見出し画像

猫が朝起こしにくる話

朝もまだ暗い頃。時間にして三時半とか、四時。朝の。

猫はあろうことか我々人間を寝床から剥がそうと起こしにくるのである。

寝ている俺の顔や瞼あたりをザラザラと何かがいったりきたりしてきている。

あ、猫だ。

と、夢の底から俺は気づいて、猫が顔を舐めてらっしゃる、と意識に形を与え出す。

一体何故?
何事か良からぬことが起こった、もしくはこれから起こるので、御主人様身の安全を確保すると良い、という意味合いで起こしてくるのかな、と思って、うわ大変だ! と、ガバリ起きてみたけれど、いつまで待っても、強盗が姿を見せることも地震が起こることもないまま。

何だったの? と、ちっちを見てみると、なー、なー、と鳴きながらちっちもまたこちらを見返してくる。

なんなの?

取り敢えず起こされたわけなのでついでだ、とトイレへ立つ。

すると猫はついてくる。
まさか、俺がおねしょをしないように注意を喚起してくれたのか?

でも別に俺はその時夢で、へー、ここが最新式の公衆トイレか、みたいなことを呟いていたわけではないし、猫に人間のおねしょを察知する能力があるなんて聞いたことない。

用を済ませてさて布団へ戻るか、と電気を消そうとすると、キッチンの方から鳴き声がする。
ちっちも寝るんだからね、と呼びに行こうとするとなんと、猫は自分の餌の皿の前にキチンと小さな手足を揃えて座り、首だけこちらを向けながら、また一言、なー、と鳴くのだ。

「給餌を始めて構わんよ」

猫と人間の間で意思の疎通など、叶わぬ夢だ、と思っていたが違った。
あの瞬間俺は確かに、猫語を解したのだ。

こいつ、餌もらうために起こしやがった! 朝の三時半に!

驚きと呆れ、感心と苛立ちがないまぜになった状態で俺は猫の皿に餌を盛る。すると予想通り、ちっちは猛然と顔を突っ込んで食べ始めたのだ。

この時はたまたま酔っ払ってなかったから良かったけれど、次からはもうこういうことはやめなさいね、と皿から顔を上げようとしないちっちにきつく言いつけて、布団へ戻った。

だけど、それがいかんかったのである。

なにが、というと、要するに、一度でも猫が起こしに来たのに起きてしまうと、こいつは起こせば起きる人間である、とインプットされてしまうんだよね。

ちっちもそういう風に学習したのであろう。
その日から毎朝(毎晩)、俺の顔を舐めて起こして、餌皿の前でなー、なー、と鳴くようになったのだ。

普通なら良いですけど、て、良くないですけど、俺は晩酌大好き人間なので、眠る前にはお酒を飲むのだ。
更に俺を餌係として起こし始めた十二年ほど前とかなんて、朝も特に早いこともなかったので、夜中の二時とかまで酒を飲んでいたのだ。
で、二時半とかに寝るでしょ。三時半に起こされるわけですよ、餌係として。

普通は起きませんよ。眠いし酔ってるし。
俺も中々起きなかったのだ。もしくは、起きそうだけど嫌だったので起きずに我慢していたのだ。

だって寝室にはもう一人、人間が寝ているのです。

何を始めようとしてるのか、夜の九時に布団に入る妻が横で寝てるんですよ。
じゃあ妻起こせばいいじゃん。
すごく寝てるからこの人ならスッキリ起きて餌もふんだんにくれるでしょうよ、と、我慢して寝たふりを続けていると、ちっちは舐めてるだけじゃこの人間は起きない、と理解したのでしょう、肉球でぽふぽふと顔をリズミカルに叩き出したのだ。

完全になめられてる。
御主人様の身の安全を確保、などと平和なこと考えていた俺を隠してしまいたい。

可愛い起こし方するにゃー、とまだ我慢していて、早く諦めてくんないかな、俺起きないからね、なにがなんでも。と、肉球起こしにも耐えていたら、猫は恐るべき手段に出たのです。

閉じられた俺の瞼の上を、軽く爪で引っ掻いてきやがりましたのです。

危ない!
さすがに思わず起きましたよ、こいつまじか、と思いながら猫を見ると、俺が起きたので、てってって、とキッチンに移動し、皿の前で手足揃えて、なー。

眼球を傷つけられてまで寝たふりは割に合わん。
と、俺はその日から毎朝(毎晩)、ちっちの餌係として起こされる事になったのです。

そして妻はちっちに起こされることはなく、むしろ布団の中に入り込まれたりしている。

朝の三時半に俺を起こす

餌を皿にもらう

妻の布団の中で寝る

ちっちの中で、俺の順位は恐らく、皿や布団より下だ。間違いない。

でなければ、「我に餌も与えぬこんな眼球などなくなってしまってもかまうまい」といった行動に出るはずがないではないか。
ちっちの順位を変えるには、恐らくちっちの眼球を俺が先に取り出してやるしかないと思うのだが、そこまでしてて変えようとも思わないので、もう、酔ってても風邪ひいてても仕事のことで悩んでいても、猫に瞼を爪で引っ掻かれて起こされて餌を与える、という自分の立場を全うすることにしたのだ。

これが十二年前。

でも最近は、年のせいか、睡眠時間がどんどん長くなってきたので、朝の三時半とかにご飯食べさせろ、と起こしにくることはなくなりつつある。

でも、夜中に起きてトイレへ行くと、いつの間にかキッチンの餌の皿の前で座ってこっちを見ていることは、ある。
ので、そういう時はお皿に盛ることにしている。

昔ほど我儘を言わなくなってきたか、我儘のジャンルが変わってきているのかもしれない。

ご飯よこせ、は、毎日言うし、うるさいくらいだけれど、夜中に起こしてまでは言わなくなった。
その代わり、昔より、撫でよ、が増えた気がするけど、それは単に寒くなってきただけかもしれない。

#猫

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?