浄前(ほたると石橋の館facebookより)    壁石と高欄とがツライチ(同一面)になっていない。

工事が完了したのは平成三〇年三月。その直後から橋の側面がコンクリートの遊離石灰で白く汚れ始め、それがどんどん広がっていった。汚れがあまりに目に余ったため、令和三年三月一〇日に「八女上陽の『ひふみよ橋』を守る会」(以後「守る会」)の手により清掃を行うことできれいになった(写真2)。

写真2 宮ケ原橋洗浄中(ほたると石橋の館facebookより)

私は偶然その直後に訪れたため、きれいな橋を見ることが出来た(写真3)。

写真3 宮ケ原橋洗浄後(ほたると石橋の館facebookより)

なぜこのようなことになってしまったのか?なぜ石橋なのにコンクリートの成分がにじみ出したのか?写真を見返すと確かに高欄下部と路面の間に数センチの厚みのコンクリートの層がある。さらに高欄の足元をよく見ると石橋の側壁と高欄外側の面がツライチ (同一面)にそろっておらず、高欄が三〇センチ程度内側に配置されている。私はこれがオリジナルの復元と思って疑わなかったが、オリジナルは高欄外側と側壁面はツライチであった。それなりに橋に詳しい人が注意してみないと気がつかないことだが、工事後の橋は、オリジナルと比較し、路面の高さをコンクリートで数センチ上げている。おそらく高欄の基礎兼ねてのことと思われる。衝突等、横方向の荷重に対して石がずれないように石を積むことが難しく、側壁の上に高欄の石を積むのをあきらめ、側壁の内側でコンクリート基礎を使用したことが考えられる。
 
愛される橋のために
 「守る会」では「ひふみよ橋だより」が不定期に刊行されている。これを読むと地元の人の石橋への愛情がひしひしと伝わってくる。宮ケ原橋は愛すべき地域の宝なので是非大事に活かしていただきたいと心から思う。今回は「守る会」が橋の洗浄を行うことで、橋をきれいにしたが、基本的な構造は変わらないので、遊離石灰による汚れは今後も出てくることが予想される。路面からの排水は石橋側面にそのまま流れる排水経路となっている。せめて高欄外側に発生したデッドスペースを使って排水路を確保したり、排水路を路面排水に変更するなどの対策で、新しい汚れは防ぐことが出来るはず。

 百年後この橋を見た人が、オリジナルの技術を誤解する恐れがあるので、補修履歴は何らかの形で残していただきたいところ。本稿がその一助になれば嬉しい。


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